アリカ達が補習授業部へと合流し、その生活に身を投じてから八日ほどが経とうとする頃
ネクストライスクールの生徒会役員室で、赤坂レイカのスマホに一通のメールが届いた
「ん?誰からだ?」
送り主は、トリニティ総合学園のティーパーティー・サンクトゥス派首長補佐を務める夢見チトだった
内容は「夜のトリニティで、すこしお話をしませんか?」というもの。レイカは画面を見つめる
「うーん……わざわざ呼び出すくらいだからな……何かあるに違いないな」
数秒ほど小さく息をついてから、その提案を承諾する旨の返信を送った
そうしてスマホを閉じ、現場での作業に戻ろうとしたが――この時、レイカはとあるネットニュースの存在を見逃していた
街の片隅や、あるいはキヴォトス全域の話題をさらうかのように配信されていたそのニュースは、『ゴールドマグロ』に関してを報じるものだったのだが、今のレイカの耳に届くことはなかった
深夜のトリニティ総合学園の区画
静まり返ったストリートの一角にある指定されたスイーツ店の中に、レイカは足を踏み入れ
夜の帳に包まれた校外の静けさとは裏腹に、店内は温かみのある照明に満ちており、甘い香りが漂っている。店の奥の席では、上品なベージュ色の髪を揺らす優雅な少女――チトがすでに座って待っていた
「待たせたな、チト」
「おや、レイカさん。こちらです」
レイカが向かいの席に腰を下ろすと、どうせならとメニューを眺める
「あ、すみません。この抹茶パフェを一つお願いします」
「なら、私はチョコケーキをお一つお願いします」
「はい、わかりました。少々お待ちください」
店員が注文票を持って去っていくと、レイカは卓上に軽く肘をつく
「んで?俺を呼んだのにはなんかあるんだろ?」
「はい、そうですね……そのことを話しにお呼びしました」
自分ををわざわざこの深夜に呼び出したその理由。それは他でもない、補習授業部での『試験』についてだった
「で、話ってのは……補習授業部のことか?」
「ええ、よくご存知で。……実は、ナギサさんが今回の試験会場を、原作どおりゲヘナにしようと動いているんです」
チトの口から語られた内容、レイカの予想の範疇にありながらも、やはり尋常ではない重みを持っていた
他校の敷地であろうとお構いなしに、己の決定を、そして疑念を晴らすための試験場を強行しようとするナギサの姿勢。それを知ったレイカは、原作のレールが持つ恐ろしさと、彼女たちが貫こうとする譲れない意志の双方を感じ取り、わずかに衝撃を覚えた
「相変わらず、容赦がねぇな……他校の生徒がいるのにお構いなしか……」
「ふふ、そうですね。私たちの知る『原作』の通りといえばそれまでですが、実際に目の当たりにすると、なかなかどうして危ういものです」
チトが柔らかく、しかしどこか憂いを含んだ笑みを浮かべた、その時だった
――パフェを、三つ注文します
すぐ後ろの席から、聞き覚えのある、しかしこの深夜のトリニティではあまりに場違いな凛とした声が響いた。
レイカは「まさか」と思いながらも、背筋に冷たいものが走るのを覚えてゆっくりと振り返る。そこには、羽川ハスミが山のようなパフェを目の前にし、真剣な面持ちでスプーンを動かしている姿があった
その光景に、レイカは思わず絶句し、向かいに座るチトもまた目を見張って固まった
ハスミがここにいる。そしてここは、深夜のトリニティ……
レイカはまさかと思い、ネットニュースを見ているとゴールドマグロがトリニティのアクアリウムにて展示されている記事を見つけてしまった……
レイカもチトも『ブルーアーカイブ』の原作知識を持つ者として、この後に何が起きるのか、その展開を嫌というほど理解していた
(ヤバい……! ここに長居したら、面倒なことに巻き込まれる!)チラッ
「……」チラッ
レイカとチトは顔を見合わせる、無言のまま共通の意思を決定した
パフェとケーキを急いで口に放り込み、見事に完食すると、二人は音を立てないようにそそくさと席を立ち、店から去ろうとしたが――
「……あ、あれ? レイカ?」
不意に声をかけられるレイカ
その声の先を見てみると、補習授業部と一緒にいるはずの「先生」の姿があり、さらにその周辺にいた補習授業部の生徒たちや、アリカ達に見つかってしまっていた
「えっ?ハスミ先輩……? こんな夜中に、一体どうして……って、あれ? チト先輩……?」
コハルが先輩のハスミとチトが同じ空間にいることに驚きを隠せない中、同じくネクストライから補習授業部の追加部員として出向しているアリカとミナサは、まさか深夜のスイーツ店で自学園の現場総責任者であるレイカがこんなところにいるとは思わず、目を丸くして固まっていた
ハスミはパフェを食べていた現場を見られた気恥ずかしさと動揺から、顔を真っ赤にしながらしどろもどろになっている。店の奥の席でチトとレイカが並んで座っていた理由を問い質そうとするも、ハスミの動揺ぶりは隠しきれない
