風が低く唸りを上げ、地平線の彼方まで荒涼とした黄色い砂が広がるアビドス砂漠。吹き荒ぶ砂嵐の只中には、焦げた煙の臭いと高濃度の硝煙、そして激しい火器のぶつかり合いが残した熱気が重く立ち込めていた
崩落した巨大な建造物の瓦礫が点在する砂丘のただ中に、一つの影が立っている
黒髪のウルフカット、その毛先に鮮やかなターコイズブルーを覗かせた少女――ネクストライスクールの創設者であり、現在は現場総責任者を務める3年生の赤坂レイカである
彼女の右手には、愛用のハンドガン『ゼロモーメントポイント』が握られていた。ボルトが後方で固定され、ホールドオープンした状態で熱気を吐き出している。レイカは手慣れた手つきで空になった9mmマガジンを排出し、ポケットから予備のマガジンを引き抜いて叩き込むと、コッキングレバーを引き、初弾を装填した
「ふぅ……。相変わらず、無茶苦茶な火力を叩き込んでくる奴だな」
レイカは肩を軽く揺らし、吐き出す息と共に首を鳴らした
その足元から数十メートル先、砂煙の向こう側には、クレーターのように激しく削り取られた砂地と、何十発もの特殊弾頭が炸裂した痕跡が刻まれている
数分前までここで繰り広げられていたのは、常識を逸脱した死闘だった
対峙した相手は、連邦生徒会から脱獄した「七囚人」の一人、『災厄の狐』こと狐坂ワカモ
ワカモの放つ苛烈な砲火と予測不能な曲射に対し、レイカは自身の神秘――『絶対加速』を行使して対抗した
『絶対加速』とは、単なる身体能力の強化ではない。自身が存在する空間における「運動の絶対的な基準点」を直接書き換え、再定義する概念的干渉能力である
そして今回の戦闘において、レイカはさらなる領域へと踏み込んでいた。
『ゼロモーメントポイント』から放たれた9mm弾――通常であれば直線的にしか飛翔しない弾丸に対し、レイカは射出の瞬間、自身の神秘である『絶対加速』を直接伝播・定着させたのだ
飛翔する弾丸そのものの運動基準点を空中で再定義する
ワカモが展開した弾幕の隙間を抜けるため、レイカは直進する弾丸のベクトルの「起点」を空中で強制的に書き換えた。結果として、射出された弾丸は物理法則を完全に無視し、直進の途中で鋭角に軌道を曲げ、ワカモの至近で跳ね回るような変幻自在の弾道を描いたのである
弾丸に神秘を乗せ、その運動基準を空中で書き換えて軌道を折り曲げる――
ワカモをして「……は、あはは! なんて狂った不条理! 面白い、面白すぎますわ……!」と歓喜の声を上げさせたその超常射撃こそが、ワカモの攻勢を打ち破り、引き分けへと持ち込んだ決定打であった
「レイカっ! 無事っ!?」
遠くから聞こえた切迫した声と共に、砂丘の尾根を越えて数人の人影が駆け寄ってきた
アビドス高等学校・対策委員会の面々と、彼女たちに寄り添うシャーレの「先生」の姿があった
「先生、それにアビドスの対策委員会か。みんな無事だったみたいだな」
レイカはゼロモーメントポイントを滑らかな動作でホルダーへ収め、男性的で自然体の笑みを浮かべて手を挙げた
「相手は……連邦生徒会から逃亡した『災厄の狐』、狐坂ワカモだよ。……まあ、やり合って引き分けで終わらせたさ」
「ひ、引き分け……!?」
「ん……あの『七囚人』相手に……」
対策委員会のセリカやシロコたちが絶句する中、レイカは手首に装着している腕時計型デバイス――青花ヒバナが開発した『ミスティック・ナイトロシステム』のインジケーターをちらりと見た。青い光が安定した点滅を返している
「まあ互いに決め手を欠いたところで、奴さんは引いていったよ。……さあ、先生。一度準備を整えてから、ハレカたちと次の作戦――正式な『契約』の準備を始めるとしようぜ」
