トリニティ総合学園の白亜に彩られた厳戒な敷地内。その一角にある静まり返った搬入路に、ネクストライスクールが誇る屈強な大型輸送トラックが、重厚なエンジン音を響かせながら静かに停車した
運転席のドアが開き、足を下ろしたのは現場総責任者である赤坂レイカだ。その黒髪のウルフカットに映えるターコイズカラーの毛先が、トリニティ特有の冷涼な空気の中で微かに揺れる。助手席とその後部座席からは、生徒会補佐である霧状ヘルタと街肩カリネの二人が軽やかに降り立った
「ふう、ここまで検問も引っかからず、完璧にスムーズに来られたっすね。まさか本当に、トリニティの真ん中までこんな堂々と大型トラックで乗り付けられるとは思わなかったっすよ」
ヘルタは茶髪のロングヘアを軽く払いながら、周囲を取り囲む荘厳な石造りの校舎群を面白そうに見回す。その手には、彼女の愛用するLMG『ラッシュTHEネーム』の頑丈なガンケースがしっかりと握られていた
カリネは銀髪のショートヘアを整えつつ、冷静な視線で周辺の地形と防衛上の死角を確認する。その制服のポケットには、長短を切り替えてヒット&アウェイをこなす二丁拳銃『タッチ&ラン』が収められていた
「ヘルタ、油断するなよ、トリニティ内では厳戒令が敷かれているって通達があったからな。いくら表向きの『お墨付き』があるからって、いつ何が起きるか分からない」
「分かってるっすよー、カリネは相変わらず慎重っすね。それよりもさ、リーダー。そもそも何で俺たちが、シスターフッドからの要請なんて大義名分を引っ提げて堂々とここにいるんでしたっけ?」
ヘルタが首をかしげながらレイカに視線を向ける。レイカは愛用のハンドガン『ゼロモーメントポイント』のグリップ位置を確かめながら、どこか不敵な笑みを浮かべた
「そこがミソなのさ。表向きはシスターフッド側からの正式な要請ってことになってるけど、実際の仕掛け人は別にいる。夢見チトが裏でシスターフッドの意思決定層に巧みに働きかけて、『エデン条約の再締結や施設修繕にあたって、ネクストライの工芸部や土建部の高い技術力と資材が必要不可欠です』って相談を持ちかけたのが事の起こりなのさ」
トリニティのティーパーティー・サンクトゥス派首長補佐である夢見チト。彼女が描いた緻密な政治的布石の上で、ネクストライは今回のトリニティ介入を果たしている
木村ミヤカが率いる土建部による要塞化やインフラ整備の技術、そして佐屋サレが率いる工芸部による精密加工や製造技術の数々。それらをエデン条約に関連する修繕作業という名目でトリニティ内部へ持ち込むため、チトはシスターフッドに対してネクストライの導入を強く進言したのだ
しかし、それだけではレイカが動く理由としては不十分だった。レイカはその依頼を呑むにあたって、狡猾とも言える二つの「強力な条件」を突きつけていたのである
「ただ資材を運ぶだけなら俺たちが出る幕じゃない。だから俺は、チトを通じて、シスターフッド側にふたつの特別な書類を出させた。一つは、この大型トラックをトリニティの敷地内に直接乗り入れさせるための正式な『敷地内通行・資材搬入許可書』。そしてもう一つは、輸送過程や作業の最中にトリニティ内部の過激派や外部の不審者が襲撃してきた場合、うちのネクストライの生徒に『正当防衛および武装の使用を全面的に許可する』旨をガッツリと明記させた特別契約書さ」
その説明を聞いたカリネは、ふと何かをすべて合点がいったように目を丸くし、それから感心したように息を吐いた
「……なるほど、そういうことですか。ようやく全てが繋がったよ」
「ん? どうしたのさ、カリネ」
「リーダーがこの前、ゲヘナの一件であれだけ派手に暴れた後なのに、あえてそれ以上の深追いをせずにすんなり引いた理由さ。あれは単に面倒を避けたわけじゃなかったんだ」
