地雷原の真ん中で巻き起こった爆発の余塵が、まだ冷めやらぬ白い煙となって辺りに立ち込めている
先ほどの爆破の衝撃で足元は荒れ果て、折り重なるように仕掛けられていたトラップや即席の地雷が次々と連鎖反応を起こしかねない極限の緊張状態の中、赤坂レイカは鋭い眼光を前方へと向けた
「……行くぞ、二人とも!」
レイカの短い号令に、夜月サトネと御調トアは一瞬の迷いも見せずに頷いた
先ほど、なぜあえて地雷原を真正面から、しかも強引な突破を試みるような真似をしたのか――その理由は、進軍の最中にレイカが二人に告げたシンプルな論理に基づいていた
『相手は元SRTの精鋭、RABBIT小隊だ。まともに隠密を続けても、あいつらの索敵網とトラップの前にはすぐに居場所が割れる。それに、キヴォトスの生徒ってのは常識外れにタフで、多少の銃撃や爆発じゃ致命傷にはならない。だったら、こっちが派手に突っ込んであえて盛大に焦らせたほうが、向こうのペースを完全に乱せるはずだ』
最初はサトネもトアも「あまりにも無謀すぎる戦術だ」と反対の意を示した。しかし、レイカが提示した緻密なリスクヘッジと、キヴォトスの生徒が持つ圧倒的な物理的耐久力、そして相手の心理的虚を突くという戦術的合理性を聞き、すべてに納得せざるを得なかったのだ
常識に囚われた隠密行よりも、物理法則を逆手に取った奇襲的突進のほうが、この膠着した戦場を打破するには圧倒的に効果的だった
果たして、その読みは的中した
突如として地雷原を踏み抜いて猛進してくる異様な三人の姿に、子ウサギ公園の内部で警戒にあたっていたRABBIT小隊の面々は、完全に度肝を抜かれた
「なっ……! 何番だ、あいつら正気か……っ!?」
バリケードの陰から姿を現した月雪ミヤコは、信じられないものを見る目で目を見張り、反射的に愛銃のトリガーに指をかけた
しかし、驚愕していたのはほんの一瞬だ。元SRTとしての高い戦闘反射神経が、ミヤコに即座の迎撃行動をとらせた
「――各員、迎撃を開始! 侵入者をこれ以上近づけさせないで!」
ミヤコの指示に呼応し、RABBIT小隊のメンバーが一斉に銃口をレイカたちへと向け、容赦のない銃撃の嵐を浴びせかけた
凄まじい弾幕が雨あられと飛来し、周囲のコンクリート片や木の幹を激しく抉り取る
「――っ来るぞ!」
銃弾の嵐が到達するその瞬間、トアが素早く一歩前に飛び出した
彼女が手にしていた重厚なヴァルキューレ制式シールドがガチャンと音を立てて展開され、飛来する弾丸の雨を力任せに受け止める。甲高い金属音が連続して響き渡り、火花が盛大に散った
「うっ……! さすがRABBIT小隊、弾幕の圧がハンパないって……!」
盾を支えるトアの両腕に、すさまじい衝撃と負荷が重くのしかかる
しかし、ただ防戦一方に徹するつもりはない。そのシールドのわずかな隙間から、サトネが素早く顔を覗かせた
彼女が手にした銃――一見すると普通のグロックのようでありながら、どこか特殊な構造を持つ「RAVEN-19式ハンドガン」が不気味な黒光りを放つ。それは実世界のB&T社製「Hush Puppy Glock 19」をベースに、特殊なスライド固定・手動操作機構を組み込んだ、極限の消音性と確実性を誇る暗密制圧用のハンドガンだった
サトネは一発撃つごとにしっかりと手動でスライドを引く動作を挟み、敵の注意を引きつけるための正確無比な牽制射撃を地面の罠や障害物に向けて浴びせかけていく
「トア、抑えは任せます!」
「了解! ……って、これでいいのレイカさん!?」
トアは目の前の激しい銃撃戦に冷や汗を流しながら、後ろで冷静に状況を分析しているレイカに叫んだ
レイカは手元の銃の感触を確かめつつ、歯を剥き出しにして不敵に笑った
「あぁ、むしろもっと派手に暴れてこっちにヘイトを向けろ! あいつらの注意を完全に俺たちに釘付けにするんだ!」
「分かった、信じるよ!」
「くっそ……こんな事やるならPSシールド持ってくるべきだったな……」
