RAVEN小隊がネクストライスクールの防衛部所属としてDUシラトリ地区の管理ビルに拠点を構え、警備体制に就いてから数日が経過した
ネクストライスクール全体の組織運営や、オデュッセイアから譲渡された8,000トン級大型艦艇に関する手続きなど、山積していた特大の事務仕事もようやく一段落を見せ始めていた
そんな穏やかな昼下がり、現場総責任者である赤坂レイカは、束の間の休憩時間を縫って、ビルが位置するDUシラトリ地区の街並みを一人で散歩していた
ピリッとした緊張感の続く執務室でのデスクワークから離れ、冷たい秋風を肌に感じながら歩く足取りはどこか軽い。高層ビル群の間を抜け、賑やかな大通りから少し外れた商店街の近くを歩いていた時だった
「――あ、もしかして……レイカさん、ですか?」
ふと背後からかけられた、凛とした、しかしどこか親しみを含んだ声に、レイカは足を止めて振り返った
そこに立っていたのは、制服の上にラフなパーカーを羽織り、両手にずっしりと重そうな買い物袋をいくつか提げた夜月サトネその人だった
いつも身に纏っている緊密なタクティカルギアとは打って変わって、どこか年相応の少女らしい私服姿のサトネが、少しだけ目を丸くしてレイカを見つめている
「おっ、サトネか。こんなところでどうしたんだ?」
レイカが声をかけると、サトネは提げた買い物袋を軽く持ち上げて苦笑してみせた
「はい。RAVEN小隊のメンバーは当面の間、DU管理ビルを宿舎兼拠点として使わせていただいていますからね。生活基盤や日用品、それに保存食や部隊の備品などは、自分たちの手でしっかりと整えていこうと思いまして。近くのショップへ買い出しに行ってきた帰りなんです」
「なるほどな。自分たちの生活スペースを自分たちで整えるってのは、組織としても健全でいいことだ」
レイカが納得したように頷くと、サトネは少し歩幅を合わせるようにレイカの隣に並び、並んで歩き始めた
ふたりはそのまま、DUの街並みを眺めながら管理ビルへの帰路につく
「こちらのビルでの生活は、隊員たちも満足しているようですよ。施設の設備も充実していますし、何より私たちのような元SRTの人間が、変な詮索をされずに腰を落ち着けられる場所があるというのは、思っていた以上に心強いことです」
「そう言ってもらえると、受け入れた側としても嬉しいね。何か不便なことがあったら、遠慮なく防衛部のカエデや周りの連中に言ってくれよ」
「ありがとうございます、レイカさん」
サトネは柔らかく微笑みながら、ふと思い出したように視線をレイカに向けた
街の喧噪の中、二人はキヴォトスへと転生してきてからのこれまでの経緯や、お互いの苦労話などに花を咲かせていく。前世の記憶を持つ者同士特有の、どこか共通の価値観を持った会話は心地よいテンポで進んでいった
しばらく歩きながら世間話を続けていると、話題は自然とネクストライスクール内の様々な施設や店舗のことに及んだ
「そういえば、サトネ。この近くのシラトリ地区にはな、『ガンショット・ミト』っていう、うちの生徒や外部の人間もよく利用する腕利きの銃砲店があるんだ。店主のミトさんも気さくでいい人だし、銃のメンテナンスやカスタムパーツの調達には困らないはずだぞ」
その名前を聞いた瞬間、サトネの瞳がわずかにキラリと輝いた
軍事や戦術に精通し、日々の装備の調整に余念がない特殊部隊の隊長としての血が騒いだのか、サトネの歩みが思わずぴたりと止まる
「……銃砲店、ですか。しかも、私たちが拠点にしているこのシラトリ地区内に……?」
「ああ。個人カスタムから特殊なパーツの取り寄せまで、相談すれば大抵のものは何とかしてくれる。最近じゃ、うちの連中もよく通って色んなパーツを仕入れてるみたいだからな」
「それは……非常に耳寄りな情報ですね。私たちの使用している装備の微調整や、夜戦用の特殊アタッチメントの消耗も気になっていたところなんです。今度、隊員たちを連れて一度足を運ばせていただきます」
サトネが真剣な表情でメモを取るような仕草を見せると、レイカはふっと小さく笑った
「おう、いいぜ。次に行くときは、俺の名前を出してくれればミトさんも色々と融通を利かせてくれるはずだからさ」
「助かります、レイカさん。……それにしても」
サトネは少しだけ首を傾げ、興味深そうな眼差しをレイカに向けた
