ズガァァァァァンッッ!!!
第十九分館体育館の強固な強化コンクリート床が、まるで爆薬でも仕掛けられていたかのように大規模に爆破・破砕された
飛び散る巨大なコンクリート片と、視界を覆い尽くす密度の濃い粉塵。その破片の隙間を縫うように、一筋の金色の光線が滑り抜ける。金髪ツインテールを激しく揺らし、全身から汗と硝煙の匂いを漂わせた佐藤アリカである
「ハッ、相変わらず無茶苦茶な威力しおって……! コンクリートを豆腐みたいに崩すんやから、ほんま笑けてくるわッ!」
アリカは着地の衝撃を滾る筋肉で受け止め、滑り込むように体勢を低く保ちながら、手に握りしめた愛銃『ゴー! ジャンプ!』のドラムマガジンを叩く。十二ゲージの徹甲スラッグ弾と大口径散弾が絶え間なく吐き出され、白煙の向こう側に立ち塞がる桃色の髪の少女――聖園ミカへと殺到する
ズドズドズドガァァァンッ!
散弾の嵐が打撃音を響かせてミカの身体を打つ。普通であれば重装甲車すら蜂の巣にする面鎮圧の火力だ。だが、煙の向こうから現れたミカの姿には、やはり擦り傷一つついていない。ミカの全身を覆う圧巻の『神秘』。それが物理的な防御壁となり、圧倒的な運動エネルギーを力づくで相殺し、削ぎ落としていた
「あははっ! 無駄だって言ってるでしょ! 私の神秘は、並の攻撃じゃ通り抜けることすらできないんだから!」
ミカは鈴を転がすような可憐な声を響かせながら、右拳を軽く振り抜いた
それだけの動作。銃弾すら放っていない。ただ空気を殴りつけただけだというのに、アリカの立っていた空間に向かって、目に見えるほどの透過した『衝撃波の塊』が落雷のような勢いで押し寄せた
ドォォォンッ!
アリカの足元のコンクリートが蜘蛛の巣状に亀裂を走らせ、激しい暴風がアリカの頬を打つ。
本来であれば、この衝撃波の余波を受けただけで骨が砕け、吹き飛ばされて戦闘不能に陥るはずだった。ミカのパワーはキヴォトス全体で見ても規格外であり、真正面から競り合って無事でいられる生徒など、両手で数えるほどしか存在しない
だが――
「……え?」
ミカの口から、疑問と戸惑いが混ざり合った小さな声が漏れた
アリカは吹き飛ばされていなかった
横転して間一髪で回避したのではない。アリカは力強く大地を踏みしめ、ミカが放った衝撃波の暴風を、左腕と体をわずかに捻るだけの最低限の挙動で『受け流して』立ち尽くしていたのだ
アリカの足元の床には、後ろへ数メートル分滑った靴底の黒い焦げ跡が伸びている。しかし、その膝は折れていない。姿勢は崩れていない。どころか、アリカの全身から立ち上る気圧のような『圧力』が、戦いが始まった直後とは明らかに異質なものへと変貌を遂げていた
(なに……これ……?)
ミカの瞳が微かに揺れる
(さっきまでの動きと、明らかに違う……。私の拳の圧力を受けて、なんで平然と立っていられるの……? 攻撃の速さも、踏み込みの深さも……さっきまでとは『重さ』が段違い……!?)
ミカは直感的に察していた。目の前の小柄な他学園の少女に、目に見えない何らかの決定的な変化が生じていることを
そして――当事者であるアリカ自身もまた、己の肉体と精神に巻き起こっている恐ろしいほどの変調を、鋭く自覚していた
(……なんや、これ……?)
アリカは激しく上下する胸に手を当て、己の身体の内側から沸き起こる謎の熱波に息を呑んでいた
視界が冴え渡っている。体育館の中に漂う粉塵の一粒一粒、遠くで火花を散らすアリウス生たちの射撃音、そして目の前に立つ聖園ミカの微細な筋肉の収縮までもが、まるでスローモーションのように鮮明に脳へと伝わってくる
身体が軽い。それどころか、両腕から足の先に至るまで、底なしのエネルギーが次から次へと溢れ出して止まらないのだ
右腕に装着された、レイカから渡されたターコイズブルーとネイビーのシリコン製リストバンド。ただの景気づけのお守りのはずのそれが、アリカの肌に触れている部分から、脈打つような心地よい鼓動を伝えてくる
(身体が熱い……! 腕の震えが、消えていく……!? さっきまであのゴリラ女の拳圧を受けて痺れとった両腕に、めちゃくちゃ力が戻ってきとる……いや、戻っとるだけやない。さっきまでのウチの限界を超えて、力がどんどん湧き上がってきとるんや……!!)
