白亜のトリニティ・総合学園の喧騒を離れ、夢見チトに案内されたのは、キャンパスの隅にひっそりと佇む人気のない小さなカフェだった
柔らかな午後の光が差し込む窓際の席に腰を下ろすと、レイカは目の前に座る少女――自分と同じくこのキヴォトスへと流れ着いた「転生者」を見据え、率直な疑問を口にした
「なぁ、夢見チト。どうしてわざわざ、俺宛ての招待状に自分の名前を使ったんだ? ティーパーティーの連中を驚かせるためか、それとも別の意図があったのか」
レイカの問いに、チトはカップに落とした視線を上げ、ふっと微かに笑った
「そんなに身構えなくてもいいですよ、赤坂レイカさん。……理由なんて単純です。あなたと同じ、『転生者』だからですよ」
その言葉に、レイカはわずかに目を見張る。チトは続ける
「ずっと、あなたやネクストライスクールの動きは耳にしていました。同じ世界から来た者同士、どうにかして直接接触を図りたかった。けれど、私はティーパーティーや学内の複雑な兼ね合いがあって、なかなか自由に動けなくて……。だから、今回の公式な招待状の差出人に自分の名前を書き記すことで、強引にでもあなたと引き合わせてもらう口実を作ったんです。……強引な真似をしてごめんなさいね」
少しだけ悪戯っぽく笑うチトの姿に、レイカは肩の力を抜き、やれやれといった様子で苦笑した
「なるほどな。わざわざそんな遠回りな真似を……だが、同じ転生者ってなら納得だ。俺たち以外にも、この世界であがいている奴がいるってわけか」
ひとまずの納得を得たチトは、表情を少し引き締め、真剣なまなざしをレイカに向けた。そして、意を決したように頭を下げる
「……レイカさん。あなたに、一つお願いがあるんです。どうか、トリニティの『補習授業部』の生徒たちを――あの子たちを助けてあげてほしいんです」
「補習授業部を、だと?」
レイカが眉をひそめると、チトは静かにうなずいた
「さっき、桐藤ナギサ様から説明を受けたかもしれません。表向きは、成績不振の生徒たちを集めて再教育しつつ、百合園セイアさまざまを襲撃した『トリニティの裏切り者』を見つけ出すための調査網――それが補習授業部の実態だと」
「……ですが、ナギサたちが疑っているような裏切り者は、あの中にいません。あの子たちは、ただ利用されているだけなんです」
その言葉を聞いたレイカは、鼻で軽く笑って首を振ってみせた
「……何を今さら。そんなこと、俺は原作の知識ですでに気づいてるぜ。裏切り者が誰なのかもな」
「え……?」
チトが驚愕に目を見開く。レイカは淡々と、しかし確信を持って告げた
「裏切り者は――聖園ミカだろ。エデン条約を阻止しようと百合園セイアを襲撃させた犯人は」
チトは息を呑み、そして次の瞬間、心の底から安堵したような、あるいは同じ秘密を共有する仲間を見つけたような歓喜の笑みを浮かべた
「すごい……! あなたも、私と同じように『原作の知識』を持っているんですね!」
「ま、知識チートってやつさ。おかげでこのキヴォトスじゃ苦労も多いがな」
レイカが腕を組んで思案の海に沈むと、チトは再び真剣な瞳で切望した
「だからこそ、あの子たちをあのまま見捨てたくないんです。ナギサ様の敷いたレールの上で、ミカも含めて全員が破滅に向かうのを防ぎたい。でも、私一人では動ける範囲が限られている。……ネクストライを率いるあなたなら、この流れを変えられるかもしれないんです」
どうしたものかとレイカが内心で頭を悩ませていたその時、ふと、今日ここまで一緒にトリニティへやってきた仲間の顔が脳裏をよぎった
――今日、外でロビーを散策していると言っていた佐藤アリカ。彼女の成績面での不安や、ネカや他の面々が抱える一部教科の課題のこと
(待てよ……? 補習授業部ってのは、要するに「成績不振者の集まり」なんだよな)
レイカの脳内で、とある奇抜で、しかし極めて実利的なアイデアがカチリと噛み合った
(それならいっそ、ナギサに逆提案をかましてやるのも面白いかもしれない。……ウチのバカどもも、ついでにまとめて面倒見てもらうってのはどうだ?)
