黄金色の輝きを放つ超大型豪華客船「ゴールデンフリース号」の船内は、今や静謐なバカンスの楽園から、一触即発の混沌とした戦場へと変貌しつつあった
華やかなイルミネーションが瞬く中央メインストリート。その一角にある高級ブティックやカフェが立ち並ぶエリアを、ネクストライスクール生徒会長の西条ハレカは、優雅な足取りで散策していた。
ここまでの移動や日頃の過密な行政・外交公務で蓄積されていた疲労は、最上級のAクラスルームに備えられたクイーンサイズのベッドと静寂なテラスのおかげで、綺麗さっぱりと洗い流されていた
「……それにしても、カリネ君とジュカ君は、船内の見学からまだ戻ってきませんね。まあ、あの子たちなら分別もありますし、トラブルに巻き込まれることはないでしょうけれど」
ハレカが上品に微笑みながら、ふと足を止めたのは、船内の総合案内所と警備スタッフの詰所が隣接する通路の脇だった。そこに、何やら血相を変えたオデュッセイア海洋高等学校の警備員たちが数名集まり、ひそひそと、しかし切羽詰まった様子で言葉を交わしているのが耳に入ってきた
――「おい、聞いたか? さっきプレイラウンジの方で、Cクラスに落とされたはずのガキどもが、とんでもない物量のエグい勝ち方をして一気に資金を稼ぎまくったらしいぞ……!」
――「なんだと!? Aクラスを騙るかのような不審な連中だと思っていたが、自力で這い上がってきやがったってのか……?」
――「あぁ。しかも、さっき本部の名簿と突合させたら……あの二人の特徴、少し前にピンク髪の逃亡者が走り抜けたときに警備が勘違いで連行した、あのネクストライの生徒会役員たちにそっくりだぞ……!」
その物騒な単語の並びに、ハレカはピクリと眉をひそめた
「……ネクストライの生徒会役員? それは、もしかして……」
ハレカがすっと音もなく歩み寄り、上品な笑みを浮かべたまま警備員たちの背後から声をかけた
「失礼します。通りすがりに聞こえてしまったのですが……今、『ネクストライの生徒会役員』とおっしゃいましたよね? 一体、船内で何があったのか、詳しく教えていただけますか?」
突然背後から声をかけられた警備員たちは、ビクッと肩を跳ね上げて振り向いた。そこに立っていたのは、まぎれもなく最高級の「Aクラス宿泊チケット」を保有する、この船の最重要ゲストの一人である西条ハレカその人だった
「あ、あなたは……Aクラスルームの……!」
警備員の一人が冷汗を流しながらたじろぐ。ハレカは静かに、しかし威圧感のある眼差しで彼らを見据えた
「ええ。私には、同行している部下が二人おります。銀髪の冷静な生徒と、赤髪の真面目な1年生ですけれど……彼女たちが、何かいたしましたか?」
冷徹なまでの生徒会長としてのプレッシャーに耐え切れず、警備員はしどろもどろになりながら真相を吐き出した
「い、いや……実はですね! 船内で不審者を追っていた際、うちの警備がその近くにいた彼女たちを共犯者だと盛大に勘違いしてしまいまして……! 身分証明のデータがまだ本部に完全同期されていなかったこともあって、私たちの一方的な判断で、彼女たちのAクラスの権利を剥奪し、最下層のCクラスへと強制降格させてしまったんです……っ!」
「――なんですって……!?」
ハレカの瞳から、先ほどまでの穏やかな微笑みが一瞬にして消え去った
「我がネクストライの生徒会役員であり、私の大切な同行者である者たちに対して、勝手な勘違いで不当な処分を下した挙句、Cクラスへと突き落としたと言うのですか……? 一体、どういうつもりでそのような暴挙に出たのですか!」
「そ、それは……私たちも上の命令というか、規則に従っただけでして……!」
警備員が青ざめながら弁解しようとしたその時、ハレカはさらに重要な疑問を投げかけた
「待ちなさい。先ほど、『自力で這い上がってきた』と言っていましたね。彼女たちは今、どこにいるのですか?」
「は、はい……! 不正に身分を偽ってAクラスに戻ろうとしている不審者だと思い込み、先ほどからプレイラウンジやカジノ周辺の監視カメラで追跡させていますが……今や彼女たちは自力でカジノを攻略し、正規のランクアップに必要な莫大な資金を稼ぎ出して、こちらへ向かってきていまして……!」
ハレカはその説明を聞き、あまりの理不尽さと、自分たちの留守中に起きていたトリアージの全貌をようやく理解した
(カリネ君とジュカ君は、不当に落とされた地位を取り戻すために、自力でカジノのゲームを攻略して這い上がってきたというのですか……! それなのに、この人たちは自分たちの失態を棚に上げて、彼女たちをさらに追い詰めようとしている……!)
