不知火カヤとの緊迫した通信から二日後
ネクストライスクールのDU管理ビルでは、相変わらず慌ただしくも組織としての平穏が保たれていた。そんなある日、外の情報網や裏社会のうごめきをチェックしていたレイカの耳に、ある意外な噂が飛び込んできた
――シャーレの方では、かの「先生」が、よりによって武装浮浪者集団を自称する「所確幸」の連中に拉致監禁されたらしい、というのだ
その報告を聞いた瞬間、レイカは手元のペンを止め、思わず苦笑いを浮かべた
「……おいおい、マジかよ。先生の奴、早くもそんな事件に巻き込まれてやがるのか……。原作のメインストーリーの進度で言えば、ちょうどあの辺りのトラブルが起きる時期か」
ゲーム『ブルーアーカイブ』の知識を持つレイカにとって、目の前で展開される出来事は、かつて自分が画面の向こう側で眺めていた筋書きが現実のタイムラインとして刻一刻と進んでいる証拠でもあった。しかし、今のネクストライは独自の勢力を築き上げ、他学園との外交や防衛体制の確立に追われている最中だ。シャーレの動向に直接首を突っ込む余裕はないと判断し、レイカは再び目の前の山積みされた書類へと意識を切り替えた
しかし、キヴォトスの空は、そんな人間の思惑などお構いなしに表情を急変させる
その日の午後遅く、DUシラトリ地区の上空を、鉛色の重苦しい雲が一面へと覆い尽くした
やがて、激しい轟音とともに、天が割れたかのような豪雨が降り注ぎ始めた
アスファルトを叩きつける雨粒は瞬く間に水溜りを作り、視界を白く染め上げるほどの嵐へと発展していく
DU管理ビルの高層執務室
相変わらず終わりの見えないオデッセイア海運関連の譲渡書類と格闘しているレイカの横で、アリカが「もう無理や……頭から煙出そうや……」と机に突っ伏している頃、ビルの別のフロア、あるいは共用スペースの大きな窓際に、一人たたずむ影があった
夜月サトネ
RAVEN小隊の隊長にして、元SRT特殊学園の副生徒会長である彼女は、窓の外に荒れ狂う激しい雨粒をじっと見つめながら、何かを深く思い悩んでいた
その様子に気づいたレイカは、一区切りのついた書類から手を離し、ゆっくりとサトネへと歩み寄る
「どうした、サトネ。そんなに難しい顔をして。何か気掛かりなことでもあったのか?」
レイカの声に、サトネはわずかに肩をびくりと揺らし、それから静かに首を横に振った
「……いえ、レイカさん。……少し、後輩たちのことが気になっていまして」
「後輩たち……というと、先日俺たちが制圧した、あのRABBIT小隊のことか」
「はい」
サトネはアメジスト色の瞳を曇らせ、窓ガラスに映る自分の姿を見つめるように言葉を続けた。
「この凄まじい大雨の中で、あの子たちが野宿している子ウサギ公園は深刻な浸水被害に見舞われるはずです。激しい落雷によってテントの支柱は折れ、水に濡れてしまった弾薬や命綱である通信機器類の大部分は使い物にならなくなってしまう……。あの過酷な状況の中で、あの子たちがどれほど追い詰められるか、想像に難くありません」
サトネの声には、単なる原作の知識に対する懸念だけではない、深い憂いと責任感が滲み出ていた
たとえSRT特殊学園が理不尽な形で閉鎖され、自分たちが散り散りになったとしても、サトネはかつてトップ層を支えた「副生徒会長」だったのだ。行き場を失い、自らの正義を信じて泥水をすすりながらも踏ん張っている後輩たちの姿を、元幹部として見捨てることなど、彼女の誇りが許さなかった
サトネが一人で抱え込んでいる葛藤を見透かしたように、背後から足音が近づいてきた。
振り返ると、そこにはRAVEN小隊のメンバー――暁星ルキ、宵闇ミセ、夕凪リネ、薄霧ハルの四人がいつの間にか揃って立っていた
