崩壊しかけた第十九分館の残骸と舞い散る粉塵の向こう側で、聖園ミカは突如として現れたトリニティ総合学園ティーパーティー・サンクトゥス派首長補佐である夢見チトの姿を認め、わずかにその目を丸くしていた
「チトちゃん……?」
ミカが驚愕と困惑の色を浮かべて呟いた、その瞬間だった
瓦礫の陰に身を潜めていたアリウスの残存部隊が、形勢を挽回しようと再び一斉に銃口を掲げ、冷酷な銃撃を浴びせかけようとした
「――っ、危ないっ!」
周囲にいた生徒たちから悲鳴が上がる。しかし、その脅威は一瞬にして無力化されることになった
チトとシスターフッドの首長である歌住サクラコは、その動きを誰よりも早く察知していた
「おや、お行儀が悪いですね」
チトは優雅に微笑むと、その制服の懐から、鈍い光を放つ五本の棒状の特殊武装――『フェザーファング』を軽やかに取り出した
それはチト自身の神秘を使用することを前提として製作された、彼女専用の特殊兵器である。チトが指先をわずかに動かした瞬間、その五本の金属棒は重力を無視するかのようにふわりと宙に浮き上がり、目に見えない軌道を描きながら弾丸よりも恐ろしいスピードでアリウス生たちの陣営へと突撃していった
ガキィンッ! パキンッ! と連続して響く硬質な破壊音
フェザーファングは正確無比なコントロールで、アリウス生たちが構えるアサルトライフルやサブマシンガンの銃身、そして手元を寸分狂わず強撃した。あまりの衝撃に、アリウス生たちは耐えきれず絶叫と共に愛銃を次々と手元から弾き飛ばされていく
「なっ……! 武器が勝手に……!?」
「ぐあああっ!」
武装を解除された隙を逃さず、サクラコ率いるシスターフッドの精鋭たちが迅速かつ統率された動きで距離を詰め、次々とアリウス生たちを地面に押さえ込み、完全に取り押さえていった。
その鮮やかな制圧劇を目の当たりにしたミカは、冷や汗を流しながらも、どこか呆れたような、しかし戦慄を隠せない声音で呟いた。
「……相変わらず、チトちゃんと戦うのは精神的に一番嫌な相手ナンバーワンだなぁ……。相変わらず、その物凄い軌道で物を飛ばす飛行の神秘……本当に反則だよね、チトちゃんのそれってさ」
ミカの言葉を聞き、少し離れた位置で戦況を見守っていた赤坂レイカは、ハッと心の中で合点がいった
(そうか……! あの時、美食研究会を取り押さえるときにチトが投げたあの変則的な軌道の棒も、あの神秘によるものだったのか……!)
かつてトリニティのアクアリウムで発生した事件の際、チトが披露した不可解な投擲技術の正体が、今ようやくレイカの中で綺麗に繋がったのだった
だが、感嘆している暇はなかった
正門側の通路や崩壊した壁の隙間から、さらなる増援のアリウス生の大群が続々と雪崩れ込んできたのだ。彼らは血走った目で周囲を威圧し、再び一斉に銃を構えて引き金を引こうと構える
「まだ来るのか……! 数が多すぎる!」
アズサが青ざめながら声を上げたその時、レイカが動いた
「――悪いが、すこし引っ込んでろ」
レイカの全身から膨大なエネルギーが奔流のように立ち上る。彼女の神秘――『絶対加速』が起動した
それは単なる足の速さではない。自身の運動エネルギーの基準を再定義し、空間基準の外部書き換えすら伴う極限の超高速機動
視覚的な残像すら認識できないほどの神速で、レイカは突撃してくるアリウス生たちの間を縦横無尽に駆け抜けた
ドッ! ドンッ! と連続する重い打撃音
銃撃を放とうと身構えたアリウス生たちは、銃口を向けられたまま首筋やみぞおちに正確無比な手刀や一撃を受け、次々と意識を刈り取られてその場に崩れ落ちていく。武器を破壊され、体勢を崩され、わずか数秒の間に増援の先陣は一人残らず近接戦で無力化されてしまった
「――ツヨシ! 後始末は頼んだ!」
「了解! 防衛部、意識のない敵の身柄を確保しろ! 縛り上げろ!」
相崎ツヨシ率いる防衛部の精鋭たちが素早く前に出ると、レイカによって無力化されたアリウス生たちを的確に拘束していく
圧倒的な物量を誇っていたはずのアリウスの増援部隊が、ネクストライの現場総責任者一人によって一瞬で壊滅させられた光景を目の当たりにし、ミカは乾いた笑みをこぼすしかなかった
