ネクストライスクールが開校してからおよそ二年が経とうとしていた頃、学園の勢力図はキヴォトス全域に轟いていた。ゲヘナ学園との不可侵・経済友好協定締結に続き、今度はトリニティ総合学園の聖地へと赴き、正式に同等の外交交渉を行う段階へと進んでいたのだ
トリニティの広大な敷地内、気品ある白亜の建築物が立ち並ぶ一角。その中にある厳かな一室へと、ネクストライスクールの使節団が足を踏み入れていた
先頭を歩くのは生徒会長の西条ハレカ。その隣には現場総責任者の赤坂レイカ。そして、今回の外交における「実戦的な抑止力」かつ重要な護衛として同行したのは、先日ミレニアムの度肝を抜いた滞空型電磁ジェットパックのテストを軽々とこなした防衛部の少女――志賀カエデであった
「――ふむ。ここがトリニティのティーパーティーの本部ですか。いかにもお上品で、厳かな雰囲気ですね」
カエデは背中に最新鋭のパルスライフル改を背負いながら、周囲の優美な景色を冷徹な目で観察する。元特殊部隊員としての警戒心は、敵味方の区別がつかない他学園の核心部にいても微塵も揺らいでいなかった
「気を抜くなよ、カエデ。ここは敵地じゃないけれど、相手はキヴォトスの三大巨大学園の一つだ。何が起きるか分かったもんじゃないさ」
レイカはカエデに声をかけつつ、自身の愛銃であるゼロモーメントポイントをさりげなく確認する
ハレカは凛とした足取りで前を見据え、美しく整えられた髪を揺らしながら微笑んだ
「大丈夫です、レイカ君。先日の使者への対応で、我が校の主権と圧倒的な技術力はすでに先方に伝わっているはずです。政治とは力とロジックのバランス。今回も我が校のペースで話を進めます」
前世で数々の修羅場をくぐり抜けてきた元政治家の自信に満ちた笑みに、レイカは頼もしさを感じてうなずいた
やがて、通されたのはティーパーティーが主催する最高格の応接室だった
そこには、紅茶の香りが漂う優雅なテーブルを挟み、ティーパーティーの一人であり、気品ある佇まいをたたえた二年生の少女――桐藤ナギサが静かに腰掛け、待っていた。その周囲には、正義実現委員会のメンバーたちが厳重な警備として控えている
「ようこそいらっしゃいました、ネクストライスクールの皆様。わざわざDUの外縁部から足をお運びいただき、ありがとうございます」
ナギサはカップをソーサーに置き、優美な笑みを浮かべてハレカたちを迎え入れた
こうして、ゲヘナ学園との条約締結に続き、トリニティ総合学園のティーパーティー主催による正式な「お茶会」を兼ねた会談が幕を開けたのだった
応接室の重厚な扉が閉じられ、ピリッとした緊張感が部屋全体を包み込む
テーブルを挟んで対面した両者の間には、言葉にせずとも互いの組織の規模や背景がぶつかり合うような、独特のプレッシャーが漂っていた
「ご招待いただき光栄です、ナギサさん」
ハレカは優雅に腰を下ろすと、持参したデータファイルを開き、まっすぐにナギサを見据えた
その瞳には、前世で市長や政治家として数多の利害対立を調停してきた絶対的な知性が宿っている
「我がネクストライスクールは、DU外縁部における独立した自治権を持ち、独自の防衛力と経済基盤を確立しています。先日、ゲヘナ学園の万魔殿とも相互不干渉・経済友好協定を締結いたしました。そして本日は、貴校トリニティとも同様の条約を結び、キヴォトスの全体の安定を図りたいと考えております」
ハレカの言葉に、ナギサはふっと細い目を三日月のように曲げ、上品に微笑んだ
「――お噂はかねがね。ゲヘナとの協定に続き、我がトリニティとも対等な立場で条約を結ぶと? 貴校が持つ技術力と防衛力、そして経済的な黒字化の規模が尋常ではないことは、私の耳にもしっかりと届いています。ですが、それが本当にキヴォトスの秩序にとって益となるのか、このお茶会の席でゆっくり見極めさせていただきたかったのです」
ナギサの言葉の裏には、新興の廃校にすぎなかったはずの組織がキヴォトスの双璧と対等に肩を並べる”第4の学園”として振る舞うことに対する、最高統括者としての鋭い観察眼が隠されていた
しかし、ハレカは動じない。むしろ、その反応が予想の範囲内であるかのように、さらに優雅に微笑んだ