数時間後、ネクストライスクールへ戻ったレイカたちは、中央校舎の最奥に位置するアーティファクト研究部へと足を踏み入れていた。室内は常に電子音と計測機器の稼働音に包まれている
トリニティ、ゲヘナ、ミレニアムに並ぶ規模へと急成長を遂げ、「第4の学園」と称されるようになったネクストライスクール
「――素晴らしい。実に素晴らしいわ、レイカ」
白衣の裾を揺らし、丸眼鏡の奥で知的な瞳を輝かせているのは、アーティファクト研究部部長であり3年生の青花ヒバナである。彼女は愛用のハンドガン『アナリス・フィードバック』を腰に差したまま、手元のタブレットを高速で操作していた。前世で最先端の物理学や材料工学を修めていた彼女にとって、レイカが持ち帰った戦闘データは宝の山だった
「ミスティック・ナイトロシステムのログに記録された、ゼロモーメントポイントから発射された9mm弾の運動軌跡……! あなたがやったのは『身体の絶対加速』ではなく、『運動体に対する神秘の付与および空間基準の外部書き換え』でしょう!?」
「……まあ、感覚としてはそんな感じだ」
レイカは苦笑しながら、ドリンクを口に含んだ
「撃ち出した弾が空中で『ここが新しい加速の起点だ』と認識し直すように、自分の神秘を流し込んだのさ」
「感覚でそれをやってのけるのが、あなたの恐ろしいところね……。通常の鉛弾なら急激なGで蒸発するはずだけど、空間の運動基準そのものを書き換えているから、弾丸自体には慣性ストレスがかかっていない。もしこの現象を解析できれば、研究部で量産中のパルスライフルや大型のリニアランチャーの弾頭制御にも応用できるわ」
ヒバナは熱弁を振るいながらも、ふっと表情を緩めた
「ただし、無茶な連射は禁物よ。ナイトロシステムがオーバーヒートを起こしたらあなたの神経系にダメージが残るわ。あなたが倒れたら、このネクストライスクールの現場は誰が仕切るの? アリカやヘルタに任せたら、一日で学園が爆破されるわよ」
「おいおい、それは聞き捨てならんなぁ、ヒバナ!」
突如、研究部のドアが豪快に開き、金髪ツインテールを揺らした創設初期メンバー・3年生の佐藤アリカが飛び込んできた。肩には愛用のフルオートショットガン『ゴー! ジャンプ!』が担がれている
「ウチらが一日で学園爆破するわけないやろ! せいぜい運動場にクレーターつくったるくらいや!」
「アリカ……それは十分に爆破の領域に入っていると思うよ……」
続いて入ってきたのは、同じく3年生の創設初期メンバー、高橋ミナサである。アサルトライフル『トランスデューサー』を背負っていた
「レイカくん、ワカモとの交戦、お疲れ様でした。怪我がないようで安心しました」
賑やかになる研究室へ、最後に足を踏み入れたのは、ネクストライスクールの行政・政治・法務の中枢たちだった
品格溢れる制服姿の生徒会長・西条ハレカ
豪快な笑みを浮かべた土建部部長・木村ミヤカ
スーツを着こなす法務担当・佐藤ナイト
そして行政担当・加藤レンスである
ネクストライスクールは、今年度だけで新規新入生・編入生が764名加わり、全校生徒数は1300名を突破している。既存の主要学園からは「謎のゲリラ武装組織」や「異常な技術力を持つ新設校」と警戒されているが、その実態は「前世の記憶を持ったまま転生してきた転生者集団」である
ただし、「自分たちが転生者であること」「前世が日本人であること」「元大人が多数存在すること」は、外部に対して厳重に秘匿されている。内部では元ガテン系のミヤカと建築科の高校生転生者が協力するなど、それぞれの経験を融合させて学園を発展させてきた