「……ははっ。まさか、増援さえもこんな一瞬で制圧されるなんてね……。ねぇ、先生……」
ミカは自嘲気味に肩をすくめ、その場に立ち尽くす先生へと視線を向けた
「――これが俗に言う、絶体絶命……かな?」
先生は真摯な瞳でミカを見据え、静かにうなずいた
「そうなるね……」
「……ならさ」 スッ
ミカが、ふっと諦めたような、それでいてどこか解放されたような笑みを浮かべ、ゆっくりと空に向かって片手を掲げた
直後――
ミカが手を翳したその先、夜空の月明かりを覆い隠していた重厚な雲の切れ間で、あり得ない現象が発生した
雲の隙間から、星の光とは違う、灼熱の太陽光を凝縮したような眩い光が突如として放たれたのだ。轟々と鳴り響く大気の摩擦音。雲が急速に晴れ渡っていく中で、地球の引力に引かれた「何か」が、凄まじい勢いでこの第十九分館の上空めがけて降下してくるのが、その場にいる全員の視覚ではっきりと捉えられた
その光景を見た瞬間、空間の温度が跳ね上がり、全員の背筋に凍りつくような悪寒が走った
「な、な、なんですかあれぇぇぇ!!?!??」
ヒフミが目を剥き、恐怖と驚愕で声を張り上げる
「そんな、まさか……ミカさんが、あんな巨大なものを……降らせたというのですか…!?」
サクラコやシスターフッドの面々までもが、その神話の災害を思わせる光景に息を呑んだ。
「あんなの降ってきたら、みんな死んじゃう!! ど、どこかに逃げないと……!」
補習授業部の生徒たちがパニックを起こしかける。
「神秘の力なのか……!? だとしても、規模が規格外すぎる……!」
アズサがミカの規格外とも言える神秘に驚く
先ほどまでミカに従っていたはずのアリウス生たちでさえ、恐怖のあまり武器を放り出し、叫び声を上げた
「我々も巻き込んで、自滅する気か!? 聖園ミカ、貴様っ……!!」
それに対し、ミカは狂気と諦念が入り交じった美しい笑みを浮かべ、大声で言い放った
「アッハハハハハ!! その通りだよ――もう、これしかないんだ!!」
その天体から落下してくる物質の正体――それは、直径約30メートルにも及ぶ、圧倒的な質量を持った「隕石」だった
ミカは、自らの体内に残されていた神秘のエネルギーのほとんどを限界まで絞り出し、自らの能力をフル稼働させて、この大気圏外から人工的に隕石を呼び寄せ、落下させていたのだ
「これはどうするのかなぁ!? あれはもう止まらないよ? 私の神秘を使い切ってまで顕現させたんだもん。当然、この状況じゃ誰一人、この隕石からは逃げられない……そして何より、私は一歩もここから動かない!!」
ミカの瞳には、狂気と、すべてを終わらせるための決死の覚悟が宿っていた
自滅する気満々のその姿勢。隕石――それは太古より天体の環境に絶大な影響を及ぼしてきた天文現象にして、キヴォトスの理すらも完全に粉砕しうる最も破滅的な災害である。仮にキヴォトスの生徒であっても、この規模の隕石の直撃を受ければ、固有のヘイローなど文字通り意味をなさずに消滅する
それだけにとどまらず、このトリニティの敷地に直撃すれば、周囲の被害は甚大どころでは済まない
ここまで補習授業部が目指してきた試験の合格や、桐藤ナギサが心血を注いでおいたエデン条約の締結以前に、トリニティの中枢そのものが地図から消滅する危険すら孕んでいた
これほどまでの法外な力を持った神秘の顕現を、地上から放たれる通常の銃火器や個人の神秘で破壊することなど、普通に考えて到底不可能な相談だった。誰もが絶望に呑まれかけた、その時――
この極限の状況下にあって、完全に冷静さを保っている人物が二人だけ存在していた
「――アリカ」
「分かっとるわ、レイカ!」
アリカは顔を上げ、空を覆い尽くさんとする巨大な隕石を睨みつけながらレイカに叫んだ
「あれをどうにかできるもんがあるんか、レイカ!?」
レイカは不敵に笑い、ポケットからインカムを取り出すと、離れた位置に待機させていたネクストライの車両部隊へと迷うことなく指示を飛ばした
「ああ、あるさ。――トラックで運んできた『あれ』を使うぞ。荷台を開けろ!」
レイカの指示を受け、少し離れた安全圏に停車していたネクストライの大型大型輸送トラックの荷台が、重厚なモーター音を立ててガチャンと開き、中から異様な威圧感を放つ代物が姿を現した
