アビドス自治区での過酷な戦闘と、砂嵐の中で繰り広げられた黒服との対峙から数日が経過していた
キヴォトスの中央に位置するDUシラトリ地区。高層ビル群が立ち並ぶその都市の一角に、ネクストライスクールが設置している 拠点のビルが存在する。ガラス張りの洗練された会議室内では、窓の外に広がるDU地区の巨大な街並みを背景に、赤坂レイカと佐藤アリカの二人がソファに腰を下ろしていた
「……ほんま、えらい災難やったなぁ」
アリカは缶コーヒーを手に取り、ふうと息を吹きかけながら呆れたような声を漏らした。金髪のツインテールが、彼女が首を振るたびに揺れる
「そのラーメン屋、風紀委員会とヘルメット団の乱闘に巻き込まれて跡形もなく吹き飛んだんやろ? 大将が無事やったんは不幸中の幸いかもしれへんけど、うちもそのラーメン食べてみたかったわぁ」
「まあ、アビドス自治区の治安は端的に言って地獄だからな。カイザーの息がかかった闇金融や傭兵崩れがのさばってる上に、ゲヘナの風紀委員会まで越境して暴れりゃそうもなる」
レイカはウルフカットの毛先に指を滑らせながら、脚を組んで苦笑した。黒髪の毛先に覗く鮮やかなターコイズカラーが、室内灯の光を反射して怪しく光る
「だがまあ、収穫はあった。工芸部のサレたちに持ち帰ったアビドスの砂サンプルだが、溶解テストの結果は上々らしい。不純物の割合も絶妙で、俺らの学園の看板商品であるガラス細工の新しいラインナップとして十分使えるって報告が来てるしな」
「おお、ほんまか! サレちゃんらが喜んでるなら良かったわ。アビドスにとってもウチにとってもメリットしかないし、本格的な定期買い取り契約が進むとええな。借金で首が回らんセリカちゃんらも、これで少しは救われるやろ」
アリカがにっかりと八重歯を見せて笑った、その時だった
会議室の厚い自動ドアが、けたたましい警告音とともに勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、息を激しく切らし、額に汗を浮かべた人物——シャーレの「先生」だった。普段の穏やかで余裕のある表情は影を潜め、その瞳には焦燥と痛切な悲壮感が濃く漂っている
「……誰や、このスーツの人!? 敵襲かいな!?」
見知らぬ人物の突如の侵入に、アリカは素早く身構えて缶コーヒーをテーブルに叩きつけた。しかし、レイカは制するように手を上げた。
「落ち着けアリカ。……噂に聞いていたシャーレの『先生』だ。どうしたんだ先生、そんな大汗かいて」
「えっ、この人が話に聞いてた噂の先生……!?」
アリカは驚いて目を丸くし、荒い息をつく先生をまじまじと見つめた。先生は呼吸を整える暇もなく、まっすぐにレイカを見つめて切羽詰まった声を張り上げた。
「レイカ……! たのむ、力を貸してほしい! アビドス対策委員会が……ホシノが、大変なことになっているんだ!」
「……小鳥遊ホシノが?」
レイカの表情から軽快さが消え、一瞬にして冷徹な勝負師の顔へと変わった。原作のストーリー展開を完全に記憶しているレイカにとって、その言葉が意味する事態は火を見るより明らかだった
カイザーローン、そしてその背後で糸を引くカイザー PMCによる、アビドス土地権利書の強奪。そして、仲間と学校を守るために自らを犠牲にしてカイザーの契約書に署名し、退学届を残して姿を消した小鳥遊ホシノの捕縛。物語が最大の危機へと突入した瞬間だった
先生は絞り出すような声で事態を説明した
「ホシノが……アビドスの莫大な借金を帳消しにする代わりとして、自らカイザーローンと契約を結んでしまった。彼女は今、カイザー PMCの武装部隊によって拘束され、アビドス砂漠の地下にあるカイザーの秘密軍事基地へと移送されている……! シロコたち対策委員会のメンバーと一緒に今すぐ救出に向かいたいんだが、相手はカイザーの正規軍事部門だ。無人兵器の大群と過剰なまでの重火器で固められている……シャーレの指揮とアビドスの戦力だけでは、どうしても押し切れない……!」
先生は深々と頭を下げた
「身勝手な頼みなのは分かっている! だが、彼女を助けるためには……君たちの、ネクストライスクールの圧倒的な戦闘力が必要なんだ!」
室内を重い沈黙が支配した。アリカは痛ましそうな表情でレイカを見つめ、先生の必死の訴えに胸を痛めている様子だった。
しかし、レイカは腕を組み、静かに首を振った
