乾いた破砕音と、高圧の爆風が夜の砂漠を揺らしていた
アビドス砂漠――カイザーPMCの拠点には炎が立ち込めていた。散弾と重砲弾が入り乱れる着弾痕から黒煙が立ち上り、焦げたコンクリートと火薬の匂いが夜気に立ち込め始める
その爆煙の中を、ひとつの影が風を切り裂いて駆け抜けていた
黒髪のウルフカット。毛先に覗く鮮やかなターコイズカラーの髪を夜風にはためかせ、黒を基調とした制服の裾を翻す少女――ネクストライスクール創設者にして、現場総責任者、赤坂レイカである
「くそっ……相変わらずメチャクチャな火力を叩き込んでくれやがる……!」
レイカは舌打ちを一つ漏らし、右手に握りしめた愛銃『ゼロモーメントポイント』を瞬時に滑り込ませるように身構えた。コンパクトな9mm口径のサブマシンガン形状をしたその銃身は、月光を受けて鈍い金属光沢を放っている
彼女の視線の先。破砕された防壁の頂点に、軽やかに佇む一人の少女がいた
狐の仮面を傾け、妖艶な和服の意匠を身に纏った狂気の存在。『七囚人』の一人にして、「災厄の狐」と恐れられる狐坂ワカモ。その手にある小銃――『真紅の災厄』の銃口からは、いまだに揺らめく赤紫色の硝煙が立ち上っていた
「ふふ……あはははは! 素晴らしいですわ、ネクストライのリーダーさん! 私の射撃をこれほど軽やかにかわし続けるなど……並の生徒では影を踏むことすら叶いませんのに!」
仮面の奥から響くワカモの声には、底知れぬ愉悦と獰猛な戦闘意欲が満ち満ちていた
ワカモの意識は、完全に眼前のレイカへと向けられている。彼女は知らない。この地下基地の最奥——カイザーPMCが企てた陰謀の渦中で、自らが恋焦がれる「先生」と、アビドス対策委員会の面々が、捕らわれた小鳥遊ホシノの救出作戦を遂行しているという事実を
もし、ここでさらに建物などに被害が出ると先生達があやうい事態になってしまう……
だからこそ、レイカはここに立っている。「災厄」の全ての牙を、己一人で引き受けるために
「お前に褒められても嬉しくねぇな、ワカモ! こっちは命がけなんだよ!」
レイカは足裏で瓦礫を蹴り飛ばすと同時に、ゼロモーメントポイントの銃口をワカモへ向け、絶え間なく連射を見舞った
乾いた小銃音が夜空に連続して弾ける。9mmパラベラム弾が正確無比な点射となってワカモの急所を穿つべく迫る。しかし、ワカモは眉一つ動かさず、真紅の災厄の銃身を翻して全ての着弾を金属音とともに弾き返した
火花が散る。その僅かな隙を突くように、ワカモの身体が前傾姿勢へと沈んだ
「ですが……そろそろ終わりといたしましょう。私の邪魔をする者は、等しく塵となるのが定めにございますれば!」
ワカモの足元でコンクリート床が爆破されたかのように砕け散る。一瞬。まさに目にも留まらぬ踏み込み。重厚な小銃を携えているとは思えない異常な初速で、ワカモはレイカの間合いへと肉薄していた。銃身の先端に装着された鋭利な銃剣が、月光を反射して冷たく閃く
間合いを潰す刺突。避けるスペースすら与えない、死角を完全に潰した必殺の踏み込み攻撃
「もらった……!」
ワカモの呟きが、レイカの耳元で聞こえるほどの至近距離
しかし――レイカの口元が、かすかにニヤリと歪んだ
「甘ぇよ、『災厄の狐』」
バシュン!!
