ゲーム開発部Side
しんと静まり返った、冷たい空気
視界に広がるのは、ひび割れたコンクリートの壁、風化して骨組みが剥き出しになった鉄骨、そして足元に転がる乾いた瓦礫の山だった
「……ここが、アリスの……」
「……心の中……?」
先生の隣で、ゲーム開発部の花岡ユズが小さく肩を震わせながら呟く
そこは、かつて彼女たちがアリスと初めて出会った、ミレニアムの廃墟地区の景色そのものだった。外界の激しい戦火やアトラハシースの幾何学模様はどこにもなく、ただ永遠の黄昏のような静寂だけが支配している
「みんな、気を引き締めて。ここはデータベースの最深部……アリスちゃんの精神が閉じ込められた領域だから」
先生が静かに語りかけ、周囲を警戒しながら足を進める。その時、最前線を歩いていたミドリが、廃墟の奥に立つ影に気づき、ハッと息を呑んだ
「ねぇ、お姉ちゃん! ユズ! あそこ……!」
「アリス!!」
モモイの叫び声が、静寂に包まれた廃墟に響き渡る
ガレキの山の中央、ぽつんと置かれた冷たい鉄の椅子に、抱きかかえるように膝を折って佇んでいた少女――天童アリス。その蒼い髪が、風もないのに力なく揺れていた
「アリスちゃん!」
「アリス!!」
モモイ、ミドリ、ユズ、そして先生は夢中で駆け寄り、その小さな身体を取り囲んだ
「……だれ?」
アリスがゆっくりと顔を上げる。その瞳には感情の光が失われており、どこか遠くを見るような、虚無的な色が宿っていた
「私達だよ!」
「アリスちゃん! 私たちが来たよ!」
「アリスちゃん……っ!」
「モモイに……ミドリ……ユズ……? どうして、ここに……?」
茫然とした様子で名前を呟くアリスに、モモイは泣きそうな笑顔を浮かべながら強く頷いた
「アリスを連れ戻す為にね! みんなが待ってるよ! さあ、一緒に帰ろう!」
「あ……」
帰ろう、というその一言に、アリスの胸が激しく波打った。だが次の瞬間、アリスの瞳に濃い絶望の色が走り、その小さな手を強く握りしめた
「アリスは……アリス、は……帰れません……」
「え……?」
「王女よ。あなたが見てきた光景を、もう忘れましたか?」
冷たく、一切の抑揚がない電子音声が、廃墟の空間全体に重く響き渡った
空間が歪み、アリスの背後に赤黒いデータの渦が発生する。そこから姿を現したのは、アリスと同じ容姿を持ちながら、禍々しい無名の司祭の権能を纏った存在――ケイ(Key)だった
「ケイ……!」
「つまり、あれが……!」
「アリスちゃんを、ここに閉じ込めた元凶……?」
「でも、アリスちゃんが見てきた光景ってのは、一体どういうこと……?」
ミドリとユズが身構え、モモイが警戒の声を上げる。ケイは無機質な瞳で一同を見下ろすと、淡々と言い放った
「文字通りの意味です。“王女様が”この空間で見聞きした光景の数々のことですよ」
ケイが細い指先をかざすと、廃墟の空中に数多のホログラムモニターが浮かび上がった。そこに映し出されたのは、エリドゥの監視カメラやセンサーが捉えていたリアルタイムの激闘の映像だった
「これって……私達が戦ってきた姿……?」
「ネル先輩や、タチカ副会長が……傷つきながら戦っている……」
モニターには、圧倒的な数の殺戮兵器を相手に、ボロボロになりながらも立ち向かうミレニアムの生徒たちの姿が映し出されていた
「エリドゥの監視網から見てきた光景。それらすべて、あなた達がこの場に足を踏み入れるまでに戦い、走り、転んで、傷ついてきた光景です」
ケイの冷徹な追及が、アリスの心に容赦なく突き刺さる
「何故このような事が起きてしまうのか……その答えを“王女”は既にご存じなのではないでしょうか?」
「……アリスは。アリスは帰れません」
アリスは頭を抱え、絞り出すような悲痛な声をあげた
「アリスがみんなのそばに居たら……みんなはその分、傷ついてしまいます……!」
「アリスちゃん、違う! そうじゃないよ!」
「ミドリの言う通りだよ、アリスちゃん! 私たちはそんな事――」
「ミドリ……ユズ……! でも、アリスのせいでみんな怪我をしてしまいました……! モモイも……ネル先輩も……タチカ……副会長も……!」
