転生者共の学園生活   作:矢守龍

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Vol.18 連邦生徒会長

DUシラトリ地区にある『シャーレの真隣のビル』を2棟丸ごと買い叩くという、西条ハレカの豪快極まりない大博打から、早いもので4ヶ月の月日が流れていた

 

季節は巡り、キヴォトスにも新しい年度の始まりを告げる風が吹き抜けている

 

ネクストライスクールもまた、新学期を迎えて大きな変化の中にあった

 

開校時の混迷期を駆け抜けてきた創設初期のメンバー――赤坂レイカや生徒会長の西条ハレカ、青花ヒバナ、佐藤アリカや高橋ミサカなどは、ついに最高学年である『3年生』へと進級した

 

そして、後からやってきて賑やかし兼トラブルメーカーとして定着した霧状ヘルタや街肩カリネといった後輩たちも、無事に『2年生』へと進級を果たしている

 

「……はぁ。まさかこの年になって、もう一度『高校3年生』をやることになるとは思わなかったな」

 

生徒会室の広大な執務机で、赤坂レイカは新年度の書類束に目を通しながらポツリと呟いた

 

前世で大人として社会の荒波に揉まれ、事故で命を落としてこのキヴォトスに転生してから数年。二度目の高校生活も、いよいよ泣いても笑っても最後の1年ということになる。

 

「ふふ、何を言っているのですか、レイカ君。二度目の青春を満喫できると考えれば、これほど贅沢な人生はありません」

 

向かいのデスクで、紅茶の湯気をくぐらせながらエレガントにペンを走らせているのは生徒会長の西条ハレカだ。相変わらず政治家特有の圧倒的な余裕と品格を漂わせている

 

「贅沢ねぇ……。現場の総責任者として胃を痛め続けてる俺からすれば、生きた心地がしない毎度おなじみの過密日程なんだがな」

 

レイカは黒髪ウルフカットの頭をガリガリと掻きむしり、手元にある「今年度の新入生名簿」の最終集計結果を指で叩いた

 

「それよりハレカ、この数字を見たか? 今年度のネクストライスクールへの新規新入生・編入生の数……『764名』だぞ」

 

「ええ、報告を受けました。これで我が校の全校生徒数は、創設当初の500名程度から跳ね上がり、今や1300名を超える大世帯となりました」

「1300人……。もはや一過性の勢力どころか、連邦生徒会も無視できない独立学園都市の規模じゃねえか。……だが、俺が言いたいのはそこじゃない」

 

レイカは声を潜め、表情を真剣なものへと切り替えた

 

「なあ、ハレカ……お前もおかしいと思わないか? なんで『転生者』が、これほど大量にキヴォトスに流れ込んできてるんだ?」

 

ネクストライスクールに所属する生徒は、その全員が「日本で一度死亡し、前世の記憶を持ったままキヴォトスの女子生徒として転生してきた者たち」である

 

最初の数人は「偶然の奇跡」で済んだ。だが、口コミや捜索によって集まった初期の542名に続き、2年目、3年目と、まるで湧き出る水のように毎月毎月、日本での死を経てキヴォトスへ転生してくる人間が絶えないのだ

 

「前世の日本で、そんなに大人数が同時に死ぬような大災害でも起きたのか? それとも……このキヴォトスという世界そのものが、前世で心残りや未練を残して死んだ大人の魂を引き寄せているのか……?」

「……深遠な疑問ですね、レイカ君」

 

ハレカは静かに視線を落とし、紅茶のカップをソーサーに戻した

 

「ですが、理由がどうであれ、路頭に迷うはずだった同郷の魂たちが我が校を目指し、ここで新たな生き場所を見出している……。それこそが、私たちがこの『ネクストライスクール』を作った真の意義です。どれほど人数が増えようと、全員を受け入れ、彼らの青春を守る。それが生徒会たる私の、そして現場を束ねるあなたの役割でしょう?」

「……ちぇっ、相変わらず言うことが綺麗に決まりすぎてて反論できねえよ」

 

レイカが苦笑いを浮かべた、その時だった

 

 

 

――カチャン。

重厚な防音仕様になっているはずの生徒会室のドアノブが、静かに回る音が響いた

 

防衛部のツヨシたちが構築した最新鋭のセキュリティアラートは、一切反応していない。外部からの不審者侵入を告げる警報も鳴っていない

 

