「ありえない………」
要塞都市エリドゥの最奥、中央司令室に張り詰めた静寂を切り裂くように、調月リオの呟きが落ちた
巨大なホログラムモニター群には、無数の警告表示と赤く点滅するエラーコードが敷き詰められている。その中心に映し出されていたのは、要塞の防衛網を突破し、中央タワーへと足を進める侵入者たち――ゲーム開発部の三人、シャーレの先生、そしてネクストライスクールの青花ヒバナと立火ジュカの姿だった
そして、司令室のさらに奥、厳重なプロテクトに守られた透明な拘束カプセルの中には、意識を失ったまま静かに横たわる天童アリスの姿がある
本来であれば、完璧な計算のもとに構築されたはずの防衛システムであった
ミレニアムサイエンススクールが誇る最高峰の戦闘部隊であるC&Cや、あらゆる例外に対応するエンジニア部といった強力な戦力がすでに戦線から脱落、あるいは不在であるにもかかわらず、捕らわれた少女を取り戻そうと立ち向かってくる三人+ふたりと一人の大人の進軍を、エリドゥの全自動防衛機構は止めることができていない
「どうして……私の計算が、ここまで狂わされるの……」
リオは細い指先をデスクに押し付け、モニターに映る戦闘記録のログを高速で遡った
最初の関門であったはずの、エリドゥ全域を覆う高周波電磁波バリア。ミレニアムの規格で作られたあらゆるハッキングや物理攻撃を跳ね返すはずだったその絶対の障壁が、内部から攻略を許し、要塞都市の防衛体制は根底から崩壊を始めた
さらに、リオが全幅の信頼を置いていた戦力すらも破られた。
パワードスーツ『アビ・エシェフ』を駆る飛鳥馬トキは、C&Cのネル、そしてネクストライ防衛部の志賀カエデという規格外のふたりによって機能を停止させられ、大破した。カエデが持ち込んだ試作型パワーローダー『X098』と超高出力兵装の組み合わせ、そしてそれまで耐えるのに使っていた『PSシールド』の存在は、アビ・エシェフの圧倒的なスペックすらも上回る局地戦闘能力を見せつけたのだ
それだけではない。要塞内部を埋め尽くすはずだった『アヴァンギャルド君軍団』の自動無人機群すらも、完全に無効化されていた。ミレニアムのセミナー副会長でありながらネクストライの協力者として裏で糸を引いていた八金タチカと、ネクストライ創設者である赤坂レイカのタッグによって……
「……ネクストライスクール。あの学園の存在が、すべての計算を壊して……」
ネクストライスクールの技術力は、総合的に見てミレニアムサイエンススクールと互角か、それ以上と見なさざるを得ない。しかし重要なのは規模ではなく、その「質」だった。ネクストライが保有する技術の多くは、ミレニアムの既存の理論体系には存在しない、極めて独自性の高い異質なものだったのだ
未解明の相転移技術と高周波パルス励起理論。アビ・エシェフのフレーム構造と酷似しながらも異なる発展を遂げた試作パワーローダー『X098』。そして『リニアランチャー』や『X045』の存在。それらのオーパーツ由来のオーバーテクノロジーを自在に扱い、完璧な実戦テストと指揮体制を行う異質な存在
「……だとしても」
リオは拘束カプセルの中で眠るアリスへと視線を向けた。その瞳に宿る冷たい決意の光は、一切揺らぐことはなかった
「無名の司祭の『王女』であるあの存在を解体し、消去しなければ、キヴォトスに破滅が訪れる。私ひとりが悪者になろうとも、この計画を止めるわけにはいかない……」
一方、要塞都市エリドゥ中央タワー直下――
「ふう……ようやく着いたわね、中央タワーに」
