暗雲を切り裂くような高周波の駆動音と、コンクリートが粉砕される砕裂音が、エリドゥ地下区画の閉鎖空間に絶え間なく響き渡っていた
重装甲パワードスーツ『アビ・エシェフ』を身に纏った飛鳥馬トキの機動は、人間の反射神経や肉体の限界を遥かに超越している。背部に構築された高出力スラスターから吐き出される熱気が、狭小な通路の空気を歪ませ、青白い残影を残しながら縦横無尽に空間を跳び交う
(――速い。だが、単なる機動性だけじゃない)
志賀カエデはPSシールドのグリップを固く握り締め、荒い息を殺しながら視覚情報を高速で処理していた
前世、特殊部隊の最前線に立ち、同時に次世代兵器の実戦テスターとして死線を潜り抜けてきた彼女の網膜には、トキの動作の「異常さ」が克明に焼き付いていた
トキの回避行動には、一切の無駄も迷いもない。こちらが銃口を向けるよりも前、筋肉の僅かな弛緩や視線の動きを察知したかのように、最適解の回避軌道を描いて見せる。ミレニアムサイエンススクールの最高峰技術が集約されたアビ・エシェフの物理スペックと、エリドゥの超巨大都市管理AIが提供する並列演算アシスト。それらが完全に融合した現在のトキは、まさに完璧な鉄壁の要塞そのものだった
「ハッ……! チョコマカと逃げ回りやがって! ガタガタ抜かしてんじゃねえぞ、この鉄くずがぁっ!」
荒い咆哮とともに踏み込んだのは、C&Cのリーダー、美甘ネルだ
小柄な身体からは想像もつかない怒涛の踏み込みから、二丁のカスタム短機関銃『ツインドラゴン』が咆哮を上げる。空間を埋め尽くすほどの弾幕が、トキの移動予測線を完璧に塞ぐ形で放射された
だが、トキは空中において、背部スラスターのノズルをミリ単位で偏向させた。物理法則を無視したような急激な慣性移動。ネルが放った死角無き弾幕は、わずかにトキの残影を削り取るだけに終わり、空しくコンクリートの壁を穿つのみに終わる
「ターゲットの攻撃パターン、および射線を完全に予測完了。……これより、反撃に移行します」
無機質なトキの発声と同時に、アビ・エシェフの右腕に懸架された重機関砲が激しい回転を始めた。
ガガガガガガガガガガガッ!!!
「ネル、引け!」
カエデの短い、削ぎ落とされた警告
瞬時に左腕のPSシールドを前面に押し出し、電磁フィールドの出力を上限まで引き上げる。直後、猛烈な鉄の雨がカエデを襲った
ズガガガガガガガッ! 激しい火花と凄まじい衝撃波がカエデの全身を叩く。PSシールドの青白い電磁膜が激しく歪み、光の粒子となって破砕されていく。衝撃が腕骨を通じて全身の筋肉を軋ませ、カエデの足元がコンクリートの床を滑るように後方へと削られていく
「くっ……!」
「カエデ! 借りだぞ!」
ネルが瞬時にサイドステップを踏み、衝撃を受け止めるカエデの死角から飛び出した。ツインドラゴンの銃口をトキの装甲の継ぎ目——もっとも装甲が薄い膝関節の駆動部へとゼロ距離で叩きつける
カチッ
「……なっ!?」
引き金を絞り切ったネルの眼線で、乾いた金属音が響いた。弾切れ。
トキの冷徹な瞳が、至近距離のネルを捕らえる。アビ・エシェフの脚部が滑らかな描線を描いて振り抜かれ、強烈な回し蹴りがネルの側腹部を直撃した