だというのに、扉はゆっくりと押し開かれ――その『人物』は、まるで最初からそこに存在していたかのように、静かに室内へと足を踏み込んできた

 

「――失礼します。突然の訪問をお許しください」

 

澄んだ、しかしどこか遠くを見つめるような儚さを秘めた声が、生徒会室の空気を震わせた

 

「っ――!?」

 

レイカは無意識に腰の愛銃『ゼロモーメントポイント』のグリップに手を伸ばし、跳ね起きるように立ち上がった。隣のハレカもまた、目を見開き、息を呑む

 

 

そこに立っていたのは、一人の少女だった

透き通るような青い髪。連邦生徒会を象徴する白い制服を身に纏い、その頭上には、キヴォトスの最高権威を示す神秘的なヘイローが静かに揺らめいている

 

キヴォトスの頂点に君臨し、全学園を統率する絶対的な存在――

 

 

 

「……連邦、生徒会長……!?」

ハレカが声を詰まらせる

政治家として幾度となく書類や映像越しに目にしてきたキヴォトス最高指導者の姿が、警報ひとつ鳴らさず、ネクストライスクールの生徒会室の真っ只中に現れたのだ

 

「防衛システムを迂回させていただきました。驚かせてしまってごめんなさい、赤坂レイカさん、西条ハレカさん」

 

連邦生徒会長は、静かに、そして穏やかに二人の名前を呼んだ。その瞳には、深い疲労と、それ以上の決意、そしてどこか哀悼に似た眼差しが宿っていた

 

 

「連邦生徒会長殿……一体どういうおつもりです?」

 

ハレカがいち早く冷静さを取り戻し、前に出る

 

「事前の外交ルートを通さぬ突然のご訪問、それも我が校の防衛網を突破しての潜入……。これは我がネクストライスクールに対する主権侵害と受け取られても文句は言えません」

「はい……返す言葉もありません。ですが、私にはもう……オフィシャルな手続きを踏んで交渉するだけの『時間』が残されていないのです」

 

連邦生徒会長は深く頭を下げた

その態度には、一国の首長としての威圧感はなく、ただ重責に押し潰されそうになりながらも、最後の望みを繋ごうとする一人の少女の必死さだけがあった

 

「時間がない……? 一体どういう意味だ?」

 

レイカは銃から手を離し、警戒を怠らないまま問い詰めた

連邦生徒会長はゆっくりと顔を上げ、レイカの目をまっすぐに見つめ返してきた

 

「あなた方は……『異邦の魂』を持つ者たちですね。一度別の世界で大人として生き、このキヴォトスに二度目の命を得た、特別な存在……」

「――ッ!!」

 

 

レイカの心臓が跳ね上がった

ネクストライの生徒たちが転生者であることは、学園内の秘密であり、外部の学園には一切明かしていない絶対の極秘事項だ。それを、この少女は初対面で当然のように口にしたのだ

 

「驚く必要はありません。このキヴォトスにおける神秘と歪み、そして世界の理を統轄する立場として……あなた方という『計算外の特異点』が集まり、ひとつの巨大な運命の器を作り上げたことは、ずっと観測していました」

 

彼女は悲しげに小さく微笑んだ

 

「本来の私の予定には……私の引き起こした『選択の誤り』によって辿り着くはずだった結末には、あなた方の存在は組み込まれていませんでした。ですが、あなた方は自らの力で未来を切り拓き、第三の選択肢としてここに立っている……。だからこそ、私は賭けることにしたのです」

 

そう言うと、連邦生徒会長は制服の懐から、ひとつの物体と一通の封書を取り出し、執務机の上に静かに置いた

 

その物体を目にした瞬間――レイカの全身に鳥肌が立った

 

薄型で、洗練された流線型のデザインを持つ、タブレット端末

 

その中央には、特徴的なマークが刻印されている

 

(これ……! 『ブルーアーカイブ』の最重要キーアイテム……!)

