視界を徹底的に覆い尽くす白煙と、激しく巻き上がる赤土の砂塵。焦げ付いた豚骨スープの香ばしい匂いと、生々しい硝煙の臭気が混ざり合い、崩壊した『紫関ラーメン』の全域に充満していた
「くっ……ゴホッ、ゴホッ! まったく……原作知識で知っていたとはいえ、とんでもない衝撃だな……!」
頭上に重く積み重なっていた木材や鉄パイプの破片を、強引に腕の力で跳ね除けながら、赤坂レイカはゆっくりと体を起こした
黒髪のウルフカットについた大量の砂を手で払い落とし、ターコイズカラーの毛先を揺らす。キヴォトスに生きる生徒としての頑丈さのおかげで身体に致命的な負傷はない。だが、着慣れたジャケットはすっかり真っ白な砂埃に塗れていた
レイカは速やかに愛銃『ゼロモーメントポイント』のセーフティを確認すると、すぐ隣の潰れたテーブルの影へと視線を巡らせた
「ヘルタ! カリネ! 生きてるか!?」
「ゴホッ、ゴホッ……! なんとか……なんとか無事っすよ、リーダー……! 直前に前世の知識を思い出して身体を丸められたから、なんとか耐え切れたっす……!」
ガラガラと音を立てて瓦礫の山から勢いよく飛び出してきたのは、茶髪ロングを大きく乱した二年生の霧状ヘルタだった。彼女は自身の全身の砂をバシバシと払うと、すぐさまその下で身を縮めていた銀髪ショートの街肩カリネの手を握り、強引に引っ張り上げる
「私も大丈夫です……。ですけど、知識として知っていた名シーンを、実際に至近距離の爆発として体験させられるのは……本気で心臓に悪いですね……」
カリネは深く溜息をつきながら、愛用の銃のボルトを手早く引き、機関部に砂が噛んでいないかを迅速に点検した。三人とも「紫関ラーメンが爆破される」という原作展開を事前に知っていたからこそ、爆発のコンマ数秒前に完璧な回避態勢を取ることができ、大きな怪我を免れていた
「よし、二人とも無事だな。……だが、一番の問題はこっちだ!」
レイカは速やかにカウンターの奥、自分が爆発の瞬間に身を挺して抱え込んだ場所へと視線を向けた
そこには、頭を抱えて身を縮めていた柴犬——紫関ラーメンの店主である柴大将の姿があった
「大将! しっかりしろ、怪我はないか!?」
「す、すまねぇ……助かる」
柴大将は荒い息を吐きながらも、レイカの顔を見て心底ホッとしたように呟いた。レイカが直前に覆いかぶさり、自身の背中で瓦礫と衝撃波を完全に殺していたおかげで、大将自身には擦り傷一つついていない
「礼なら後だ、大将。俺から離れるなよ!」
レイカは大将の身体を優しく抱え上げるようにして立ち上がらせると、鋭い視線を後輩二人へと向けた。その声音には、ネクストライスクール執行部筆頭として修羅場を幾度も潜り抜けてきた者の冷徹で迅速な判断力が宿っていた
「ヘルタ、カリネ。愛銃を抜け。弾薬の装填を確認しろ。大将を護衛しながら外に出るぞ!」
「了解っす! セーフティ解除、即応体制に移行するっす!」
「了解です。外の状況を警戒しつつ、大将の逃げ道を確保します」
カリネが素早く銃を構えて前衛へと躍り出、ヘルタが左右の死角を警戒する。レイカは大将の肩を支えてしっかりと庇いながら、右手に握り込んだ愛銃で崩落した店舗の正面の破片を蹴り飛ばし、外の通りへと足を踏み出した
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屋外へと一歩踏み出すと、そこには見渡す限りの凄まじい砂嵐と、ピリピリとした殺伐とした空気が充満していた
吹き飛んで無惨な骨組みだけになった紫関ラーメンの敷地を囲むように、幾つもの人影が蠢いている
「いきなりお店を爆破するなんて……頭がおかしいんじゃなの!?」
怒りを露わにしてアサルトライフルを構えているのは、黒のツインテールを揺らすアビドス高等学校対策委員会一年生の黒見セリカだ。その隣には、ミニガンを小脇に抱える十六夜ノノミ、アサルトライフルを握りしめる砂狼シロコ、そしてインカム越しに無線で現場の状況を把握しようと焦りを隠せないアヤネの声が響いていた
そして対策委員会の中央には、連邦生徒会長の失踪後に設立された連邦捜査部『シャーレ』の顧問――『先生』の姿があった
瓦礫に隠れている便利屋68の社長・陸八魔アルが頭を抱えて絶叫し、オドオドとした伊草ハルカが銃を抱えてパニックになっている。浅黄ムツキはくすくすと楽しそうに笑い、鬼方カヨコは深く溜息をついていた