「ハッ……! 理由は分からんけど……最高やないかッ!!」
アリカは叫びながら『ゴー! ジャンプ!』を両手で力強く構え直した。その瞳には、黄金色の爛々と輝く猛烈な闘志の炎が宿っていた
体育館の反対側、防衛部とアリウス生が大激突を繰り広げている前線
音の反響と微細な振動を索敵していた高橋ミナサと、1年生の天笠ネカもまた、アリカの異変を明確に感じ取っていた
「……っ! アリカの……音と気配が……変わった……!?」
ミナサは目元を大きく見開き、耳元のヒアリング・コントロールシステムに手を当てた
通常であれば、ミカのような規格外の怪物と戦っていれば、どれほど優れた生徒であっても過度の緊張と疲労によって心拍数は乱れ、神秘の出力は徐々に衰耗していくはずだ
だが、いまミナサの拡張された聴覚が拾っているアリカの生体音は、それとは完全に真逆の波形を描いていた
アリカの心拍数は激しく跳ね上がりながらも、完璧な一定のポテンシャルを維持している。それどころか、アリカの身体から放たれる神秘の波形が、まるで解き放たれた濁流のように巨大化し、体育館全体の空間強度すら書き換えるほどの密度で膨れ上がっていたのだ
ネカも丸眼鏡の奥の瞳を凝らし、息を呑んだ
「ミナサ先輩……これって、アリカ先輩の……!」
「……ええ。間違いないわ、ネカちゃん。……あの時に、レイカから聞かされていた通りになっているのよ……」
ミナサの脳裏に、そしてネカの脳裏に、トリニティ出向直前――夜深いネクストライスクール生徒会室で行われた、レイカとの極密な通信の光景が鮮明に蘇っていた
――それは、補習授業部への出向が決まり、トリニティへ派遣される前夜のことだった
暗く落とされた部屋の中、通信ホログラムの画面に映し出されていたのは、ネクストライスクール現場総責任者――赤坂レイカの姿だった
いつもの気安い男性的口調や、砕けた態度はそこにはなかった。レイカのトーンはどこまでも深く沈み込み、ホログラムの向こう側でその表情は険しく刻まれていた
ネカは思わずゴクリと唾を飲み込み、ミナサもただならぬ気配を察して、穏やかな表情から真剣な目つきへと切り替えた
「レイカ……。こんな夜遅くに、私たち二人だけを呼び出すなんて。一体どうしたの……?」
ミナサが不安げに尋ねると、レイカは少し間を置くように腕を組み、重い口を開いた
『お前たち2人にだけ共有しておくべき事項がある。――アリカのことだ』
「アリカに……何かあったの?」
ミナサの声がわずかに震える。ネカも緊張で背筋を伸ばした
アリカはネクストライの創設期からの中心メンバーであり、レイカやミナサにとってもかけがえのない大切な仲間だ。そのアリカに関する「重い共有事項」とくれば、嫌な予感が頭をよぎるのも無理はなかった
レイカは髪を軽く掻き揚げ、毛先を揺らしながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した
『結論から言う。……先日、アーティファクト研究部のヒバナから報告があった。アリカの中に……今まで未発見だった『神秘』の存在が明確に確認・特定された』
「え……? アリカ先輩の……神秘……!?」
ネカが目を丸くした
キヴォトスにおいて、生徒たちが持つ『神秘』は個人の資質や概念に深く結びついている。レイカの『絶対加速』や、ミナサの『拡張された聴覚』のように、特定の能力として顕現するのが一般的だ。しかしアリカに関しては、創設から2年以上が経過した現在においても、明確な特殊能力としての神秘は確認されておらず、単に「身体能力が高く、高火力兵器の扱いに長けたタフな生徒」として扱われていたのだ
ミナサが慎重に問いかける
「……アリカの神秘って、具体的にどういう能力なの……? レイカ」
レイカは短く息を吐き、どこか呆れたような、だが同時に深い感慨の籠もった声で答えた
『……ハッ、笑うなよ? ヒバナの解析結果によるとだな……アリカの神秘の性質は――【感情がそのまま力になる】という、元も子もない、そのまんますぎる代物だったのさ』
「感情が……そのまま力に……?」
ネカは拍子抜けしたように呟き、それから言葉の意味を反芻して息を呑んだ
『ああ。怒り、歓喜、仲間のために戦う情熱、誇り……そういった感情が高ぶれば高ぶるほど、アリカの肉体耐久力、筋力、神経伝達速度、ひいては打撃や射撃に乗る物理的運動エネルギーが、限界を超えて無制限に強化される。……実にアリカらしい、単純明快で恐ろしい神秘だよ』