『シッテムの箱』

 

 

 

「これは……」

ハレカが不審そうにそのタブレットを見つめる

 

「連邦生徒会長の権限を完全に行使するための、最高級プロテクト端末『シッテムの箱』……。そして、連邦生徒会行政委員会室、七神リンへ宛てた手紙です」

 

連邦生徒会長は、そのタブレットと手紙をレイカの方へと押し滑らせた

 

「赤坂レイカさん。……これを、あなた方に託します」

「な……!? 待て! なんで俺たちにこんなヤバいものを渡すんだ!? これは連邦生徒会の、お前たちの物だろ!」

 

レイカが思わず叫ぶと、連邦生徒会長は静かに首を振った

 

「今、これを連邦生徒会の内部に置いておけば、私の不在とともに権力闘争の渦に巻き込まれ、正しく機能しなくなる恐れがあります。……今から『約2ヶ月後』、キヴォトスの外から、ひとりの『大人』――『先生』が着任します」

「……先生……」

「はい。その方がやってきた時……そして、連邦生徒会が混乱の極みに達し、七神リンが途方に暮れたその時に……この『シッテムの箱』と手紙を、彼女と『先生』に手渡してほしいのです」

 

 

彼女の言葉は、まるで己の死期をさとった者の遺言のように静かで、圧倒的な重みを孕んでいた

 

「私は……選択を誤りました。自分の傲慢さと過信によって、この世界を、愛しい生徒たちを、絶望の淵へと追いやろうとしてしまいました。責任から逃げることは許されません。ですが……私が姿を消した後、この世界を繋ぎ止めるためには、『先生』の力と、そして……前世で大人としての経験を持ち、この世界を愛してくれたあなた方の力が必要なのです」

 

連邦生徒会長は、レイカとハレカに向かって、深く、深く頭を下げた

 

「我が儘な頼みであることは百も承知しています。ですが……どうか、キヴォトスの未来を……生徒たちの青春を、よろしくお願いします」

「おい! 待てって言ってるだろ! 姿を消すってどういう意味だ!? お前、一体どこへ行くつもりなんだよ!?」

 

 

レイカが詰め寄ろうと踏み出したが、連邦生徒会長は静かに背を向けると、生徒会室の重厚なドアノブに手をかけた

「赤坂レイカさん。……二度目の青春を、どうか大切に」

 

言葉を残し、彼女はすっと扉を開けて外へと出て行った

 

バタン、と静かにドアが閉まる

 

「あ、おいッ!!」

 

レイカは即座に駆け出し、勢いよくドアを押し開けた

生徒会室の外に広がるのは、まっすぐに伸びる長い廊下だ。扉が閉まってからほんの1秒、2秒しか経っていない。足音だって聞こえるはずだった

 

 

 

 

だが――

 

「……嘘だろ……?」

 

廊下には、誰もいなかった

 

右を見ても、左を見ても、人影ひとつ存在しない。足音も、気配すらも、まるで最初から誰もそこに立っていなかったかのように綺麗さっぱり消え去っていたのだ

 

「レイカ君……!?」

 

ハレカも部屋から飛び出してきたが、誰もいない廊下を見て息を呑む

 

「……いない。消えた……」

 

レイカは開いたドアの枠を掴んだまま、茫然と立ち尽くすしかなかった

 

残されたのは、静まり返った廊下と、執務机の上にポツンと残された『シッテムの箱』、そして一通の手紙だけだった

 

 

 

 

 

連邦生徒会長が不可解な形で姿を消してから、1週間が経過した

 

あの日以来、連邦生徒会長がネクストライスクールに現れることはなく、レイカたちはあからさまな混乱を避けるため、事態を極秘として普段通りの学園生活を続けていた

 

そんなある日の午後、生徒会室でレイカとハレカが今後の防衛体制について協議を行っていると、静かなノック音が響いた

 

「入っていいかな?」

 

柔らかく穏やかな声とともに扉を開けて入ってきたのは、黒髪ボブのアンニュイな少女――創設メンバーの一人であり、3年生になった高橋ミナサだった

 

「ミナサか。どうした?」

 

レイカが声をかけると、ミナサはどこか不安げな表情を浮かべ、静かな足取りで二人のデスクへと歩み寄ってきた

 

「うん……レイカくん、ハレカさん。ちょっと、気になる噂を聞いたから……二人に耳に入れておいた方がいいと思って」

「気になる噂……ですか?」

 

ハレカがペンを止め、ミナサを見つめる

 

ミナサは自身の耳にそっと手を当てた。彼女の神秘は『拡張された聴覚』。微細な振動や遠くの音を拾い集める彼女の情報収集能力は、学園内でも随一だ

 

 

「連邦生徒会本部の周辺や、他学園の外交ルートの通信をいくつか拾っていたんだけどね……。『連邦生徒会長が、どこにもいない』っていう噂が流れ始めているの」

「……ッ」

 

