Vol.13 原作の味を食べに行きたい
ネクストライスクールが開校してからおよそ二年が経ち、学園がキヴォトスの「第4の学園」として確固たる地位を築き上げていた頃のことだった
ある日のうだるような暑さの中、アビドスの広大な砂漠地帯を一台のスポーツカーが疾走していた。車内では、ぐったりとした三名の生徒がエアコンの風を浴びながら息をついている
「あちぃー……」
「暑いっすね……水とかその辺多めに持ってきて良かったすねリーダー……」
「あぁ、その限りだよ……」
現在、アビドスをスポーツカーで移動しているのはこの三名だ
運転席に座り、慣れた手つきでハンドルを握るのは現場総責任者の赤坂レイカ。そして、その助手席に座っているのは――
「ヘルタ、マジでこの道で合ってるんだよな?」
「そのはずっすが……砂嵐とかで多分変わってますよ……原作でも先生迷ってましたし」
今年入学してきた一年であり、生徒会に所属した内の一人――霧状ヘルタ
茶髪のロングヘアで身長は160cmとそこそこあり、どこか気だるげながらも確かな原作知識を頼りにナビゲートを務めている
「まぁ、原作でもシロコが自転車で走ってたし、人は通ると思うんで大丈夫だと思うけど」
後ろの席からひょっこり顔を出してそう声をかけるのは、同じく一年で生徒会に所属したもう一人の人物――街肩カリネ
ショートの銀髪で身長は155cmと、ヘルタより少し背が小さい少女だ
「でも、俺ら原作の知識まではあっても地理はそこまでだったからな……」
レイカが苦笑しながら前方の砂漠の地平線を睨む
「僕らも原作知識はあってもそこから先は知らない事だらけですからね……」
ヘルタが助手席でペットボトルの水を飲みながら肩をすくめた
「本当にリーダーが学校を立ち上げてくれて良かったっす……原作知ってるだけにこの後が怖いっすから……」
カリネが後部座席で小さく身を縮こまらせる
そう、彼女たち二人はブルーアーカイブの「原作知識」を持つ転生者の一人だった
ネクストライスクールの生徒会に所属した理由も、そのメタ的な知識をこのキヴォトスでどうにか生かせないかという発想から来たものらしい
もちろん、カエデのように路地裏で迷子になっていたところを保護されたクチである
そんな三名が、なぜわざわざ過酷なアビドス地区までやってきたのか
その理由は実にシンプル、原作を知る者にとっては一回は行ってみた理由があったから……
「――で、俺らの目的地は?」
レイカが改めて尋ねると、ヘルタとカリネは遠い目をしながらそれぞれ答える
「柴関ラーメン食べに行こうと考えて」
「迷った………」
「俺ら詰んだな……」
「「うん……」」
原作の知識はある。最高に美味いと評判の「柴関ラーメン」の存在も知っている。だが、肝心の店舗がどこにあるのか、この広大すぎるアビドスの砂漠のどこに位置しているのかまでは、曖昧な記憶の彼方だったのだ
スマホの電波は砂嵐の影響か不安定で、カーナビもアビドスの未開拓エリアでは全くあてにならない。文字通り「詰んだ」状態のまま、三人は灼熱の砂漠の真ん中で立ち往生しかけていた
「まあ、焦るなよ。お腹が空いてるなら余計に頭が回らないさ」
レイカは不敵に笑うと、スポーツカーのアクセルを踏み直し、砂煙を上げてさらに前へと進み出た
「せっかくアビドスまで遠出したんだ。柴関ラーメンにたどり着けなきゃ、ネクストライの総責任者の名が廃るってもんさ。……ほら、あっちの方に古い商店街の跡地みたいな建物が見えるぞ」
レイカの鋭い視線の先、砂埃の向こう側に、かつては栄えていたであろう寂れた商店街のシルエットがぼんやりと浮かび上がってきた
「おおっ……あそこ、もしかして……!」
ヘルタが身を乗り出し、カリネも目を輝かせる
「原作の描写にあったあの雰囲気に似てますよ! 行ってみましょう、リーダー!」
三人は希望の光を見出し、スポーツカーをその一角へと急ぐように走らせたのだった
車を降り、砂まみれになりながらたどり着いたのは、アビドスの片隅にひっそりと佇む、年季の入った小さなラーメン屋の店舗だった