「ちょっと待って、レイカ」
ミナサが思案するように顎に手を当て、疑問を投げかけた
「どうしてそのことを、アリカ本人に教えてあげないの? 自分の能力を知っていれば、もっと戦いようがあるはずなのに……」
レイカは首を横に振った
『無理に本人に伝えて、意識してコントロールできるような不器用なタイプじゃないだろ、あいつは。下手に「感情を高ぶらせなきゃ」なんて意識させたら、かえって変なプレッシャーや迷いが生まれて、アリカ本来の良さが殺されちまう。あいつは何も知らず、ただ目の前の大事なもののために必死に笑って、怒って、暴れているのが一番強いんだ。……だから、本人には伏せてある』
「……確かに、レイカの言う通りだね」
ミナサは深く納得して頷いた。アリカの天真爛漫で直線的な性格を考えれば、自分の能力を理屈で理解させようとするのは逆効果だ
だが、そこでネカの頭の中に、もう一つの大きな疑問が浮かび上がった。ネカは眼鏡の位置を直し、尋ねた
「でも……レイカ先輩。どうしてその神秘が、学園創設から2年以上も経った『今』になって発覚したんですか? ネクストライには高度な計測設備もありますし、ヒバナ先輩ならもっと早く気づいていてもおかしくないはずですが……」
ネカの鋭い指摘に、レイカは不敵な笑みを漏らした
『いい着眼点だ、ネカ。理由は二つある。一つは単純だ。学園創設当初の俺たちの計測技術や試作機器は、今ほど精度が高くなかった。だからアリカの潜在的な神秘の波形を「単なる感情的な気圧の変化」程度にしか見落としていたのさ』
レイカはそこで言葉を切り、ホログラムの向こうで手元にある一つの設計図データを画面に表示させた
『そして、もう一つの最大の理由……。ヒバナが目を付けたのは、アリカが愛用し続けているあの武装――『ゴー! ジャンプ!』の機関部に直結された補助拡張ユニットのことだ』
「補助拡張ユニット……?」
ミナサが目を見開く
『そうだ。ヒバナが以前、アリカのAA-12に組み込んだカスタムパーツ――【エモーショナル・パルス・ブースター】。ミナサは覚えているか?』
ミナサは2年前の記憶を辿った
2年前にカイザーが襲撃してきた事件後、アーティファクト研究部の青花ヒバナが、アリカの愛銃の機関部に特殊なパーツを組み込んでいた
レイカは画面の設計図を指で示しながら説明を続けた
『あのユニットはな、元々はアリカが戦闘中に高ぶらせる感情の起伏……心拍数の急上昇や体温の微細な変化をセンサーで読み取り、オーパーツから抽出したパルスエネルギーの出力を無段階で同調・自動調整するための試作制御装置だったんだ』
「心拍数や体温を読み取って……エネルギー出力を同調させる……」
『ああ。だがヒバナの想定を超えていたのは……アリカがあの『ゴー! ジャンプ!』を、2年以上という長い期間、肌身離さず愛用し続けていたことだ。アリカの強い感情がブースターを介して武器へ流れ込み、武器から発せられるオーパーツのパルス波形が、逆にアリカの身体へとフィードバックされる。その無数の循環の果てに……アリカの中に眠っていた「感情を力に変える神秘」が、ブースターの共鳴によって強制的に叩き起こされ、活性化してしまったのさ』
レイカの解説を聞き、ミナサとネカは戦慄した
ただの武器と使い手の関係を超え、2年という月日とヒバナの高度な技術、そしてアリカ自身の熱い心が奇跡的に噛み合った結果――佐藤アリカという少女の「本当の力」が覚醒したのだ
『トリニティの現場で、アリカがどこまでの修羅場に直面するかは分からない。だが……もしアリカが大切な仲間のために本気で怒り、本気で心を燃やす瞬間が来たなら……あいつは誰も予想できない領域まで跳ね上がる。ミナサ、ネカ。出向中、アリカの背中は頼んだぞ』
『了解いたしました、レイカ先輩……!』
『任せて、レイカ』
――回想が終わり、現実の体育館の激闘へと意識が引き戻される
ミナサは激しい銃声と破砕音が響き渡る空間の中で、アリカの背中を愛おしそうに、そして誇らしげに見つめた
「そういう……ことだったのね、レイカ……」
ネカもまた、胸の前で拳をギュッと握りしめた
(あのアリカ先輩の不可解なまでのタフさと、土壇場での異常なパワー上昇……! あの時のレイカ先輩の話が本当なら、今のアリカ先輩の状態に完璧な説明がつく……!)
