ネクストライスクールが開校してから、およそ一年と八ヶ月の月日が流れていた
DU外縁部に位置するかつての寂れた廃校は、周囲の景観から完全に浮き立つ異彩の要塞都市へと変貌を遂げていた
外壁には元ガテン系の現場作業員である土建部部長・木村ミヤカたちの指揮のもと、幾重もの補強装甲と通信・通電時に実体弾の衝撃や熱エネルギーを完璧に拡散する相転移シールドの発振器が隙間なく設置されている
かつて荒れ果てていたグランドは高精度な自動防衛砲台と防衛ラインが張り巡らされ、鉄壁のセキュリティを誇っていた
「――ふぅ。これで二回目の入学式に向けた予算配分と、新入生のクラス分け名簿の最終確認は完了ですね」
生徒会室
陽光が差し込む執務机で、書類の山を綺麗に整理し終えた少女が小さく息をついた
ネクストライスクール生徒会長――西条ハレカである。
きっちりと隙なく着こなした制服、美しく整えられた髪型、そして凛とした佇まい。前世で市長や政治家として辣腕を振るった彼女の手腕は、この特殊な転生者学園の行政・法務基盤を完璧に組み上げていた。
「お疲れ様、ハレカ。相変わらず仕事が早いな。……にしても、まさか二回目の入学式をこうして迎えられるとはね」
応接用のソファから声をかけたのは、ネクストライの実質的な現場総責任者――赤坂レイカだった
黒髪のウルフカットに、鮮やかなターコイズのアクセサリを揺らすボーイッシュな美少女
その腰には、彼女の愛銃であるケルテックSUB-SDPをベースにした「ゼロモーメントポイント」が収められており、腕には自身の神秘「絶対加速」の自壊負荷を相殺する「ミスティック・ナイトロシステム」の腕時計型デバイスが光っている
運動場の方から聞こえてくる賑やかなざわめきを聞きながら、レイカはしみじみと呟いた
当初、ネクストライスクールが直面していた最大の壁――それは「新たな入学者をどう確保するか」という深刻な存続問題だった。第一期生である転生者たちだけで始まったこの学園は、時間の経過と共に生徒の補充という重大な課題に直面していたのだ
「しかし、あの時は本当にどうなるかと思いましたよ。転生者が自然発生的にこの学園へピンポイントで転がり込んでくるわけではありませんからね」
ハレカが遠い目をしながら書類の端を指で叩く
その難題を解決した最大の功労者は、他ならぬ一人の少女だった
「あぁ、カエデが外を探索してくれていなかったら、今頃この学校はジリ貧で閉鎖していただろうさ……。まさか、キヴォトスの外縁部を歩いていたカエデが、路地裏から『ここ日本じゃねぇのかよ!?』っていう絶叫を聞きつけて保護してくるとは思わないよな」
レイカが苦笑交じりに振り返る
空間跳躍や魂の定着の誤差によって、キヴォトスの都市の隙間に迷い込む前世の記憶を持った人間――それがカエデによって次々と発見されたのだ
それを機に、学園の生徒たちが定期的にDU市街や外縁部のパトロールおよび捜索を行う体制が整えられ、迷子状態になっていた新たな転生者たちが続々と保護されるようになった
「そこから、生徒たちによるスカウトや招待、そして我が校の基礎適性を測る独自の『入学テスト』による判定を経て、正式に入学を許可するシステムが確立されたのですから……カエデの直感と行動力には、どれだけ感謝してもしきれませんね」
ハレカが優雅に紅茶をすすったその時、ノックの音と共に、生徒会室の扉が勢いよく開いた
「おっ、ハレカちゃんにレイカちゃん! 二人ともええところにいたわ! 外部から、なんかごっつお上品で、かつめちゃくちゃ面倒臭そうな連中が正門にきとるで!」
金髪ツインテールを揺らしながら飛び込んできたのは、佐藤アリカだった。その手には相棒の重厚なショットガン――ゴー!ジャンプ!がラフに抱えられている
「面倒臭そうな連中、とは?」
レイカが眉をひそめると、アリカの後ろから気だるげに高橋ミナサが歩いて入ってきた。ミナサはインナーイヤフォン型の「ヒアリング・コントロールシステム」をいじりながら、やれやれといった様子で肩をすくめる
「……トリニティ総合学園の生徒会、『ティーパーティー』の使者だってさ。なんか、新興勢力であるウチらに『お茶会』の招待状を持ってきたとか何とか」
「――ほう、トリニティのティーパーティーですか」
ハレカの瞳の奥が、政治家のそれへと鋭く切り替わった。
先日、ゲヘナ学園の万魔殿議長・羽沼マコトを論理とデータで完封し、不可侵・経済友好協定を結んでから数週間。今度はキヴォトスのもう一つの巨大勢力――トリニティからの接触である
雷帝の失脚に揺れるゲヘナに対し、トリニティもまた、DU外縁部に突如として現れた規格外のオーバーテクノロジーと圧倒的な防衛力を持つ「ネクストライスクール」の動向を無視できなくなったということだ
「どうする、ハレカ? 追い返すか、それとも受けて立つか」
レイカが立ち上がり、腰の銃に手を添えながら問う
ハレカは美しい笑みを浮かべ、デスクの上の書類を綺麗に揃えて立ち上がった
「追い返す必要はありません。二回目の入学式を終え、新生として歩み始めた我が校の力を示す絶好の機会です。……さあ、トリニティのお歴々がどのような美しい手札を持って訪れたのか、存分に拝見させてもらいましょう」
数十分後
ネクストライスクール本校舎の特別応接室
白を基調とした高貴なデザインの制服に身を包み、上品な笑みを浮かべた少女が、優雅に紅茶のカップを置いていた