アリスの脳裏に、かつて自分が暴走し、モモイを大怪我させてしまったあの日の記憶が鮮烈に蘇る。そして今、自分という存在を巡って、大勢の仲間たちが命を危険に晒しているという残酷な現実
「過ぎたことはもういいよ!!」
感情を破裂させるように、モモイが叫んだ。過去に致命傷を負い、死の淵をさまよった張本人であるモモイが、一切の迷いもなく叫んだのだ
「そんなの、とっくに過ぎたことだし! 私は気に仕めてない!!」
「知識や初期設定なんて、関係ありません……! アリスは勇者ではなく、魔王として作られたから……」
アリスの目から、溢れ出た涙が頬を伝う
「いつか世界を……キヴォトスを滅ぼすかもしれない、魔王として、生まれた……から……。アリスが、いるから……そこに、居たいと、願ってしまうから……そんな……魔王は……みんなのそばにいては、いけません……」
「「「「……」」」」
「大切な人たちが……苦しんで傷つくのなら……いっそ……アリスは……アリス、このまま消えるのが正しいのです……」
自分が存在するだけで世界が壊れ、大好きな人たちが傷つく。ならば自分という存在そのものが消滅することこそが、唯一の正しい選択なのだと。アリスは己の存在価値を全否定し、深く冷たい暗闇へと沈み込もうとしていた
その時――
「『テイルズ・サガ・クロニクル2』は……!!」
静寂を叩き割るような、モモイの大声が響き渡った
「「「「!!」」」」
「私たちが、一緒に作ったゲームは!! 特別賞をもらったよ!!」
唐突に跳ね上がったモモイのボルテージに、アリスも、ケイも、そしてミドリやユズさえも驚きに目を見開く。モモイは拳を固く握りしめ、ボロボロと涙をこぼしながら、アリスに向かって一歩を踏み出した
「キヴォトスの終焉? なに言ってるの!? アリスがいるだけでみんなが傷つく!? 誰がそんなバカなこと言ってるの!?」
「モモイ……?」
「アリスに会って……アリスが居たから……! 私たちはゲームが作れて! ミレニアムプライズで賞をもらって、部活を守る事ができたんだよ!」
「うん、そうだよ!」
「……うん!」
ミドリとユズが、モモイの背中に並び立つ
「部活を守れたことも……ゲームを作って、一緒に遊んだ事も! ネクストライのみんなとワイワイゲームをやったり出来たのも……!」
モモイは鼻をすすり、全身の力を込めて叫んだ
「全部! ぜーんぶ! アリスがいてくれたからだよ! それなのに、アリスが魔王だとか、そう生まれついただとか……。だから消えなきゃいけないとか! そんなの、全ッ然意味わかんない!! そんなの絶対納得するもんか!!」
「うん、絶対に!」
「消えるのを……放ってなんか……おけないよ……!」
ゲーム開発部の思いが、言葉となってアリスの心に叩きつけられる
アリスは涙に濡れた瞳を大きく見開き、信じられないというように首を振った
「な、な、なぜ、ですか……? みんな……どうして……アリスは……魔王なのに……アリスのせいで……みんな、怪我したのに……なんで、みんな……アリスを怖がったり……憎んだりしないで……そうやって……」
「――それなら、私からも少しだけ、真のデータと現実を見せてあげるわ」
突然、廃墟の頭上に鮮烈な青いホログラム光彩が咲き誇った
空間の干渉障壁を力任せに突っ切り、精神世界の空中に投影されたのは、ネクストライスクール・アーティファクト研究部部長の青花ヒバナの姿だった。そしてその隣には、生真面目な表情でコンソールを操作する生徒会執務補佐の立火ジュカの姿もある
『ヒバナさん!? ジュカちゃん!?』
「外部からのデータ同期サポートよ。精神接続の帯域を少し借りさせてもらったわ」
白衣のポケットに片手を突っ込み、眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、ヒバナはどこか余裕に満ちた笑みを浮かべる
「アリスちゃん。あなたが『自分がいるからみんなが傷つく』と絶望しているのなら……今、この瞬間に外で起きている『本当の現場』を直視しなさい」
