「システムチェックをもう一度! 不具合が無いかしっかり調べろ!!」
「全回線、同期完了! ネットワークエラー検出ゼロ!」
「装着者三名のバイタルデータ、すべて正常値! 異常ありません!」
地下深くのアーティファクト研究部・大型実験ホール
強化ガラスで仕切られた観測室のモニター群には、膨大な数値とバイタルグラフが波打っていた。周囲で慌ただしく動き回る白衣の転生者たちが、怒号のような確認の声を掛け合っている
「す、凄いことになってますね……」
観測室からその様子を眺めていたハレカが、ゴクリと唾を呑み込みながら呟いた
「当然よ、元の世界じゃありえない物を作ってそれを実験するのだもの」
「俺らみたいな特殊な神秘持ちも原作じゃ、各学園に一人いればいい方だからな……」
俺――赤坂レイカは、左手首にしっかりと装着された重厚なブラックと青の幾何学ラインが光る端末を見つめながら応じた
元はごく普通の男だった俺だが、このキヴォトスに転生してからは見ての通りの女子生徒の身体だ。未だに一人旅の男のようなサバサバした口調や思考は抜けきらないものの、この華奢な身体に宿るパワーと「神秘」は、前世の男だった頃の常識を遥かに凌駕している
俺たちは今、アーティファクト研究部の一角で、それぞれの「神秘」を安全に制御・増幅するための専用デバイステストを行っていた
「準備完了です! 各員、実験体制へ移行してください!」
スピーカーから響くオペレーターの声に、白衣を纏ったヒバナが不敵な笑みを浮かべて頷く
「主任! まずはそちらから実験を開始します!」
「わかったわ、テストを始めるわよ」
ヒバナがそう言うと、真っ先に実験所の中心へ入っていく
ヒバナは眼鏡金具付近にあるボタンにそっと触れた
「それじゃ、説明を始めるわね。ヒアリング・コントロールシステムおよび、将来実装予定のテクニック・コネクターの理論シミュレーションを開始するわ」
眼鏡のレンズに微細なホログラムデータが展開され、ミナサの拡張聴覚をサポートするための音波解析データが画面上に提示されていく
「テクニック・コネクター、システムオン」
『音声認識完了、テクニック・コネクター起動します』
無機質な電子音声とともに、彼女の眼鏡のレンズ上に洗練された青いホログラフィック・ディスプレイが展開された
次の瞬間、ヒバナの頭上に輝くヘイローが激しく脈動。周囲に展開されていた無数の実験用メカニックやドローン、テスト用端末が一斉に起動音を上げる。眼鏡を通じて視界全体にリアルタイムの解析データが投影され、思考速度で計算データが超高速処理されていく
「リンク精度99.8%……全システムの並列遠隔制御、完了。フレームを介した脳負荷の分散、許容値内。……完璧ね」
ヒバナがメガネのブリッジを指でスッと押し上げ、会心の笑みを浮かべた。観測室から歓声が上がる
「凄い……! メガネのレンズに全データが描画されて、機械が体の一部みたいに連動してる……! で、では……高橋ミナサ、ヒアリング・コントロールシステムの作動テストを開始します!」
ヒバナの成功を受け、ミナサが緊張した面持ちでテストエリアの中央へと歩み出た
彼女の頭上でぴんと立った耳が、かすかに震えている
「ヒアリング・コントロールシステム……起動」
『音声認識完了、ヒアリング・コントロールシステム起動します』
デバイスの起動音とともに、ミナサの耳元を覆うインナーイヤフォン型の端末が柔らかな翡翠色の光を放った。
直後、彼女の頭上のヘイローが円環状の波紋を広げる
――――ッ、ピーン……
まるで潜水艦のソナーパルスのような高周波の透過音が、空間全体に静かに伝播した
ミナサの瞳が大きく見開かれる。彼女の視界と脳内には、ソナーの反響によって可視化された「地下施設の立体ワイヤーフレーム構造」がリアルタイムで描かれていた。数十メートル先の配管を流れる水の音、壁の裏の微細な振動、果ては観測室にいるハレカの心拍数まで、すべてがノイズを削ぎ落としたクリアな情報として可視化・整理されていく
「……聞こえる、わかるよ! 音の波形が空間の形になって頭の中に浮かんでくる……! 遠くの雑音も全然痛くない、全部きれいに整理されて聞こえるよ!」
ミナサがパッと表情を輝かせ、自分の耳に手を当てて感動の声を上げた。データ測定器のメーターも完璧な安定値を示している
「よし……二人とも大成功だな」
息を呑んで見守っていた俺は、最後に一歩、前へと足を踏み出している
「最後は俺か……赤坂レイカ、ミスティック・ナイトロシステムの作動テストを開始する!」
腰に携えた愛銃『ゼロモーメントポイント』のグリップに右手を添え、静かに息を整える。
操作ボタンもダイアルも要らない。ただ意識を研ぎ澄まし、手首の端末へと思考をダイレクトに送信する。
(頼むぞ……来い!)