「こうしてレイカさんとお話ししていると、いつも不思議に思うんです。……あなたたちは、どうしてゼロからあんな巨大な独立学園を立ち上げようと思ったんですか? 一人の身として生き残るだけでもキヴォトスでは十分に過酷なはずなのに、『ネクストライスクール』という一つの共同体を築き上げるなんて、並大抵の覚悟やエネルギーではできないことだと思っていました」
その問いかけに、レイカは少しだけ遠い目をして、それから前を向いた
街の空を見上げながら、レイカは淡々とした、しかし確かな熱を帯びた声で答える
「……理由はいくつかあるけどさ。一番大きかったのは、俺たちと同じように『原作の知識なんて一切ないまま、突然この世界に放り出されて怯えている転生者』が、他にもどこかにいるかもしれないって気付いたからだ」
「……転生者、ですか」
「ああ。俺やアリカ、ミナサみたいに元の世界を知っている人間ばかりじゃない。前世ではごく普通の学生だったり、社会人だったりした奴らが、ある日突然こんな銃撃戦が日常茶飯事の狂った世界に放り出されたらどうなる? 怖くて、心細くて、居場所なんてどこにもないはずだ。だからこそ、そういう奴らが安心して集まれる場所を作りたかったのさ」
レイカの言葉には、仲間たちを、そして同じ境遇の者たちを守りたいという強い意志が込められていた
「それに、『ネクストライ』って名前の意味にはな――『もう一度人生や青春をやり直す場所』っていう意味が込められてるんだよ。前世で上手くいかなかった奴も、途中で夢を諦めちまった奴も、ここでもう一回自分の足で立ち上がって、自分の人生を取り戻す。そういう場所にしたかったんだ」
最後まで聞き終えたサトネは、深い感銘を受けたように静かに息を呑んだ
彼女の瞳には、レイカという人間の底知れない面倒見の良さと、リーダーとしての圧倒的な求心力が深く映し出されている
(……なるほど、ですね。だからこそ、あのアリカさんやカエデさん、そして他の生徒たちも、心の底からこの人のために動いている……。ネクストライの強さの根源は、組織の規模ではなく、このレイカさんの持つ『求心力』そのものにあるのですね)
サトネは胸の奥で密かに納得し、レイカに向かって心からの敬意を込めた笑みを浮かべた
「……素晴らしい理念だと思います。そんな場所へ、私たちRAVEN小隊も身を寄せることができたのは、本当に幸運だったのですね」
「はは、買い被りすぎだって。俺はただ、自分がやりたいようにやってるだけさ」
照れくさそうに頭を掻くレイカの姿に、サトネはクスリと微笑んだ
そんな他愛のない、しかし心温まる会話を交わしながら歩いていくうちに、二人はDUシラトリ地区の一角、見覚えのある建物へと差し掛かっていた
そこは、連邦捜査部『シャーレ』の建物だった
「おや……?」
前方を歩いていたレイカが、ふと足を止める
ちょうどそのタイミングでシャーレの正面玄関の自動ドアが開き、中から白い制服を羽織った見覚えのある大人の男性が姿を現したのだ
「あ――先生」
レイカが声をかけると、お出かけ用の鞄を手にしていた先生は、パッと顔を上げてこちらに気づいた
「やあ、レイカ。それに……確か、レイカから聞いていた子だね?こんなところでどうしたんだい?」
先生は穏やかな笑みを浮かべながら近づいてくる。レイカは軽く手を挙げて挨拶を返し、首をかしげた
「こっちは管理ビルへの帰り道さ。それより先生、そっちこそそんな急ぎ足でどこかへ行くところか? なんか切羽詰まった顔してないか?」
レイカの鋭い指摘に、先生は苦笑しながら自身の額の汗を拭った
「いや、実はね……今さっき、連絡が入ったんだよ。『子ウサギ公園』っていうところで、デモを行っている生徒がいるらしくてね。ヴァルキューレ警察学校の面々も現地に入って対応しているらしいんだけど……どうにも交渉や対処が難航しているんだ」
その地名と状況を聞いた瞬間、レイカの背筋にピリッとした緊張が走った
「子ウサギ公園のデモ……?」
隣にいたサトネも、ピクリと眉を動かす。サトネは特殊部隊の隊長としての鋭い洞察力を働かせ、先生に直接問いかけた
「先生、そのデモを行っている生徒というのは……いったいどういった者たちなのですか?」
「あぁ……詳しく聞いた話だとね、閉鎖されてしまった『SRT特殊学園』の生徒――それも1年生の女の子たちらしいんだ。自分たちの学園が不当に奪われたって言って、公園に立てこもって抗議活動をしているらしくて……」
先生のその言葉を聞いた瞬間、レイカとサトネの脳内で完全に一致するピースがあった
(――来たっ……! 『カルバノグの兎編』の本格的な幕開けだ……!)