「いや、そのですね……私はただ、日々の激務のストレス解消のカロリー摂取といいますか……!」
「いや、大丈夫だよハスミ……私たちは休息できただけだから」
先生がハスミにそういう中、一緒に来ていたアリカ達はなぜレイカがここにいるのかと怪訝そうな視線を向けてくる
「レイカ、ウチらに内緒でこんなとこで何サボってんねん。しかもトリニティの偉いさんと一緒とか、怪しさ満点やぞ」
播州弁で鋭く突っ込んできたアリカに対し、ミナサが穏やかな笑みを浮かべながら静かに追撃する
「レイカ、私たちが出向している裏で、別の交渉でもしていたのですか?」
「いや、その……色々事情があってな」
言い訳を探すレイカの横で、チトがふわりと微笑み、場をまとめるように口を開いた
「ふふ、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。私とレイカさんには、少し……他愛のない、けれど大切なお喋りの続きがありまして」
「ふーん……そうやんや……」
もはやここまで来たら言い逃れはできないと悟ったレイカは、観念したように大きく息を吐き出した
「……はぁ、どっちにしろ深夜にこんなことをしている時点で疑ってもおかしくはないよな……とりあえず、先生やお前らも座れ……あ、すみません、紅茶とドーナツをお願いします」
諦めたレイカの促しにより、ハスミ、先生、そしてアリカ達補習授業部の面々は、それぞれの複雑な感情を抱えたまま再び席につき、店員を呼んで追加の紅茶や軽食を注文することになった
「そういえば、さっきまでチトと二人で何の話をしていたんだい?」
先生から尋ねられたレイカは、ピクリと肩を揺らしたが、すぐにふっと軽口を叩くように肩をすくめた
「ん、あぁ……。いやなに、トリニティとネクストライの制式採用銃についてちょっと意見を交わしてたんだよ。なぁ、チト?」
「ええ、そうですね。お互いの学園の装備事情について、少し興味深い情報を交換していました」
チトが優雅に微笑みながら相槌を打つ。レイカは話を続けるように、自分の愛用するハンドガンに軽く手をかけかけたが、ふと思い直して別のバッグに視線を落とした
「トリニティならリーエンフィールドが主流だけど、ウチのネクストライじゃパルスライフルを基本にしてるだろ。その中でも、個人のカスタムや特殊装備について話してたのさ」
レイカがそう言ってごまかそうとした瞬間、隣に座っていたアリカがジト目を向けながらツッコミを入れた
「って、レイカ! ごまかさんでええねん。それより、さっきから足元に置いとるその肩掛けバッグサイズのデカい代物はなんなん? めっちゃ気になっとったんやけど!」
「お、これか?」
アリカの鋭い指摘に、レイカは不敵な笑みを浮かべ、バッグからゴツい形状の折りたたみ式装備を取り出した
「新開発の盾だ。今まで採用されてきた従来のPSシールドとは違ってな、銃弾が当たった際の衝撃をシールド自体の電力消費によって相殺・減衰させる仕組みになってるんだよ。長時間の運用を強く念頭に置いて設計されてる」
「へぇ……ただの重い板やなくて、そんなハイテクな仕掛けが隠されとるんか」
「しかも拡張性を重視していてな。この俺が持ってる盾は、その前身といえるプロトタイプ2号機ってところだな」
レイカが誇らしげに盾を掲げると、向かいの席でそれを眺めていたハスミが、ふと真剣な表情を浮かべて身を乗り出した
「その盾……確か、以前にシャーレを奪還した際、ネクストライの生徒が所持していたのを強く印象に残っています。あの時は、まるでその場で瞬時に頑丈な遮蔽物を構築しているようでしたが……」
「おっ、よく見てるじゃねぇか。その通り、いざって時に展開して即席の陣地を作るのにも持ってこいなのさ」
ハスミの鋭い観察眼にレイカが感心したように笑うと、近くで聞いていたヒフミやコハル、ハナコやアズサ達補習授業部の面々も次々と視線を向けた
「すごいです……! 私たちの知らないところで、そんな最先端の防衛技術が……」
「ねぇ、これって耐久力はどれくらいあるんですか? 私の銃弾でも防げちゃったり……?」
「あらあら、ネクストライさんの技術力は本当に目を見張るものがありますねぇ」
生徒たちが口々に感心の声を漏らす中、チトもふっと上品な笑みを浮かべ、自身のポケットから愛用のハンドガンと、棒のようなものを数本取り出した
「ふふ、ネクストライさんの素晴らしい装備に負けじと、私の方も少し面白いものを用意しているのですよ」
「ん?そっちの棒みたいなのは……?」
銃本体よりも、その傍らに添えられた3本の特殊な棒に先生が興味津々の視線を向ける
チトが「これはですね……」と説明を始めようとしたまさにその時、ハスミの保持していた端末がけたたましい電子音を鳴り響かせた
プルル……!