心の中でトリガーを引くと同時に、女の子の身体に宿る「絶対的な加速」の神秘が直感的に呼び覚まされた。
『思考トリガー認識――ミスティック・ナイトロシステム起動』
――ズギィィィィィンッ!!!!
高圧の過給機(ターボ)が跳ね上がるような重低音の駆動音が響く
腕時計型デバイスのコアから燃え立つような漆黒と緋色の光線線条が走り、俺の頭上に展開されたヘイローの赤い針が爆発的な回転を始める………
次の瞬間――世界が変わった
――――ッ、カ、チ……
一瞬にして視界の色合いから鮮やかさが失われ、世界がゆっくりと、低く鈍い色調へと落ち込んでいく
空間を満たしていた機械の駆動音も、仲間たちの歓声も、すべて重く引き延ばされた低周波の残響へと変わり、宙を舞うわずかな塵やほこりすらも透明な琥珀の中に閉じ込められたかのようにピタリと静止した
思考速度が極限まで跳ね上がり、外界の時間流から自分だけが完全に切り離される感覚。
生じるはずの過剰な運動エネルギーと脳への凄まじい負荷は、手首のデバイスを通じて完璧に中和・制御されており、自壊の恐怖は一切ない。
(……これが、俺の『絶対加速』……!)
バシュッ!
俺が一歩を踏み出した瞬間、元の位置には幾重もの残像が取り残された
速度の極限。肉眼では捉えきれない超高速の軌跡を描き、俺は一瞬でターゲットの背後へと回り込むと、腰の『ゼロモーメントポイント』を滑らかに抜き放ち、頭部に銃口を突きつけた
思考ひとつでシステムへと解除の命令を送る
(――シーケンス終了)
『思考シグナル受信――ナイトロシステム停止』
――シュゥゥゥゥゥン……!
引き延ばされていた時間が一気に解き放たれ、世界の色彩と濁流のような音が元の速度へと巻き戻る
「「「え……!?!!?」」」
観測室のハレカや研究員たちが、目を見開いて叫んだ
彼らの視点から見れば、俺は中央に立っていたはずの次の瞬間、手すら触れずに音もなく残像を残してターゲットの背後へ「ワープ」したようにしか見えなかったのだ
「消え……た!? いや、移動したのか!?」
「手元で何も操作してなかったぞ!? 一体どうやって起動を……!?」
残像が遅れて消え去り、静かに銃をホルスターへ戻す俺の姿を見て、観測室は大騒ぎになった
華奢な女の子の容姿から繰り出されたとは思えない理不尽な超加速と無動作の起動に、誰もが言葉を失っている
ヒバナが眼鏡のテンプルを触り、レンズに表示された解析データをチェックしながら興奮気味に駆け寄ってきた
「ふふ……あはは! 素晴らしいわ、レイカ! 手で操作せず『考えるだけ』で思考同期・作動する脳波インターフェース、バッチリ機能しているわね! 『ミスティック・ナイトロシステム』のバイパス効率も99.9%! あなたの肉体と脳へのフィードバック負荷は完全にゼロよ!」
ミナサも驚きで目を丸くしながら、パチパチと拍手を送ってくれた
「すごかったよレイカくん! 動き出す予兆すら全然なくて、ソナーの波形が一瞬で私の処理能力を超える速度で移動したから、本当にびっくりしちゃった……!」
「あぁ、ボタンを押す一瞬のタイムラグすら実戦じゃ命取りになるからな。考えるだけで勝手に体がついてくるこのレスポンスは最高だ。元は男の俺でも、この身体とこのシステムがあれば文句なしに仲間を守り切れる」
俺が手首でかすかに熱を帯びるデバイスを見つめて不敵に笑うと、ヒバナは眼鏡のレンズに映るデータを指でフリックしながら、研究者らしい企み顔を浮かべた
「……ねえ、レイカ。今の思考データのバックログを解析して分かったのだけれど、今の全開駆動だと戦闘中の細かい制圧や牽制には威力が大きすぎるわ。これ、あなたの意識の強弱やイメージに合わせて、出力も思考だけで直感的に無段階調製が出来るようにプログラムを書き換えられるわね」
「マジか! 意識ひとつでちょっと速くから超加速までシームレスに変えられるってことか! それは助かる!」
「ええ。物理的な操作が要らない分、あなたの思考追従性は完璧よ。すぐに調整プログラムを組み込んで、アップデートしておくわね」
『ミスティック・ナイトロシステム』による時間の超越
ミナサの『ヒアリング・コントロール』によるソナー
ヒバナの『テクニック・コネクター』による遠隔機械操作
元男としての知識やロマン、そしてこの世界で手に入れた新しい身体と神秘が、今この手の中に確固たる力として結実した
3年後の未来に訪れるであろう嵐。どんな脅威が立ち塞がろうとも、この進化し続ける居場所と仲間たちがいれば、俺たちはどんな未来だって置き去りにして駆け抜けていける
「よし……実験は大成功だ! アーティファクト研究部、最高の装備をありがとうな!」
俺の声に応えるように、地下研究室にはこの日一番の大きな歓声と拍手が鳴り響いていた
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