突撃担当であるルキは、そのプラチナシルバーのショートボブを揺らしながら、真っ直ぐな鋼鉄色の瞳でサトネを見据える。そして、迷いのない足取りで近づくと、そっとサトネの肩に力強く手を置いた
「隊長。そんなに思い詰める必要はありません」
ルキの凛とした声には、絶対的な忠誠と信頼が込められていた
「たとえ学園が閉鎖され、私たちが別の道を歩むことになったとしても――私たちRAVEN小隊は、元SRTの生徒です。困っている仲間が、同じ後輩たちが雨ざらしで苦しんでいるというのに、見過ごすわけにはいきません。……行きましょう、隊長。私たちが、あの子たちを助けに行くのです」
スナイパーのミセも、落ち着いたしっとりとしたトーンで静かにうなずいた
「ルキの言う通りでございます。私たちも、隊長が背負ってきた誇りや想いを知っていますから」
情報戦と先鋒を担当するリネも、柔らかい笑みを浮かべて同意する
「ですね! 放っておいたら、あの子たち本当に風邪をひいちゃいますよ」
通信と重火器を担当するハルも、ドラムマガジン付きの装備を軽く整えながら、いつもの元気な口調で続けた
「そうっすよ! アタシたちに任せてもらえれば、テントの修理も資材の調達も一発レッドゾーン突破っすよ!」
隊員たちの温かくも力強い言葉を聞いたサトネの瞳に、驚きと、そして胸を打たれたような深い感動の色が浮かんだ
彼女は息を呑み、そして迷いを断ち切ったように、きっきりと背筋を伸ばす
「……みんな。ありがとう……っ!」
サトネは深く頷くと、レイカの方へと向き直り、毅然とした態度で頭を下げた
「レイカさん。私たちRAVEN小隊で、子ウサギ公園へ向かいます。あの子たちに、雨具や資機材、そして……最低限の支援物資を届けてきます」
サトネの決意の満ちた表情を見たレイカは、ゼロモーメントポイントの入ったホルスターに軽く手を当てながら、ふっと不敵な笑みを浮かべた
「いいだろう。止めても無駄そうだな」
レイカは振り返ると、執務室の通信端末を操作し、防衛部や土建部へと素早く指示を飛ばした
「大型の軍用トラックを1台、そして雨中での作業や応急処置に必要になるであろう防水シート、杭、工具、発電機などの備品一式積み込みを」
数分後、DU管理ビルの地下車庫から、泥を蹴立てて重厚なネクストライ製の大型補給トラックがエンジン音を轟かせて現れた。荷台には、サトネたちが要求した以上の物資が完璧に積み込まれている
出発の直前、サトネはトラックの運転席の扉に手をかけながら、改めてレイカに向かって深い感謝の意を告げた
「レイカさん、この支援……本当に感謝します。私情にここまで協力していただき、何と言えばいいか……」
レイカは軽く手を振って、その言葉を遮った
「お礼なんていいさ。同じキヴォトスで生きる者同士、困ったときは互い様だ。……ただ一つだけ、条件というか頼みがある」
「頼み、ですか?」
「ああ」レイカは鋭く、しかし信頼を込めた眼差しでサトネを見据えた
「――お前たちの持つその『剣』の力が必要になった時、いざという時はうちの防衛にもその力を貸してくれ。それだけで十分だ」
サトネはハッとした表情を浮かべた後、強く、力強くうなずいた
「……承知しました。私たちの剣は、いつでも必要な場所のために振るいます」
サトネ達RAVEN小隊がトラックに乗り込み、エンジンが唸りを上げて豪雨の中へと走り出していく
その背中を見送った後、レイカは再び現実の山積みされた書類へと向き合うべく、静かに執務室へと戻っていったのだった
その頃、物語の舞台である「子ウサギ公園」は、文字通りの地獄絵図と化していた
吹き付ける激しい横殴りの雨、泥まみれになりながら崩れかけた簡易テントを必死に押さえる少女たち