レイカの胸奥で、眠れる「神秘」の概念が爆発的な熱を帯びて駆動した。彼女の持つ神秘『絶対加速』とは、単なる身体能力の強化ではない。自身が位置する空間内における「運動の絶対的な基準点」を強制的に書き換え、再定義する能力である
世界が一瞬で色を失い、引き延ばされた粘液のように鈍化する。ワカモの突き出される銃身の動きが、目に見えてスローモーションへと落ちていく
レイカの体内に装着された衝撃緩和・制御用装置――青花ヒバナが開発した『ミスティック・ナイトロシステム』がシステム作動中の表記を点滅させる
慣性を無視した空間移動。レイカの身体は、ワカモの突き出された銃身の真横をスレスレですり抜け、残像だけをその場に残して蒸発するように消失した
「――なに……!?」
ワカモの目が驚愕に見開かれる。刺突の手応えがない。眼前にあったはずの顔の残像が、夜風に溶けるように消え去っていた
次の瞬間、ワカモの完全に無防備となった「背後」に、圧倒的な質量と運動エネルギーを伴った気配が立ち昇る
「そこだッ!!」
死角から響くレイカの叫び。絶対加速の慣性エネルギーをそのまま脚力へと転換し、旋回軸を完璧に固定した強烈な後まわし蹴り――超高速のキックが、ワカモの背中へと叩き込まれた!
ドォンッ!!
まるで大型機関車が激突したかのような重厚な衝撃音。キックが叩き込まれた瞬間の衝撃波が放射状に広がり、周囲の瓦礫や煙を綺麗に吹き飛ばす。ワカモの身体は弾丸のような勢いで吹き飛び、数テンメートル先の鉄骨防壁へと激突、重厚な金属の壁をハの字に凹ませて土煙の中に崩れ落ちた
「ガハッ……!?」
土煙が舞う中、レイカはゼロモーメントポイントを構えたまま着地し、荒い息を吐きながら吹き飛んだワカモの立ち位置を凝視した
(……よし。直撃は入った。だが……相手はあの『七囚人』だ。これで終わるわけがねぇ)
予想通り、ガラガラと音を立てて瓦礫が押し分けられた
煙の向こうから、ワカモが緩やかな動作で立ち上がってくる。和服の袖にはチリや埃がつき、狐の仮面には薄くヒビが入っていたが、その全身から溢れ出る圧倒的な威圧感は衰えるどころか、むしろ一層の狂気を孕んで膨れ上がっていた
ワカモは自身の首をコクリと一回鳴らし、朱色の瞳でレイカを射抜くように見つめた
「……あは。あはははは! 素晴らしい……! 誠に素晴らしいですわ! 今の一瞬……あなたは完全に私の視界から消え、背後へと回り込んで見せました」
ワカモは手元の九二式百日装の埃を払うこともせず、うっとりとした、どこか恐ろしい笑みを浮かべながら尋ねてくる
「……なぜ、避けられたのですか? 私の間合い、私の踏み込みは、キヴォトスの如何なる優秀な生徒であっても察知すら不可能なタイミングでしたはず。それを……まるで私の動きの全てを最初から知っていたかのように、空間そのものを跳び越えて見せましたわね?」
ワカモの問いに、レイカは肩で息を整えながら、不敵な笑みを返した
「フン……種明かしをしてやる気はねぇが、強いて言うなら『俺の神秘』のおかげさ。空間の絶対基準を書き換える……『絶対加速』ってな」
「神秘……ふふ、なるほど。あなたの中に眠る本質、その一端というわけですか」
ワカモは納得したように頷いた。しかし、レイカの視線はすでにワカモの顔から外れ、彼女が手にしている『真紅の災厄』の銃口、そして先ほどまで自分が立っていた足元の着弾痕へと向けられていた
レイカは眉をひそめ、不審感を隠さずに口を開く
「……なあ、ワカモ。一つ聞かせろ」
「なんでしょう?貴方のような生徒さんの疑問でしたら、お答えしてあげてもよろしいですが?」