看板には風化しかけながらも、しっかりと「柴崎ラーメン」の文字が刻まれている
「――あった……! 奇跡だ、本当にあったぞ……!」
カリネが感動したように両手を合わせる
「いやぁ、まさか自力で見つけられるとはっすね。私の記憶のブラウザ履歴も捨てたもんじゃないっす」
ヘルタも胸をなで下ろしてドアノブに手をかけた
ガラガラ、と心地よい音を立てて引き戸が開くと、店主である柴崎の頑固そうだがどこか温かみのある顔が出迎えてくれた
「おっ、珍しい客だな。こんな砂漠の真ん中に、車でわざわざ来るとは……いらっしゃい!」
店内に漂う香ばしい魚介と豚骨の醤油スープの匂いに、レイカたち三人の腹の虫が一斉に鳴り響いた
「あ、いらっしゃいませ! めちゃくちゃ腹ペコなんです、このラーメンを食べるために命がけで砂漠を突破してきたようなもんでさ!」
レイカが豪快に笑いながらカウンター席に腰掛け、ヘルタとカリネもその両隣に陣取る
「ほう、ウチのラーメン目当てか。それはありがたい。じゃあ自慢の特製醤油ラーメン、大盛りで三ついっとくか?」
「お願いします! 麺は硬めで!」
「俺も同じくで!」
「僕も最高に濃い味でお願いします!」
注文を済ませ、冷たいお冷やを一気に飲み干す三人。外の過酷な暑さと緊張感から解放され、店内の心地よいクーラーの冷気と食欲をそそる匂いに包まれながら、ようやく息をつくことができた
「いやあ、本当にどうなることかと思ったけど……やっぱり原作の味をリアルに食えるってのは、原作を知っている者としてのロマンだよな」
レイカがしみじみと言えば、ヘルタも深くうなずく
「本当っすよ。画面の向こう側でみんなが美味そうにすすってるのを見て、ずーーっと食べたかったっすからね……。これで生き返るっす」
カリネも箸を用意しながら、期待に目を輝かせていた。
そして――数分後
「お待ちどうさま! 柴崎特製、極上の醤油ラーメンだ!」
店主の威勢の良い掛け声と共に、目の前に置かれたのは、透き通った黄金色のスープにたっぷりのチャーシュー、メンマ、そして絶妙な半熟卵が乗った、最高のビジュアルを誇る一杯のラーメンだった
立ち上る湯気と共に、たまらなく食欲をそそる芳醇な香りが鼻腔をくすぐる
「「「いただきまーーす!」」」
三人は揃って箸を割り、まずはスープを一口啜る
「――っ……! うまっ……!!」
濃厚でありながらすっきりとキレのある醤油の旨味が、砂漠の暑さで疲れた身体にしみわたっていく
「これだよこれ……! この味だよ、画面越しじゃ絶対に伝わらない感動がここにあるっす……!」
ヘルタが感動のあまり頬を緩ませ、カリネも夢中で麺をすする
「麺のコシもスープの絡み具合も完璧だ……。いやあ、命がけでアビドスをさまよった甲斐があったってもんだぜ」
レイカもスープを飲み干さんばかりの勢いで箸を進め、あっという間に丼は空っぽになっていった
外の過酷な砂嵐や、キヴォトスの複雑な政治的対立、そして学園の未来を背負うプレッシャー――そのすべてをこの一杯のラーメンが綺麗に洗い流してくれるようだった
「ふう……ごちそうさまでした! 最高だったぜ!」
レイカが満足げに大きく伸びをすると、ヘルタとカリネも「お腹いっぱいっす……最高すぎました……!」とお腹をさすりながら笑い合った
柴崎ラーメンを無事に平らげ、お腹も心も満たされた三人は、再びスポーツカーに乗り込み、ネクストライスクールへと帰還の途につくのだった
ー数十分後ー
ガラガラと音を立てながら再びドアが開く
「うへぇ、大将食べきたよー」
「お?嬢ちゃんきたか!どこでもいいから座りな!」
ピンク髪の生徒が入ってきて席に座る
「にしても聞いてくれよ!今日、うちのラーメンを求めて車で来た奴らがいてよ!美味そうに食ってくれてたんだよ!」
「うへぇ、そりゃ凄いね……ちなみにどこの生徒だった?」
「うーん……あっ!あのネクストライスクールの子達かもしれねぇな!」
「わざわざ来てくれたんだし、また来るんじゃない?あ、大将柴関ラーメン一つで!」
ピンク髪の子がラーメンを注文すると再び厨房に戻る大将の姿があった
「ネクストライスクール……なんの為に?」