子ウサギ公園での激しい立てこもり事件が終結し、暴走したRABBIT小隊の身柄が確保されてから間もなく――
レイカ、サトネ、そしてトアの三人は、鎮圧された小隊の面々が護送されるのとほぼ同時並行で、そのままDU地区にある『ヴァルキューレ警察学校』の敷地内へと足を踏み入れていた
コンクリート造りの無機質で厳格な雰囲気が漂う庁舎のなか、隔離された取調室では、さっそくRABBIT小隊に対する本格的な聴取が開始されていた
しかし、マジックミラー越しにその様子を覗き見ていると、小隊のリーダーである月雪ミヤコをはじめとする生徒たちは、いずれも固く口を閉ざしたままであり、ヴァルキューレ側の尋問官が何を問いかけても、一切口を割る気配を見せない。元SRTとしての厳格な訓練とプライドが、彼女たちの意志を頑なに支えていた
「はあ……やっぱり、一筋縄ではいかないみたいだね」
取調室の膠着した様子にしびれを切らしたのか、生活安全局長の御調トアは、やれやれといった様子で小さく息をついた
その硬直した状況を打破すべく、代わりに動き出したのは他でもない「先生」だった
「……じゃあ、ちょっと私が代わって話してこようか」
先生はそう言うと、周囲の制止を軽く受け流しながら、自ら取調室の扉を押し開けて中へと入っていった
大人としての、そしてシャーレの顧問としての先生がどう交渉に臨むのか――それを外で見守るため、レイカとサトネ、そしてトアの三人は、取り調べ室から少し離れたヴァルキューレ内の休憩スペースへと移動することにした
誰も居ない、静まり返った休憩スペースの一角
自動販売機で買い求めた冷たい缶コーヒーやジュースを手に、三人はソファに腰掛けて束の間の休息をとる
「それにしても、先生も苦労するよねえ。ねえ、レイカさん、サトネさん。先生のあの取り調べ、うまくいくと思う?」
トアが手元のオレンジジュースのプルタブをプシュッと開けながら、呆れたような、しかしどこか面白がるような笑みを浮かべて尋ねる
レイカは缶コーヒーを一口飲み、苦笑しながら首を横に振った
「さあな。相手は自分たちの正義を信じて疑わない元SRTの1年生たちだ。生半常な言葉じゃ、そう簡単に懐には踏み込めまいよ」
それを聞いたサトネもまた、複雑な表情を浮かべながら小さくうなずいた
「……そうですね。私たちも『ブルーアーカイブ』の原作知識を持っているからこそ、あの子たちがなぜあんな強硬手段に出ているのか、その背景も経緯も痛いほど分かっています。だからこそ、下手に介入すればこっちの論理が押し付けがましく聞こえてしまうかもしれません」
三人は同じ「転生者」という秘密を共有し、このキヴォトスで何が起きるかを知っているからこそ、目の前で展開されている事態の重みを誰よりも理解していた。原作の筋書き通りに歯車が回り始めていることへの焦燥感と、現実の生徒たちと向き合う責任感の間で、三人はそれぞれに小さく息をつく
それからしばらくして、取調室での一件を終えた先生が、少し疲れたような、しかしどこか満足げな足取りで休憩スペースへと戻ってきた
「お疲れ、先生。どうだった?」
レイカが声をかけると、先生はソファの空いたスペースに腰を下ろし、軽く額の汗を拭った
「あぁ、何とか色々と話を聞き出すことはできたよ……。彼女たちなりの言い分や、学園に対する強い思いもね」
先生はそこで少し言葉を区切り、真剣な眼差しをサトネに向けた
「それでね、サトネ。取り調べの最中、彼女たちのほうから――正確には、君と直接話をさせてほしいという強い要望があったんだ」
「私と……ですか?」
サトネはわずかに目を丸くし、自分の胸元にそっと視線を落とした
かつてSRT特殊学園の「副生徒会長」として、あの子たちと同じ組織のトップ層に立っていた自分。閉鎖の危機に瀕し、行き場を失った後輩たちが、元幹部である自分に何をぶつけたいのか。サトネには、その複雑な心情が痛いほどよく想像できた。
「……分かりました。お話ししましょう」
サトネは静かに立ち上がると、迷いのない足取りで再び取調室の方へと歩き出した
その背中を見送りながら、レイカとトアは、再びマジックミラーの備え付けられた見学室へと移動する
重苦しい空気の漂う取調室の扉が開き、サトネが静かに入っていく
その足音に気づいたのか、パイプ椅子に座らされていた月雪ミヤコは、ぴくりと反応し、鋭い視線をゆっくりとサトネへと向けた
ミヤコの瞳に宿るのは、警戒心と、どこか複雑な戸惑いの色だった