「お前のその銃弾……やけに威力が高すぎる。ただの大口径ライフルってレベルじゃねぇぞ。薬液の増量や銃身の剛性云々で説明がつく破壊力じゃない。……打撃を受けた空間そのものが軋むような、妙な重さが乗っている。一体どういうカラクリだ?」
レイカが感じていた疑問は至極もっともなものだった。先ほどからワカモが放つ弾丸は、掠めただけでもコンクリートの防壁を粉砕し、空気の衝撃波だけでレイカの相転移シールドを削り取っていた。単なる火薬の爆発エネルギーだけでは起こり得ない、異常なまでの「密度の高さ」がそこにはあった
レイカの質問を聞いたワカモは、一瞬意外そうに目を丸くし、それから心底おかしそうにクスクスと笑い始めた
「あはは! なにか特殊な仕掛けでも期待されましたか? ……簡単なことですわ、ネクストライのリーダーさん」
ワカモは愛銃の銃身を、愛おしそうに細い指先で撫で回す
「私はただ……弾丸一発一発に、自らの『神秘』を込めて撃ち出しているだけ。それ以上に理由などございませんわ」
「……神秘を、込めて撃つ……?」
「ええ。私たちの身体を頑丈にし、理外の力を与える『神秘』……それを己の肉体の中だけに留めておくのは勿体ないでしょう? 銃は自身の延長、放たれる弾丸は自身の意志の結晶。自らの魂の滾り、想いの重さをそのまま弾丸へと流し込み、解き放つ……ただ、それだけのことにございます」
ワカモの言葉は、一見すると論理性を欠いた感覚的な精神論のように聞こえた。しかし、キヴォトスという世界における「神秘」の物理的・現象学的な側面を理解しているレイカにとって、その言葉は雷に打たれたかのような衝撃となって脳裏を突き抜けた
(……神秘を、弾丸に乗せる……ゲームではアルや色んな生徒がそうやってたな……)
前世の物理知識と、この世界でヒバナたちと共に研究してきたオーパーツ・神秘の理論が、レイカの頭の中で急速に結びついていく
キヴォトスの生徒たちが持つ超人的な耐久力や身体能力は、全て「神秘」という概念的な存在証明によって担保されている。そして生徒たちが扱う銃器もまた、その神秘と同調することで真の威力を発揮する。だが、レイカ達も神秘を込めて撃つということを試そうとしたがすべて失敗に終わり、レイカの認識は「銃身から離れた弾丸は、ただの運動エネルギーを持った物理弾頭になる」というものだった。だからこそ、ヒバナたちはパルス技術やレールガンといった「物理的・科学的な初速と貫通力の底上げ」に走っていたのだ
しかし、ワカモのような規格外の存在は、無意識のうちに自らの神秘を「弾丸という離脱したオブジェクト」に付与し続けている。だからこそ、その弾丸は物理法則を超越した破壊力を発揮する
「……なるほどな。理屈じゃなく、概念の伝播か……そりゃ成功しないわ……」
レイカはゼロモーメントポイントを握る手にぐっと力を込めた
「おわかりいただけましたか? では――お勉強の時間は終わりですわ!」
ワカモの表情が一変する。狂暴な殺気が吹き荒れ、真紅の災厄の銃口が再びレイカの胸元へと向けられた
「今度こそ……その生意気な顔を吹き飛ばしてさしあげますわ!!」
赤紫色の閃光が、夜の闇を切り裂いて放たれた
ドォンッ!!
空間を叩き割るような重低音が響き渡る。ワカモが放った「神秘を帯びた弾丸」が、レイカの立ち位置であった地面を穿ち、半径数メートルのクレーターを一瞬で形成した
「くっ……重ぇ……っ!!」
空中へ躍り出たレイカは、爆風の圧力を受けて姿勢を崩しかけながらも、すぐさま身を翻した
ワカモの連射が続く。一発一発が戦車砲並みの威力を秘めた弾丸の嵐。掠めることすら許されない死の雨の中を、レイカは『絶対加速』の微小発動を繰り返し、空間の運動基準を部分的にずらしながらギリギリの回避を続けていた
(考えろ……! ワカモができるなら、俺にできないはずがない!)