だが、アビドスと便利屋の混乱を押し潰すように、冷徹な威圧感を放つ集団が立ち塞がっていた
黒と赤を基調とした洗練された制服を身に纏い、整然と隊列を組む兵士たち――ゲヘナ学園風紀委員会
その先頭に立っているのは、長大なスナイパーライフルを肩に担いだ少女、風紀委員遊撃隊長・銀鏡イオリだった
「ふん、自業自得ね便利屋68。ゲヘナの自治区を抜け出してこんなアビドスの廃墟にまで逃げ回っていたようだけど、これで終わりだ。おとなしく投降しろ!」
「待ちなさいよ!!」
セリカが激高して前へ飛び出した
「便利屋がどうこうとか、あんたたちの事情なんて知らないわよ! ここはアビドス自治区なの! 他校の風紀委員会が勝手に武力介入していい場所じゃないでしょ!? しかも、私たちがよく行くラーメン屋さんまで巻き込んで爆破して……ふざけないで!」
「自治区だかなんだか知らないけれど、指名手配犯を追跡するのは風紀委員会の正当な業務だ。公務邪魔をするなら、あんたらも同罪として排除する!」
イオリが苛立ちを隠さずにライフルを引き寄せる。まさに一触即発、弾丸の雨が降る直前の静寂
その時だった
倒壊したラーメン屋の煙と瓦礫の山を蹴散らしながら、柴大将を庇うように歩み出てきたレイカたちの足音が通りに響いた
「おいおい……人様の行きつけのラーメン屋を粉砕しておいて、他人の庭の真ん中で何威張り散らしておられるんだ、ゲヘナの風紀委員会さんよ?」
砂煙の奥から現れた凛としたレイカの声に、その場にいた全員の視線が一斉に集中した
「えっ……!?」
真っ先に声をあげたのは、対策委員会と共にいた『先生』だった
先生は目を大きく見開き、目の前の光景が信じられないといった様子で絶句した
「 レイカに……ヘルタとカリネまで……!? なんで君たちが、アビドスのこんな場所から……!?」
以前ネクストライを訪問した先生にとって、DU地区近郊に位置するネクストライスクールの生徒たちが、よりにもよって爆破されたアビドスのラーメン屋の内部から無傷で現れたという事態は、まさに計算外の極みだった
「あら……? 瓦礫の中から人が……!?」
ノノミが驚きで目を丸くし、シロコが瞬時に銃口を向けつつ、不審そうに耳をぴんと立てた
「ん、見慣れない制服の三人。ヘイローがある。……怪我はないみたいだけど、誰?」
「ちょっと! あんたたち誰よ!? まさか便利屋の仲間……!?」
セリカがアサルトライフルを警戒気味に構えながら叫ぶ。アビドス対策委員会にとって、ネクストライスクールの制服を着たレイカたちは完全に初対面の存在だった
レイカは柴大将を安全な物影へとそっと降ろすと、真っ直ぐにアビドス、ゲヘナ、そして驚愕する先生へと視線を向けた
「驚かせてすまないな、先生。俺たちはただ、美味いラーメンを食べに遠出してきただけの一般客だ」
レイカは不敵に口元を歪めると、身構えるアビドス対策委員会に対して一歩歩み出で、手短に自己紹介を行った
「俺たちはネクストライスクールの生徒だ。俺は執行部筆頭の赤坂レイカ。こっちは後輩のヘルタとカリネだ」
「自分は2年の霧状ヘルタっす! セリカちゃんもノノミちゃんも、初めましてっす!」
「街肩カリネです。初対面早々、なんとも激しい現場でお目にかかることになりましたね」
ヘルタとカリネも手短に挨拶を交わしつつ、隙のない身こなしで銃を保持し、ゲヘナ側の動向を鋭く牽制する
先生は未だに驚きを隠せない様子で、レイカたちの前に一歩踏み出した。
「レイカ……無事だったのか!? それにしても、本当に偶然ここにいたのか……?」
「ああ、先生。大将の身柄は無事に確保したぜ。……だが、俺たちが楽しみにしていた特製豚骨醤油ラーメンは、完全にこの砂埃の露と消えたがな」
レイカの眼光が、一瞬で鋭く冷たいものへと変化し、イオリ率いるゲヘナ風紀委員会を射抜いた
イオリは不快そうに眉をひそめ、レイカへとライフルを向け直した
「何だか知らないけれど、外部の人間は引っ込んでいろ! これはゲヘナの指名手配犯を逮捕するための正規の公務だ!」
「正規の公務だと?」
レイカは鼻で笑い、強い口調で切り返した
「キヴォトスの管轄法において、各学園の自治区内における警察権および行政権は、その自治体に帰属する。アビドスがいくら衰退していようが、公式な事前通達もなしにゲヘナの武装部隊が重装甲で押し入り、銃弾を撒き散らしていい理由にはならねえよ?アビドス対策委員会が抗議するのは当然だ」
