連邦捜査部『シャーレ』が正式に発足し、先生がその着任を果たしてから数日が経過した
サンクトゥムタワーの機能が一時的に復旧したことで、キヴォトス全域を覆っていた大混乱はひとまず沈静化を見せていた。しかし、行政機能の完全な正常化には程遠く、各学園が抱える問題や不良勢力のくすぶりは依然として残されたままである
そんな慌ただしい情勢の裏側で、ここネクストライスクールの本校舎生徒会室には、平和で穏やかな時間が流れていた
高級感のある木製の大型デスクを囲むように配置されたソファセット。その中央のガラステーブルには、湯気を立てる紅茶のカップと、工芸部部長の佐屋サレが制作したという美しいカットガラスの小皿が並べられている。皿の上には、土建部や家政系の部活動から差し入れられた色とりどりの焼き菓子が盛り付けられていた
「ふぅ……。やっぱり、サレの作ったガラス器で飲むお茶は格別だな」
ソファの背もたれに深く体を預け、息を吐いたのはネクストライスクールの現場総責任者——赤坂レイカだった
黒髪のウルフカットから覗くターコイズカラーの毛先を揺らし、愛銃『ゼロモーメントポイント』を脇のチェストに預けた彼女は、リラックスした様子でカップを口へ運ぶ
その向かい側には、整った制服を隙なく着こなし、凛とした佇まいで書類に目を通している生徒会長・西条ハレカの姿があった
「レイカ君、いくら安全が確保されたからといって、寛ぎすぎではありませんか? まだ他校との貿易交渉や、DU第2校舎の拡張工事の承認書類が山積みですよ」
「分かってるって、ハレカ。でもさ、あのシャーレ前での大立回りからこっち、連日連夜のセキュリティチェックで俺の頭はオーバーヒート寸前なんだよ。少しは糖分補給させてくれ」
レイカが苦笑いしながらクッキーをつまむと、ソファの脇から賑やかな声が上がった
「そうっすよ、ハレカ先輩! リーダーはあの時、一人でめちゃくちゃ格好良く前線を制圧してくれたんすから! これくらいのご褒美はお茶の子さいさいっす!」
元気いっぱいに声を張ったのは、茶髪ロングをなびかせた1年生の霧状ヘルタだ。その隣では、銀髪ショートの街肩カリネが、手慣れた様子でハレカのカップにお湯を注ぎ足している
「ヘルタ、言葉の使い方が少し変っす。『羽を伸ばしてもバチは当たらない』と言いたいんじゃないっすか?」
「それっす! さすがカリネ、語彙力が高くて助かるっす!」
「はいはい、二人とも騒がしいですよ」
ハレカは呆れたように首を振ったが、その表情には柔らかい微笑みが浮かんでいた
そして、この和やかなお茶会には、今日から新たに二人の顔ぶれが加わっていた
生徒会の新執務補佐として着任したばかりの1年生——天笠ネカと、立火ジュカである
天笠ネカは、少し癖のある黒髪を後ろで緩くまとめ、丸眼鏡の奥から興味津々といった眼差しで生徒会室を見回している。一方の立火ジュカは、短く切り揃えた赤い髪が特徴的な、引き締まった体幹を持つ少女だ
「あの……ハレカ先輩、レイカ先輩。新しく生徒会室の雑務をお手伝いすることになりました、天笠ネカです。よろしくお願いします……!」
ネカが緊張した面持ちで深々と頭を下げると、隣のジュカもまっすぐな姿勢で姿勢を正した。
「立火ジュカです! 防衛部との連携窓口と、生徒会の備品管理を担当します! よろしくお願いします!」
「二人とも、よろしくな。肩肘張らなくていいぞ。うちは既存の大規模学園みたいなお堅い階級社会じゃないからな」
レイカが気安く手を振ると、ヘルタがニヤリと笑ってネカとジュカの肩を叩いた