その中心で、RABBIT小隊のリーダーである月雪ミヤコ、そして彼女たちを案じて駆けつけていたシャーレの「先生」が、半壊したテントの前に立ち尽くしていた
冷たい泥水が足元を満たし、身を隠すべきテントの骨組みはすでにグニャリと曲がりくねって使い物にならない
ミヤコは唇を噛み締め、濡れ鼠になりながらも、必死に声を張り上げた
「いえ、まだ諦めるには早いです……! 排水路をどうにかして、浸水の少ない装備だけでも回収して――!」
だが、そのミヤコの必死の呼びかけに対し、小隊の重火器担当である空井サキは、もう耐えられないと言わばかりに声を荒らげた
サキの手から武器ケースが泥の中に滑り落ち、彼女は濁流のなかで叫ぶ
――「装備だけの話じゃない!! 全部、全部だ・・・・・・・! 私たちSRTは、もう・・・・・・!!」
「サキちゃん……」
スナイパーの霞沢ミユが、震える声でか細く呟く。その目は恐怖と絶望に染まっていた。
小隊の爆弾魔である風魔モエも、冷たい雨に打たれながら、力なくうなだれて吐き捨てるように言った
「はぁ・・・・・・こうなると分かってたら、最初っから・・・・・・」
「な、何を言っているのですか………………?」
ミヤコは信じられないものを見る目で仲間たちを見渡し、必死に反論しようとする
「最初にみんなで、言ったじゃないですか……! 私たちが諦めない限り、SRTの名前は――」
「――ミヤコだって、分かってたんじゃないの?」
モエの冷めた声が、ミヤコの言葉を遮った。その瞳には、かつてのプライドのかけらもなく、ただ疲弊と諦めだけが漂っている
「こんなバカみたいなこと、いつまでも続けるわけにはいかないって……。更に、あのときサトネ先輩にもあんなことを言われたらね……」
サトネの名を出された瞬間、ミヤコの体がビクリと硬直した
先日の取り調べ室で、元副生徒会長であるサトネから突きつけられた冷徹なまでの問いかけ――『何故、人を守る為の剣を、関係のない人たちに振るっているのですか』。その言葉の重みが、今になってミヤコの心を容赦なく締め付けていた
サキはさらに泥水を叩くようにして、自棄になった声を上げる
「今の私たちは治安維持どころか、食料品を探し回る毎日………………! 正義がどうとか、犯罪者がどうとか、そんなレベルじゃないんだよ! こんな状態で、SRTの名前が守れてるとは思えない・・・・・・! ・・・・・・・・・・もう、自分が何をしてるのか分からなくなってきた……っ!」
「ほんと、何やってんだろね・・・・・・」
モエも力なく頭を抱え、震える声で続ける
「何もかも水浸しだし、野宿生活も疲れたし……。ミヤコちゃん・・・・・・もう、諦めようよ・・・・・・。これ以上続けても、何にもならないよ……」
仲間たちの口から次々とこぼれ落ちる弱音と、崩壊していく組織への絶望
ミヤコは目の前が真っ暗になるような感覚に襲われながらも、それでもなお、心の奥底で灯り続ける微かに残された炎を消すまいと、必死にその場に踏みとどまっていた
「……ミヤコ、どこに行くんだ?」
サキがふと顔を上げると、ミヤコが無言のまま、泥まみれになりながらも一本のスコップを手に取り、氾濫しかけている公園の排水路の方へフラフラと歩き出そうとしているのを発見した
サキは驚愕し、信じられないといった面持ちで声を荒らげる
「こんなバカげたことを、まだ続ける気か!? もう終わりなんだよ、私たち小隊は……!」
そのサキの叫びを背中に受けながらも、ミヤコは足を止めず、真っ直ぐに雨粒の降り注ぐ泥の中へと歩みを進めた
そして、濡れた髪を貼り付けた顔のまま、はっきりと、しかし震える声で答える
――「……はい、そうです。諦められません……! SRTのためにも……自分自身の剣の意味を証明するためにも……っ!」