ジュカが手元の端末を打つと、ヒバナのホログラムの横に、さらに広大な三次元戦闘映像が全展開された
そこに映し出されていたのは――エリドゥ外郭防衛ラインにおける、圧巻の共闘劇だった
『ハハッ! 遠慮すんな、ジャンク品ども! C&Cのフロントはアタシが仕切る!!』
画面の最前線で双銃を乱射し、迫り来る自動殺戮兵器を叩き潰しているのはC&C。そのバックアップとして、エンジニア部が持ち込んだ即席オートターレット群が目まぐるしく火を吹き、迫り来る重装甲車隊の足を止めていた
だが、敵の物量は無尽蔵。防衛ラインが突破されかけたその瞬間――上空の夜霧を切り裂いて、ネクストライの戦術ヘリが爆音とともに旋風を巻き起こした
『ヒャッハー! 地上の敵ども、ネクストライからの空のプレゼントっすよー!!』
ヘリのハッチから身を乗り出し、LMG『ラッシュTHEネーム』の引き金を全開で引いているのは生徒会補佐の2年生・霧状ヘルタ。圧倒的な連射速度で上空から弾幕の雨を降らせ、敵の第二波の進軍を強引に足止めしていく
さらに、地上の爆炎を突き破って前進してきたのは、外骨格補助駆動装置『X098パワーローダー』を全身に装着した防衛部の志賀カエデ
『反動減衰確認……大出力射撃、行きます』
カエデが抱える試作高破壊兵器『X045』から、極大の電磁投射光線が放たれる。 X098の油圧フレームと電磁ダンパーが猛烈な反動を強引に殺し、正面の重戦車大隊が一瞬で光の全滅圏へと呑み込まれて消滅した
そして――その光の嵐の真ん中を、一筋の疾風が駆け抜ける
黒髪のウルフカット、ターコイズブルーの毛先を夜風になびかせたネクストライ創設者にして現場総責任者――赤坂レイカ
「――ハァッ!!」
レイカは自身の神秘『絶対加速』を全開で駆動。自身が存在する空間の絶対的な運動基準点を強制再定義し、十五メートルを超える漆黒の超大型大刀――対城刀『ランゲージフィルム』を、まるで一振りの小刀のように高速回転させた
ズガァァァンッ!!
巨大な三日月を描いた黒刀の一閃が、爆煙を置き去りにして敵の残存部隊を装甲ごと十数メートル後方へと吹き飛ばす
『けっ……時間を稼げばいいんだろ!? 十五分だろうが三十分だろうが、俺たちがここに立っている限り、一歩もこのタワーに近づけさせねえよ!!』
映像から激しく響き渡るレイカの咆哮
ジュカが凛とした声でアリスに向かって語りかける
「ミレニアムのC&Cもエンジニア部も、そして私達ネクストライも……誰一人としてあなたを『兵器』や『魔王』なんて思っていないの。だからこそ、こうして学園の垣根を越えて命を懸け、あなたを助け出す時間を稼いでいるの」
ヒバナはフッと口元を緩め、眼鏡越しにアリスの瞳を真っ直ぐに見つめた
「銃器と高度なテクノロジーが支配するこのキヴォトスで、学園同士が手を取り合い、十五メートルの大刀やレールガン振り回して戦うパワードローダーなんて、確率論的に見れば滑稽なファンタジーよ。……けれどね、アリスちゃん」
ヒバナの言葉に、力強い知性と温かみが宿る
「ファンタジーみたいなことでも、諦めずに努力し続ければ現実になるのよ……信頼できる『仲間』とならね。私たちが何もないところから自分たちの居場所である『ネクストライスクール』を作り上げたように……運命や初期設定なんてものは、自分たちの手でいくらでも書き換えられるのよ」
「ファンタジー……仲間と……」
アリスの瞳に、ポロポロと大きな涙が溢れ出す
ヒバナのホログラムが優しく頷き、先生へと視線を譲った。先生はゆっくりとアリスの前に屈み込み、その小さな手を優しく包み込んだ
「みんな、アリスの仲間だからだよ」
「先生……」
「みんな、アリスが好きで一緒に居た仲間だからこそ、怖がったり……憎んだりはしない」
先生は静かに、けれど世界中のどんな真理よりも確かな口調で語りかける
「私はミレニアムだけじゃない。アビドスも、ネクストライも見てきた……みんな仲間だからこそ助け合ってたんだ。過去がどうだとか、どんな目的で作られただとか、そんなことは関係ない。君がなりたい存在は、君自身が決めていいんだよ、アリス」
君がなりたい存在は、君自身が決めていい