「そうっすよ! ネカちゃんもジュカちゃんも、うちの『原作知識組』仲間なんすから、もっとフランクにいこうっす!」
「あ、はは……ヘルタ先輩、声が大きいですっす……」
ネカは照れくさそうに苦笑いした
そう、新しく生徒会に入ってきたこの二人もまた、前世で『ブルーアーカイブ』というゲームをプレイし、この世界に転生してきた「知識持ち」の生徒たちだった
「それにしても……」
ジュカが紅茶を一口飲み、感傷深いような溜息をついた
「本当に私、ブルアカの世界に転生しちゃったんですね……。最初にキヴォトスで目を覚ました時は夢かと思いましたけど、ネクストライスクールっていう転生者の学園があって本当に救われました」
「分かるっす!」
ヘルタが大きく身を乗り出す
「自分も最初は『ヘイローがある!? 銃撃されても痛いだけで死なない!?』って大パニックだったっす! でもリーダーたちがこの学園を作ってくれたおかげで、こうやって安全に推し活……じゃなくて、青春を満喫できてるんすから!」
「推し活って言っちゃってるじゃないですか、ヘルタ先輩」
ネカが丸眼鏡の位置を直しながら突っ込む
「でも、私も前世ではブルアカの大ファンでしたから……正直、この前レイカ先輩がシャーレの『先生』に直接会ってきたって聞いて、羨ましくて夜も眠れなかったです」
「あはは、ネカは前世でアニメやマンガなど色んなもの読み込んでたタイプだもんね」
ジュカがくすくす笑うと、ネカは顔を真っ赤にして「ジュカちゃん、それは秘密にしてって言ったでしょ!?」と抗議した
そんな後輩たちのやり取りを、レイカは可笑しそうに眺めていた
「まあ、気持ちは分からんでもないけどな。俺だって、あのゲームの画面越しに見ていた『先生』が、目の前で生身の人間として呼吸して、喋ってるのを見た時は流石に妙な感覚だったよ」
「レイカ先輩! それで、本当のところどうだったんですか!?」
ネカが身を乗り出し、身を乗り出さんばかりの勢いでレイカに詰め寄る
「前章でヘルタ先輩からは『アニメ版の先生に近かった』って聞きましたけど! 具体的にどんな感じだったんですか!? 雰囲気は!? 匂いは!? 立ち振る舞いは!?」
「おいおい、鼻息が荒いぞネカ」
レイカは苦笑しながら手をかざした
「匂いまでは嗅いでねぇよ……。でもそうだな。一言で言えば『不器用だけど、腹が据わってる大人』って感じだったな。ヘルメット団の激しい銃撃戦の真ん中に放り出されて、ヘイローもない生身の身体なのに、生徒を庇おうと必死になってた」
「……やっぱり、先生は『先生』なんですね」
ジュカが真面目な顔で頷く
「ゲームのプレイヤーとして操作していた時もそうでしたけど、あの人はどんな状況でも生徒のことを一番に考える人でしたから。本物のキヴォトスでも、その根底は変わってないんだ……」
「ええ」
それまで静かに書類を整理していたハレカが、ゆっくりとペンを置いた
「連邦生徒会長がなぜ、既存の三大学園(ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム)の誰でもなく、異世界から『大人』を招いたのか……。その理由の一端が、そこに集約されているのでしょうね」
「ハレカ先輩……相変わらず分析が鋭いっす」
カリネが感心したように呟く
「でもさ〜!」
ヘルタがカップをテーブルに置き、悔しそうな顔をした
「本当なら、自分たちもシャーレの結成式とか、先生との最初の出会いの場に居合わせたかったっす! 原作知識組としては、歴史的瞬間のプレミアムチケットを逃した気分っすよ!」
「バカ言え」
レイカはヘルタの額を小指で軽く小突き、呆れたように笑った
