――ゴオオォォォッ……!!
夜空の真ん中で数万トンの質量を誇っていた巨大隕石が、対城刀『ランゲージフィルム』と佐藤アリカの爆発的な一撃によって、文字通り粉々に粉砕された。その残骸は幾条もの美しい光の筋を描きながら大気中で盛大に燃え尽き、まるで夜空に散る星屑のように、無数の小さな小石や礫となって第十九分館の内外へとパラパラと降り注いでいく
「い、隕石を……あんな化け物みたいなものを……」
「ほ、本当に破壊した……あんなの、人の力でどうにかなるもんじゃない……!」
周囲で戦況を見守っていたアリウス生や、避難していたネクストライの防衛部員たち、そしてシスターフッドの面々までが、あまりに常軌を逸した光景に呆然と立ち尽くしていた
だが、その圧倒的な勝利の余韻に包まれる空間の中で――たった一人、崩れかけた瓦礫の床の上に崩れ落ちるように膝をついた少女がいた
「……ハ……ハハ……ハハハッ……」
聖園ミカだった
彼女の瞳から、先ほどまでの狂気や覇気は跡形もなく消え失せていた。全神経を削り、自らの神秘のエネルギーの限界すら超えて喚起した大気圏外からの天体顕現。それを、たった一人の他学園の生徒に、一刀のもとに叩き折られた。自分の中にある力のほとんどを使い果たし、すべてを賭けた最後の手段ですらも完璧に打ち砕かれたのだ
ミカは両手で地面を支えながら、全身を激しく震わせ、虚ろな目で床のコンクリートを凝視していた。そこにあるのは、完全なる敗北感と、行き場を失った絶望だけだった
静まり返った瓦礫の只中へ、赤坂レイカ、夢見チト、そしてシャーレの先生の三人がゆっくりと歩み寄っていく
先生は、傷つき、打ちひしがれているミカの姿を痛ましげに見つめながら、静かに、しかし心底から絞り出すような声で問いかけた
「ミカ……。本当は、セイアを殺したくなかったんだろう? だからこそ、計画が狂って取り返しのつかないところまで来てしまったと思って、こんな自暴自棄な真似をしたの……?」
その先生の問いかけに、ミカの肩がびくりと大きく跳ね上がった。彼女はゆっくりと、まるで壊れた人形のように首を持ち上げ、涙に濡れた瞳を先生へと向けた
「そうだよ……もう……取り返し……がつかな……い事をした……と……ぐすっ……」
震える声で、嗚咽の合間にミカは言葉を紡ぎ出す。その声音には、強がりも虚勢も一切含まれておらず、ただ自らの罪の重さに押しつぶされそうな少女の痛切な泣き声だけが響いていた
「今の…私が……何を言っても…言い訳にしか、ならないけど……ぐすっ……ほんの少し、脅かすつもりだったの……! ――多分、事故だった……セイアちゃん……先生や、私と違って……元々、体が弱かったし……」
溢れ出る涙を拭うこともせず、ミカは自らの手を見つめながら震え続けた
「これも……言い訳だよね………ごめん、ごめんね……セイアちゃん……私、私……!! あんなつもりじゃ……っ!」
自らが犯した(と思い込んでいた)罪の十字架の重さに耐えかねて、ミカはその場で声を上げて泣き崩れた。友達を自分の手で消してしまったという絶望が、彼女の心を完全に破壊していた
そのミカの惨めな姿を、少し離れた位置から見つめていた夢見チトは、ふっと小さく息を吐くと、隣に立つレイカへと鋭くも穏やかな目配せを送った。そして、静まり返った体育館の空気を切り裂くように、澄んだ声を響かせた
――「セイア様は、生きていらっしゃるわよ」
その一言が発せられた瞬間、場の空気が完全に凍りついた
ミカの泣き声がピタリと止まる
少し離れた場所で状況を見守っていたネクストライの面々――霧状ヘルタや街肩カリネ、そして現場総責任者である赤坂レイカを除く全員が、驚愕に目を見開いた。補習授業部の面々も、シスターフッドの修道服を着た生徒たちも、全員が耳を疑うようにチトを見つめた