「ガハッ……!?」
桁外れの質量による打撃。ネルの小柄な身体が砲弾のように吹き飛び、後方の支柱へと激しく叩きつけられた。崩れ落ちるコンクリートの粉塵の中、ネルは血の混じった唾を吐き捨て、意地だけでツインドラゴンを握り直して立ち上がる
「……チッ、いい一撃を入れやがる……! だがな、こんなもんで折れるかよ……!」
「ネル、無茶をするな。……状況は最悪だ」
カエデはパルスライフル改を構え、即座に牽制の三連射を放った。青白いパルス光束がトキの胸部を狙うが、トキは僅かな首の傾げと最小限のステップだけでそれを完璧に回避する
カエデの右目の視界の端で、パルスライフル改の残弾インジケーターが赤く明滅していた
残り弾数、わずか。PSシールドのバッテリー残量も15%を割り込んでいる。対するネルも予備マガジンは残り2本となっていた……
アビ・エシェフの攻撃精度は衰える兆しすら見せない。エリドゥのメインサーバーから無制限に送られ続ける高精度な弾道データと、傷一つ付かない超硬合金の重装甲。対してこちらは、打つ手を失い、弾丸を使い果たしかけている
カエデの前世での豊富な戦術知識、特殊部隊仕込みの戦闘技術をもってしても、この絶対的な物資と性能の格差を埋めることは不可能に思えた
「状況は極めて劣勢。……ですが、ミレニアムの平和とセミナーの意志に基づき、ここであなた方を完全に排除します」
トキのアビ・エシェフが駆動音を上げ、重機関砲とアサルトライフルを同時に固定。カエデとネルへ向け、決定的な即死火力を叩き込もうと照準を固定した
――その時だった
上空、閉鎖区画の天井に位置する巨大な搬入用ハッチの砕けた隙間から、空間全体を震わせる凄まじい重低音が響き渡った
バリバリバリバリバリバリバリッ……!!
猛烈なローター風圧が旋風となって吹き下ろし、充満していた煙幕と粉塵が一瞬で吹き飛ばされる
「なに……!?」
トキの全方位センサーが即座に上空へとロックオンを修正した
破られて開いた天井の明かり取りの向こうに、ネクストライスクールのエンブレムを刻んだ大型輸送ヘリが猛烈な勢いでホバリングしている姿があった
ヘリの開放されたサイドドアに身を乗り出し、メガホンを片手に叫んでいるのは、ネクストライスクール生徒会補佐・二年生の霧状ヘルタだった
「おーい! カエデ先輩! リーダーから言われて、言われた試作品3つをヘリで運んできたっすよー!!」
ヘルタの元気いっぱいの大声が、殺伐とした地下空間に響き渡る
ヘリの機内外には、厳重に固定された巨大なスチールコンテナが設置されているのが見えた
カエデは一瞬の迷いもなく、上空のヘルタを見上げて鋭い声で叫んだ。前世の戦場で培われた、迷いのない最高指揮官の指示そのものの通る声だった
「ヘルタ! 試作品『X045』と『X098』だ! 今すぐそこから投下しろ!!」
「了解っす! X045とX098っすね! 投下シーケンス、緊急解除っすー!!」
ヘルタがヘリ機内の固定ロックレバーを豪快に叩き落とした
ヘリの後部ハッチが開放され、高圧蒸気とともに二つの巨大な金属塊が上空から切り離される
ドガァァァァンッッ!!