「あそこは弾丸とロケット砲が飛び交う戦場だったんだぞ。お前みたいな原作知識だけで浮かれてる奴が行ったら、ミヤカの補強壁の陰で泣き叫ぶのが目に見えてるわ」
「ひー! リーダー、酷いっす! 自分だって防衛部の訓練はちゃんと受けてるっすよ〜!」
ヘルタが額を押さえて大袈裟に痛がり、部屋の中にドッと笑いが起きた
新しく入ったネカとジュカも、最初は緊張していたものの、レイカやハレカたちのフランクな雰囲気に毒気が抜けたようで、楽しそうに笑っている
「でも、これでひとまずプロローグは終了ってわけだ」
レイカは窓の外、遠くに見えるサンクトゥムタワーのシルエットを見つめた
「俺たちが介入したことで、原作の展開には少し『ひび』が入った。本来なら先生とリンちゃんたちがギリギリで勝利するはずの戦いを、俺たちの圧倒的火力で瞬殺しちまったからな。しかも、ワカモがシャーレに入っていく様子は無かった*1……これから先、物語がどう変化していくかは俺たちにも読めない」
「ですね」
ネカが少し不安そうに呟いた
「対策委員会編や、時計じかけの花のパヴァーヌ編、エデン条約編……原作のストーリーが崩れて、予期せぬトラブルが起きたらどうしようって、ちょっと怖くもあります」
「何を言っているのですか、ネカさん」
ハレカが毅然とした態度で背筋を伸ばし、新入生たちを見つめた
「原作の知識は、あくまで私たちがこの世界で生き抜くための『道しるべ』の一つに過ぎません。シナリオ通りに進むかどうかを怯える必要はないのです。私たちはただ、このネクストライスクールの生徒として、自分たちの青春と仲間を守るために動くだけですよ」
「ハレカ先輩……!」
ネカの目が尊敬の眼差しで輝く
「かっこいい……! さすが政治家前世のハレカ先輩っす! 説得力が違うっす!」
ヘルタが拍手を送ると、ハレカは「茶化さないでください」と頬を微かに緩めた
そんな風に、和気藹々としたお茶会が続いていた、その時だった
ピローン! ピローン!
生徒会室の壁に設置された通信システムから、けたたましいアラート音が響いた
それと同時に、デスクの上のインカムが赤く点滅を始める
「ん……? 防衛部からの緊急連絡か?」
レイカが素早く表情を引き締め、通信ボタンを押した
「こちら生徒会室、レイカだ。どうしたツヨシ?」
『あ、レイカさん! 防衛部責任者のツヨシです! 大変です、正門で緊急事態が発生しました!』
スピーカー越しに聞こえるツヨシの焦った声に、部屋の空気が一瞬で緊張感に包まれた
ネカとジュカが顔を見合わせ、ヘルタとカリネも即座に姿勢を正す
「どうした? またヘルメット団の残党か? それともどこかの過激派学園がイチャモンでもつけにきたか?」
レイカの手が自然と愛銃のホルスターへと伸びる。しかし、ツヨシから返ってきた言葉は、まったく予想だにしないものだった
『い、いえ! 敵襲ではありません! ……シャーレの『先生』が、たった一人で正門にやってきました!!』
「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!????」」」」」
生徒会室に、レイカ以外の四人——ヘルタ、カリネ、ネカ、ジュカの絶叫がハモって響き渡った
「ツ、ツヨシ先輩、今なんて言ったっすか!?」
ヘルタが通信マイクに飛びつく
「先生!? シャーレの先生が、うちの正門にアポなしで来てるって言ったんすか!?」
『は、はい! 間違いありません! 連邦生徒会のSPも連れず、手ぶらに近い状態で徒歩で正門にお見えになりました! 今、防衛部の学内警察部隊が慌てて身元確認と警護に入っていますが……ご本人です! 「レイカさんやハレカさんに挨拶がしたい」とおっしゃっていまして……!』