「レイカ君、無事の帰還を感謝します。……さあ、いよいよ我が校の『大人の知恵』を結集した、アビドス支援およびカイザーグループ討伐作戦に入りましょう」
生徒会長のハレカが静かに告げると、木村ミヤカが豪快に胸を叩いた
「おう! DUシラトリ地区の新拠点や防壁建設には、高品質な砂利が必要なんだ。アビドス砂漠から採れる砂利は強度が最高だからな! 工芸部のサレも『アビドスの珪砂があれば最高の素材が作れる』って喜んでたぜ!」
「ただ資金を恵むのではなく、アビドスが自前の資源で正当に稼げる継続的な売買協定を結ぶ。対等なビジネスパートナーとしての支援です」とハレカ
さらに、弁護士バッジを胸に輝かせる佐藤ナイトが冷徹な微笑を浮かべた
「そして本番は法的な壊滅工作です。行政担当の加藤君の手配により、アビドス対策委員会を連邦生徒会公認の『正当なるアビドス生徒会』として正式登録させました。権利主体が確定した以上、カイザーローンが押し付けている年利数千%の違法契約に対し、連邦法に基づいた金利引き直し計算を行います。アビドスの借金は完済しているばかりか、過払い金の返還請求が可能です」
「銃弾で撃ち合うだけが戦争ではありません。社会のシステムと法的ロジックで、カイザーの悪徳商人どもを追い詰めましょう」
レイカはニッと口元を歪めた
「いい顔するじゃねえか、ナイト。……よし、先生やアビドスのみんなのところへ向かうとしようぜ!」
数日後
アビドス高等学校・対策委員会室
長テーブルを挟み、アビドス対策委員会と先生、そしてネクストライスクールの代表団(レイカ、ハレカ、ヒバナ、ナイト、レンス)が向かい合っていた
「――以上が、我がネクストライスクールとアビドスとの間に締結される『建築資材用砂利の継続売買協定』です」
提出された契約書を目にし、アビドスの奥空アヤネや砂狼シロコたちが目を見開く
「こんな高値で毎月定期買い取りをしてくれるなんて……! これなら自分たちの力で学校を守っていけます……!」
「お礼には及びませんよ」とハレカは優雅に微笑んだ
「私たちは高純度の砂が手に入る……それだけで学園の発展につながります」
契約書への署名が完了した直後、佐藤ナイトが分厚い訴状の束をテーブルに置いた
「さて……ここからが本当の攻勢です。正式に公認されたアビドス生徒会、およびネクストライスクール合同で、カイザーグループに対する大規模集団訴訟を開始します」
「え……っ、そ、訴訟……!?」
「カイザーローンの違法金利に対する債務不存在確認および過払い金の全額返還請求。さらにカイザーPMCが我が校の敷地や通商路に対して行ってきた武力侵攻・事業妨害に対する12億円の損害賠償請求です。即座に主要口座の仮差押え手続きに入ります」
圧倒的な「大人の法的ロジック」による反撃に、小鳥遊ホシノは呆れたように、しかし嬉しそうに笑いを漏らした
「いやぁ……参ったねぇ。銃を撃つよりずっと恐ろしい『大人の戦い方』だ。……でも、すごく頼もしいよ」
同時刻、カイザーローンのオフィスには、連邦裁判所からの仮差押通知と巨額の損害賠償請求書が届き、幹部たちの絶望的な悲鳴が響き渡っていた
アビドス校舎の屋上。夕日を浴びながら、レイカは先生と並んで砂漠を見つめていた。
「俺たちは一度人生を終えて、この世界で二度目の青春を得た。だからこそ、誰の青春も理不尽に奪わせはしないさ」
レイカは腰の『ゼロモーメントポイント』に手を当て、誇らしい笑みを浮かべた。二度目の青春を背負ったネクストライスクールの戦いは、ここから本格的に始まっていくのだった