コンクリートの床が激しく削れ、破片を撒き散らしながら、二つの試作品がカエデの目の前へと落とされた
「おいおい……なんだありゃ!? 武器なのか……?」
立ち上がったネルが、目を見開いて落とされた物体を注視する
そこに転がっていたのは、一方は鈍い銀色の光沢を放つ長大な砲身を備えた無骨極まりない投射兵器。そしてもう一方は、無数の油圧シリンダー、高出力モーター、強化フレームが複雑に絡み合った、用途不明の巨大な強化骨格パーツの群れだった
ネルにも、そして厳戒態勢を整えるトキにも、その二つの試作品が具体的に何を意味するのかは即座には理解できなかった
だが――その映像を、少し離れた場所からリアルタイムで観察し、真実に辿り着いた者が一人だけいた
『――何……ですって……!?』
エリドゥの中心部タワー。防犯モニターと高精度センサーの群れに囲まれた超高層階のオペレーションルームで、セミナーの生徒会長・調月リオは椅子の肘掛けを強く握り締め、絶句していた
画面に拡大表示された、二つの試作品の構造データ
リオの眼鏡の奥の瞳が、高精度カメラのズーム機能とミレニアムの極秘データベースを高速で巡回させる
『照合完了……。あの長大な砲身……試作品X045といっていたあれ……間違いない。あれは以前、ネクストライスクールからミレニアムに持ち込まれ、技術交流の場において提示された……確か……青花ヒバナは個人携行型電磁投射兵器【プロトタイプリニアランチャー】といっていた……!』
リオの額に冷や汗が伝う
ミレニアムサイエンススクールにおけるアリスのレールガンの危険性と破壊力を熟知するリオにとって、ネクストライが独自に完成させた個人用リニアランチャーの脅威は計り知れないものだった。爆発的な貫通力と着弾時のエネルギー解放。あれを直接アビ・エシェフに直撃させられれば、いくら重装甲といえども無事では済まない
だが――リオの表情が真の恐怖に染まったのは、もう一つの試作品『X098』を画面に映し出し、その構造シミュレーションを完了させた瞬間だった
『……な、何なのあれは……? ミレニアムのデータベースに該当なし……。トリニティやゲヘナの兵器データにも存在しない……。ネクストライの極秘開発兵器……!?』
リオの高度な戦術AIが、X098のフレーム構造をリアルタイムで解析していく
常識外れのアクチュエーター、無数の電磁ダンパー、そして乗員の全身を包み込むような搭乗型の外部骨格構造
(待ちなさい……あの試作品X098と言っていたのは本来、何のために作られたものなの……!? あのフレームの剛性とトルクは、個人が携行する兵器の域を遥かに超えているわ……!)
リオは知らない
試作品X098の正式名称が【パワーローダー】であり、本来はネクストライ工芸部とアーティファクト研究部が共同開発した全長15メートルを超える超規格外兵器『対城刀ランゲージフィルム』を人間が力学的に運用・保持するためだけに設計された、超高出力外骨格補助駆動装置であることを
そして、リオは知らない
今、その場にいる志賀カエデという少女が、前世において「あらゆる兵器の仕様を熟知し、現場の状況に応じて即座に最善の運用法を再構築する」装備開発のスペシャリストであったことを
(対城刀ランゲージフィルムを使用したとしても、この狭いエリドゥの閉鎖区画では物理的に展開不可能。トキとの戦闘では使えない……)
カエデは一瞬で思考を完了させていた
(だが――この試作品X098のパワーローダーのアシストフレーム単体なら話は別だ!)
パワーローダーが誇る圧倒的な油圧トルクと慣性制御システム。本来は巨大な城を斬り落とす剣を振るうための駆動装置を、カエデは「プロトタイプリニアランチャーの超高反動を完全に相殺し、即座に固定・連続稼働させるための搭乗型超高出力台座」として再定義したのだ
画面越しのカエデの眼光――冷徹で、一切の迷いがない元特殊部隊・元開発者の眼差しを見た瞬間、リオの背筋に猛烈な戦慄が走った
『トキ!! 今すぐ退避しなさい!! 警告です、トキ! 今すぐそこから離れなさい!!』
リオはマイクを掴み、喉を張り裂かんばかりの声で通信を開いた
『警告度レベル最大! 敵は未確認の複合兵装を展開しようとしています! アビ・エシェフの回避能力をもってしても、あのエネルギー収束をあの距離で受ければ――!』
「……リオ会長?」
アビ・エシェフのコックピット内で、トキは一瞬だけ素の動揺を見せた
いかなる冷酷な状況においても絶対的な平静を保つリオが、これほどまでに悲痛で狼狽した声を上げたことなど、一度もなかったからだ
「了解しました。……全スラスター最大出力。退避行動へ――」
トキが即座に脚部スラスターを逆噴射させ、超高速の後方跳躍に移ろうとした、その瞬間
ガチィィィンッ!! ガガガガンッ!!