「なっ……! ゲヘナの風紀委員会に説教するつもりか!?」
ヘルタが後ろからヘラヘラとした笑みを浮かべながら一歩踏み出す
「いや〜イオリさん、相変わらず頭がカチカチっすね! 治安維持を口実にして他校の自治区で暴れまわるとか、それ普通に国際問題レベルの過失っすよ? 連邦生徒会に報告されたらどうするんすか〜?」
「ヘルタの言う通りです」
カリネもクールな声で追撃する
「便利屋68の身柄拘束という目的自体はゲヘナの内政かもしれませんが、それを実行するプロセスが雑すぎます。アビドスの管轄権を無視し、一般店舗を破壊した挙句に、異議を唱える現地の生徒を威惑する……。風紀委員会というより、ただの無法者ですよ」
「くっ……! この……なんなのよこいつらは……っ!」
原作知識を踏まえた正論と煽りの連続パンチに、イオリの額に激しい青筋が浮かぶ
レイカは愛銃『ゼロモーメントポイント』を凛と構え、はっきりと宣言した
「俺たちネクストライスクールは、このアビドス自治区内におけるアビドス対策委員会の正当な自治権と主権主張を『全面支援』する。便利屋が罪を犯したというなら、まずはアビドス側に正式な身柄引き渡し請求を出すのが筋だ。それを怠り、力尽くで連れ去ろうというなら……アビドスだけじゃなく、俺たちも相手になってもらうぞ」
「えっ……!? 初めて会ったのに、私たちが正しいって庇ってくれるの……!?」
セリカが目を丸くして驚き、シロコは静かに頷いてレイカの隣へ並び立った
「ん。初対面だけど、言ってくれていることは完全に正しい。味方をしてくれるなら心強い。ありがとう、ネクストライスクール」
初対面でありながら、アビドス対策委員会とネクストライスクールが期せずして完璧な共闘体制を組み、風紀委員会を牽制する形が出来上がった。現場の空気は極限まで緊張し、いつ撃ち合いが始まってもおかしくない状態となる
その時だった
「——そこまでにしなさい、イオリ」
低く、静かで、しかし理知的な女性の声が、風紀委員会の後方指揮車から響き渡った
イオリの前に現れたホログラムから出てきた少女
ゲヘナ学園風紀委員会行政官――天雨アコ
アコは冷ややかな視線をレイカたちへと注ぎながら、整然とした足取りで歩み寄ってきた
「イオリ、頭に血が上りすぎています。風紀委員会の名誉を損なうような言動は控えなさい」
「アコちゃん……! だけど、こいつらが……!」
「分かっています」
アコは手でイオリを制すると、レイカ、そして対策委員会、最終的にはその中央に立つ『先生』へと視線を向けた
「初めてお目にかかります、ネクストライスクールの皆さん。そして……アビドス対策委員会の皆さん、ならびに連邦捜査部『シャーレ』の先生」
アコは慇懃な態度でお辞儀をしてみせた
「私はゲヘナ学園風紀委員会行政官、天雨アコです。まず、アビドス自治区内において無許可で武力行使に至った点、ならびに店舗の損害という事態を引き起こした点につきましては、行政官として深くお詫び申し上げます」
「アコちゃん!?」
イオリが驚愕の声を上げるが、アコは視線を動かさずに言葉を続けた
「ですが、事情はご理解いただきたいのです。そこにいる『便利屋68』は、ゲヘナ自治区内において無数の不法行為を重ね、果ては重大な治安維持違反を犯して逃亡中の指名手配犯です。彼女たちを放置することは、キヴォトス全体の治安にとっても重大な脅威となります」
アコは一歩前へ出ると、どこまでも合理的で隙のない論理を展開する
「アビドス高等学校が管轄権を主張されるお気持ちは理解できます。ですが、失礼ながら現在の管轄能力を欠いたアビドスに、この危険な犯罪者集団を適切に抑留・取り調べできるとお考えでしょうか? できませんよね。ならば、当事者である我が風紀委員会に身柄を引き渡すのが、最も合理的かつ迅速な解決策です」
アコの整然とした弁論に、セリカやアヤネが一瞬言葉を詰まらせた。行政官としての圧倒的な交渉術と、現状のアビドスの弱みを正確に突く言葉
瓦礫に隠れている便利屋68のアルは「ひぇっ……やっぱり引き渡されるの……!?」とガタガタと震え出している
アコは落ち着いた様子で手を差し伸べた