トアは腹をくくると、愛用する「第5号ヴァルキューレ制式銃」――実世界のグロック18Cをベースにしたフルオートマシンピストルを構え直した
彼女は引き金を限界まで引き絞り、高らかな発射音とともにフルオートの弾幕を前方の遮蔽物に向けて叩き込みながら、一歩、また一歩と前進していく
圧倒的な火力の押し付けと、予測不能な正面突破の勢いに、RABBIT小隊側の射撃の精度がわずかに揺らいだ
だが、無制限に撃ち続けられるわけではない
激しいフルオート射撃を続けていたトアの手元で、ガチャンと乾いた音が響いた
「――っ、マガジンアウト!」
トアの銃弾が底をついた
その瞬間を察知したレイカが、腰のポーチから手際よく予備のマガジンを引き抜き、トアへと的確に放り投げる
「トア、受け取れ!」
「助かるっ……!」
トアは空中でマガジンをキャッチすると、流れるような動作で瞬時に銃へと叩き込み、再び凄まじい勢いで射撃を再開した
その隣で、サトネの銃のボルトもまたホールドオープンを告げる
「サトネ、そっちもだ!」
「感謝します、レイカさん!」
サトネもまた、レイカから投げ渡されたマガジンを受け取り、隙のない動作でリロードを完了させる
本来なら、異なるモデルの拳銃間でマガジンの使い回しなどできるはずもない。サトネのRAVEN-19式(Hush Puppy Glock 19)も、トアの第5号ヴァルキューレ制式銃(グロック18Cベース)もグロック系をベースとしているため相互運用が可能で、レイカの愛銃「ゼロモーメントポイント」もグロック系マガジンを使用するモデルである
しかし、ゼロモーメントポイントをはシラトリ地区の腕利き銃砲店『ガンショット・ミト』の店主・ミトによって、兄弟機であるSUB-2000のパーツを流用し、内部のマガジンキャッチや一部ユニットを換装する特製カスタムが施されていたのだ。これによりレイカは、状況に応じてマガジンキャッチやパーツを一部入れ替えるだけで、サトネやトアたちのグロック系マガジンをはじめ、現場で手に入る様々なハンドガンのマガジンを臨機応変に流用できるようになっていた
この、銃砲店のプロによる泥臭くも圧倒的に実用的なチューンこそが、過酷な戦場で三人の継戦能力を奇跡的に支えていたのだった
だが、いくら装備の相性が良くとも、物理的な限界というものは存在する
「くっ……! さすがに、この弾幕の嵐を盾一枚で支え続けるのは……腕がちぎれそう……!」
「あと少しだけ耐えろ!」
レイカは銃に付いている予備マガジンと交換し再び撃ち始める……
トアは全身の筋肉をフル稼働させ、飛来する銃弾の衝撃を全身で受け止めながら、顔を真っ赤にして悲鳴を上げた
盾を保持する腕の震えはすでに限界に達しており、いつ防衛線が崩壊してもおかしくない状態だった
――そろそろ限界だ。耐え切れるのは、精々あと数秒……!
トアが心の中で絶望的なカウントダウンを始めたその時、戦場の空気を一変させるような、聞き覚えのある足音が別の方向から響いてきた
「――みんな、そこまでだよ!」
その凛とした、しかしどこか温かみのある声の主が、子ウサギ公園の西側通路から姿を現した。
そこにいたのは、慌ただしくも冷静に状況をコントロールしながら歩み寄ってくる「先生」の姿だった。さらにその背後には、中務キリノや合歓垣フブキをはじめとするヴァルキューレ警察学校・生活安全局の生徒たちが、しっかりと統率された動きで展開しつつあった
「――っ!? 援軍……!?」
RABBIT小隊の面々が、予想外の方向からの挟撃に動揺の色を隠せない
それこそが、レイカが最初から狙っていた算段だった
正面から強引に突撃し、敵の全注意と戦力を自分たち三人に完全に釘付けにする――それこそが、まだその存在を敵に知られていない先生たち別動隊に「本来自分たちがやるはずだった裏からの潜入・包囲」を完璧に遂行させるための、最大の陽動作戦だったのだ
(よし……! うまく噛み合ったな……!)