ハレカが怒りでさらに一歩詰め寄ろうとした瞬間、無線機を握りしめていた別の警備員が、顔を真っ青にして叫んだ
「なっ……!? 大変だ! プレイラウンジの出口付近で、あのネクストライの生徒二人を確認したぞ! すぐに身柄を拘束し、不正乗船者として隔離しろとの命令が警備主任から下った……っ!」
「なっ……!?」
ハレカが息を呑んだ隙に、警備員たちは「も、申し訳ありません!」と叫びながら、慌ててその場から走り去っていった
「待ちなさい……っ!」
ハレカは追いかけようとしたが、周囲の乗客たちの視線に気づき、ぐっと拳を握り締めて立ち止まった
「……どうやら、この船の警備組織は、自分たちのミスを隠蔽するために、我が学園の生徒を犯罪者扱いしてねじ伏せるつもりのようですね。……許しません。おとなしくお茶を飲んで優雅に過ごしていればいいものを……!」
ハレカは冷たく言い放つと、怒りを心の奥底に押し込め、自身の部屋へと引き返しつつ、いざという時のための防衛手段を講じる準備を始めたのだった
その頃、警備室のメインモニターの前では、すべての元凶である警備主任が、冷や汗を滝のように流しながら頭を抱えて唸っていた
「馬鹿な……! 本当に、あの二人はあの西条ハレカの正式な同行者だったというのか……!?」
先ほど、ハレカ本人から直接部下の特徴を聞かされた警備員たちが、青い顔で主任の元へ駆け込んできたのだ
警備主任は、目の前が真っ暗になるのを感じていた
もしここで、「自分たちの勘違いでした。申し訳ありませんでした」と平身低頭で謝罪し、Aクラスルームへ丁重に送り届けたところで、西条ハレカという凄腕の生徒会長がそれで引き下がるはずがない。ネクストライスクールとの外交的・政治的大問題に発展し、自分の地位やオデュッセイア側の責任問題にまで確実に飛び火する
(くそっ……! ここまで来てしまった以上、もう引き返すことはできない……!)
人間の心理とは恐ろしいもので、追い詰められた人間は往々にして最悪の選択肢を選び取る。警備主任は歪んだ保身とプライドから、完全に狂った決断を下した
「おい、よく聞け……! 彼女たちが本当にAクラスの同行者だったとしても、一度『不審者』としてCクラスに落とし、ここまで暴れさせてしまった以上、今更引くわけにはいかん!」
「し、しかし主任! それじゃあまるで私たちが――」
「黙れ!! こうなったら、言い訳など一切通用せん! あの二人を『正式な乗船手続きを踏んでいない極めて悪質な不正乗船者』、および『現在船内で大暴れしているミレニアムの逃亡者の共犯テロリスト』として断定する!」
警備主任は机を激しく叩き、血走りたった目で命令を下した
「全警備員に通達しろ! あのネクストライの二人組を発見次第、一切の問答無用で強制拘束せよ! 抵抗する場合は武力行使もやむを得ん! さらに、並びに船内に潜り込んでいる他の不法侵入者たちも含めて、全員まとめてこの船の底の底まで叩き潰せ!!」
こうして、ゴールデンフリース号の警備システムは、もはや救いようのない暴走特急と化し、無辜のネクストライの生徒会役員たちを標的に定めたのだった
―一方その頃
カジノエリアの喧騒を離れ、見事に規定のポイントを稼ぎ出し、正規のランクアップ申請を行おうとしていた街肩カリネと立火ジュカの二人は、予想外の「歓迎」を受けることになった
「――いたぞ! あの銀髪と赤髪の生徒だ!! 確保しろ!!」
ガシャッ! と、周囲の通路や物陰から、オデュッセイアの警備員たちが一斉に姿を現し、手にした制圧用装備を構えながら猛然と襲いかかってきたのだ
「なっ……!?」
ジュカが反射的に一歩後ろへ退き、銀髪のカリネは冷徹な眼光で周囲を取り囲む警備員たちを睨みつけた
「僕たちは、正式な手順に従ってカジノで資金を稼ぎ、ランクアップの申請をしに来ただけだ。君たちが勝手に僕たちをCクラスに落としたんだろう? その対応はおかしくないかい?」
カリネが冷ややかなトーンで抗議するが、先頭に立っていた警備主任は鼻で笑った
「ふん、よくもぬけぬけとそんなセリフが吐けたものだな! お前たちは正規の乗船データが登録されていない『不正乗船者』であり、さらに船内の機密を荒らすテロリストの共犯者として、全館手配が下っているんだ! おとなしく縄にかかれ!」
