ネクストライスクールが開校してからおよそ二年が経ち、学園がキヴォトスの「第4の学園」として圧倒的な存在感を放つようになっていた頃のことだった
生徒会室の重厚な扉が開き、現場総責任者の赤坂レイカと防衛部の志賀カエデ、そしてアーティファクト研究部の主任である日野ヒバナが足を踏み入れる。部屋の奥では、生徒会長の西条ハレカが届いたばかりの一通の封筒を手に取り、ふっと小さく息をついていた
「――ミレニアムからの交流の願い、ですか……」
ハレカのその呟きに、ソファにどっかりと腰を下ろして緑茶をすすりながら高羊羹を口に運んでいたレイカは、もぐもぐと咀嚼してからやれやれといった様子で肩をすくめた
「まぁ、散々俺ら向こうの度肝を抜くようなオーバーテクノロジーをぶち込んできたんだ……。そりゃあ、向こうの技術者連中から『どうなってんだあれ』って問い合わせや交流の願いが来るよな……」
レイカの言う通り、これまでのネクストライスクールはゲヘナやトリニティとの外交だけでなく、ミレニアムサイエンススクールのエンジニアリング部やヴェリタスを凌駕するような独自の超技術を次々と実用化していた。特に、ミレニアムの頭脳である彼女たちにとって、ネクストライの存在は無視できない研究対象になっていたのだ
ハレカは手紙の文面から目を離し、斜め後ろに控える白衣姿の女性へと視線を向けた
「ヒバナ主任。ミレニアム側に公開しても支障のない技術や、今回の交流会で提供できるデータの選別は済んでいますか?」
「ふん、そんなの有り余るほどにあるわよ。何せウチには私みたいな元トップクラスの研究者もいれば、技術への狂気と浪漫を求めて寝食を忘れるような変態……いや、優秀な研究者志望の生徒たちがわんさか居るのよ?」
ヒバナは腕を組み、不敵な笑みを浮かべながら指折り数え始めた
「例えば、空間歪曲を応用した反重力トラック、都市間移動を爆速にする超電導ホバーボード、一撃で要塞の装甲を紙切れのように貫くスナイパー型レールガン、さらにはレイカ専用の特殊駆動装備、そして戦闘補助用デバイス
「おいまて、最後から二個目の事、俺は一言も聞いてねぇぞ!? いつそんな専用装備なんて作ってたんだよ!」
レイカが羊羹を喉につまらせかけながら、ガタッとソファから立ち上がって抗議の声をあげる。しかし、ヒバナは「あら、現場の総責任者が派手に暴れる時にこういうガジェットがあった方が絵になるでしょう?」と涼しい顔で受け流した
ハレカはレイカの抗議を綺麗にスルーし、顎に手を当てて少しだけ思案する
「……ふむ。ミレニアムの技術者たちに我が校の底力を正確に認識させ、かつ無用なトラブルを防ぐための適切な抑止力とするには、最高の人材を派遣するのが一番ですわね。よし、ヒバナ主任」
「ん、なにかしら?」
「あなたに、今回のミレニアムへの技術交流会における、我が校の代表……というか主席研究員の一人として、直接向こうに赴いてもらいたいのですが」
ハレカのその提案に、ヒバナはスッと目を細め、興味深そうに口元を歪めた。
「ふむ……。キヴォトスのあらゆる技術が集まり、電子頭脳や超科学の粋を極めたあのミレニアムサイエンススクールか……。私の新しい研究のアイデアを刺激するガジェットや、面白いデータが転がっていそうね。行く価値は……大いにありますね」
「俺の抗議は完全に無視かよっ!?」
レイカの盛大なツッコミは、すっかり息の合ったハレカとヒバナの圧倒的なマイペースの前に、心地よいBGMのようにかき消されてしまったのであった
数日後
ミレニアムサイエンススクールの広大な敷地内。白亜とガラス張りの近未来的な建造物が立ち並び、空中を無人ドローンが飛び交うその街並みは、いつ見ても「科学の都」としての圧倒的なスケールを感じさせる