「マジで言ってるのかよ……!?」
流石のレイカも目を見開き、驚きを隠せない
数日前にシッテムの箱を渡し、それっきり「用があれば連絡しろ」と言って立ち去ったはずの相手が、まさか向こうから単身で直談判に来るとは夢にも思っていなかったからだ
「ど、どうするっすかリーダー!? 先生が! 本物の先生が正門にいるんすよ!?」
「パニックになるなヘルタ! ジュカ、ネカ、服の乱れはないっすか!? 鏡、鏡はあるっすか!?」
「わわわ、私のメガネ曲がってないですか!? どうしよう、先生に会えるなんて心の準備が—!」
「落ち着いてください二人とも! 防衛部の迎撃姿勢……じゃなくて、接遇体制を確認しないと!」
一年生と二年生のパニック状態は最高潮に達していた
原作知識組にとって「先生」という存在は、この世界における絶対的な主人公であり、特別な存在だ。それが何の予告もなく自校の正門に現れたのだから無理もない
しかし――そんな大騒ぎの中で、ただ一人だけ、全く動じた様子を見せない人物がいた
生徒会長・西条ハレカである
ハレカは優雅な動作で紅茶を一口飲み、トレイの上にカップを静かに置くと、ふっと満足げな笑みを浮かべた
「……ふふ。予想していたよりも、少し早いお出ましでしたね」
「……ハレカ?」
レイカが驚いてハレカを見つめる
「お前……まさか、先生が来ること知ってたのか?」
「知っていた、というよりは『必ず来る』と確信していたのですよ」
ハレカは立ち上がり、制服のシワをサッと手で伸ばした
「考えてもみてください。シャーレという組織が立ち上がり、サンクトゥムタワーの制御権を得たとはいえ、現在の連邦生徒会は完全な人手不足です。そして、その危機を救い、シッテムの箱という最重要機密を届けてくれたのは、どこの誰でしょうか?」
「……俺たち、ネクストライスクールだな」
「ええ。行政のトップとして、そして一人の人間として、責任感の強い『先生』という人物が、あの時の非礼とお礼をうやむやにするはずがありません。七神リン首席行政官の制止を振り切ってでも、直接感謝を伝えに首脳陣へ挨拶に来る……彼の性格を分析すれば、極めて自然な行動です」
「なるほどね……さすがハレカ、相変わらず頭が回るわ」
レイカは苦笑いしながら頭をかいた
「よし、ツヨシ! 先生を別室に放置するなよ! 最高レベルの警戒……じゃなくて、最優先の来賓として、この生徒会室へ案内しろ!」
『了解しました! 至急、学内警察の護衛付きで生徒会室へ案内します!』
通信が切れると、レイカはパニックになっている後輩たちに向き直った
「おい、お前ら! 落ち着け! 先生が来たら台無しだぞ。ネカ、ジュカ、お茶を新しく淹れ直せ。ヘルタとカリネは部屋の散らかった書類を片付けろ!」
「「「「は、ハイッス!!」」」」
一同はハッと我に返り、猛スピードで部屋の整理と来客準備を開始した
それから数分後
生徒会室の重厚な観音開きのドアが、トントンと軽やかに叩かれた
「ネクストライスクール生徒会室の皆様、シャーレの先生をお連れしました」
ツヨシの声とともにドアが開く
そこに立っていたのは――シンプルだが清潔感のあるスーツを着こなし、少し恐縮したような笑みを浮かべた一人の「大人」だった
「やあ……突然押しかけてしまってごめんね。忙しいところ邪魔をしていないかな?」
柔らかく、どこか温かみのある声
その瞬間、部屋の中にいたネカ、ジュカ、ヘルタ、カリネの息が止まった
(((((ほ、本物だーーーーーっ!!!)))))