「……なるほど」
カリネは、目の前の男たちの表情や震える声から、すべてを察した
「自分たちの勘違いやシステムの不備を認めたくないがために、僕たちを犯罪者にでっち上げてすべてを隠蔽するつもりというわけだね。……救いようのない愚かさだな、君たちは」
「問答無用! 連行しろ!!」
警備員たちが一斉に飛びかかってくる
「ジュカ、下がって!」
「はいっ!」
カリネの口元に、不敵な笑みが浮かんだ
彼女(彼)の個人武器である二丁拳銃――「タッチ&ラン」が、一瞬の稲妻のごとくホルスターから抜き放たれる。Thompson Contenderをベースにしたその特殊な二丁拳銃は、長距離の精密射撃から近接のヒット&アウェイ戦法まで自在にこなす、カリネの相棒だった
「甘いね!」
パンッ! と乾いた銃声が響き渡り、最先頭で飛び込んできた警備員の足元の床を正確無比な弾道が撃ち抜く。衝撃でバランスを崩した警備員が盛大に転倒する
さらに、背後に控えていた立火ジュカは、自身の愛用するグレネードランチャー「NOTバック」をしっかりと両手で構え直していた。彼女の戦闘力を支える最大の切り札がその手にある
「これ以上、先輩たちに泥を塗る真似はさせません……っ!」
ジュカが引き金を引く
発射された40×46mm弾は、敵の足元や密集している中央のスペースへと正確に着弾し、爆発の衝撃波と強烈な制圧エネルギーで、一瞬にして数名の警備員たちの動きを完全に封じ込めた。特殊な閃光と衝撃波のコントロールにより、致命傷を与えずに敵の陣形だけを崩す、防衛部連絡担当・ジュカの卓越した戦術眼が光る
「隙だらけですよ!」
ジュカが声を張り上げ、まとわりつく追っ手たちの足を一網打尽に足止めする
「さすがだね、ジュカ! 君のNOTバックがあるおかげで大助かりさ。このまま一般客の多い中央デッキへ抜けて、包囲網を突破するよ!」
「了解しました!」
二人は抜群のコンビネーションを発揮し、オデュッセイアの精鋭警備員たちをまるで子供扱いするかのように翻弄しながら、華麗な身のこなしで通路の奥へと駆け抜けていった
それとほぼ同時刻――
自室へと戻るべく、静かな廊下を歩いていた西条ハレカの耳に、突如として遠くから聞こえてきたのは、紛うことなき激しい銃撃戦の爆音だった
「……いったい、何事ですか?」
ハレカが足を止め、眉をひそめたその瞬間
曲がり角の向こう側から、慌ただしい足音とともに、見覚えのある人物たちが飛び出してきた。
――そこにいたのは、先ほど部屋で別れたはずの「先生」……ではなく、なぜか露出度の高い眩しすぎるバニーガールの服に全身を包み込んだ、美甘ネル、角楯カリン、そして室笠アカネといったC&Cの面々だった。彼女たちは背後から迫る大量のオデュッセイア警備員たちと交戦しながら、文字通り怒涛の勢いで撤退してきているところだった
「って、おい! そこに突っ立ってんじゃねえ、危ねえぞ!」
バニー服姿のまま巨大な銃を抱えた美甘ネルが、ハレカの姿を認めて大声で怒鳴る
だが、運悪く――追ってきた警備員たちのリーダー格が、ハレカの着ているネクストライ生徒会の制服と、目の前にいる不審なバニー服集団を一目見て、盛大すぎる誤認をやらかした
「おい、見ろ! あそこのバニー服の女たちと一緒にいるぞ! あの生徒も不法侵入者グループの仲間だ! まとめて蜂の巣にしろ!!」
「「「撃てぇーーっ!!」」」
パラパラパラッ! と、容赦ない銃弾の嵐がハレカの足元や背後の壁へと叩き込まれる
「――っ! なんで私が標的にされるのですか……っ!」
ハレカは上品な悲鳴を心の中で上げながら、瞬時に近くの頑丈な大理石の柱の陰へと身を滑り込ませた
どうやら、先生達はそのまままた別の場所まで逃げて行ったらしい
普段のハレカは政治、行政、外交のテーブルで交渉を優位に進めることが仕事であり、最前線に立ってドンパチと銃撃戦を繰り広げるような実戦派のファイターではない。しかし、そこはさすがネクストライスクールの生徒会長。いざという時のための護身用装備と、戦場における冷静な状況判断能力はしっかりと持ち合わせていた
(こうなったら、落ち着いて立ち回りでカバーするしかありません……!)