レイカは内心で大きく息を吐き出した
最初はサトネもトアも「本当にそんな賭けが成功するのか」と疑問視していた。しかし、「先生が持っている『シッテムの箱』の機能や、これまでの異常なまでの状況判断力をゲームのシステムのように信じるなら、絶対にこのタイミングで動けるはずだ」というレイカの確信に従い、彼女たちは命がけの突撃をやり遂げたのである
「今だ……っ! 生活安全局、包囲を完了させろ!」
トアの声に合わせ、西側から回り込んでいたキリノやフブキたちが、一斉に正確無比な牽制射撃と制圧行動を開始した
いくら戦闘経験が豊富で高い戦闘力を持つSRTの元生徒たち――RABBIT小隊といえども、正面をレイカたちに完全に捉えられ、背後と側面から不意を突くような形で完璧な挟撃を仕掛けられては、まともに対処する余裕など残されていなかった
「なっ……いつの間に後ろから……っ!?」
空井サキが動揺の声を上げ、反撃しようと銃口を向け直すが、すでに時機を逸していた
キリノたちの的確な連携と、動揺した隙を突いた制圧射撃により、RABBIT小隊のメンバーは次々と退路を断たれ、一人、また一人と無力化され、拘束されていく
「くっ……包囲された……!?」
リーダーである月雪ミヤコは、悔しそうに歯噛みしながらも、これ以上の抵抗が無意味であることを悟り、そっと銃を下ろした
周囲は完全に制圧され、子ウサギ公園の立てこもり事件は、想定外の乱入者たちの活躍によってあっけないほどの結末を迎えたのだった
やがて、鎮圧されたRABBIT小隊の面々が、ヴァルキューレの警備生徒たちによって次々と連行されていく
その護送の列を見送りながら、レイカ、サトネ、そしてトアの三人は、地面にヘタリと腰を下ろし、全身の力を抜いて荒い息を吐いていた
「はぁ……死ぬかと思った……。あんな無茶苦茶な突撃、二度とごめんだよ……」
トアはぐったりとシルトを地面に置き、両手で自分の肩を摩りながらぼやいた
サトネもまた、愛銃のメンテナンスをしながら、どこか呆れたような、しかし感心したような笑みを浮かべる
「まったくです……。ですが、結果オーライというやつですかね。見事に敵の裏をかくことができました」
そんな三人の耳に、連行されていくRABBIT小隊のリーダー、ミヤコがふと発した、切なくも鋭い呟きがハッキリと届いた
――「先生……私たちは、あなたのような大人が一番嫌いです」
その言葉を聞いた瞬間、レイカ、サトネ、そしてトアの三人は、揃ってビクッと肩を跳ね上げた。
(うわぁ……生で聞いちゃったよ、あの有名な名言……!)
(なんというか、こう……直撃されると、メンタルにきますね……)
(アタシたち、完全に悪役の踏み台みたいなポジションになってない……?)
三人は顔を見合わせ、何とも言えない気まずいような、冷や汗が流れるような複雑な表情を浮かべた
自分たちの奇策によって無事に事件は解決へと向かったものの、キヴォトスの裏側に潜む複雑な思惑と、大人に対する生徒たちの深い不信感の片鱗を、肌身で痛感させられる出来事だった
遠ざかっていくパトカーの赤色灯を見送りながら、レイカはゆっくりと立ち上がり、自分の愛銃をホルスターに納めた
キヴォトスの運命を揺るがす巨大な歯車は、こうして静かに、しかし確実に次のステージへと回りはじめていたのだった――