レイカの脳細胞が超高速で回転を始める
自分の中にある神秘――『絶対加速』。それは「自身の運動エネルギーの基準点を強制的に再定義する」能力だ。これまでは、その対象を「自分自身の肉体」あるいは「身につけている装備」に限定して適用していた。自分という存在のフレームの中で完結させるのが、最も安定し、脳や肉体への負荷が少ないからだ
だが、もし……撃ち出した『ゼロモーメントポイント』の弾丸に対して、自分の『絶対加速』の運動基準をリンクさせることができたなら?
(弾丸が銃身を飛び出した瞬間、その弾丸が存在する空間の運動基準を、自身の意志で再定義できたら……!?)
「はは……言うのは簡単だが、無茶苦茶な注文だぜ、我ながら!」
レイカは自嘲気味に笑いながらも、集中力を極限まで高めていく
胸の奥のナイトロシステムが過熱音を立てる。レイカは意識のベクトルを、右手に握るゼロモーメントポイントの薬室、そしてそこに装填されている9mm弾の一発へと集約させた
ワカモが放つ次の撃ち合いの瞬間。ワカモが引き金を引くと同時に、レイカもまた、ゼロモーメントポイントのトリガーを強く引き抜いた
「――いっけぇぇぇッ!!」
ババババンッ!!
ゼロモーメントポイントから解き放たれた4発の9mmパラベラム弾。だが、その射出音はいつもと異なっていた。物理的な火薬の爆発音に混じり、まるで高圧電流が放電したかのような、キーンという甲高い高周波ノイズが響き渡る
弾丸に、レイカの意志と『絶対加速』の神秘が流し込まれていた
しかし――
「……甘いですわね!」
ワカモは瞬時に首をわずかに傾け、その弾丸を紙一重でかわしてみせた。レイカが放った弾丸は、ワカモの頬の数ミリ横を虚しく通り抜け、そのままワカモの背後――何もない暗闇の虚空へと一直線に飛んでいく
慣れない「弾丸への神秘の付与」に意識を割いた結果、肝心の照準が大きくズレてしまっていたのだ
「ふふ……あはは! どうされたのですか、ネクストライのリーダーさん!? 私の真似事をして弾丸に妙な気配を込めたようですが……的に当たらなければ、どのような攻撃も意味をなしませんわ!」
ワカモは勝利を確信した笑みを浮かべ、レイカへと追撃の引き金を引こうと銃身を持ち上げた
「……外れ……ですわね?」
嘲笑うワカモ
だが――対峙するレイカの口元は、絶望に歪むどころか、獰猛なまでの笑みを深めていた
「――誰が『外れた』なんて言ったよ?」
「……なっ……!?」
ワカモの野生の直感が、背後からの凄まじい何かを感知し、全身の毛髪が逆立った
ワカモの背後。何もない虚空を飛翔していたはずの、あの「外れた弾丸」
その弾丸達が、急に曲がった
弾丸が銃口を飛び出した瞬間、その直進性を担保しているのはライフリングによって与えられた高速回転――ジャイロ効果といい、回転角運動量が弾丸の軸を固定し、ブレを抑えて前進させる
だが、大気圏内を飛翔する物体を支配する物理量はそれだけではない。流体の中を回転しながら突き進むことで生まれるマグナス効果、回転体に外力が加わった際に向きを変えようとするジャイロ歳差運動、そして地球の自転に伴う微少な慣性力であるコリオリ力
(ただ神秘を込めて撃つだけじゃダメだ……弾丸がワカモの横を通り過ぎた『その瞬間』に合わせなきゃ意味がねぇ!)