サトネはミヤコと対角線上に位置する椅子を選び、音を立てないように丁寧に腰を下ろす
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはサトネだった
その声は落ち着いていたが、確かな重みを含んでいた
「……どうして、あんな事をしたのですか」
ミヤコはふっと鼻を鳴らし、そっと視線を逸らした
「……私たちには、そうするしかなかったからです。SRT特殊学園が不当に閉鎖され、自分たちの居場所も、誇りも奪われた。その理不尽に抗議するためには、こうして声を大にして世間に訴えるしかありませんでした」
「抗議するため……ですか」
サトネは静かに息を吐き、ミヤコを真っ直ぐに見据えた
「ですが、ミヤコ。どうして、あんな形での抗議を選んだのですか。公園に立てこもり、周囲に危険な地雷やトラップをばら撒き、一般市民や他の生徒たちまで巻き込むようなやり方が、本当に正しかったと言えるのですか」
「……何度も言っているはずです!」
ミヤコはわずかに声を荒らげ、机の上に置いた拳をギュッと握り締めた
「連邦生徒会に何度陳情しても、私たちの訴えなんて誰も取り合ってはくれなかった! 待っているだけですべてを奪われるくらいなら、自分たちの力で実力行使に出るしか……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、サトネの表情からわずかに温かみが消え、底冷えするような静けさが宿った
彼女はテーブルに両手を置き、ゆっくりと身を乗り出すと、たった一言、重く冷徹なトーンで言い放った
――「何故、人を守る為の剣を、関係のない人たちに振るっているのですか」
取調室の空気が、ピタリと凍りついた
ミヤコはハッとして目を見開き、言葉を失う
サトネの言葉は止まらない
「SRT特殊学園は、キヴォトスの平和と秩序を守るための『剣』として存在していたはずです。なのにあなたたちは、その力を自分たちの不満をぶつけるために、罪のない市民や他の生徒を脅かす凶器として使った。……それは、あなたたちが誇っていたはずのSRTのあり方として、本当に正しい使い方なのですか?」
「っ……それは……私たちは……!」
ミヤコは反論しようと口を開いたが、それ以上の言葉が出てこなかった
サトネの放つ圧倒的な気圧と、彼女自身が背負ってきた「副生徒会長」としての重みが、ミヤコの心を完全に揺さぶっていたのだ
見学室でそのやり取りの一部始終を見ていたレイカは、思わず息を呑み、心の中で呟いた
(……すごいな。サトネは、ただの「原作知識を持った転生者」なんかじゃない……)
レイカにはよく分かっていた
サトネはこのキヴォトスへと転生してきてから、すでに3年という長い年月をこの世界で生き抜いてきた。泥臭い任務をこなし、命のやり取りをくぐり抜け、その中で多くの生徒や仲間たちと信頼関係を築き上げてきたのだ。彼女の持つ功績や誠実な思想、そして仲間を思いやる姿勢は周囲の人々に深く理解され、だからこそ彼女は「副生徒会長」という重責を任されるまでに慕われていた
だからこそ、原作の筋書きがどうこう以前に、サトネ自身が「RABBIT小隊が起こした行動の本質」に対して、一人の元幹部として、そして心からの怒りと哀しみを感じていたのである。
関係のない人々を巻き込み、自己目的化したテロまがいの抗議活動に走ってしまった後輩たちの姿が、サトネにはあまりにも痛々しく、そして許しがたいものに映ったのだ
「…………」
見学室の隅で、トアもまた息を詰まらせながらその光景を見つめていた
トアはヴァルキューレの生活安全局長という立場でありながら、どこか冷めた目で世界を見ていた自分を恥じるように、グッと拳を握り締める
ヴァルキューレとSRT――一方は「表の治安維持機関」、もう一方は「裏の特殊部隊」と、立場や組織の性質こそ違えど、どちらも目指すべき本質は「キヴォトスを守る」という一点に尽きているはずだ。トアもまた、サトネと同じような強い信念の片鱗を心の奥底に抱いていたからこそ、その言葉の重みが痛いほど胸に突き刺さっていた
(あの人は、SRTという組織が持つ本来の在り方、そして自分たちが背負うべき誇りを、誰よりも深く心に刻み込んでいたんだ……)
レイカは改めて、サトネという人間の底知れない強さと誠実さに感服せざるを得なかった
隣で様子を見ていた先生もまた、サトネがなぜこれほどまでに生徒たちから慕われ、副生徒会長として命を削るように頑張ってきたのか、その理由を深く腑に落ちたような顔で頷きながら見守っている