企みを帯びたレイカの表情の変化に気づき、チトは首をかしげた
「レイカさん? 何か、思いついたんですか?」
「あぁ。一つ、桐藤ナギサに持ちかける面白い提案を思いついた」
レイカはニヤリと不敵に笑い、チトに向かって指を立てた
「補習授業部にさ、こっちの成績面でちょっと危うい連中――うちの生徒たちも何人か、一緒に放り込んでもらうように頼んでみる」
「は……? 補習授業部に、ネクストライの生徒をですか?」
予想の斜め上を行く提案に、チトは思わず呆れたような苦笑を漏らした。しかし、すぐにその意図を察して、クスリと笑みをこぼす
「ふふっ……さすがですね。トリニティの内部事情に外部の人間をあえて混ぜ込むことで、ナギサの予測を完全に狂わせつつ、あの子たちの安全も確保してしまう気ですか。……確かに、あなたらしい、すごく大胆で面白いやり方です。それに賛成します」
「だろ? タダ働きでトリニティの権力闘争に付き合う義理はないが、ウチの連中の補習授業にはちょうどいい……そして何より……」
「ナギサも試験時に横暴な振る舞いが出来なくなるからな……まぁ、それでも一部は決行されるんだろうが……」
「!!……確かに……原作では妨害のために色々と動いてましたからね……」
話がまとまると、レイカは席からゆっくりと立ち上がった
「そろそろ外で待ってるアリカやミナサと合流しねぇと面倒なことになりそうだし、今日はこの辺にしておくか。これ、俺の連絡先だ。何かあったらこっちに連絡をくれ」
レイカは自身の端末から転送した連絡先データをチトに渡し、軽やかに手を振る
「それじゃあな、夢見チト。お互い、厄介な青春をやり直すには忙しそうだが……せいぜい頑張ろうぜ」
「はい。ありがとうございました、赤坂レイカさん。また、近いうちに」
チトに見送られながら、レイカは静かなカフェを後にした
夢見チトとの密会を終え、トリニティ・総合学園の本部ロビーへと戻ってきた赤坂レイカ。指定された待合スペース付近に近づくと、何やら周囲が騒がしいことに気がついた
「ですから、そこをどいてください! 私たちは不審な容疑者を追っているのです!」
整った黒髪にその立派な体躯の正義実現委員会の制服をピシッとまとめた少女――羽川ハスミが、険しい表情で声を荒らげている。その目の前には、金髪のツインテールをぷるぷると揺らせた佐藤アリカが仁王立ちしていた
「なんなん、あんたらいきなり! ウチらはただ外で待っとっただけやのに、いきなり『指名手配の容疑者に似とる』とか言いがかりつけてきてさぁ! 人の顔をジロジロ見やがって、失礼やろ!」
「言葉を慎みなさい! 逃走経路と目撃証言がこの一帯を指しているのです。あなた方の身なり、特にその特徴的な髪型と背格好は、先ほどから問題になっている脱走犯と――」
言い争うハスミとアリカの間に、異常なまでに研ぎ澄ませられた聴覚を持つ高橋ミナサが、ハラハラとした様子で割って入ろうとしていた
「あ、あの、落ち着いてください。アリカもそんなに怒らないで……!」
そこに、「どうしたんだ、派手にやってるな」とレイカがひょいと割り込んでくる。ミナサはレイカの姿を認めると、ホッとしたように小さく息を吐いた
「レイカさん、よかったです……。なんだか、ハスミさんがアリカのことを、校内で問題を起こした別の生徒と勘違いしちゃってて……」
事情を大体察したレイカは、やれやれと頭を掻きながらハスミの前に立った
「おっと、正義実現委員会の羽川ハスミだな。俺はネクストライスクールの赤坂レイカだ。ウチのバカが何かやらかしたか?」