今のアリカは、怒っている
理不尽なクーデターによって仲間である補習授業部を傷つけ、ナギサを追い詰め、自分たちの居場所や青春を踏みにじもうとする聖園ミカの勝手な振る舞いに対して、これ以上ないほどに感情を高ぶらせているのだ
さらに、右腕に巻かれたネクストライカラーのシリコンバンド
信頼するリーダーから渡された「仲間の証」が、アリカの精神的な安全基地となり、感情の高ぶりを恐怖や焦りではなく、「絶対的な自信と誇り」へと昇華させている
『エモーショナル・パルス・ブースター』が限界を超えて駆動し、アリカの肉体と神秘を同期させていく
――いま、佐藤アリカの戦闘力は、トリニティ最高峰の怪力を誇る聖園ミカと、完全に『同等レベル』へと到達していた
「ハぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
爆音のような咆哮とともに、アリカが地を蹴った
その踏み込みの速度は、ミカと同等の領域へと踏み込んでいた
「なっ……!?」
ミカが驚愕に目を剥く
先ほどまでミカの速度についていくのが精一杯だったはずのアリカが、自身に肉薄する勢いの極限の機動力で、ミカの死角――真左の至近距離へ接近していたのだ
ガチャリッ! とAA-12の重厚な作動音がミカの耳元で響く
「ウチらを舐めくさった罰や!! 食らいやがれゴリラ女ぁぁぁッッ!!」
ズドォォォォォォンッッ!!!
至近距離から叩きつけられた十二ゲージスラッグ弾の直撃
その一撃には、単なる弾丸の薬薬エネルギーだけでなく、『エモーショナル・パルス・ブースター』を通じてアリカの神秘が乗り移った、爆発的な物理打撃力が凝縮されていた
ドガァァァンッ!
「くっ……ぁぁぁぁっ!?」
ミカの身体を包んでいた鉄壁の神秘の防壁が、激しい不協和音を上げて軋んだ
完全に防ぎきることができず、ミカの巨大な身体がズルズルと数メートル後方へと押し下げられ、その脚がコンクリートの床を深く削り取る
「嘘……でしょ……!? 押し返した……!?」
ミカの額に冷や汗が流れる。信じられない光景だった。他学園の、自分より一回りも小柄な少女が放った一撃が、自分の絶対的な力と力づくで真っ向から拮抗し、あまつさえ後退させたのだ
「あは……あははっ! すごい……すごいよ君! 他学園の癖に、私とここまでやり合える生徒がいるなんて……!」
ミカの表情から完全になめ切った余裕が消え失せ、狂気と歓喜が混ざり合った本気の殺気が炸裂する。ミカは背中の白い翼を大きく広げ、その拳に全神秘を充填させた
「でもね……! 私だって、負けるわけにはいかないんだよッ!!」
「おうよ! 来いやミカ!! どっちの『想い』が重いか、決着つけようやないかッ!!」
アリカもまた、右腕のリストバンドを強く握りしめ、AA-12の銃口をまっすぐにミカの胸元へと突きつけた
ズドズドズドズドガァァァンッッ!!!
ドガァァァァァァンッッ!!!
パワーと感情(エモーション)――理屈を超えた二つの巨大な『力』が正面から激突し、第十九分館の体育館全体を絶叫させるような破壊の渦が、いよいよ真のクライマックスへと突入していくのだった