「先生の焦りはわかる。だが……俺の一存で『ネクストライスクール』の正規部隊を動かすことはできない。カイザーとの正面衝突は、学園全体の政治的リスクが大きすぎる」
「レイカ……」
「俺は現場の総責任者だが、うちの学園には組織としての枠組みがある。他校の領域内で発生した民間軍事会社との大規模な軍事衝突に、ネクストライが公式に兵力を派遣するとなれば、それは単なる『助け合い』じゃ済まない。『ネクストライスクールによるカイザーコーポレーションへの宣戦布告』とみなされるリスクがあるんだ。そうなれば連邦生徒会も黙っちゃいないし、学園全体を危険に晒すことになる」
冷徹で合理的な判断。前世での経験と、学園の最高幹部としての責任が、レイカにその言葉を言わせていた。先生は唇を噛み締め、言葉を失う
その時、会議室の大型モニターが突如として起動し、洗練された電子音とともに一人の少女のホログラム映像が映し出された
凛とした佇まい、隙のない制服の着こなし、そして知性と品格を漂わせる佇まい。ネクストライスクール生徒会長――西条ハレカだった
「お久しぶりですね、先生。レイカ君の言う通りです」
ハレカの落ち着いた声がスピーカーから響く
「我が学園の行政的・政治的立場として、公式な部隊介入を許可することはできません。カイザーコーポレーションはキヴォトス全域に利権を持つ巨大企業。我が校が組織として直接的な武力行使を行えば、進行中の各校との貿易や行政手続きに決定的な支障が出ます」
「そんな……」
先生が落胆の表情を浮かべかけたその瞬間、ハレカはふっと優しげな、しかし非常に意味深な微笑を浮かべた
「ですが、先生。法律や学則というものは、解釈次第でどのようにでも運用できるものです」
「え……?」
「学園の『公式な部隊派遣』として動くことは不可能です。……しかし、例えば『学園の生徒が個人として、ボランティア活動や私的な見舞いとしてアビドスへ赴く』ことまで、生徒会が制限することはできません。また、その生徒たちが偶然にも私物の高火力兵装を所持しており、現地で暴漢に襲われたため正当防衛を行使した……あるいは、個人の意志で友人を助けたのだとすれば、それは我が学園の公式な軍事行動ではなく、あくまで『個人の自由意志による行動』となります」
ハレカは眼鏡の枠を指で軽く押し上げながら、レイカへと視線を向けた
「生徒会としては、我が校の生徒が個人的に行うボランティア活動を『黙認』いたします。万が一、連邦生徒会やカイザーから抗議が来たとしても、『我が校の関与しない非公式な生徒の暴走』として、私が完璧な法務書類で揉み消してみせましょう」
その完璧な政治的アシストを聞いて、レイカは思わずニヤリと口元を緩めた
「ふっ……相変わらず抜け目のない言い回しをするな、ハレカ」
「フフ、褒め言葉として受け取っておきますね……では……」
通信が切れると、レイカは先生に向き直り、力強く拳を突き出した
「聞いた通りだ、先生。学園の看板は背負えないが……俺個人として、その要請を引き受ける」
「レイカ……! ありがとう……本当にありがとう!」
「お礼を言うのはまだ早い。カイザーの秘密基地に殴り込むなら、俺一人じゃ手が足りないからな」
レイカは胸の端末を操作し、DU拠点ビル内に待機していた二人の後輩へ通信を飛ばした
「ヘルタ、カリネ。今すぐ最上階の第1会議室に来い。仕事だ……先生は応接室で待っててくれ」
数分も経たないうちに、扉が勢いよく開いた
「〜♪ リーダー! 呼び出しっすか!? もしかしてアビドスのクライマックス展開が始まったっすか!?」
茶髪ロングを揺らしながらテンション高く飛び込んできたのは、1年生の霧状ヘルタだった。そのすぐ後ろから、銀髪ショートの街肩カリネがクールな足取りで続いて入ってくる
「お騒がせしてすみません、リーダー。ヘルタが廊下を走るもので……それで、応接室にシャーレの先生がいらっしゃっているということは」
カリネは室内の緊迫した空気と先生の姿を見て、即座に状況を察したように表情を引き締めた
レイカは二人を見つめ、ストレートに状況を突きつけた
「二人とも、よく聞け。先生からの要請だ。小鳥遊ホシノがカイザーに捕まった。これからアビドス対策委員会と合流し、カイザー PMCの地下軍事拠点へ殴り込んでホシノを奪還する」
「……!」
ヘルタとカリネの目が鋭く光る
