Vol.1 SRT特殊学園
第4章 鍛え抜かれた己の剣を
キヴォトスの中央特区、D.U.地区に位置するネクストライスクールの高層管理ビル
その最上階近くに設けられた応接室の重厚なドアが静かに開き、室内へ一歩足を踏み入れた瞬間、空気が物理的に緊迫した
姿を現したのは、洗練された特殊タクティカルギアと暗所隠密用の暗視・熱源センサー、サプレッサー付きの小銃を身に纏った5人の少女たち
その先頭に立ち、無駄のない研ぎ澄まされた足取りで進む少女の立ち振る舞いは、過酷な戦場を幾度もくぐり抜けてきた精鋭部隊の「指揮官」そのものであった
現場総責任者である赤坂レイカは、砕けた雰囲気を保ちつつも、相手の指揮官としての威圧感を察し、穏やかな手振りでソファを示した
「ようこそ、ネクストライのDU管理ビルへ。長旅で疲れたろ、まあ座ってくれ」
サトネは短く視線で合図を出し、配下の4人を手際よく配置に着かせると、自身も隙のない動作で革張りのソファへと腰を下ろした
そこへ、給湯室から湯気の立つお茶のセットを乗せたトレイを手にした佐藤アリカが入ってきた
「はいはい、お茶入ったで~! ちょっと熱いから気ぃ付けてな!」
播州弁の威勢の良い声をかけながら、アリカは手際よく湯呑みを机に並べていく
しかし、サトネ率いる部隊の鋭い眼光とピリッとした空気感は崩れない
トレイを抱え直したアリカがレイカの隣に立つと、サトネは背筋を一切崩さず、冷静で威厳のある声で口を開いた
「お気遣い感謝いたします、赤坂レイカさん。……改めまして、ご挨拶を。私はSRT特殊学園で副生徒会長を務めておりました、夜月(やづき)サトネと申します」
サトネのその毅然とした自己紹介に呼応するように、左右を固める隊員たちが一糸乱れぬ規律で迅速に名乗っていく
「3年、アサルト担当の
「2年、スナイパーを務めております
「同じく2年、ポイントマン兼サポーターの
「2年、通信および重火器担当の
(なるほど……3年生がサトネとルキ、2年生がミセ、リネ、ハルか。完璧な部隊編制と統一感だな)
レイカは前世の知見とミリタリー知識を働かせながら、サトネたちの装備と陣形を冷静に観察した
サトネが纏う雰囲気は、単なる生徒の域を超え、冷徹な作戦遂行能力を持つ特殊部隊の隊長そのものである
「私たちの部隊名は『
「RAVEN……ワタリガラスか」
レイカが呟くと、サトネは鋭い眼光を崩さずに頷いた
ワタリガラスの名が示す通り、彼女たちの装備は徹底的な静音性と暗視・熱源センサーの運用に特化している。闇に乗じて敵陣深くへ潜入し、音もなく目標を無力化する制圧部隊
一通りの紹介を終え、サトネは一切の揺らぎがない眼差しでレイカのターコイズ色の瞳をまっすぐに見つめ、確信を確かめるための『コード』を静かに口にした
「――赤坂レイカさん。『ヨースター』という名前に、お心当たりはおありでしょうか?」
その瞬間
「……!?」
お茶を飲もうとしていたアリカが、「ん?」と首をかしげた
「ヨースター……? なんか聞いたことあるような気ぃするけど……なんやっけ?」
だが、レイカの手はピタリと止まり、その目がわずかに見開かれる
(ヨースター……!? 日本で『ブルーアーカイブ』を運営・配信しているあのYostarのことか……!?)