レイカが試みたのは、弾丸に込めた『絶対加速』の神秘に時限式のタイムラグを組み込むという極限の荒技だった
トリガーを引いた瞬間には能力を発動させず、普通の9mm弾として飛翔させる。ワカモの脇を通り抜け、その完全な背後へと到達するわずか数ミリ秒後――あらかじめ意識の奥で刻んだ「タイマー」がゼロになった瞬間、弾丸の中で眠らせていた『絶対加速』を一気に爆発させる設定だ
ワカモの背後、何もない虚空へと到達した4発の9mm弾の中で、蓄積されていたマグナス効果と歳差運動の微少なベクトルが時限式に数万倍へと爆発・再定義された
ジャイロ効果によって堅固に保たれていた直進軸が、時限発動した新たな運動基準に従って強制的に書き換えられる
飛翔していた弾丸の周囲で空間が歪み、高周波ノイズが夜気を切り裂いた。弾丸たちは慣性の物理法則を置き去りにし、空中で時限的に直角以上の急激なカーブを描いて軌道を屈折させたのだ
音速を超える衝撃波を伴い、無防備なワカモの「完全な背後」から、その首筋を穿つべく猛烈な勢いで逆噴射するように飛来する!
「なっ……弾丸が……曲がっ……!?」
ワカモの驚愕の叫びは、激しい衝撃音によってかき消された
死角中の死角、背後からの超高速での襲撃。ワカモの常軌を逸した反応速度が、間一髪でその生命を救った。彼女は振り返る時間すら惜しみ、長年の戦闘本能だけで真紅の災厄の銃身を背後へと回し、自身の後頭部を護るように盾とした
ガキィィィィンッ!!
背後で激しい金属打撃音が轟く。レイカの『絶対加速』によって運動基準を再定義され、過剰な運動エネルギーを極限まで保持した9mm弾は、ワカモの真紅の災厄の重厚な銃身へと着弾した
弾丸そのものは小口径の9mmに過ぎない。しかし、そこに込められた質量を超越した運動エネルギーと衝撃波は、まるで大型ハンマーで叩きつけられたかのような威力を生み出していた
「くっ……あぁぁぁっ!?」
受け止めたワカモの腕に凄まじい衝撃が走り、その身体が激しく前方に押し出される。ワカモはバランスを崩し、コンクリートの床を滑るように数メートル後退した。その表情から愉悦の笑みは完全に消え去り、目を見開いて自身の銃身——弾丸が着弾し、深く窪んだ金属痕を凝視していた
「……弾丸の……軌道を、空中で変えた……!? 物理法則を無視して……弾丸そのものに『神秘の運動基準』を上書きしたというのですか……!?」
ワカモの声には、明確な戦慄が混じっていた
キヴォトスにおいて、誘導弾や特殊な装備によって軌道を変える弾頭は存在する。だが、普通の9mmパラベラム弾を、ただの小銃から射出し、手離れした後に「自身の神秘」だけで空中旋回させるなどという芸当、ワカモの知るいかなる生徒も成し得なかった領域だ
レイカはゆっくりとゼロモーメントポイントの銃口を下げ、煙を吹く銃口を軽く吹き消した。
(……やったか。だが、また使うのには時間がかかるな……)
レイカの腕は、先ほどの一撃の反動と、脳内での高次元な概念計算の代償として、激しい痺れと熱を帯びていた。ミスティック・ナイトロシステムが限界に近いアラート音を脳内で鳴らしている。
弾丸に神秘を込め、さらにその運動基準を遠隔で書き換える。これは『絶対加速』の新しい応用とでも呼ぶべき技だったが、体力の消費と負荷は通常の絶対加速の比ではなかった
だが、成果は十分だった
「どうだ、ワカモ。俺たちネクストライスクールを……ただの寄せ集めと舐めてしてもらっちゃ困るぜ」
レイカは呼吸を整え、挑発するように口角を上げた
ワカモは窪んだ銃身を握り締め、ゆっくりと顔を上げる。その朱色の瞳には、レイカに対する明確な警戒と、それ以上の凄絶な闘志が燃え盛っていた
「……恐ろしい人ですわね、赤坂レイカ。あなたは……私の想いとは違う、理解しがたい理を背負って戦っていますね」
ワカモが再び真紅の災厄を構え直そうとした――その瞬間
ドドォォォンッ……!