白衣の裾を風になびかせ、スマートメガネ型デバイスのフレームにそっと触れながら、青花ヒバナが息を吐いた
アーティファクト研究部部長としての知的な瞳の奥には、確かな勝利への確信が漂っている
「はい、ヒバナ先輩。周辺の防衛ドローンおよび自動砲台、すべて沈黙を確認しました」
短い赤髪を揺らし、無駄のない動作で愛銃『NOTバック』の残弾を点検したのは、生徒会執務補佐兼防衛部窓口の1年生、立火ジュカだった
「残っているのは、この中央タワー内部の防衛機構と、リオ会長本人だけね」
「ええ。アリスさんを救出するための最後の壁です。……結論から言うと、私たちの目的はリオ会長を論破することではなく、彼女の独走を止めてアリスさんを無事に連れ戻すことよ」
その時、ヒバナの耳元に装着された通信デバイスから、賑やかなローター音とともにノイズ混じりの音声が飛び込んできた
『あー、あー! テストテスト! ヒバナ先輩、聞こえるっすかー!?』
通信の主は、生徒会補佐の2年生、霧状ヘルタだった
「ええ、聞こえているわよ、ヘルタ。そっちの状況はどうなったかしら?」
『バッチリっす! リーダーとカエデ先輩、ネル先輩とタチカ先輩にトキさん無事に自分の操縦する回収ヘリに乗せたっすよ! カエデ先輩とネル先輩、トキさんはボロボロっすけど、命に別状はないっす! リーダーとタチカ先輩は弾薬補充後、そっちに送るっす!』
「そう、よかったわ……。ネルもカエデも、まったく無理をしすぎなのよ。ヘルタ、カエデとネル、飛鳥馬トキを連れてそのまま安全領域まで後退して、救護を優先してちょうだい」
『了解っす! ヒバナ先輩たちも、アリスちゃんの救出、よろしくっすよ!』
通信を切ると同時に、タワー周辺の安全を確認していた先生とゲーム開発部の面々が、息を荒らせながらヒバナたちの元へと駆け寄ってきた
「ヒバナさん! ジュカさん! ふたりとも無事だったんだね!」
先生が安堵の表情を浮かべ、周囲を見渡しながら問いかける
「ネルやタチカ、レイカとカエデは?」
「ネルとカエデは一時的に離脱、飛鳥馬トキも連れてね……。レイカと八金タチカは弾薬補給後、ここに合流するらしいわ」
ヒバナはメガネのフレームを押し上げながら答え、タワーの重厚な入口を指し示した
「前線で全員が命がけで道を開いてくれた。さあ先生、ゲーム開発部のみんな……アリスちゃんを助けに、行きましょう」
「うんっ! アリスを取り戻すんだ!アリスのいないゲーム開発部なんて、ゲーム開発部じゃないもんね!」
モモイがアサルトライフルを力強く掲げ、真っ先にタワーの重厚なエントランスへと駆け出した。
「ちょっとお姉ちゃん、先走りすぎ! 敵の防衛ラインがまだ残ってるんだから!」
「大丈夫、大丈夫! 今の私には、アリスを助けたいっていうハイパー勇者パワーが溢れ出してるんだからーっ!」
ミドリの制止を背中に受けながらモモイが重厚な防爆扉を蹴り開けると、直後に高音の警報音がタワー全体に響き渡った
『侵入者を検知。迎撃システム、フェーズ3を起動します』
無機質な機械音声とともに、タワーの天井や壁面から一斉に無数の自動砲台が展開し、通路の奥からは重武装の防衛ドローン群が押し寄せてくる
「うわっ、すごい数……! ユズ、配置はどう!?」
「ひ、左奥の天井砲台が主目標! ドローンの隙間を縫って、私が牽制します……っ!」
ユズは小さく身を縮めながらも、射撃の体勢に入ると同時に鋭い目つきに変わった。瞬時に敵の位置を把握し、精密な射撃で天井の防衛センサーを正確に撃ち抜いていく