原作知識を持つレイカには、この後に何が起きるかが痛いほどよく分かっていた
RABBIT小隊の立てこもり、ストライキ、そして街を巻き込む大規模な騒乱
サトネにとっても、かつて自分たちが所属していたSRTの后輩たちが過酷な運命の渦中に飛び込んでいるという事実は、決して無視できるものではなかった
(さて……どうする? 原作の筋書き通りなら、ここは先生がRABBIT小隊と出会い、彼女たちの奔走に巻き込まれていくフェーズだ。うちが下手に深入りして介入すると、原作の流れが大きく歪むかもしれない。今回は関わらずに、スルーしてビルに帰るのが得策か……?)
レイカが頭の中で高速で損得とリスクを計算し、「今回はこれ以上干渉せずに、ビルに戻ろう、サトネ」と口を開きかけた、その時――
先生は、レイカの隣に立っていた元SRT副生徒会長であるサトネの顔をじっと見つめ、何かを思いついたようにパッと手を叩いた
「あ、そうだ! ちょうどいいところに……!」
「……え? 私ですか、先生?」
サトネが怪訝そうに眉をひそめると、先生は困ったような、しかし頼り切ったような真剣な目で二人を見据えた
「夜月さん、君は元SRTの副生徒会長だったよね? そしてレイカも、戦闘や危機管理の腕は折り紙付きだ。……もしよかったら、今回の件、僕の『臨時当番』として現地へ同行してくれないか? 1年生の子たちが相手じゃ、僕一人ではどう説得していいものか分からなくてね……。君たちの力を貸してほしいんだ!」
先生からの直々の、しかも絶妙なタイミングでの協力要請
レイカは思わず天を仰ぎ、内心で頭を抱えた
(うわぁ……! 綺麗にフラグを踏み抜いたというか、向こうから巻き込まれに来ちまったぞ……!?)
レイカが苦い顔をしている隣で、サトネはスッと表情を引き締め、冷静に思考を巡らせていた
「……先生。私たちRAVEN小隊はすでにネクストライスクールの防衛部としてこの街の警備を任されています。ですが、かつての学園の後輩たちが孤立し、過激な行動を起こしているのを知りながら、元副生徒会長である私たちがそれを完全に無視するのは、道義的にも組織の信用としても問題になりかねません」
サトネはそこまで述べると、隣にいるレイカへと静かに視線を向けた
「……レイカさん。私たちの判断は?」
レイカは腕を組み、わずかに唸った
(下手にこのまま原作の流れを無視して突っぱねる方が、後々カヤの陰謀やRABBIT小隊の動向を見誤るリスクになるかもしれない……。むしろ、先生の臨時当番というお墨付きを得て現場の状況を直接確認し、必要最低限の接触に留める方が、長期的には安全かつ確実だ……!)
レイカの中で、判断の歯車がカチリと噛み合った
レイカは不敵な笑みを浮かべると、首を軽く鳴らしてみせた
「……いいだろう。無責任に放置して後から面倒なことになるよりは、マシだ。ただ、手ぶらで現場に行くわけにもいかないからな……」
レイカはサトネに向かって顎をしゃくった
「サトネ。一度管理ビルに戻って、予備の装備と通信機を回収してから合流する。……先生、少しだけ待っててくれ。すぐに俺たちも現場へ向かうからさ」
レイカのその決断を聞いた先生は、心底安心したようにパッと顔を輝かせた
「本当かい? 助かるよ、レイカ! じゃあ、シャーレの前で待っているから、準備ができたら合流しよう!」
「あ、それと……先生」
足を進めようとした先生を、サトネが呼び止めた
サトネは一度背筋を正すと、少しだけ恥ずかしそうに、だが意思の込もった瞳で先生を見つめた
「私のことですが……これからは『夜月さん』ではなく、『サトネ』と……下の名前で呼んでいただけませんか?」
「えっ……? ああ、うれしいな。分かったよ、サトネ」
先生が笑顔で頷くと、サトネはほっとしたように、どこか嬉しそうな微笑みを浮かべた
「はい、ありがとうございます……先生。それでは、急いで準備を整えてまいります」
こうして、DUシラトリ地区の買い出しの帰り道という何気ない日常の一コマは、キヴォトス全域を揺るがす『カルバノグの兎編』の現場へと繋がる、思いがけない急展開を迎えることとなったのだった
レイカとサトネの二人は、一度DU管理ビルへと急ぎ足で戻り、臨戦態勢の装備を整えると、再び先生の待つシャーレの前へと走り出す
彼女たちの背中越しに、静かに、しかし確実に嵐の予感が近づいていた――