「ご懸念には及びませんわ。我が校が求めているのは争いではなく、あくまで平和的な不可侵と、工芸部が誇る最高級ガラス細工や生活支援技術の流通による経済的友好です。逆に言えば、我が校を敵に回した場合の防衛リソースの損害試算データをご覧になりますか?」
ハレカがスッと差し出したデータファイルには、カイザーPMCの重装甲部隊をわずか十二分余りで完全に無力化した実戦データや、中央技術研究所が誇る相転移シールドの理論値が冷徹なまでの正確さで記されていた
隣でそのやり取りを聞いていたレイカは、腕を組みながら小さく息をついた
(相変わらず、ハレカの交渉術はえげつないよな……。武力で威圧するんじゃなくて、圧倒的なロジックとデータで相手に『敵に回すメリットがゼロどころか破滅しかない』って思い込ませるんだから大したもんだぜ)
さらに、その背後に控えるカエデが、微動だにせず冷徹な瞳で部屋の警備員たちを観察している。
カエデが背負うパルスライフル改の存在感と、いついかなる時でも即座に対応できる特殊部隊としての気配は、言葉なき無言の抑止力として十分に機能していた
ファイルに目を通したナギサは、流石にわずかに眉をひそめ、優美な笑みの奥に冷や汗をにじませた
下手に拒絶すれば、ネクストライスクールはゲヘナとだけ強固なパイプを作り、トリニティは外交的な主導権を失うことになる。かといって無闇に介入すれば、ミレニアムのユウカが恐慌をきたしたのと同様の技術的特異点に返り討ちにされるのは明白だった
ナギサはそっと息をつき、カップを持ち上げて一口紅茶を含むと、静かに微笑んでうなずいた
「……参りましたわね。貴校の主権と独立した自治権、そして対等なパートナーシップとしての『友好協定』の締結、謹んで受諾いたします。紅茶の味も、お話しも、大変実りのあるものでしたわ」
こうして、ゲヘナに続き、トリニティのティーパーティーとの間でも正式な相互不干渉・経済友好協定が結ばれることとなったのだ
お茶会が無事に終わり、緊張から解放された空気の中で、レイカは大きく伸びをした
「ふぅ……これでゲヘナとトリニティの両方と正式な協定が結べたわけか。これで我が校の立ち位置は完全に盤石になったな」
「ええ。キヴォトスの二大巨大学園の双方と対等な外交関係を結んだ意義は極めて大きいです。これで、我が校は名実ともにキヴォトスのバランスを保つ『中間の役目』を担う存在となったのです」
ハレカは満足そうに署名入りの書類を綺麗にファイリングし、穏やかな笑みを浮かべた
その傍らで、カエデは背中のライフルを少し持ち直し、やれやれといった様子で肩をすくめた
「やれやれ、お疲れ様でした。……にしても、こういうお上品なお茶会って、銃を撃つより変な汗をかきますね。自分はやっぱり前世の現場の方がシンプルで性に合ってますね」
カエデの飄々とした感想に、レイカとハレカは思わず苦笑を漏らした
「ははっ、確かにそうかもな。でも、カエデが後ろに控えてくれてたおかげで、相手も変な気は起こさなかったさ。ナイス護衛だったぜ」
レイカがカエデの肩を軽くポンと叩くと、カエデは「任務ですから」と涼しい顔で頷いた
すべての予定を滞りなく終え、ネクストライスクールの使節団はトリニティの聖地を後にし、帰路につくこととなった
夕暮れ時の空が、DU外縁部の要塞都市のシルエットを美しく染め上げていく
開校から二年
路地裏の絶望から始まり、カエデによる新たな転生者の保護、研究部によるオーバーテクノロジーの開発、そしてゲヘナとトリニティというキヴォトスの双璧を相手にした完璧な外交戦略
それらすべてを乗り越えたネクストライスクールは、もはや単なる流れ者たちの避難所ではなく、キヴォトスの勢力図の中心で確固たる地位を築く、揺るぎない「第4の巨大学園」としてその歩みを加速させていた
「さて、学園に戻ったら新入生たちの様子も見ないとだな。次は何が待ち受けてるやら……」
レイカの軽口に、ハレカは優しくうなずき、カエデは次の任務への準備に思いを馳せる
過酷で混沌としたキヴォトスの未来の中で、彼女たちが切り拓くネクストライスクールの物語は、これからも力強く続いていくのだった