カイザーPMC地下基地の深部から、地鳴りのような巨大な爆発音が響き渡り、地上であるこの崩壊区画にまで強烈な振動が伝わってきた
「む……!?」
ワカモが不快そうに視線を地下への坑道へと向ける
同時に、レイカの耳元に装着されたインカムから、ノイズ混じりの安堵に満ちた通信が飛び込んできた
『リーダー! 先生達が脱出しました!』
――静寂が訪れた
レイカの顔から血の気が引いた。通信の音量は絞っていたはずだ。だが、常人離れした知覚を持つ「七囚人」の前で、その単語はあまりにも致命的だった
ワカモの身体がぴたりと固まる。朱色の瞳が緩やかに見開かれ、先ほどまでの獰猛な戦意とは全く質の異なる、ドロリとした狂おしい「熱」がその瞳に宿りはじめた
「……今……なんと……?」
ワカモの声は細く、震えていた
「『先生』……? いま……先生とおっしゃいましたか……? あの方が……この下に……?」
「しまっ……!」
レイカが身構えるより速く、ワカモの全身からピンク色の禍々しいオーラが爆発的に吹き上がった。ワカモはうっとりと頬に手を当て、そのまま地下の坑道へと足を踏み出そうとする。完全に戦意の矛先が先生へと切り替わっていた
「あぁ……あの方……! なぜ気づかなかったのでしょう……! 邪魔立てする有象無象を蹴散らして、すぐにお迎えにあがらねば……!」
(マズい……! 限界突破したワカモが今追いついたら、先生達が全滅する……!)
レイカは痺れる身体に鞭を打ち、絶対加速の不完全な残光とともにワカモの目前へと躍り出た。ゼロモーメントポイントの銃口を突きつけ、残された体力を振り絞ってニヤリと不敵に笑ってみせる
「おいおい、待ちねぇよワカモ! 先生はもう俺たちの特製装甲車で遠くへ避難中だ。今から地下に飛び降りたって、砂漠の徒労に終わるだけだぜ?」
「どきなさい……ッ!!」
ワカモの朱色の瞳が殺意で乱反射する。真紅の災厄の銃口がレイカの額へ向けられた。
「今の私には、あなたなどにかまっている暇はありませんの……! あの方のもとへ……行かねばならないのですから……邪魔をするなら、砕きますわよ!?」
「やってみな! だが……次に追撃してくる俺の弾丸が、どこからどう曲がってくるか……お前に防ぎきれるかな?」
レイカはあえて余裕たっぷりにハッタリをかまし、手元で怪しくゼロモーメントポイントの銃身を揺らしてみせた
ワカモの動作がぴたりと止まる
目の前で自分を足止めする少女の「曲がる弾丸」の驚異。そして、すでに遠くへ逃げたというブラフ。今ここでレイカと泥沼の戦闘を続ければ、手傷を負うばかりか先生の足跡を完全に見失ってしまう
葛藤の末、ワカモは深々と息を吐き、静かに真紅の災厄を引き寄せた
「……見事ですわ、赤坂レイカ。あの方を盾に取り、私にこれ以上の無駄な選択をさせないとは……。今日のところは……私の『負け』ではなく、『お預け』ということにして差し上げますわ」
「ハッ……引き分けってことにしておいてやるよ。次会った時は、もっと度肝を抜く弾道を見せてやる」
「楽しみにしていますこと。ですがあの方……先生の唇を奪うのは、私ですけれどね!」
ワカモは和服の裾を美しく翻すと、崩れ落ちる瓦礫の煙の中へと一瞬で跳躍し、月明かりの砂漠の彼方へと消え去っていった
「……ふぅーっ……危ねぇ……マジで死ぬかと……思った……」
ワカモの気配が完全に遠のいたことを確認した瞬間、レイカの膝からガクリと力が抜け、その場に倒れ込みそうになった
勝負の決着はつかなかった。だが、先生と対策委員会の脱出時間を完璧に稼ぎ出し、災厄の狐を退け、己も生還してみせた
「……引き分け、十分すぎる戦果だろ」
レイカは夜空に浮かぶ月を見上げながら荒い息を整え、ヘルタ達のいる方へと走っていった