「はぁ……はぁ……私の管理するプラントの安全基準が、一瞬にしてスクラップの山に……予算が……来期の部費がぁ……!」
ユウカが頭を抱えて地面にへたり込み、冷や汗を流しながら絶叫しているその脇で、ノアは静かに手帳のペンを走らせていた。先ほどのカエデによる超電導レールキャノンの圧倒的な一撃は、ミレニアムの科学力や防衛の常識を文字通り木端微塵に粉砕していった
「いや本当に、一歩間違えれば俺の胃袋どころかミレニアムそのものが地図から消滅してたぞ……。カエデ、お前なぁ……加減という言葉を辞書から引いてきたのか?」
「……これでも最小出力に絞っています。対象の脅威度と周囲の状況を計算した上での最適解です」
レイカが冷や汗を拭いながら深いため息をつき、カエデは平然とした表情で巨大なハードケースを再び肩へと担ぎ直す。その隣で、ヒバナだけは「ふむふむ、今の砲撃の反動制御とエネルギー収束の効率……なかなかいいデータが取れたわね」と、まるで他人事のように満足げにうなずいていた。
「……ま、とりあえず、大惨事になる前にあのバカな実験ロボットの暴走は止まったわけだし……これで少しは落ち着くか?」
レイカがそう呟き、髪を軽く掻き上げながら周囲を見回した、その時だった
『――【警報】:未承認の戦闘行動および区画内での高エネルギー反応を検知。セキュリティ・プロトコル、フェーズ2へ移行』
プラントの天井に設置されていた予備の警備ドローンや、壁面の壁埋め込み式オートマタたちが、先ほどとは異なる鈍い青色のセンサーライトを点滅させながら一斉に稼働を始めた
先ほどの暴走はあくまで「生徒の個人的な実験ロボット」によるものだったが、今の稼働はミレニアムの防衛システム本体が「プラント内で大規模な破壊行為が発生した」と誤認、あるいは過剰反応したことによるものだった
「あっ……!」
ユウカが青ざめた顔で顔を上げる
「ま、まさか……先ほどの超巨大砲撃のエネルギー反応を、プラントの防衛AIが『外部からの大規模テロ攻撃』と誤認したのね……!? 自動防衛システムが、生き残っている全てのセクターで敵対モードに入っちゃった……!」
ガタガタと音を立てながら、プラントの天井ハッチや床下から、さらに数十体の最新鋭警備ロボット――治安維持用の制圧型オートマタたちが次々と這い出てくる。その数、先ほどを優に上回る規模だった
「おいおいおいおい! 冗談だろ! 一難去ってまた一難ってレベルじゃねえぞ!」
レイカが思わず声を荒らげる
「さっきのはあくまで『暴走した個体』だったけど、今度はミレニアムの全自動防衛システムが俺たちを『排除すべき外敵』として完全にロックオンしてるじゃないか!」
「ふふ、流石は科学の都。防衛システムの自動防衛アルゴリズムも非常に優秀ですね……って、感心している場合ではありませんね!」
ノアが珍しく冷や汗を浮かべながら、タブレット端末を操作してシステムの強制停止コードを入力しようとする。しかし、プラントのメインAIはすでに完全な独立防衛モードに移行しており、内部からのアクセスすらも「ハッキングによる乗っ取りの試行」として弾き返してしまう。
「ダメです! システムが完全にロックされています! 私たちの権限すら弾かれるなんて……!」
ユウカが歯噛みしながら叫ぶ
そして、その無数の警備ロボットたちの群れの中心から、一際大きく、不気味に青い光学照準器を光らせた重装甲・制圧特化型のオートマタが、重い足音を響かせながら一歩前に踏み出した。その両腕のガトリング砲とグレネードランチャーが、一斉にレイカたちの姿を捉えてカチリと冷たいロックオン音を響かせる
「――ターゲット、ロスト・アンド・デストロイ。侵入者を排除します」
合成音声の冷徹なアナウンスと共に、数十の銃口が同時に火を噴こうとしたその瞬間――
「……っ!」
レイカの背筋に、尋常ではないレベルの悪寒が走った
カエデが再びあの巨大なレールキャノンを構えるには、冷却と再展開のプロセスが必要で間に合わない。ヒバナは相変わらずニヤニヤしながら別のガジェットを取り出そうとしているが、悠長に構えている暇など一秒たりともなかった
(くそっ……間に合わない……ッ!使うしかないか……ッ!)