前世でトラックにはねられる前、スマホの画面で何度も目にしたその運営会社の名
キヴォトスという作中世界において、本来存在するはずのないその単語が出た意味を、レイカは瞬時に理解した
レイカは深く息を吐くと、男らしく不敵な笑みを浮かべ、はっきりと答えた
「……ああ。心当たりどころか、大ありだ。どこぞの学園青春RPG運営元だろ」
「……ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、サトネの表情から警戒の氷が溶け、隊長としての鋭い緊張感の奥に安堵の色彩が広がった
「……やはり、噂通りでしたか。ネクストライスクールが『転生者』たちの集いであるという確証が得られました」
サトネは僅かに態度を和らげつつも、指揮官としての気品を保ったまま言葉を続けた
「……確証が得られて安堵いたしました、レイカさん。実は私たちRAVEN小隊も、全員が前世の記憶を持つ『転生者』で構成された部隊なのです」
「全員が……!?」とアリカが驚きの声を上げる
「はい。ですが……実際のところ、原作である『ブルーアーカイブ』の詳しいストーリーや知識を持っていたのは、前世で重度のゲーマーだった私一人だけでした」
サトネの説明によると、他の4人――ルキ、ミセ、リネ、ハルは前世で別の人生を歩んでおり、ブルアカという作品の知識を一切持たずにキヴォトスへ転生してきたのだという
SRT特殊学園に入学し、数日が経過した頃に偶然ネクストライスクールという謎の独立学園の存在を知ったサトネだったが、他校へ接触する余裕もないまま、SRT内部での立場と部隊の構築に専念していた
そこでサトネは、知識を持たないものの優秀な潜在能力を持つ転生者である4人をスカウトし、自らの手で徹底的に叩き上げて編成した特殊部隊こそが、この『RAVEN小隊』だったのだ
「知識のない4人には、私が前世で培った戦術・暗殺術・戦術運動法を極限まで叩き込みました。……私たちの実力は、決して名前ばかりのものではありません。かつて七囚人の一人である『栗浜アケミ』が暴れ回った際も、我がRAVEN小隊が単独で隠密制圧作戦を展開し、無傷で身柄を拘束・収監まで追い込んだ実績があります」
「七囚人のアケミを単独で無傷制圧……!?」
アリカが息をのむ。怪力と狂暴性で知られる七囚人を、警察組織の支援なしで完全に無力化したという報告は、サトネ率いるRAVEN小隊の制圧能力がキヴォトスでもトップクラスであることを証明していた
だが、そんな精鋭部隊の運命も、あの「事件」によって狂わされることとなる
「……ですが、例の連邦生徒会長の突然の失踪……。それに伴う行政の混乱により、連邦生徒会はSRT特殊学園の閉鎖を決定しました」
サトネの声にわずかな静かな怒りが混ざり、レイカは静かに頷いた
「ヴァルキューレ警察学校への強制編入……だな」
「ええ。多くの生徒が失意の中で編入を受け入れる中、納得のいかない一部の部隊はそれを拒否し、それぞれ独自の道を選びました。抗戦の構えを見せる『RABBIT小隊』……。そして、行方をくらませた『FOX小隊』……」
サトネは言葉を一度区切ると、隊長としての鋭い眼差しでレイカを見つめた
「そして私たちRAVEN小隊もまた、ヴァルキューレへの編入を拒否しました。ですが、公園で野営を続けるような戦略性を欠いた抗戦ではなく……自分たちの戦術能力を最も効果的に活かし、部隊の拠点を確保できる場所を探すことにしたのです。……そうして辿り着いたのが、かつての同胞たちが作り上げたこの『ネクストライスクール』でした」
(なるほどな……。RABBIT小隊が公園で立ち上がり、カルバノグの兎編が動き出す裏で、もう一つのSRT特殊部隊がうちを頼ってきたわけか)
原作の知識を持つレイカには、この後にキヴォトスで何が起きるかが手に取るように分かっていた
連邦生徒会の失踪、SRTの閉鎖、カヤの台頭、カイザーPMCの介入、そしてカルバノグの兎編へ至る怒涛の展開
(だが……ここで下手に原作の流れを力ずくで変えようと動けば、また別の歪みが生じる。カルバノグの件についての本格的な介入は、一回保留だな)
思考を切り替えたレイカは、目の前の現実的な問題――彼女たちRAVEN小隊の「雇用と配置」について判断を下すため、ポケットからスマートフォンを取り出した
「……事情は痛いほど分かった。だが、うちも1300人を抱える組織だ。組織としての手続きや配置については、うちの『金庫番』兼政治のトップを通さなきゃならない。ちょっと待っててくれ」
レイカはそう言うと、本校の生徒会室にいる生徒会長・西条ハレカへ直接電話をかけた
呼び出し音が数回鳴った後、ハレカの落ち着いた上品な声がスピーカーから聞こえてくる
『おや、レイカ君。DUの管理ビルでの書類仕事の進捗はどうですか?』
「ああ、ハレカ。実は今、応接室にSRT特殊学園の元副生徒会長たちが来ていてな……」
レイカは、サトネ率いる「RAVEN小隊」の戦術錬度、全員が転生者であること、七囚人アケミを制圧した実績、そしてネクストライへの身を寄せることを希望しているという経緯を簡潔かつ的確に伝えた
電話の奥で、ハレカが少しの間、思案するように沈黙する