「ただし、これはネクストライスクールの公式任務じゃない。ハレカの取り決めによる、完全な『個人的な突入作戦』だ。相手はカイザーの正規軍、無人兵器と重火器の山だ。お前たちにも原作の知識があるから分かってるはずだろ? カイザーがどれだけの戦力を投入してくるか。最悪、命がけの乱撃戦になる。……行くか?」
問いかけに対して、ヘルタは一秒の迷いもなく、ニッと生意気な笑みを浮かべて親指を立てた
「〜♪ 当たり前じゃないすか、リーダー! ホシノ先輩を救出するアビドス編最高のクライマックスシーンっすよ!? 原作知識組として、この激熱展開を特等席で見過ごすなんてあり得ないっす! 喜んで付き合うっすよ!」
カリネも静かに、しかし決意に満ちた瞳で首を縦に振った
「僕も同感です、リーダー。カイザーの実験兵器や自動防衛システムは厄介ですが、僕たちの知識と装備があれば、アビドス対策委員会の負担を大幅に軽減できます。先生、僕たちも一緒に行きます」
二人の迷いのない言葉に、先生の目に希望の光が宿る
「ヘルタ、カリネ……感謝するよ!」
「よし、決まりだな」
レイカが不敵に笑うと、横で見ていたアリカがポンと自分の胸を叩いた
「ウチも一緒に行って暴れ回りたいところやけど……ハレカからDU拠点の防衛とサポートを頼まれてるからな。レイカ、ヘルタ、カリネ! ホシノって子を絶対無事に連れ戻してきてや! そのラーメン屋も復興させなアカンねんから!」
「ああ、任せておけ。二人とも、先生のいる応接室に行くぞ」
レイカ達が応接室に行くと、先生がお茶を飲んで待っていた
「!!二人も来てくれるんだね!」
「行くっすよ!」
「俺らもまたあのラーメン食べたいですしね!」
レイカは大きく頷き、先生へ視線を向けた
「先生。俺とヘルタ、カリネの三人で作戦に参加する。……だが、ひとつ条件がある」
「条件……?」
「俺たちはこれから一度、ネクストライの本校へ戻る。色々と準備してから行きたいからね」
レイカの言葉に、先生はしっかりと頷いた
「分かった、私はアビドスへ行って、対策委員会のメンバーと合流して前線にいる……移動、気を付けてね」
「ああ。先生も無茶はするなよ。現地で合流しよう!」
こうして作戦の手はずは整った。先生は一足先にアビドス自治区へと向かい、レイカ、ヘルタ、カリネの三人は準備するため、ネクストライスクール本校へと急行することとなった
レイカたちはDU拠点をアリカに託すと、拠点内に配備されていた高速連絡車両に乗り込み、DU地区を離れてネクストライスクールの本校へと向かった
首都高速道路に似た幹線道路を疾走し、ほどなくして見えてきたのは、先進的な建築群と広大な敷地を誇るネクストライスクールの本校だった。夕闇が深まる中、重厚なセキュリティゲートを通過し、車両は地下深く存在する中央兵站ドックへと滑り込む
整然と並ぶ無数のコンテナ、整備用クレーン、そしてメカニックたちが慌ただしく行き交う地下空間
ドックの中央に鎮座していたのは、ネクストライが開発した特殊トレーラーだった。黒とシルバーのツートンカラー塗装が施された巨大な車体には、アーティファクト研究部の青花ヒバナたちが開発した『相転移シールド発振器』が積載されている。どんな過酷な環境でもエネルギーがある限り、破壊されない不落の軌道要塞
「急げ! コンテナのロック解除! 目的の兵装を積み込むぞ!」
レイカの指示のもと、自動クレーンが作動し、重厚な金属音がドック内に響き渡った
ヘルタが頼もしく胸を張り、固定用ボルトのロックを確認する
「コンテナ搭載と固定完了っす!トレーラーいつでも出せるっす!」
「よし!二人とも乗れ!ドックオープン!」
すべての準備が整い、地下ドックの大型扉がゆっくりと開放されていく
ゴオオオン……!
重厚なハイブリッドエンジンが咆哮を上げ、超大型トレーラーの巨大なタイヤが重い接地音を立てて回転を始めた
運転席にレイカ、助手席にカリネ、後ろの席にヘルタがつく、トレーラーはネクストライスクール本校の地下ゲートの前まで動く……
「全システムオールグリーン! 相転移シールド、OK!特殊トレーラー一型!出発進行!」
レイカの威勢の良い声とともに、トレーラーは加速した。地上に出ると、キヴォトスの夜空には星々が瞬き始めていた。しかし、南西の空――アビドス自治区の方向だけは、吹き荒れる砂嵐と重い雲に覆われ、不穏な赤黒い光を帯びている
「いくぞ!本格的に原作介入だ!」