思考の速度が極限まで加速する
レイカの瞳の奥で、彼女が自身の切り札として隠し持っていた力――『絶対加速』を制御するミスティック・ナイトロシステム
それは、レイカの神秘を制御するためだけに作られた物システム――周りの時間を置き去りにする速さで動けるようになる神秘の為だけのもの
《ミスティック・ナイトロシステム 起動》
世界がとてつもなくゆっくりになっていく――
カエデがパルスライフルに持ち替えようとし、ヒバナは自身の銃を取り出そうとし、ユウカはシステムを復旧させようとする様子がゆっくりと流れていた
そんな世界にたった一人だけ、通常の速さで動くレイカ
「――遅いんだよ、機械人形が」
レイカの口元に、不敵で、しかしゾッとするほど冷徹な笑みが浮かぶ
彼女の動きが残像を残し、それが軌跡を描いていく……
空間を切り裂くような超音速の踏み込み
時間の流れの外側から叩き込まれるような圧倒的な機動力を伴って、レイカは停止したロボットの群れの中へと文字通り「瞬間移動」のように滑り込んだ
手に握りしめていたのは、愛用の武器
レイカはゆっくりと流れていく世界の中心で、一寸の狂いもない正確無比な動作で銃口を次々と敵の致命的な弱点――メインジェネレーターのコアへと突き立て、引き金を引いく
一発、二発、三発――
コンマ数秒の間に放たれた銃弾の軌跡が、白い軌跡となってプラントの空間を幾重にも縫い上げていく
それは射撃というよりも、まるで空間そのものを細切れのスクラップに書き換えるような、圧倒的な暴力の芸術だった
そして――
「これで終わりだ」
レイカが最後の一撃を放ち、敵の群れの真ん中からふっと元の位置へと体勢を戻した、その直後。
ゆっくりとなっていた時間が元に戻っていく――
ドガガガガガガガァァァンッ!!
ミニガンよりも早い連射がロボット達を襲う
レイカが突入し、通り過ぎた軌跡上にいた数十体の最新鋭警備ロボットたちが、一斉に内部から青白い亀裂を走らせ、次の瞬間に一木残らず粉々に爆散した
煙が立ち込め、静寂が再びプラントを支配する
レイカは軽く息を吐き出しながら、ゆっくりと銃をホルスターへと収めた。その間、経過した時間はわずか「たったの1秒」
周囲の光景があまりにも一瞬の出来事すぎて、何が起きたのか理解できていない者たちがそこにいた
「え……? え……?」
ユウカは目の前で一瞬にしてスクラップの山と化した数十体の警備ロボットの残骸を見つめ、自分の目を疑うように何度もパチパチとまばたきをした
ロボットが動き出してから、粉々に砕け散るまで、ユウカの脳内ではほんの一瞬の出来事すぎて「何がどうなったのか」の処理が全く追いついていない
「……いま、何が起きました?」
ノアは持っていたペンをポトリと地面に落とし、信じられないものを見る目でレイカの背中を見つめていた
「ロボットの群れが起動した瞬間……レイカさんが視界から消え、気づいた時には全てのロボットのコアが破壊され、同時多発的に爆発四散した……? そんな、人間の動体視力や反射神経で処理できる物理運動の限界を、完全に逸脱しています……」
「……流石はリーダーです。いざという時の決定力においては、私の砲撃以上の脅威ですね」
カエデは埃を払いながら、そう告げる
そして、カメラ映像からこの様子を目撃していた天才・リオは、その端正な顔を初めて驚愕に染め上げ、信じられないというように息を呑んでいた
「……今の機動は……? 物理法則の加速ではない……。人間の肉体にあれほどの負荷をかけながら、空間そのものを置き去りにするような超高精度な『例外処理』……。ネクストライスクールには、こんな化け物じみた個体がまだ隠されているというの……?」
リオの瞳に宿る光が、ただの興味や好奇心を超え、計り知れない畏怖と、それを何が何でも解き明かしたいという強烈な執着の色へと変わっていく
そんな周囲の圧倒的な沈黙と驚愕の視線を一身に集めながら、レイカはこめかみを軽く押さえ、やれやれといった様子で大きなため息をついた
「ふぅ……マジで死ぬかと思ったぞ。ミレニアムの歓迎ってのは、どいつもこいつも命がいくつあっても足りないスリル満点なもんだな……。頼むから、これ以上俺の胃を休ませる暇を奪わないでくれよ……?」
レイカのその脱力したような、しかしどこか圧倒的な強者を漂わせる呟きを合図に、静まり返っていたミレニアムの第3プラント区画に、再び冷や汗とどよめきの混じった現実の時間が戻ってくるのだった