その言葉が、アリスの胸の奥深くに存在していた冷たく重い鎖を、跡形もなく打ち砕いた
「アリスが……なりたい存在……」
アリスは溢れ出る涙を拭いもせず、先生の顔を、そしてモモイ、ミドリ、ユズの顔を順番に見つめた
「冒険を……みんなと……一緒に……クエストを、続けても……いいんですか? こんなアリスでも……? 本当に……?」
ゲーム開発部の全員が、弾けたような笑顔で叫んだ
「「「「もちろん!!」」」」
「それなら……アリスも! 勇者になって……! みんなと……」
アリスは深く、大きく一呼吸を置いた
溢れていた涙が止まり、その瞳に蒼く澄み切った、眩いばかりの光が戻ってくる
「モモイ、ミドリ、ユズ、先生。そして、みんなと……冒険を続けたいです……! 魔王である……アリスが、そうしても、許されるのなら……!」
「またみんなで、一緒にゲームを作ろう!!」
「だって私たちは……」
「「「“ゲーム開発部”だから!!!」」」
その瞬間、廃墟の空間全体が眩い光に包まれた
アリスが座っていた冷たい鉄の椅子が光の粒子となって解けていき、一振りの巨大な剣の形へと再構成されていく
それは、かつてアリスが手にしていた破壊の兵器などではない。世界を救うために鍛え上げられた――封印されし、勇者の剣
「アリス、勇者なら、剣を持たないと」
「そうだよ! 勇者の剣! 抜いちゃいなよ!」
モモイとミドリが輝く笑顔で促す
「……はい!」
アリスは力強い足取りで一歩を踏み出し、光の粒子を纏う勇者の剣――『スーパーノヴァ』の柄に、そっと両手を添えた
「よっ……!」
ぐっと腕に力を込めると、巨剣は軽やかに引き抜かれ、眩い蒼と白の光彩を周囲に撒き散らした。
それを見ていたケイが、初めて明確な動揺と焦りを露わにする
「それは……! 王女よ……あなたのその能力は……! あなたのその力は、世界を滅ぼすために存在するというのに……!」
アリスはまっすぐに前を見見据え、勇者の剣をしっかりと握り直した
「違います! アリスのこれは勇者の武器です! なぜならアリスがそう決めたからです! 今のアリスは光属性の勇者……!」
アリスはケイの言葉を真っ向から拒絶し、眩い光を放つ剣先を、迫り来る概念の影へと真っ直ぐに向けた
「光よ――!!!」
閃光が爆発した
アリスの頭上に光り輝くヘイローが展開され、最大出力で放たれた光の波動が、廃墟の空間を、ケイの幾何学コードを、そしてアリスを縛り続けていた過去の記憶を白銀の光で塗り替えていく
「王女よ……あなた……は……」
崩れ去っていく空間の中で、ケイが呟く
アリスは剣を握り締め、凛とした声で、己の存在を世界に宣言した
「アリスのクラスは“王女”ではありません」
眩い光の中、少女は最高の笑顔で言い放つ
「アリスは……“勇者”です!!」
『理解……不能……』
無名の司祭の呪縛は完全に打ち砕かれ、ケイの電子音声は光の彼方へと消え去っていった
ドガァァァァンッ!!
エリドゥ外郭の防衛ラインで、最後の自動兵器が爆炎の中に消え去った瞬間だった
「……お?」
タワーの最上階から無数の赤黒い幾何学模様が消え去り、都市全体を覆っていた不吉な力場が、潮が引くように急速に消滅していく。空を覆っていた血清色の雲が割り、キヴォトスの静かな星空が再び戻ってきた
上空からローター音を響かせて旋回していたヘリが着陸し、LMGを担いだヘルタが元気よく跳び降りてくる
X098のフレームを冷却させながら息を吐くカエデ、タレットの調整を終えて胸を張るエンジニア部やC&C
「ハッ……やりやがったな、ゲーム開発部……!」
レイカは肩で息をしながら、対城刀『ランゲージフィルム』を地面に突き立て、夜空を見上げて爽やかに笑った
インカムからは、タチカやヒバナ、ジュカ、そして精神世界から戻ってきた先生たちの安堵に満ちた声が飛び込んでくる
それと同時に朝日が登ってくる……
「さて……攻城戦はこれにて全ステージクリア、ってところか」
ターコイズブルーの毛先を風になびかせ、赤坂レイカはランゲージフィルムを置くと、先生たちが待つタワーへと向けて、力強く足を踏み出したのだった