やがて、いつもの理知的なトーンで返答が戻ってきた
『なるほど……状況は把握いたしました。七囚人を制圧するほどの錬度を持つSRTの特殊部隊……我が校にとっても極めて魅力的な戦力ですね。……ですが、彼女たちを即座にネクストライの本校へ編入させるとなると、連邦生徒会や他学園からの干渉は避けられません』
「そうだな。じゃあ、どうする?」
『ふむ、幸いにも今、レイカ君が詰めている「DUシラトリ地区の管理ビル」は、先日の事件やオデュッセイアからの大型艦艇受入に伴い、警備体制の強化が急務となっています。……ですので、彼女たちRAVEN小隊には『ネクストライ防衛部所属・DU管理ビル専属派遣警備隊』という名目で契約を結び、あのビルの警護と周辺の警戒にあたってもらうのはどうでしょうか?』
ハレカの提案は、政治的リスクを回避しつつ、精鋭部隊としての彼女たちの力を最大限に活かせる完璧な配置だった
「さすがハレカ、助かるよ。じゃあ、その方針で話を進める」
通話を終えたレイカは、受話器を置いてサトネたちに向き直った
「……というわけだ。当面はうちの防衛部所属という形で、このDU管理ビルの防衛・警護を任せたい。住居や給与、最新弾薬や装備の補給はすべてネクストライが全額負担する。……これでどうだ?」
サトネは配下の4人へ鋭い視線を送った
ルキ、ミセ、リネ、ハル全員が即座に姿勢を正し、覚悟の決まった頷きを返す
サトネは立ち上がると、一糸乱れぬ隙のない動作で鮮やかに敬礼を捧げた
「……完璧な条件です。私達RAVEN小隊、ただいまよりネクストライスクール防衛部として、全戦力を以てこの重要拠点を死守することを誓います」
サトネの気迫のこもった敬礼に、レイカも笑って敬礼を返した
「よし、契約成立だ!……じゃあ、さっそくこのビルの防衛設備と、うちの防衛部の試作装備を見てもらおうか」
レイカはポケットの端末を操作し、ビル内に滞在していた防衛部の実戦テスターを呼び出した
数分後、ドアがノックされ、「失礼する」とクールな声とともに部屋に入ってきたのは、防衛部の中核である志賀カエデだった
その背中には改良型のパルスライフルが担がれている
「呼んだか、リーダー」
「ああ、カエデ。こちらが今日からDUビルの警備を担当してくれることになった、元SRTのRAVEN小隊だ。……カエデ、アリカ。彼女たちにビルの射撃訓練室や防衛設備、装備保管庫を案内してやってくれ」
「了解した。SRTの精鋭部隊か……面白い。こちらの試作装備の精度も含めて、案内しよう」
カエデが静かに頷くと、アリカも「任せとき! ウチが案内したるわ!」と元気に立ち上がった
サトネは配下の4人へ凛とした口調で指示を飛ばす
「ルキ、ミセ、リネ、ハル。カエデさんたちの案内に従い、直ちに本ビルの射線・防衛ライン・警備エリアの配置を完全に頭に叩き込みなさい」
「了解!」
4人の隊員たちは瞬時にサトネの命令に従い、カエデとアリカに連れられて無駄のない動作で応接室をあとにしていった
パタン、とドアが閉まり、広々とした応接室には赤坂レイカと、RAVEN小隊隊長・夜月サトネの2人だけが残された
サトネは周囲の気配を無音で確認すると、防音・遮音の気配に気を配りつつ、声を極限まで絞ってレイカへ接近した
「……レイカさん。部下たちには動揺を避けるため伏せているのですが……同じ転生者であり、原作知識を持つあなたにだけ、事前にお伝えしておかなければならない『極秘作戦情報』があります」
「……極秘情報?」
レイカが片眉を跳ね上げると、サトネの瞳に冷徹な暗殺者のような鋭い光が宿った
「――連邦生徒会の防衛室長である『不知火カヤ』……。彼女はすでに、裏で『カイザーPMC』と完全に密約を交わし、軍事ルートを確立しています」
「……っ!」
「さらに……SRTの閉鎖に伴い姿を消したあの『FOX小隊』ですが……彼女たちはすでに、不知火カヤの手先・実動部隊として水面下で暗躍を開始しています」
サトネが提示した情報の精度に、レイカの脳内でパズルのピースが一瞬で組み合わさった
連邦生徒会長の失踪。SRT特殊学園の解体。カヤとカイザーの密約。そして暗躍するFOX小隊
原作『カルバノグの兎編』におけるクーデターの歯車が、すでに狂いなく、かつ素早く回転を始めているのだ
レイカは背もたれに深く体重を預け、不敵な笑みを浮かべた
(知ってはいたが……思った以上に進行が早いな。カヤとFOX小隊が動いているとなれば、キヴォトス全域を巻き込むクーデターの足音は、すぐそこまで迫っている)
「……貴重な戦術情報、感謝する、サトネ」
レイカは力強くサトネの目を見据え、頼もしそうに口角を吊り上げた
「カヤやカイザーが何を企んでいようと、うちの仲間やこの街に手を出させるつもりはない。……嵐が来るなら、返り討ちにしてやるまでだ」
「……フフ、頼もしいかぎりです、レイカさん。私たちの『剣』、存分にお使いください」
サトネもまた、精鋭部隊の隊長にふさわしい不敵で冷徹な笑みを深めた
遠く窓の外に広がるDU地区の街並みを見下ろしながら、レイカは己の愛銃『ゼロモーメントポイント』の感触を確かめるように拳を握りしめた
停滞していた原作の刻が、今まさに激しく動き出そうとしていた――