レイカとハレカは顔を見合わせた

 

「連邦生徒会長が……失踪した、ということですか?」

「うん……。公式な発表はまだ何も出ていないよ。行政委員会も必死に隠しているみたい。でも、ここ数日、連邦生徒会長が一切の決裁書類に目を通していないことや、定例会議を連続で欠席していることで、内部でかなり動揺が広がっているみたいなんだ」

 

ミナサは落ち着いた、けれど真剣なトーンで言葉を続ける

 

「今はまだ、『公務で多忙なだけじゃないか』とか『どこかに視察に行っているんじゃないか』っていう不確かな“噂”の段階。でも……連邦生徒会の機能が少しずつ滞り始めていて、街のセキュリティロボットの挙動も怪しくなり始めてる。この噂……ただの噂じゃ済まない気がするんだよね」

 

ミナサの言葉に、レイカは深く溜息をつき、ウルフカットの髪をガリガリと掻きむしった

 

「ああ……ミナサ、教えてくれてありがとな。……残念ながら、その噂は……『事実』だ」

「え……?」

 

ミナサが驚いたように目を丸くする

レイカは引き出しから、あの日連邦生徒会長から託された『シッテムの箱』と手紙を取り出し、デスクの上に置いた

 

「1週間前、連邦生徒会長本人がここにやってきて、これを俺たちに託していったんだ。『自分が姿を消した後、しかるべき人物に渡してくれ』ってな」

「そんな……連邦生徒会長本人が……?」

「ええ」

 

ハレカが重々しく頷く

「ミナサさん。今あなたが耳にした噂は、これから確実にキヴォトス全土を揺るがす大事件へと発展します。今はまだ連邦生徒会も情報統制を敷き、噂レベルで持ちこたえていますが……それも時間の問題でしょう」

 

ミナサは息を呑み、静かに『シッテムの箱』を見つめた後、納得したように頷いた

「そうだったんだ……。だから連邦生徒会周辺の『音』が、あんなに不協和音を起こしていたんだね……。レイカくん、ハレカさん、私たちはどう動く?」

 

レイカは椅子から立ち上がり、腕を組んで窓の外を見やった

 

「噂が『完全な確定事項』になるのは……あと約2ヶ月後だ」

「2ヶ月後……?」

「ああ。2ヶ月後、キヴォトスの外から『先生』と呼ばれる人物がやってくる。その時、連邦生徒会の混乱は隠しきれなくなり、サンクトゥムタワーの制御失陥とともに、連邦生徒会長の失踪は全キヴォトスへ決定的な事実として周知されるはずだ」

 

原作知識を持つレイカには、そのシナリオがはっきりと見えていた

今はまだ嵐の前の静けさ。『連邦生徒会長がいないらしい』という不穏な噂がジワジワと広がり、治安が悪化していく猶予期間だ

 

そして、先生が着任したその瞬間こそが、旧体制の崩壊と、噂が確定事項へと変わり、新たな物語の開幕を告げる合図になる

 

「ミナサ。ツヨシとカエデに伝えてくれ。防衛部のDU駐在部隊の配備を急がせる。それとミヤカの土建部にも、例の『シャーレお隣の2号ビル』の防衛要塞化を2ヶ月以内に完璧に終わらせるよう言ってくれ」

 

「わかったよ、レイカくん。すぐにみんなに伝えて、索敵網の強化も進めておくね」

 

ミナサは頼もしく頷くと、静かな足取りで生徒会室を後にした

 

「……さて、レイカ君」 

 

ハレカが凛とした眼差しでレイカを見る

 

「運命の『先生』がやってくるまで、あと2ヶ月。噂が事実に変わり、キヴォトスが混乱の極みに達するその時に向けて……我がネクストライスクールの最高外交権限と戦力、すべてを注ぎ込んで事前準備を完了させましょう」

「ああ。やるべきことは決まってる」

 

レイカは『シッテムの箱』を厳重なアタッシュケースに収め、愛銃のチェックを行った

 

連邦生徒会長の失踪という激震

だが、ネクストライスクールにはハレカの手配したシャーレの真隣という特等席があり、仲間たちが作り上げた力がある

 

 

 

あと2ヶ月

『先生』がこの世界に降り立ち、噂が決定的な現実へと変わるその日に向けて、ネクストライスクールの「事前準備」は最終段階へと突入するのだった

 

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