心の中で叫ぶ後輩たち。生で見る「先生」の佇まいに、ネカは感激のあまりメガネが曇りそうになり、ジュカは直立不動で固まっている
レイカはそんな後輩たちの様子に内心で苦笑しつつ、一歩前へ踏み出した
「いや、驚いたよ先生。まさかシャーレのトップが、SPもつけずに単身でうちの正門にやってくるなんてな」
「はは……リンちゃんには大丈夫ですか?って言われたよ。でも、わざわざそんなことしなくても大丈夫なのはわかってたから」
先生は困ったように微笑みながら、手にした紙袋を持ち上げて見せた
「これ、DU地区で人気の洋菓子店のお菓子なんだ。大したものではないけれど、この前の助けてもらったお礼と、シッテムの箱を届けてくれたことへの感謝の気持ちだよ」
「まあ……ご丁寧に恐れ入ります、先生」
ハレカが静かに歩み寄り、完璧な礼法でお辞儀をした
「ネクストライスクール生徒会長の西条ハレカです。当校へようこそお越しくださいました。どうぞ、こちらのお席へ」
「ありがとう、ハレカさん。君がこの学園の生徒会長なんだね。とても立派な佇まいだ」
先生はハレカの案内に促され、中央のソファへと腰掛けた
すかさず、手が震えているネカと、緊張で動きが硬いジュカが、新しく淹れ直した最高級の紅茶と、先生が持ってきてくれた洋菓子を皿に取り分けてテーブルに並べた
「あ、ありがとう。気を使わせちゃってごめんね」
先生が優しく微笑みかけると、ネカは「ひゃ、はいっ! どういたしましてですっっ!」と裏返った声を上げ、ジュカと一緒に素早く退避した
「ふふ……うちの生徒会補佐たちだ。先生に会えて、かなり緊張しているみたいだな」
レイカが先生の対面のソファに腰掛け、脚を組んだ
「さて、先生。お礼と言ってくれたが……わざわざ足を運んでもらうほどの事じゃないさ。あのヘルメット団の件は、俺たちが勝手に『自衛権』を行使しただけだ。ついでに会長からの預かり物を渡したに過ぎない」
「そうだとしても、だよ」
先生は表情を真剣なものに変え、レイカとハレカの目をまっすぐに見つめた
「あの時、君たちが駆けつけてくれなかったら、私やリンちゃん、そして現場にいた他の生徒たちはどうなっていたか分からない。それに、連邦生徒会長からのメッセージと『シッテムの箱』……あれがなければ、私はシャーレとしての仕事を始めることすらできなかった」
先生は深々と頭を下げた
「本当にありがとう。ネクストライスクールの皆には、感謝してもしきれないよ」
「……頭を上げてください、先生」
ハレカが穏やかな、しかし芯のある声で言った
「私たちは、当然のことをしたまでです。我がネクストライスクールは、キヴォトスにおける自立した学園であり、独自の防衛体制と理念を持っています。連邦生徒会やシャーレに全面服従するつもりはありませんが……理不尽な暴力によって日常が脅かされるのを見過ごすつもりもありません」
ハレカの言葉には、ネクストライスクールという1,300人以上の転生者を束ねる組織のトップとしての重みがあった
先生は頭を上げ、感心したようにハレカとレイカを見つめた
「素晴らしい理念だね。正直、連邦生徒会からネクストライスクールのデータを見せてもらった時は驚いたんだ。急速に台頭してきた新興学園で、独自の高度な技術や防衛力を持っている……とね。でも、実際にこうして話してみると、君たちがどれだけこの学園と生徒たちを大切にしているかがよく分かるよ」
「へへ……まあな」
レイカは気恥ずかしそうに鼻の頭をかいた
「俺たちは俺たちのやり方で、このキヴォトスで楽しく生きたいだけさ。難しく考えすぎるのは性に合わないんでね」
お礼の品として差し出された洋菓子を食べながら、お茶会は次第に和やかな雑談へと移行していった
先生はネクストライスクールの校舎の広さや、防衛部隊の洗練された動きに興味津々で、レイカやハレカに様々な質問を投げかけた
「……そういえば、さっきから気になっていたんだけど」
先生はティーカップを置き、ふと思い出したように言葉を紡いだ
「レイカさん、ハレカさん。二人は私のことをずっと『先生』と呼んでくれているよね。敬称なしでそう呼ばれるのは、なんだかすごく親近感があって嬉しいんだ」
「ん? まあな。俺たちは気取った敬称なんてガラじゃないからな」
レイカが肩をすくめると、先生は柔らかい笑顔を見せながら、言葉を続けた
「だからこそ……なんだけど。君たちが私のことを『先生』と呼んでくれるなら、私も二人との距離をもう少し縮めたいなって思うんだ。私のことも『先生』と呼び捨て同然で呼んでもらって構わないし、その代わり……私からも、君たちのことを『レイカ』『ハレカ』って呼び捨てで呼ばせてもらってもいいかな?」
先生のその提案に、一瞬だけ生徒会室がしんと静まり返った
((((な、名前の呼び捨て提案キターーーーーーっ!!!))))