「失礼、私の端末の様です」
ハスミは周囲に軽く会釈をすると、素早く端末を耳にあてがった
「はい、イチカ? こんな時間になにかどうかしましたか」
『すみません先輩、こんな夜遅くに……っ。実は、ちょっと面倒と言うか、今とってもヤバい問題が発生しちゃいまして……先輩、今どちらにいらっしゃるっすか?』
受話器の向こうから聞こえてくるイチカの切迫した声色に、ハスミの眉間がスッと険しく寄る
「少々、学園の用事があって外に出ていますが……問題とはいったい。詳しく詳細を聞かせてもらえますか」
『えっとですね、どうやら学園の近郊に、あのゲヘナと推測される生徒達が無断で侵入したらしくって……! しかも、あろうことか無差別に銃撃を行いつつ、トリニティの施設を次々と襲撃しているとの情報が入ってきたっす!』
「襲撃……まさか、この深夜に夜襲を仕掛けてきたというのですか……? 相手はゲヘナの風紀委員会ですか、それとも万魔殿がついに本格的に本性を表したとでもいうのでしょうか……!」
ハスミの声に緊張の色が走り、テーブル全体の空気が一気に張り詰める
『あー、いえ、それが……そういう堅苦しい連中じゃないっすね』
「誰であれ、このタイミングでの行動です。恐らく狙いは間近に迫ったエデン条約の妨害に違いありません……! 直ぐに向かいます! 敵の規模と正確な場所、施設の被害情報を……!」
『ちょ、先輩、少し落ち着いて欲しいっす! とりあえず相手はゲヘナの風紀委員会じゃないっすよ。それに兵力も全然少なくって、今確認されているのはたったの四名だけっすね』
「は……たったの四名、ですか? それも、風紀委員会ではなく……?
『はいっす、そうなんす』
イチカのどこか拍子抜けしたような、しかし焦燥を含んだ声が響く
『それで襲撃された場所なんですけれど……何故か、学園内のアクアリウムなんすよ』
「あ、アクアリウム……? いったい何故、その様な場所を狙う必要があるのです……?」
『さぁ、あたしにも良く分からないっすけど、何だか現在展示中だった超絶希少種の「ゴールドマグロ」を力づくで強奪して、そのまま逃走している最中だとか何とかで……』
「……ごーるど、まぐろ……?」
絶句するハスミに対し、通信の向こうのイチカはさらに情報を付け足す
『えぇ、すげー高い高級魚らしくって、多分どこかのブラックマーケットにでも売り飛ばそうとしているんじゃないっすかね? あ、すいません追加で今、幾つか新しい情報が……』
『えーっと、どうやら今回の犯人……というか、相手はですね……ゲヘナの誇るあの迷惑系テロリスト集団、「美食研究会」らしいっすよ!』
「美食研究会……っ!」
通話口から聞こえてくるその名前を聞き、ハスミは頭痛を堪えるようにこめかみを抑えた。深夜の水族館でゴールドマグロが強奪されるという、あまりにも突飛かつ悪質な事件の全貌を把握し、ハスミは慌てて椅子から立ち上がる
「皆さん、申しありません! 私、急ぎ現場に向かわなければ……!」
「待ってくれ、ハスミ。それなら私たちも手伝うよ」
先生がスッと立ち上がり、力強く申し出た。ハスミは「ですがここはトリニティの内部のことで……」と少しだけ恐縮したものの、一刻を争う状況を鑑みてその申し出を承諾する
「ありがとうございます、先生……! お力を貸してください!」
「よし、それじゃあ補習授業部のみんな行くよ!」
先生が声をかけると、アリカ達も「おっしゃ、ド派手に暴れに行ったるか!」と銃を構え直す
すると、その様子を眺めていたレイカとチトも、それぞれ自分の席からヒョイと立ち上がった
「はぁ、仕方ないな……乗りかかった船だ、盾の性能テストがてらいこうじゃないか」
「ふふ、そうですね。私も、ちょっと現場の空気を確認しておきたいですし……ご一緒させてもらってもよろしいですか?」
レイカとチトの不敵な笑みに、ハスミは少し戸惑いながらも頷きを返す
深夜のトリニティの片隅で起きた思わぬ珍事件を追うため、奇妙な混成部隊はそのまま揃って、ゴールドマグロ強奪犯を追跡すべく夜の街へと飛び出していったのだった
おまけ
20式小銃に変えたカエデ
「ありゃ?カエデ、あの時買った銃にしたのか?」
「はい、パルスライフルもいいものでしたが……私は元々こういった銃が好きなので」
そういいながら、カエデはメンテナンスをする手を進める
「まあ、お前が思いれがあるならいいんじゃないか?別に好きな銃を使ってもなんも言わんしな」
「!!ありがとうございます」
それを見たレイカは教室は去っていくがその際にカエデはの口角が少し上がっているのを……レイカは見逃さなかった……