「さあ、便利屋68を引き渡してください。そうすれば、私たちは即座に撤退し、店舗の損害賠償についても後日、正当な手続きのもとで協議に応じます。それが全員にとって最も賢明な選択ですよ」
圧倒的な正論の圧迫。風紀委員会側の兵力差と相まって、アビドス側が押し切られそうになったその瞬間
「ふふっ……」
静寂を切り裂いて、レイカの低い笑い声が響いた
アコは不快そうに微かに眉をひそめた
「……何が可笑しいのですか、ネクストライスクールの赤坂レイカさん」
レイカは肩を揺らして笑うと、ゆっくりと歩み寄り、アコと数メートルの距離で立ち止まった。
「いやあ、流石はゲヘナの頭脳、天雨アコ行政官だ。見事な大演説だし、建前としては完璧なロジックだな。思わず感心して拍手しそうになったぜ」
「建前……? 私は至極正当な行政手続と治安維持の話をしているのですが」
「そうか? 本当にそうか?」
レイカは不敵な笑みを浮かべたまま、すっと指を一本立て、アコではなく、アコの視線の先にある『存在』を指し示した
それは、対策委員会の中心で、生徒たちを見守っている『先生』だった
「便利屋68の身柄引き渡し? 指名手配犯の逮捕? ……そんなものはあんたにとっちゃ、ついでか二の次の理由だろ」
「……なんですって?」
アコの声が、明確に低く、険しいものへと変化した
レイカはアコを真っ直ぐに見つめ返し、はっきりと宣言するように言い放った
「アコ行政官。あんたたちの本当の目的は……そこにいる便利屋じゃなくて、その横にいる『シャーレの先生』じゃないのか?」
「っ……!?」
アコの表情が、一瞬で完全に強張った
イオリが驚いてアコと先生を交互に見つめ、対策委員会のメンバーも「えっ……!? 先生が目的……!?」とざわめき立つ。先生自身も驚きに目を見開いた
レイカはニヤリと笑うと、胸を張って持論を展開した
「連邦生徒会長の失踪後、突如として設立された連邦捜査部『シャーレ』。その絶対的な指揮権を持つ顧問捜査官……それが『先生』だ。今、キヴォトス中のあらゆる大校園が、シャーレがどの勢力に与するのかを固唾を飲んで注視している」
レイカは一歩詰め寄り、アコへと視線を固定した
「ゲヘナの風紀委員会ともあろう組織が、たかが4人の便利屋を捕まえるためだけに、行政官であるあんた自身まで現場に出てくるわけがないだろ。あんたら風紀委員会の真の狙いは、衰退したアビドスに接触し始めた『先生』の動向を直接観察し、便利屋逮捕という実績と武力を誇示することで、先生に対して『ゲヘナと手を組むのが最も利益になる』と圧力をかけ、貸しを作ることだ」
ヘルタが後ろから「あ〜! なるほどっす! 治安維持にかこつけて先生を囲い込もうとしてたわけっすね! アコさん、計算高いっす〜!」と野次を飛ばし、カリネも「政治的な駆け引きとしては常套手段ですが、あからさま過ぎましたね」と冷ややかに追撃する
レイカの容赦ない指摘に、先生は「なるほど……そこまで見抜くか……」と驚きつつも感心したように顎に手を当てた
アコの顔が、屈辱と動揺で朱に染まっていく
「な、何を根拠にそのような妄想を……! 私はただ、風紀委員会としての公務を……っ!」
「アコ、無駄だよ……どうせヒナ委員長の為を思ってやってるだけだとおもうけど……」
「アコ行政官。先生はアビドス対策委員会の依頼を受けてここに来ているんだ。それを横から政治的パフォーマンスで掠め取ろうなんて、俺たちが許すと思うか?」
レイカは銃を肩に担ぎ直し、挑発するように口元を歪めた
「アビドスの領分を荒らし、先生を利用しようとするなら、俺たちネクストライスクールが全力でブロックさせてもらう」
「赤坂レイカ……ッ!!」
アコの手が、怒りでプルプルと震える。冷静な仮面は完全に剥がれ落ち、彼女の瞳には明確な敵意が渦巻いていた
「イオリ!!」
アコが声を張り上げた
「もう結構です! ネクストライスクールも、アビドス対策委員会も、公務執行妨害の過激派とみなします! 全員まとめて力尽くで制圧しなさい!!」
「ハッ!OK、アコちゃん!!」
イオリが獰猛な笑みを浮かべ、ライフルを上空へと掲げた
「風紀委員会、全隊構え! 邪魔する奴らは全員叩き潰せ!!」
「はぁ……ヘルタ、例のところに連絡を……カリネ、俺とアビドスで時間を稼ぐぞ」
「了解リーダー!」
初対面ながら結束したアビドス・ネクストライスクール連合と、ゲヘナ風紀委員会による戦闘の火蓋が切って落とされたのだった