取調室の中では、サトネが静かに立ち上がろうとしていた
ミヤコはうなだれたまま、テーブルの上の木目をじっと見つめている
サトネはそんな後輩の姿を痛ましげに見つめながらも、最後にきっぱりと言い放った
「……自分たちの剣の在り方を、もう一度よく考えなさい。あなたたちが本当に守るべきものは何なのかをね」
サトネはそこまで告げると、背筋をピンと伸ばし、ミヤコにそれ以上の言葉をかけずに取調室の扉へと歩み寄った
扉を開けて外に出る直前、サトネは少しだけ足を止め、廊下で待機していたトアのほうへと視線を向ける
「……トアさん」
「はい、っ! なんでしょう、サトネさん!」
トアは背筋を正し、緊張した面持ちで応じる
サトネは静かに微笑み、しかし真剣な目で告げた
「あの子たちのこと……どうか、よろしくお願いしますね」
「……はい! 任せてください、善処します!」
トアが力強く頷くのを確認すると、サトネは安心したように小さく息をつき、見学室で待っていたレイカのほうへと歩いて戻ってきた
「……お疲れ、サトネ。なかなか見応えのある説教だったな」
レイカが軽い冗談めかした口調で声をかけると、サトネは少し照れくさそうに首を横に振った。
「いえ……ただ、言いたかったことを言っただけですよ。……先生、私たちはこれでネクストライの管理ビルへ戻らせてもらいますね」
「あぁ、お疲れ様。色々面倒をかけてごめんね、二人とも」
先生が穏やかな笑みを浮かべて見送る中、レイカとサトネの二人はヴァルキューレ警察学校を後にし、ネクストライへと帰路につくのだった
一方その頃――
取調室に残された月雪ミヤコは、たった一人で椅子に座り込んだまま、激しい葛藤の渦中にいた
頭の中で、サトネの放った言葉が何度も、何度もリフレインする
――『何故、人を守る為の剣を、関係のない人たちに振るっているのですか』
――『あなたたちが本当に守るべきものは何なのですか』
尊敬してやまない、元SRT特殊学園の副生徒会長。あの気高く、誰よりも勇敢だったサトネ先輩が、自分たちの行為を「閉鎖への抗議」ではなく、「剣の使い方の誤り」として真っ向から否定した
それが、単なるお説教でも、組織の論理を押し付けたものではなく、心の底から自分たちの身を案じ、未来を諭してくれた言葉であることに、ミヤコは痛いほど気づいていた
(私たちがやっていたことは……本当に、間違っていた……?)
これまでの頑なな信念が音を立てて崩れ去り、胸の奥が締め付けられるような焦燥感と後悔の念が押し寄せてくる
ミヤコが自分の不甲斐なさに歯噛みしていると、ガチャリと取調室の重い扉が開き、一人のヴァルキューレの警備生徒が慌ただしく足を踏み入れてきた。
「――おい、お前たちの身柄について、上層部から通達があったぞ」
ミヤコは身構え、どうせ更なる厳しい処分や監禁が言い渡されるのだろうと覚悟を決めた。
しかし、告げられた言葉は予想外のものだった
「……おまえたちの身柄の拘束を解除。これより釈放だ」
「……は? 釈放、ですか……?」
ミヤコは信じられないものを見る目で、目の前の生徒を見上げた
「私たちがどんな容疑でここにいたか、分かっているんですか? どうして急にそんな……」
「理由は一つ。さっきまでここにいた、シャーレの先生が……おまえたちの『身元保証人』として、全員分の身柄を全責任を持って引き受けてくれたからだ」
「……先生が……私たちの……?」
言葉を失うミヤコの脳裏に、あの胡散臭くも、どこか温かみのある大人の男の顔が浮かぶ
自分たちを敵としてではなく、一人の生徒として真っ直ぐに向き合い、救いの手を差し伸べてくれたその行動の重みに、ミヤコは言葉を飲み込んだ
「……荷物をまとめて出ろ。外で待っている」
警備生徒はそれだけ告げると、踵を返して取調室から出ていった
静まり返った部屋の中で、ミヤコはゆっくりと立ち上がった
サトネに突きつけられた問いかけの意味と、先生が示してくれた大人としての誠実さ。その二つの重みを受け止めながら、ミヤコは自分の手を見つめる
――自分たちが握りしめていた「剣」は、本当に正しい方向を向いていたのだろうか
答えはまだ出ていない。だが、彼女の心の中で、止まっていたはずの時間が確実に動き始めていた
ミヤコは深く息を吸い込むと、釈放の手続きを済ませるため、重い足取りで取調室の扉を開けて外へと歩き出したのだった