後ろで控えていたヘルタ、カリネ、ネカ、ジュカの脳内アラートが最高潮に達する。ゲーム内での「親愛度」や「絆ストーリー」が一気に進展したかのようなイベント発生に、後輩たちは悶絶しそうな顔を必死に耐えていた
レイカは一瞬だけ呆気にとられたように目を丸くしたが、すぐにフッと楽しそうに口元を緩めた
「ハッ、なんだそんなことか! もちろんだよ、先生」
レイカは脚を組み直し、背もたれに体を預けた
「俺のことは途中からでもいつからでも『レイカ』って呼び捨てで呼んでくれて構わないぞ。呼び捨てにされたからって減るもんじゃなし、そっちの方が俺としてもサバサバしてやりやすい」
「ふふ……私も異論はありませんよ」
ハレカも上品に微笑み、優しく頷いた
「『ハレカ』と呼んでいただいて結構です、先生。むしろ、その方が互いに対当な信頼関係を築きやすいというものでしょう」
「本当かい? ありがとう、レイカ、ハレカ」
先生がさっそく親しみを込めて二人の名前を呼び捨てにすると、レイカはニヤリと笑い、ハレカも嬉しそうに目を細めた
それを見ていたヘルタが、羨ましさを抑えきれずに勢いよく身を乗り出した
「せ、先生! 自分たちのことも! 自分のことも『ヘルタ』って呼び捨てにしてほしいっす!」
「あ、私もですっす! カリネって呼んでほしいっす!」
「私とジュカちゃんのことも……!」
一気に距離を詰めようとする後輩たちに、先生は声を上げて笑った
「ははは、もちろん! ヘルタ、カリネ、ネカ、ジュカ。みんなよろしくね」
「「「「〜〜〜〜〜っっ!!」」」」
直球で名前を呼ばれた4人は顔を真っ赤にして撃沈しかけたが、部屋全体を包む温かい空気感は一気に最高潮へと達した
キヴォトスにおける「先生」と「生徒」の境界線
それは上下関係ではなく、互いを尊重し合う対等で温かい絆の証だ
原作ゲームでプレイヤーたちが体験してきたあの独特の距離感が、今このネクストライスクールの生徒会室にもしっかりと芽生え始めていた
「よし! 先生が買ってきてくれたこの美味いお菓子、みんなで存分に味わおうぜ!」
レイカが音頭を取ると、「「「「オーッ!」」」」と後輩たちの元気な声が響き渡った。
その後、お茶会はさらに盛り上がりを見せた
ネカとジュカは前世の知識を伏せつつもで「先生の休日の過ごし方」や「シャーレのオフィスの住み心地」について質問責めにし、ヘルタとカリネは「今度ネクストライスクールの名物であるサレのガラス工房やミヤカの建築現場を案内するっす!」と猛アピールした
先生も嫌な顔一つせず、生徒たちの話に耳を傾け、時には冗談を交えながら楽しそうに笑っていた
その光景を、レイカは少し離れた場所から穏やかな目で見つめていた
(なるほどな……)
レイカは心の中で呟く
(原作の先生も、こういう温かさでキヴォトスの問題児たちを惹きつけていったんだな。頼りないように見えて、包容力が桁違いだ。これなら……あの失踪した連邦生徒会長が後を託したのも頷ける)
ふと見ると、ハレカも同じように先生の姿を見つめ、静かに頷いていた
転生者だけで作り上げた異色の学園『ネクストライスクール』
既存のキヴォトスの勢力図からは完全に浮いた存在である自分たちが、こうして「先生」という中心軸と繋がったことの意味は大きい
それは、自分たちがこの世界で生きていくための、強力な「錨(アンカー)」を得たようなものだった
楽しい時間はあっという間に過ぎ、窓の外はすっかり茜色の夕暮れに染まっていた
「ああ、もうこんな時間か……。名残惜しいけれど、そろそろシャーレに戻らないと。リンちゃんが本格的に怒って捜索隊を出されちゃうかもしれない」
先生が名残惜しそうに立ち上がり、スーツのジャケットを整えた