「え……?」
ミカが息を呑み、血走った目をチトへと向けた。
「な、なに……言ってるの、チトちゃん……? セイアちゃんは……」
混乱するミカの背後から、さらに足音が響いた。瓦礫の隙間を縫うようにして、静かに姿を現したのはトリニティ総合学園の生徒――浦和ハナコだった。ハナコは穏やかで、しかし確信に満ちた笑みをたたえながら、ミカの近くへと歩み寄る
「チトさんの言う通りですよ、ミカさん。セイア様は、現在 ――療養、そしてこれ以上の不測の襲撃を未然に防ぐための偽装として、今もどこかの安全な場所で身を隠しています」
ハナコの言葉に、その場にいた誰もが息を呑んだ
夢見チトという人物は、ティーパーティー・サンクトゥス派の首長補佐であり、実質的に百合園セイアの側近、すなわち秘書的な役割を担ってきた人物である。そのチトが、そしてハナコがこうして明言しているのだ。その情報が嘘であるはずがなかった
「生きて……る……? セイアちゃんが……?」
ミカの脳裏に、先ほどまでの絶望と自己嫌悪が嘘のように霧散していく感覚が走った
ミカは、誰も殺してなどいなかった
ミカは、人殺しの重みを背負っていなかった。取り返しのつかない罪の十字架など、初めから存在していなかったのだ
ミカは友人を――失っていなかった
「あ……あは……あははははっ……!」
ミカは力なくその場にへたり込み、先ほどまでの絶望の涙とは全く異なる、安堵と、緊張の糸がプツリと切れたような弛緩した涙を流しながら、大粒の涙をポロポロとこぼして咽び泣いた。彼女の全身から、重く呪わしかったはずのプレッシャーがようやく剥がれ落ちていく
「なんだ……良かった……」
そんなミカの姿を誰もが複雑な思いで見守る中、前線で気を張っていた佐藤アリカが、ハッとしたように自分の腕時計へと視線を落とした
「……って、おい! みんなそんな場合ちゃうで! もうすぐ補習授業部の『試験』の時間が始まってまうやんけ!!」
アリカのその叫び声に、その場にいた補習授業部の面々が文字通り飛び上がった
「嘘っ!? もうそんな時間なの……!?」
下江コハルが青ざめながら自分のバッグを慌てて確認する
「ははは、早く試験会場に行かないと不合格になっちゃいます……!」
阿慈谷ヒフミも顔面蒼白になり、白洲アズサも急いで愛銃を背負い直した
先生もハッと気づき、慌てて移動しようとしたが、夢見チトがふっと微笑みながらその一歩を優しく制止した
「先生、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。……それに、忘れていませんか?」
チトはそう言うと、制服のポケットから綺麗に折りたたまれた一枚の公式書類を取り出し、補習授業部の面々へと差し出した
「コハルさん、あなた確か……第十九分館周辺はナギサさんの命令で厳重に封鎖されていたと言っていましたよね。ですがご安心なさい。これは、ティーパーティーの正式な権限に基づく『特例処置』の通行許可証です。これさえあれば、封鎖されている第十九分館のエリアや管理区域も、問題なく最短ルートで通り抜けて試験会場へ向かうことができます」
コハルが震える手でその書類を受け取り、内容を確認して目を丸くする
「これ……本当にティーパーティーのハンコが押してあるわ……! これがあれば、私たちが考えたあの長い迂回路を通らなくても一気に試験会場に行けるわよ……!」
「ありがとう、チト! 君のおかげで助かった!」
先生が深く感謝を告げると、チトは「ふふ、お役に立てて何よりです」と優雅に微笑んだ