ハレカは懐から自身の小型拳銃を抜き放ち、柱の陰から身を乗り出さずに、鏡の反射や巧妙なフェイントを利用して正確な牽制射撃を浴びせた
バシッ、バシッと警備員たちのヘルメットをかすめる銃撃に、敵は「うわっ、なんだこいつ、撃ち返してくるぞ!」「伏せろ!」とわずかに動きを止める
ハレカはその一瞬の「油断」を見逃さなかった
彼女の視線が、頭上に吊るされた、ガラス細工で飾られた豪奢で巨大なシャンデリアを捉える。そのワイヤーの固定部分は、先ほどからの戦闘の衝撃で既に限界を迎えていた
「……申し訳ありませんが、美術品鑑賞の代金は、後ほどオデュッセイアの経営者様へ全額請求させていただきます」
ハレカは狙いを定め、シャンデリアのメインワイヤーに向けて一発の銃弾を正確に撃ち込んだ
パンッ!
「なっ……!? 上だ、危ねぇ!!」
ガシャーーーンッ!! と、数千個ものクリスタルガラスと金属の塊が、盛大な轟音を立てて警備員たちの真上に真っ逆さまに落下した。凄まじい衝撃と粉塵が巻き起こり、追っ手たちは文字通り身動きが取れなくなる
「今です……っ!」
ハレカは砂埃が舞う通路を、誰よりも優雅に、そして誰よりも素早く駆け抜け、一目散にその場から華麗に脱出成功したのだった
警備員たちの包囲網を鮮やかな連携で突破し、一般客の賑わうエリアへ逃げ込んでいた街肩カリネと立火ジュカの二人は、息を整えながら通路の柱に寄りかかっていた
「はぁ、はぁ……流石にしつこいですね、あの警備員たち。僕たちが本物のネクストライの生徒だと分かっているはずなのに、組織の面子を守るために本気で撃ってきやがった」
カリネが冷ややかな目で後ろを振り返りながら呟く
「まったくです……愛用のNOTバックが没収されてなくて本当に良かったですけれど、これじゃあどちらが本当の犯罪者集団か分かったもんじゃありませんね」ジュカも愛用のグレネードランチャーをしっかりと抱え直し、息を整える
その時だった
「――おい! そこにいるのはネクストライの制服か……っ!?」
前方から、慌ただしい足音とともに数名の人物が飛び込んできた
そこにいたのは、先ほどカジノの片隅で見かけた――あの「バニーガール制服」に身を包んだ美甘ネル、角楯カリン、そして、その中心に凛と立つ「先生」の姿だった
「っ……!? あなたたちは、ミレニアムの……C&Cと、先生!?」
カリネが驚愕に目を見開く
一方、バニー服姿のまま銃を構えていたネルたちも、目の前にいるのがネクストライの生徒会役員であることに気づいて完全に動きを止めた
「お前ら……ネクストライの生徒会じゃねえか! なんでこんなところでそんな真面目な顔して追われてやがるんだ!?」
ネルが呆れたような顔で声を上げる
「それはこちらのセリフです! 私たちはただのバカンスのつもりが、なぜか警備員たちの勝手な勘違いと隠蔽工作のために『不正乗船者』に仕立て上げられて追われているんです!」
ジュカが必死に状況を説明する
そのやり取りを聞いていた先生は、すっと一歩前に出て、険しい表情のまま状況を整理した
「……なるほど。つまり君たちも、この船の警備システムに『不法侵入者』の濡れ衣を着せられて、全員まとめて排除されようとしているわけだね?」
「はい、まさにその通りです!」とカリネが即答する
先生はふっと小さく息を吐き、微かに笑みを浮かべた
「なら、利害は完全に一致したな。私たちもミレニアムの問題児を追ってここに潜入し、結果的にこの船の警備全員を敵に回しているところだ。……どうせなら、ここで手を組まない?」
カリネとジュカは顔を見合わせた
目の前にいるのは、かつてネクストライとも浅からぬ因縁と協力関係にある「先生」、そしてミレニアム最強の潜入部隊。これ以上ないほど心強い味方である
「……異存はありません。このままでは僕たちの名誉も、ハレカ先輩への面目も立ちませんからね」
カリネが不敵な笑みを浮かべ、二丁拳銃を構え直す
「私も、先輩方とともにこの理不尽な警備組織をギャフンと言わせてやります!」ジュカも力強くうなずいた
「よし……!」
先生はシッテムの箱を軽く掲げ、信頼に満ちた強い瞳で全員を見渡した
あとがき
はい、あとがきです!皆さん期待していると思うジュカの性能等なんすが……実は色々と立て込んでいまして……明日と明後日は投稿されませんのでご了承ください