先生や、ネクストライ以外の学園から来ていた生徒たちは、その荷台に乗せられた規格外の物体を見て、文字通り開いた口が塞がらなかった
「な、なんですかそれ!?」
「ち、チトちゃんからは聞いてましたが……」
「れ、レイカさん……あ、あれは……」
「俺らが誇る、巨大攻城戦兵器――」
そこに収められていたのは、刀身だけで優に15メートルほどもある、圧倒的な長さを誇る超巨大な刀剣だった
それは、ネクストライの工芸部とアーティファクト研究部が共同で開発・製造した、対城用の超大型共有兵器
――試作品X122、対城刀『ランゲージフィルム』
本来はサレ個人の武器ではなく、ネクストライが保有する最大の切り札の一つである
物理的にこのサイズの超重量級兵器を保持・運用できる適合者は、赤坂レイカ、志賀カエデ、そして佐藤アリカの数名しか存在しない
「よっしゃ、任せとき!!」
ズズズズ……
アリカは圧倒的な威圧感を放つランゲージフィルムの柄へと駆け寄り、その小さな両手で軽々とそれを掴み取ると、地面から一気に引き抜いた
「も、持ち上げたああ!!??」
「い、一体どうやって……」
『エモーショナル・パルス・ブースター』と自身の感情が同調し、覚醒した神秘の力がアリカの肉体を限界を超えて爆発的に強化していく。アリカはランゲージフィルムを肩に担ぎ、空から迫る巨大隕石を真正面に見据えながら、全身の筋肉と闘志を極限まで絞り込んだ投擲の姿勢へと入った
――規格外の災害には、ネクストライの誇る規格外の技術と暴力で叩き返す
そもそもレイカは、ミカが暴走した際にこのような最悪の事態(隕石の落下や大規模な自暴自棄)を引き起こすリスクをあらかじめ完全に考慮していた。そのため、いざというときの最終手段としてこの対城刀を学園から現地へ運搬するため、土建部などが施設の修繕や資材搬入に使う大型トラックの特別通過許可を、あらかじめシスターフッドや関係各所からバッチリと取り付けておいたのだった
「ふんっ……! 落ちていけや、そんなデカい岩屑!!」
アリカの絶叫と共に、全神経と全ての感情、そして仲間を想う熱いエモーションがランゲージフィルムへと注ぎ込まれ、その巨体からは信じられないほどの弾道エネルギーを生み出して夜空へと放り投げられた
ヒュオオオッ!!
大気を引き裂く凄まじい風切り音
全長15メートルの超巨大なランゲージフィルムは、アリカの投げた軌道に沿って光の矢の如く急上昇し、落下してくる巨大隕石の直撃コースへと完璧に合流した
ドゴォォォンッ!!!!!!
常軌を逸した激突音。
隕石の正面衝突エネルギーに対し、ランゲージフィルムの圧倒的な硬度と切断能力、そしてアリカの神秘の出力が真っ向から噛み合った。巨大な隕石の落下スピードがその瞬間、完全にピタリと停止し、宙吊りのような状態になる
「なっ……!?い、隕石が……止まった……!?」
ミカが目を見開き、信じられないものを見るような顔で空を仰いだ
ランゲージフィルムが突き刺さった中心点から、隕石の全体へと凄まじい勢いで幾重もの亀裂が走っていく
パキッ……ヒビビビビッ……!!
そして――次の瞬間
ガッシャーーーンッ!!!!!!
夜空の真ん中で、数万トンの質量を誇る巨大隕石が、まるでガラス細工のように音を立てて粉々に砕け散り、無数の細かい砂塵と光の粒子となって夜空に盛大に四散していった。衝撃波が雲を吹き飛ばし、周囲の空間に穏やかな静寂が戻ってくる
あまりの出来事に、その場にいた全員が言葉を失い、ぽかんと口を開けたまま空を見上げていた
その静まり返った空間の中、夜空から重力を受けて急降下してきたランゲージフィルムが、凄まじい風圧を伴ってアリカの真後ろのコンクリート床へと突き刺さった
ドズンッ!!! と地響きを立て、地面深くへ柄までめり込むランゲージフィルム
アリカは崩れかけた床の上に仁王立ちし、乱れた金髪のツインテールを揺らしながら、全身から湯気を立ててふうっと息を吐き出した。そして、その視線をゆっくりと、呆然と立ち尽くす聖園ミカへと向けた
アリカは不敵に、しかしどこか晴れやかな笑みを浮かべ、ミカに向かって言い放った
「――見てのとおりや。……ウチらの勝ちやで、ミカ」