「今日は本当に楽しかったよ。美味しいお茶と、素敵な歓迎をありがとう、ハレカ、レイカ」
「いえ、こちらこそ楽しませていただきました、先生」
ハレカが丁寧にお辞儀をする
「シャーレの運営で困ったことがあれば、いつでもネクストライスクールを頼ってください。行政の手続きや物資の調達など、私たちが力になれることは多々ありますので」
「ありがとう、頼りにしているよ」
先生は笑顔で応え、後輩たちにも手を振った
「ヘルタ、カリネ、ネカ、ジュカもありがとう。また遊びに来るね」
「「「「はいっ! また来てください、先生!!」」」」
元気いっぱいに見送る後輩たちに見守られながら、先生は生徒会室を後にした
校舎の正面玄関へ続くプロムナード
レイカは先生を正門まで見送るため、並んで歩いていた
夕日が二人の影を長く地面に伸び上がらせる
「……先生」
レイカがふと口を開いた
「ん、何?レイカ」
「この街はさ……キヴォトスは、これからもっと色々とヤバいことが起きる」
レイカは前を見つめたまま、低く落ち着いた声で言った
「ヘルメット団なんて比じゃないくらい危険な連中や、手に負えない事件が次々に巻き起こるはずだ。あんたが一人で背負うには、重すぎるくらいのトラブルがな」
先生は立ち止まり、レイカの横顔を見つめた
レイカ自身、原作の展開を知っているからこそ言える言葉だった。対策委員会の借金問題、ゲヘナとトリニティの対立、パヴァーヌの危機、そして色彩の脅威……これから先、先生が辿る道は茨の道だ
しかし、先生は少しも怖気づく様子を見せず、優しく微笑んだ
「大丈夫だよ」
先生は自分の胸に手を当て、まっすぐな目でレイカを見つめた
「私には、君たちみたいな頼もしい生徒たちがついていてくれるからね。一人で背負うつもりはないよ。困った時は、ちゃんと君たちを頼るさ」
「……フッ」
レイカは降参したように肩をすくめ、不敵な笑みを浮かべた
「言ったな? 困った時に頼らなかったら、シャーレのドアをぶち破って踏み込むからな」
「ははは、それは勘弁してほしいな」
正門に到着し、先生は振り返って手を振った
「じゃあね、レイカ。また近いうちに」
「おう。気をつけて帰れよ、先生」
夕闇の中に消えていく先生の背中を、レイカは愛銃の感触を確かめながら見送った
生徒会室に戻ると、後輩たちは先生が持ってきてくれた洋菓子の残りを囲んで、まだ興奮冷めやらぬ様子で盛り上がっていた
「リーダー! お帰りなさいっす!」
ヘルタが嬉しそうに駆け寄ってくる
「先生、無事に帰れそうっすか!?」
「ああ。リンちゃんに怒られるのを覚悟で走って帰っていったよ」
「あはは! 先生らしいですね!」
ネカとジュカも楽しそうに笑っている
レイカは自分のデスクの椅子に腰掛け、窓の外に広がるキヴォトスの夜景を見渡した
ネクストライスクール——542名の署名から始まり、今や1,300人以上の転生者が集う私たちの学園
原作のストーリーを知る自分たちが介入したことで、この世界の物語は確実に形を変え始めている
だが、それは決して悪い変化ではない
「……さて」
レイカは手帳を開き、ペンを走らせた
「『まさかの訪問』も無事に終わったことだし……明日からはまた、ネクストライスクールの日常と、次なる作戦の準備だな」
「ええ」
ハレカが温かい紅茶をレイカの前に置き、微笑んだ
「私たちの青春は、まだ始まったばかりなのですから」
夜風が窓を揺らし、転生者たちの学園に穏やかな夜が訪れる
『先生』という新たなピースを迎えたネクストライスクールの物語は、より一層力強く、そして賑やかに未来へと紡がれていくのだった
あとがき
満足する内容を書こうとしたら一万字いってた……