トリニティ・総合学園の広大な図書館の片隅。レイカは手にした分厚い革表紙の古文書『トリニティ総合学園:創立史と秘史』のページをめくり、その内容に息を呑んでいた
そこには、かつて第1回公会議でアリウス分校が反発を起こし、武力衝突の末に破門されたという歴史の裏側が記されていた
「っ! ここにあったのか……」
レイカは、ゲーム本編の記憶と照らし合わせる。聖園ミカがアリウスの存在を知り、やがてエデン条約を巡る悲劇的な計画へと突き進むきっかけとなった資料が、まさに今、目の前にある
(原作知識通りなら、ミカはこれを見てアリウスとの接触を図ることになる。……ティーパーティーの内紛、そしてエデン条約の裏で蠢く陰謀のピースが、こうして確実に揃い始めているってわけか)
レイカが険しい表情で古文書を見つめていると、近くの書架の間から、ベージュ色の髪を揺らしながら優雅な足取りで近づいてくる人影があった
トリニティ・総合学園ティーパーティー・サンクトゥス派首長補佐であり、同じ「転生者」である夢見チトだ
「おや、レイカさん。そんな難しい顔をして、何を見つけたのですか?」
チトは悪戯っぽく微笑みながら覗き込む。レイカは本を閉じ、静かに彼女に表紙を見せた
「……これを見つけた。アリウスの破門と、第1回公会議の裏の歴史が書かれた資料だ」
チトは差し出された古文書のタイトルを確認し、わずかに目を丸くしたのち、複雑そうな笑みを浮かべた
「……それは、聖園ミカさんが辿る運命の引き金になり得る資料ですね。あなたがそれを手にしたということは、私たちの介入で、この世界の歯車がさらに音を立てて狂い始めている証拠でしょうか」
「あぁ、間違いないな。……だが、俺たちが動いている以上、ここからどう転がるかは俺たち次第だ」
レイカがそう答えると、チトは「ふふ、心強いですね」と柔らかく微笑んだ
その後、レイカはアリウス関連の歴史的背景や資料の調査をさらに進めると同時に、ネクストライスクールが設立されるよりもさらに古い時代にこの地域に存在していた学校の情報を探ることにした。トリニティの古い地層に眠る秘密は、これからのキヴォトス全体の動向を予測する上で重要な鍵になる――レイカはそう踏んでいた
その時、静寂を破るように、レイカのポケットに入れていた端末の着信音が鳴り響いた
レイカはディスプレイを確認すると、すぐに通話ボタンを押す
「――もしもし、レイカだ。どうした、ヒバナ」
電話の向こうから聞こえてきたのは、アーティファクト研究部部長である青花ヒバナの声だった
『あ、レイカ? よかったわ、すぐに出てくれて。……実は緊急での連絡なのだけれども』
「んで、何かあったのか?」
『ええ。以前、地下の旧防空壕から発見した、あの「神秘」が詰まっているとみられるタンクがあるでしょう? その周辺の構造を調べていたらね、さらに奥から古い地下室が見つかったのよ。そこから当時のものと思われる資料がまとまって発見されたわ』
ヒバナのトーンがわずかに高揚している。未知のオーパーツや古い技術的資料を目の前にして、研究者としての血が騒いでいるのがレイカにも伝わってきた
「お、それはデカいな。そのタンクにまつわる詳細なデータか何かか?」
『おそらくね。……ただ問題があってよ』
ヒバナは少し言いづらそうに言葉を濁した
『発見された資料の多くが、経年劣化と地下の湿気ですごくボロボロなのよ。慎重に扱わないと文字が消えかけたり、破けたりしてしまう状態だわ。このままだと解析する前に原本がダメになりそうだから、早急に修復作業が必要なのよ』
それを聞いたレイカは、自身の頭を軽く叩いて苦笑いを浮かべた
「なるほどな……。おいおい、うちの学園は何故か医療とか最先端の科学技術は充実してるのになぜか歯医者とかピンポイントな技術が欠けてたり、こういう古文書やボロボロの紙資料を完璧に修復する専門の復元技術に関しては、今のところ手探りだからな」
ネクストライスクールは設立から数年で急速に巨大化し、戦闘力や最先端の科学・アーティファクト解析においてはミレニアムにも引けを取らない水準に達している
しかし、古代の紙媒体の修復といったアナログかつ高度な保存科学の分野までは、まだ手が回っていなかったのだ
「自力でなんとか薬剤を調合して本を治すしかないか……いや、それじゃあかえって紙を痛めるか……」
レイカが頭を悩ませていると、その通話を傍らで聞いていた夢見チトが、上品に口元に手を当てながらクスリと笑った
「ふふっ、レイカさん。そんなに悩まなくても、いい方法がありますよ」
「ん? どういうことだ、チト」
レイカが怪訝な視線を向けると、チトは柔らかな笑みを崩さずにこう告げた
「それなら、このトリニティで修復すればいいではありませんか。……それに、原作の知識をお持ちのあなたならピンと来るはずです。トリニティの図書館、あるいは関連施設には、かつて灰レベルまでボロボロになってしまった古文書や歴史的資料を、驚異的な技術と執念で綺麗に修復し直した『ある生徒』の話があったはずですよ」
チトの言葉を聞いた瞬間、レイカの脳裏に原作のワンシーンが鮮やかに蘇った
(……! そうか、あの娘だ。本に異常なまでのこだわりと情熱を持ち、ボロボロになった書物を完璧に蘇らせる特技を持ったトリニティの生徒……!)
原作ゲーム内でも、膨大な資料や古書の修復エピソードに関わった、あの生徒の存在。まさかこのタイミングで、そのつてを頼る選択肢が浮かび上がるとはレイカも予想していなかった
「なるほどな。灯台下暗しとはこのことか。ヒバナ、聞いたか? その資料、こっちで何とかする方法が見つかりそうだ」
電話の向こうのヒバナが『ほんとう!? 一体どうするつもりかしら、詳しく教えてちょうだい!』と興味津々な声を返すのを聞きながら、レイカは苦笑交じりに言葉を継いだ
「ほぼ灰レベルからでも治す事ができるやつなんだが……」
『灰レベル!?そっちも興味はあるけれど、まずは修復を依頼してちょうだい!頼んだわよ!』
ヒバナの勢い込んだ声を聞き届け、レイカは「ああ、任せとけ」と短く返して通話を切った
端末をポケットに収めると、レイカは隣に立つ夢見チトに向き直る
「さて、となると問題はその本人をどうやって見つけるかだな。チト、手伝ってくれるか?」
「ふふ、喜んで。この広大な図書館のどこかにいるはずですから、一緒に探しましょう」
こうして、レイカとチトの2人は、ボロボロになった貴重な資料を完璧に蘇らせるというその「人物」を探すため、静まり返った図書館の書架の間を再び探し歩き続けるのだった