「へぇ……ここがミレニアム。建物やインフラの効率化は流石といったところね、私の研究室の予算配分も、これくらい潤沢にしてほしいものだわ」
視察団の先頭を歩くヒバナは、周囲の先進的な設備を興味津々な目でキョロキョロと観察している。その隣には、視察の護衛兼お目付役として同行させられたカエデが、相変わらず冷徹な足取りで周囲を警戒していた
「ヒバナ主任、あんまり勝手にラボの自動ドアとか触らないでくださいよ。向こうのセキュリティシステムが反応して警報鳴ったら面倒臭いんで」
カエデが肩から下げているパルスライフル改を軽く押さえながら注意すると、ヒバナは「分かってるわよ、これでも一応、礼儀をわきまえた大人のつもりなんだから」と軽く手を振ってみせた
そして、その一行の後ろを、どこかげっそりとした足取りで歩く人物がいた
「なんで俺が、こんな『技術交流』の引率みたいな役回りをさせられてるんだ……」
レイカは自身の黒髪のウルフカットを軽く掻き上げ、深いため息をつく。ネクストライスクールの総責任者としての顔と、ミレニアムの重鎮たちと渡り合うための胃が痛むようなプレッシャーが、早くも肩に重くのしかかっていた
「………ちなみにカエデ、それ何?」
「ヒバナ主任が持っていくと……それだけしか聞かされてません」
「うん、もう言及しないでおくね……俺の胃が持つといいな……」
カエデが持つケースが気になったレイカだが、その一言で何も言わなくなった……
そうこうしているうちに案内役のミレニアムの生徒がやってきて、一行が案内されたのは、ミレニアムタワーの上層階にある、セミナーの専用応接室だった
分厚い自動扉が静かに左右へスライドし、室内に足を踏み入れると、そこにはすでにミレニアムの行政を担う三人の生徒たちが待ち構えていた
中央の厳かなデスクの席に座り、まだ一年生ながらも鋭い知性を宿した瞳でこちらをじっと観察しているのは、セミナーの会計補佐――早瀬ユウカ
その傍らに立ち、同じく一年生とは思えない落ち着いた物腰で、穏やかでありながらどこか底の見えない微笑みを浮かべているのは――生塩ノア
そして、部屋の隅のモニターや端末の海に囲まれ、二年生でありながらすでに圧倒的なカリスマと特異なオーラを放っていたのは、のちに生徒会の中枢を担うことになる天才――リオであった
「――ようこそいらっしゃいました、ネクストライスクールの皆様。噂の『第4の学園』が、わざわざ我がミレニアムへ技術交流の場を設けてくださるとは光栄ですね」
まだあどけなさを残しつつも、きっちりと理路整然とした口調でユウカが迎えてくれる。その手元のタブレットには、先日のネクストライスクール側の不可解な超技術データ(反重力や絶対加速の断片)がびっしりと表示されており、一年生にしてミレニアムの財務と計算を支える彼女の並外れた知性が垣間見えていた
ノアは優雅に会釈しながら、手元のノートにさらさらとペンを走らせる
「はじめまして、レイカさん。噂に違ぬ、素晴らしい面々ですね。特にそちらの白衣の方……ただ者ではない気配がします」
そしてリオは、腕を組みながら冷徹なまでの分析眼でヒバナやレイカたちを見据え、ふっと意味深な笑みを浮かべた
「ネクストライスクール……私たちがまだ把握しきれていない未踏の理論。今日という日が、ミレニアムの科学にとって有意義なものになることを期待しているわ」
応接室の重厚な空気がピリッと引き締まり、キヴォトスの知の最高峰たるミレニアムの才能たちと、型破りな新興学園の総責任者たちが、ついに直接対面する瞬間が訪れたのだった