その発言にレイカを鋭く、しかしどこか呆れたような目で見つめた
「トリニティの内部で、やがて『アリウスによる襲撃』が起きる。そこに正面から、しかもネクストライの権限で堂々と介入するためには、トリニティ側の最高権力者たちに『認めざるを得ない名目』が必要だった。だからこそ、シスターフッドの修繕名目と、武装使用を認めさせた特別契約書という最強の免罪符をあらかじめ手に入れておいた……というのがリーダーの思惑でしょう?」
その鮮やかな裏工作の全貌を聞いたヘルタは「えぇっ!? マジっすかリーダー!?」と声を上げ、目を見開いてレイカを振り返った
「じゃあ、あのゲヘナとのゴタゴタの後始末も、全部このトリニティでの一件を完璧に合法的に切り抜けるための布石だったってことっすか!?」
レイカは苦笑いを浮かべ、肩をすくめてみせた
「ま、そうゆう事。ゲヘナで試験をやるという情報が入ったのにも関わらず、何もしなかったのは後でナギサに追及するのが目的だったからな」
法的な抜け穴を塞ぎ、政治的な正当性を完全に確保した上で、重武装のトラックで乗り込む。ネクストライの現場総責任者としてのレイカの周到さが、この作戦の裏にはしっかりと息づいていた。
今回の作戦の骨子はシンプルである
補習授業部が動き出し、トリニティ内部の混乱が表面化するその瞬間まで、この輸送トラックの中で息を潜めて待機すること。ネクストライの精鋭たちが機をうかがい、最適なタイミングで戦局に割り込む
――その時だった
レイカのポケットから、軽快な電子音が鳴り響いた
「おっと、タイミングがいいのか悪いのか、またかかってきたぞ」
レイカが端末を取り出し、画面を一瞥して通話ボタンを押す。スピーカーから聞こえてきたのは、柔らかく、どこか底の知れない優雅さを湛えた夢見チトの声だった
『もしもし、レイカさん。搬入作業の準備はいかがですか? もし退屈していましたら、今しがたこちらで起きたばかりのとびきり面白い余談をお裾分けしましょうか? ふふ』
「こっちは指定されたポイントで静かに待機中だ、チト。そっちは何があったんだ?」
『ええ、まさに今、補習授業部の一件で非常にドラマチックな展開がありましてね。ハナコさんとアズサさんが、原作通りの……まあ、例の過激な立ち回りを演じてみせたのですが』
通信の向こうで、チトがくすくすと上品に笑っているのが伝わってくる
レイカたちは「まあ、あいつらのことだからな」と、原作知識を持つ者同士ならではの納得感を共有していた。例のナギサの胃を破壊するあれが起きているのだろうと……
しかし、チトの次の言葉で、その場の空気が一瞬にして凍りついた
『ただ、少しばかり……予定外のスパイスが加わりましてね。ハナコさんがですね、その一連のやり取りの中で、よりにもよってネクストライの出向組の一人であるアリカさんが、ちょっとした不手際で「軽く重症になりかけ、エデン条約すら危うい事態になりかけた」という趣旨の発言を、ナギサさんの前で盛大にぶち上げましてね』
「…………は?」
レイカの動きがピタリと止まる。ヘルタとカリネも、思わず耳を疑うように聞き返した
『ええ、もうナギサさんのメンタルはボロボロですよ。自分の知らないところでネクストライとの間に致命的な外交トラブルが起き、下手をすれば戦争になりかねないと本気で勘違いさせられ、冷や汗をダラダラ流しながら必死に取り繕っていました。原作の知識を持つ私から見ても、今回のハナコさんの心理攻撃は、少々……いや、かなりえぐかったですね。あれは流石に、ティーパーティーのホストを務めるナギサさんに同情せざるを得ませんよ、ふふっ』