「あ、あなたは……先ほどティーパーティーの応接に向かわれていた……。ですが、赤坂さん、話を聞いてください。この生徒さん、つい先ほど中央区画の裏手で目撃された『制服を勝手に改造して逃走している不良生徒』と特徴が完全に一致しているのです」
ハスミが真面目な顔でそう主張するのを聞き、レイカは腕を組んで首をかしげた
「ふむ……ちなみに、その逃げたって奴は、どの方角からどういう経路で逃げたんだ?」
「ええ。目撃証言によれば、大聖堂の裏手から東側の庭園方向へ、バイクに乗った集団と共に猛スピードで走り去っていきました」
それを聞いたレイカは、すぐ隣に控えていたミナサに視線を向けた
「ミナサ、ウチらはさっきまでどこにいたっけ?」
「はい。私たちはティーパーティーのサロンに呼ばれる直前まで、ずっと西側のロビーと、その手前の資料室付近の廊下にいました。東側の庭園なんて、一度も近づいていません」
ミナサの拡張された聴覚と正確な記憶に基づく証言を聞き、ハスミは「……西側……?」と動きを止めた
「東と西では完全に真逆だな。おまけにウチの連中は徒歩だし、そもそもバイクなんてこの学校に来る時に持ち込んでねぇよ」
レイカの冷静な指摘に、ハスミはハッとしたように目を見開いた。彼女の脳裏で、目撃情報のタイムラインと移動距離が綺麗に矛盾する
「っ……! 東と西の勘違い……それに、バイクの所持も確認していませんでした……。私の、早計な思い込みによる誤認逮捕……いえ、不当な尋問でした……!」
ハスミは真面目な性格ゆえに自分のミスに気づくと、パッと顔を真っ赤にして、頭を深く下げた
「本当に……申し訳ありませんでした! 似たような背格好の生徒を追うあまり、確認を怠ってしまいました……!」
「――まあ、間違えたもんはしゃーない。お互いトラブルは御免だ、これで水に流そうぜ」
レイカが片手をひらひらと振って大人の対応を見せると、アリカも気まずそうにほっぺたをポリポリと掻きながら、そっぽを向いた
「……う、ウチもさっきは言い過ぎて悪かったな。そんなに怒鳴るつもりはなかったんやけど……その、謝るわ」
お互いに謝罪が済み、険悪だった空気もようやく和らいだ。ハスミが改めて頭を下げ、その場を去ろうとした、その時だった
「――あ、いたぞ! あいつを捕まえろ!」
「待て逃がすな! 正義実現委員会だ!」
ロビーの喧騒を切り裂くように、別の正義実現委員会のモブ生徒たちの怒声が響き渡る。その視線の先から、轟音を立てて数台のバイクが通路を我が物顔で走り抜けていくのが見えた
先頭を走る生徒は、確かにアリカと同じ金髪のツインテールをなびかせ、制服を着崩した問題児だった
「「…………」」
アリカは自分の頭のツインテールと、目の前を走り去っていくバイク集団の背中を交互に見比べ、みるみるうちに顔を真っ青から真っ赤へと変えていった
「なっ……あ、あれ!? なんやあいつ、髪型も身長もめっちゃウチに似せとるやんけ! ふざけんな、あんなん絶対勘違いするやろ!!」
アリカが激怒して地団駄を踏む傍らで、レイカとミナサは遠ざかっていくバイクの集団を見送りながら、苦笑いを浮かべるしかなかった
「はは……まあ、あそこまで似てたらハスミが勘違いするのも無理ねぇか」
「そうですね……。アリカ、あまり怒らないであげて……でも、本当にそっくりだったね……」
「怒るわ! あんなん絶対ウチのパクリやん!」
騒がしく地団駄を踏むアリカをなだめつつ、レイカは(やれやれ、トリニティもなかなか面倒な場所だな……)と心の中で深くため息をつくのだった
白亜の聖地で交わされた秘密と新たな駆け引き――キヴォトスの歯車は、ネクストライの介入によって、さらに大きく、そして予測不能な軌道へと回り始めていた