トリニティ総合学園の生徒会「ティーパーティー」の護衛として同行してきたのは、正義実現委員会のメンバーである――ではなく、どこか穏やかな空気をまとった一人の少女だった。いや、正確には、ティーパーティーの代行として派遣された者と、そのお目付け役といったところか
重厚な扉が開き、ハレカとレイカが室内に足を踏み入れると、トリニティの使者はスッと立ち上がり、礼儀正しく一礼した
「ごきげんよう、ネクストライスクール生徒会長・西条ハレカさん、そして現場責任者の赤坂レイカさん。私、トリニティ総合学園より参りました……本日は、貴校の目覚ましい発展と、二回目の入学式のお祝いをお伝えしつつ、ティーパーティーからの『正式なご招待』の件でお話しにあがりました」
物腰柔らかでありながら、一歩も引かない芯の強さを感じさせる物言い
レイカはソファに腰掛けながら、目の前の少女を観察した。先日のゲヘナの羽沼マコトが「圧倒的なハッタリと暴力の権化」だとすれば、こちらは「優美な微笑みの裏に緻密な政治的意図を隠した外交のプロフェッショナル」といった趣だ
「ご丁寧にどうも、トリニティの使者さん。わざわざDUの外縁部まで足を運んでいただいたお礼は、のちほど我が校の工芸部が誇る最高級ガラス細工の特製品でおもてなしさせてもらうさ。……で、ティーパーティーからのご招待というのは?」
レイカが率直に切り出すと、使者の少女はふわりと微笑んだ
「率直に申し上げます。トリニティといたしましては、貴校がゲヘナ学園と不可侵協定を結ばれた件について、大変興味深く拝見しておりました。……つきましては、トリニティの聖地にて、我がティーパーティーの主要メンバーと直接言葉を交わし、今後のキヴォトス全体の秩序と安全保障について『お茶会』を開いて話し合いたいのです」
その言葉の裏にある意味を、ハレカは見逃さなかった
ゲヘナに先を越された焦り、あるいはネクストライスクールという未知の巨大な異物を取り込もう、あるいは手懐けようというトリニティ側の思惑。前世で数々の権謀術数を生き抜いてきたハレカの脳内で、瞬時に損得勘定と外交的リスクの計算が弾き出される
(ふふ……面白い。トリニティの優美な言葉の裏にあるのは、『ウチの勢力圏に入りなさい』という無言のプレッシャーというわけですね)
ハレカは微塵も動じず、優雅に微笑みを変えずに切り返す
「――ご招待自体は、大変光栄に受け止めさせていただきます。我がネクストライスクールは、どの学園に対しても平和的かつ対等な関係を築くことをモットーにしておりますから」
ハレカがスッと視線を鋭くさせ、テーブルの上に一枚のデータファイルを滑らせた
「ですが、お話しを進める前に……我が校の二回目の入学式を無事に終え、新たな入学者たちと適性審査のシステムが確立された今、我が校の独立した自治権と経済的自立について、トリニティの皆様にも正しくご理解いただかねばなりませんね」
ハレカが淡々と、しかし容赦のないロジックでネクストライスクールの防衛力、工芸部の輸出黒字、そして先日カイザーPMCを圧倒した戦闘データの概算を提示し始めると、トリニティの使者の優美な笑みがわずかに硬直した
「なっ……これほどまでの防衛リソースと経済規模が、この外縁部の廃校に……?」
「ええ。ですから、トリニティのお茶会への参加はもちろん前向きに検討させていただきますが……それはあくまで、『対等な同盟関係に基づく友好の証』としてであって、どちらかの傘下に下るような類のものではないこと――あらかじめ、しっかりと釘を刺させていただきますわ」
ハレカの圧倒的な気圧されぬ弁舌と、背後で控えるレイカの鋭い眼光、そして窓の外にちらりと見える自動防衛砲台の威圧感
使者の少女は額にうっすらと冷や汗を浮かべながらも、かろうじて笑顔を保ち、深々と頭を下げた
「……承知いたしました。貴校の主権と、その圧倒的な実力、しかとティーパーティーの皆様にお伝えいたします」
こうして、トリニティの使者を華麗にあしらったネクストライスクールは、ゲヘナに続き、トリニティに対してもその圧倒的な存在感を認めさせることに成功したのだった
夕暮れ時
全ての対応を終えた生徒会室の窓から、レイカとハレカは新入生たちが楽しげに校庭を歩く姿を眺めていた
「いやあ、お疲れ様、ハレカ。君の交渉術には毎回驚かされるよ」
「ふふ、政治とは常に相手の一歩先を読むゲームですから。……それに、カエデが拾い上げてくれた新しい仲間たちのためにも、この学園の基盤をより強固なものにしなければなりませんからね」
レイカはふっと笑い、ポケットに手を突っ込んだ
路地裏での偶然の叫び声から始まった「入学者確保の奇跡」。そして、ゲヘナやトリニティといったキヴォトスの巨大会組織と渡り合えるまでの成長
開校から二年目を迎えたネクストライスクールは、もはや単なる「流れ者たちの避難所」ではない。キヴォトスの勢力図を塗り替える、揺るぎない「第4の巨大学園」としての道を確実に歩み始めていた
「さて……次はどんな面白そうなトラブルや、新しい仲間がこの学園に転がり込んでくることやら」
レイカの軽口に、ハレカは優しく微笑んで頷いた
過酷で混沌としたキヴォトスの未来へ向けて、ネクストライスクールの新たなる歴史のページは、今まさにめくられようとしていた