「いやいやいや……待て待て待て! アリカが重症? エデン条約が破綻しかけた? そんな大事故の報告、こっちには一切上がってきてないぞ! あいつ、たしかに合宿初日からアズサの罠に引っかかって派手に爆発に巻き込まれてはいたけど、まさかそれがそんな大げさな国家機密レベルの事件としてナギサの耳に入ってるとか……!」
レイカは頭を抱えた。前世の記憶やゲームの知識があっても、現場で生きる生徒たちの生々しいアドリブ、しかもハナコの底意地の悪い(あるいは高度な計算に基づいた)ブラフの前には、冷や汗をかかざるを得ない
「さ、さすがにやりすぎっすよ……! かわいそうすぎるっす! 自律神経が持たなくなっちゃうっすよ!」
ヘルタが頭を抱えて同情の声を漏らし、カリネも「原作以上の事になってるなぁ……」と遠い目をした
原作の枠を大きく踏み越え、登場人物たちの生々しい悪知恵と機転が絡み合うキヴォトス。そのカオスな実態に、ネクストライの面々は苦笑するしかなかった
だが――雑談をしている猶予は、ここで完全に断たれた
「……っ」
レイカの耳が、そして隣に立っていたカリネの鋭い観察眼が、遠方からの微細な異変を捉えた
トラックの窓から外を覗き込むと、トリニティの敷地内の影から、複数の人影がひっそりと移動していくのが見える
「……リーダー、あれは」
「あぁ、正義実現委員会の面々じゃないぞ。あんな動き、まるで……軍事作戦を叩き込まれた実戦部隊のそれだ」
明らかに学生のそれではない。洗練された戦闘機動、無駄のない足取り。カモフラージュを纏ったその一団は、あらかじめ結ばれた特別契約書で警戒されていた通り、まさに校内へと侵入しようとしていた
アリウス分校の刺客たち――いよいよ、トリニティ襲撃の本番が始まったのだ
レイカは表情を引き締め、即座にトラックの荷台へと振り返る。そして、コンコンと硬質な音を立てて荷台の壁をノックした
「おい、野郎ども! 休憩は終わりだ! お出ましの時間だぞ!」
ガタッ、と荷台の中で気配が跳ねる
そこには、一見すると土産業者や作業服に身を包んだネクストライ土建部の生徒たちが、仮眠をとったり暇を潰したりしていた。だが、レイカのノックを合図に、その空気が一瞬にしてプロの戦闘集団のものへと変貌する
彼らの正体は、土建部に変装していたネクストライ防衛部の精鋭たちであった。防衛部責任者である相崎ツヨシの下で徹底的に鍛え上げられた彼らは、作業服を素早く脱ぎ捨て、その下に隠していた本格的なネクストライ制式戦闘服と防護装備を露わにした
「防衛部、準備完了! いつでもいけます!」
「よし……!」
レイカは再び耳元の端末に意識を戻す。通話の向こうのチトに向けて、低く、しかしはっきりと告げた
「チト、予定通りだ。そっちのエリアにも入ってきたぞ。アリウスの連中がトリニティに侵入した。先ほどの特別契約書に基づいて、うちの連中の正当防衛および武装使用を全開でゴリ押しさせてもらう」
『あら……流石に早いですね。分かりました、私もすぐにそちらへ向かいます。ふふ、見事な迎撃を見せてくださいね、レイカさん』
通話がプツリと切れる
レイカは腰のホルダーから愛用のハンドガン『ゼロモーメントポイント』を引き抜き、弾丸を薬室に送り込んだ。金属の心地よい作動音が、静寂を切り裂く
「ヘルタ、カリネ、行くぞ!」
「了解っす! リーダーの背中は任せるっすよ、『ラッシュTHEネーム』の火力で蜂の巣にしてやるっす!」
「こっちも完璧です、何時でもいいですよ!」
レイカ、ヘルタ、カリネの三人は、それぞれの武器をしっかりと手に握りしめた
背後には、戦闘態勢を整えた防衛部の生徒たちが無言で続く
トラックの荷台から飛び降りた彼らは、静まり返った夜のトリニティの敷地を駆け抜け、緊迫の色を濃くする建物の中へと――すべての発端が待ち受ける体育館へと、その足を踏み入れていった