重厚な金属パーツが噛み合う激しい結合音が、地下通路全体に轟いた
カエデの動作は、あまりにも迅速だった
両脚、両腕、そして腰部へパワーローダーの強化アシストフレームが高速で組み合わさり、高周波モーターがキィィィンと耳鳴りのような高音を上げる。重密度の超硬合金フレームがカエデの身体をガッチリと固定し、脚部から削岩アンカーが伸長してコンクリートの床深きへと突き刺さった
そして、その超強力なフレームの中央軸線に、ぴったりと固定されたのは――『プロトタイプリニアランチャー』
パワーローダーの大容量バッテリーから油圧ラインとエネルギーバイパスが接続され、リニアランチャーの兵身へ破格の電磁エネルギーが流れ込む
ズズズズズズズズ……ッ!!
周囲の空気が激しく歪み、青白く、そして赤紫色のプラズマ光がリニアランチャーの長大な砲口へと収束していく
パワーローダーの全身の電磁ダンパーが軋み、周囲に転がっていた鉄くずやガレキが、強力な磁場によってふわりと宙に浮き上がった
「……くっ……!?」
退避機動に入ろうとしていたトキの足が、強烈な電磁場干渉と空間の歪みによって一瞬だけ鈍る。アビ・エシェフの高度な警告アラートが真っ赤に染まり、計測不能のエネルギー数値を弾き出し続けていた
「おいおいおい……マジかよ……! なんてバケモノじみた兵器抱え込んでやがったんだ……!?」
ネルがその圧巻のエネルギー密度に気圧され、思わず後ずさる
「へへっ! 上空からのナイスコントロールっす! ネクストライの技術力を舐めてもらっちゃ困るっすよ!」
輸送ヘリのハッチから身を乗り出したヘルタが、嬉しそうに叫ぶ
カエデはパワーローダーの光学照準器を右目の網膜に直接同期させた
視界の中で、逃走を図ろうとするアビ・エシェフの胸部メインコア、そして駆動スラスターの軸線が完全にロックオンされる
前世で培った射撃理論と兵器運用の真髄
キヴォトスの神秘と、ネクストライが誇る技術の融合
電磁力充填、極大値。パワーローダーによる反動制御率、100%
カエデの表情には、焦りも、恐怖も、油断すらない
あるのはただ、与えられたミッションを完璧に遂行するプロフェッショナルの意地と覚悟のみ
カエデは静かに息を吐き出し、パワーローダーの重厚なトリガーグリップに指をかけた
そして、短く、冷徹に言い放った
「――作戦行動を再開する」
ドォォォォォォンッッッ!!!
エリドゥの地下区画全体を粉砕せんばかりの、絶大なる電磁の咆哮が解き放たれた
ちょこっと設定
試作品X045 プロトタイプリニアランチャー
外交から交流をの Vol.15 ネクストライとミレニアムの馬鹿ども にてカエデが撃った初期型のリニアランチャー
ヘルタがアビドス編で使ったリニアランチャーとはちがい威力が高いが、反動も強烈で爆発範囲等が大きいため、改修されたものが配備された。そういった理由で試作品として保管されていた
試作品X098 パワーローダー
対城刀ランゲージフィルムを扱うために作られたパワーローダー
元々は別の目的で使用を前提として開発されたが、対城刀ランゲージフィルムを制作時に作られる運びとなった。だが、扱えるパワーローダーを使用しても持てる人がカエデなど一部の人に限られた。そういった理由で試作品として保管されていた