「よしっ、みんな急ぐで!! 絶対に全員で合格したるからな!!」
アリカが金髪のツインテールを気合いで揺らしながら先頭に立ち、ミナサ、ネカ、そして補習授業部のメンバーを引き連れて、試験会場へと向けて一目散に走り出した
彼女たちの背中が見えなくなるまで見送った後、崩壊した第十九分館の周囲には、遅れて到着した正義実現委員会の生徒たちが慌てて駆けつけてきた。彼女たちは状況を把握すると、すでに戦意を喪失し、静かに涙を流しながら座り込んでいる聖園ミカや、無力化されて拘束を待つアリウス生たちの身柄を次々と確保していった
遠巻きにその光景眺めながら、霧状ヘルタは腕を組み、隣に立つ赤坂レイカへと首をかしげたねぎらうように尋ねた
「リーダー、これで……本当に良かったんっすかね?」
レイカはターコイズブルーの毛先を揺らしながら、遠くの空に消えていく補習授業部の背中を見つめ、微かに口角を上げて答えた
「ああ。……あいつらが自分で選んで、泥臭くあがいた結果だ。これ以上でも、これ以下でもねえよ」
こうして、トリニティを揺るがした激動の一日は一つの区切りを迎え、朝日が昇り始める
その日、補習授業部と出向していたアリカたちの受けた特別試験は、想定よりもはるかに難しい応用問題や厳しい範囲が出題されたものの――土壇場で絆を深め、互いを支え合った彼女たちは、見事に全員揃って合格を果たしたのであった
それから数日後
穏やかな陽光が差し込むトリニティの敷地内を、赤坂レイカは夢見チトの案内によって静かに歩いていた
ネクストライの現場総責任者として多忙な日々を送るレイカだが、今回はチトからの個人的な「お茶の誘い」を受け、密かに学園内のとある一角へと足を運んでいたのだ
案内された場所は、表通りの喧騒から遠く離れた、緑に囲まれた静寂なセーフハウスだった。
チトが古びた木の扉をそっとノックし、「失礼します」と声を掛けながら中へ招き入れる。レイカが後に続いて足を踏み入れたその部屋の奥で、静かに窓の外を眺めていた一人の少女が、ゆっくりとこちらを振り返った。
――百合園セイアだった
セイアは、レイカの姿を認めるわずかに目を細め、気品のある落ち着いた声で口を開いた
「君が、噂に聞いていたネクストライの赤坂レイカだね……。あの騒動の最中、ミカの暴走を止め、トリニティを巡る状況の裏で動いてくれたこと……遅くなってしまったが、直接お礼を言わせてもらう……」
レイカはポケットに手を突っ込んだまま、どこかフランクに肩をすくめて見せた
「いや、礼には及ばないさ。俺たちは俺たちのやりたいように動いただけだし、結果的に面倒事が減ったならこっちとしても好都合だからな」
レイカの飾らない態度に、セイアはふっと小さく、しかし上品な笑みをこぼした。そして、ティーカップをソーサーに静かに置くと、意味深な光を宿した瞳でレイカをまっすぐに見据えた
「……ふむ、そう謙遜することはないのだが。君たちという存在は、このキヴォトスの理において、実に面白い『特異点』であり、同時に『舵取り手』になりうる可能性を秘めている。……だからこそ、君に一つだけ尋ねてみたい」
セイアは体をわずかに前に傾け、静かな、しかし重みのある問いをレイカに投げかけた
「――君は、『楽園』について、どのように考えている?」
その問いを聞いた瞬間、レイカの脳裏に、このキヴォトスという世界の持つ残酷な真実と、これから自分たちが切り開いていくべき未来の輪郭が鮮明に浮かび上がった
窓の外に広がる青空の下、ネクストライという「第四の学園」を率いる転生者たちの物語は、さらなる大きなうねりの中へと進み出ようとしていた