「ナイスショット、ユズ! ミドリ、右側のドローン群を頼むわよ!」
「了解! お姉ちゃんは突っ込みすぎないでね!」
ミドリのスナイパーライフルから放たれた弾丸が、完璧な精密射撃でドローンの動力コアを次々と打ち抜く。ゲーム開発部として培ってきた長年のコンビネーションと、アリスを奪還するという強い想いが、彼女たちの動きを普段以上に研ぎ澄ませていた
そこへ、立火ジュカが素早く踏み込み、40mm榴弾発射器『NOTバック』の銃口を迫り来るドローンの集団に向けた
「前衛、下がってください。高圧パルス榴弾、発射します」
ズドン、という重厚な発射音とともに放たれた榴弾が、敵陣の中央で炸裂
強烈なパルス波が広範囲に広がり、残っていたドローン群の電子回路を一瞬で焼き切り、一網打尽にして崩れ落ちさせた
「ふふ、ナイスアシストよ、ジュカ。手前のセキュリティコアのプログラムは、私が上書きしてフリーズさせておいたわ。このまま一気に突き抜けるわよ」
ヒバナがスマートデバイスを操作しながら颯爽と白衣をなびかせ、ゲーム開発部の三人へと笑みを向ける
「すごーいっ! ネクストライの先輩たち、強すぎだよー!」
「感心しているヒマはないよ、お姉ちゃん! 先生、次のブロックへ行こう!」
「ああ、みんなこのまま行くよ!」
先生の指揮のもと、一行は次々と押し寄せるセキュリティを打ち破りながら、煙と破片の舞うタワー内部の通路を猛スピードで駆け抜けていった
第2防衛区画のガントレット砲台群をユズとミドリのクロスファイアで沈黙させ、第3防衛区画の大型隔壁をジュカの精密射撃とヒバナのリモートハッキングで強制突破する
全員の息の合った連携の前には、リオが誇る要塞都市の防衛機構も足止めすることすら叶わなかった
そしてついに、最奥の通路を抜けた先に、最上階・中央司令室へと一直線に伸びる大型の直通エレベーターの扉が姿を現した
「あった……! 最上階直通エレベーター!」
モモイが息を荒らせながらパネルへ駆け寄り、開口ボタンを強打する
ブゥン、と重厚な作動音を立てて漆黒の防爆ドアが左右に滑り出し、広々としたエレベーター内部が開かれた
「みんな、急いで乗り込んで! 追撃のドローンが来る前に!」
ジュカの呼びかけに応じ、先生、ユズ、ミドリ、そしてヒバナが次々とエレベーター内へ足を踏み入れる
「ふう……第一〜第三防衛線の突破、完了ね。手応えとしては悪くないわ。タチカのプログラム介入も効いているようね」
ヒバナが眼鏡のフレームをそっと上げながら言った
「はい。残るセキュリティは……このエレベーターの上が行き着く場所、リオ会長のいる中央司令室のみです」
ジュカが愛銃の弾倉を叩き込み、最終確認を行う
「アリスちゃん……もうすぐ、助けに行くからね……!」
ユズは胸の前で小さな拳を力強く握りしめた
モモイが上昇ボタンを押し込み、背後の防爆ドアがゆっくりと閉じ始めていく。閉まりかけるドアの隙間から、駆けつけてきた防衛ドローンたちの赤い照光が虚しく通り過ぎていった
「よし……これでラストダンジョンへのカウントダウン開始だよ!」
モモイが振り向き、不敵で、けれどどこか泣きだしそうなほど温かい笑顔をみんなに向けた。
「リオ会長がどれだけ難しいラスボスでも関係ない! 勇者アリスを取り戻して、みんなで絶対……ハッピーエンドを迎えるんだから!」
「ああ。行こう、みんな。アリスのもとへ!」
先生の力強い言葉とともに、エレベーターは猛烈な加速度を伴って、リオとアリスの待つ最上階へと向かって一気に上昇を開始した。