その言葉こそが、ミヤコという少女の最後の意地であり、折れかけた誇りのすべてだった
ミヤコはスコップを強く握り締め、浸水し続ける排水路へと足を踏み出そうとした――その矢先
どしゃ降りの雨音を切り裂き、轟音を立てながら一架の大型トラックが子ウサギ公園の脇へと滑り込んできた
そのヘッドライトの強烈な光が、泥水に濡れる公園の闇を真っ二切りに切り裂く
トラックの停車と同時に、荷台の扉が開き、そこから数名の影が降り立った
荒れ狂う風雨の中、長身のタクティカルコートを纏い、漆黒の長い髪とアメジスト色の瞳を輝かせた一人の女性が、迷いない足取りでミヤコたちのほうへと歩み寄ってくる
その人物の姿を認めた瞬間、月雪ミヤコは息を呑み、心臓が跳ね上がるほどの衝撃を受けた
「……っ……、なっ……!」
そこに立っていたのは、数日前にヴァルキューレの取調室で自分たちの甘さを鋭く断罪した、元SRT特殊学園の副生徒会長――夜月サトネその人だった
ミヤコが言葉を失い、目を見開いたまま立ち尽くす中、サトネは雨に濡れたコートのフードを軽く払い、泥にまみれたミヤコの足元と手にしたスコップを一瞥した
その瞳には、怒りや冷徹さではなく、どこか深い慈愛と、同じ道を歩む者への認め合いの色が宿っていた
「……見事ですね、月雪ミヤコ」
サトネの声は、激しい豪雨の中でも不思議なほどハッキリと、ミヤコの耳の奥へと届いた
「仲間たちが絶望し、すべてを投げ出そうとする中でも……あなただけは、自分の持つべき剣の重さを手放そうとしなかった。その姿勢、元副生徒会長として……心から評価します」
サトネはそう言うと、持参していた予備の頑丈なスコップをヒョイと持ち上げ、ミヤコの足元へと差し出した
ミヤコは震える手でそのスコップを受け取り、かすれた声で尋ねる
「ど、どうして……ここに……? 私たちは、『剣の使い方が間違っている』と…………!」
サトネはふっと柔らかく微笑み、雨粒に濡れた黒髪をかき上げながら首を横に振った
「否定したわけではありません。ただ、迷っていたあなたたちに、本当の剣の在り方を思い出してほしかっただけです」
サトネは振り返り、荷台から次々と防水シートや大型の工具、排水ポンプなどの機材を下ろし始めているRAVEN小隊のメンバー――ルキ、ミセ、リネ、ハルたちへ目配せをした
そして、再びミヤコをまっすぐに見据えて力強く告げる
「――RABBIT小隊。確かに、私たちの母校であるSRT特殊学園は閉校しました。連邦生徒会の権力によって、私たちが誇るべき居場所は奪われました。しかし……だからといって、私たちの胸の中に刻まれた『心得』まで消え去ったわけではありません。私たちが何のために銃を持ち、誰を守るために訓練を重ねてきたのか……その本質さえ忘れていなければ、自分たちの信じる正義や、そのための剣が錆び付くことはないのです」
サトネの言葉は、その場にいたRABBIT小隊全員の胸を激しく打ち据えた
「自分自身の剣が折れないように続けるのです。……まだ、チャンスはいくらでも残されていますからね」
そこまで言い切ると、サトネは自ら泥の中に足を踏み入れ、手にしたスコップを排水溝の詰まりに向けて突き立てた
その背中を追うように、RAVEN小隊のルキやハルたちも「さあ、のんびりしている暇はありませんよ! テントの再構築と排水作業を急ぎます!」とテキパキと指示を出しながら、次々と作業を開始していく
ハルなどは「先輩たち、手伝いますよ〜! こう見えて力仕事と機械弄りは得意なんっすから!」と明るい声を上げ、見事な連携で機材を展開し始めた
その圧倒的な手際の良さと、自分たちを見捨てずに手を差し伸べてくれた元・最高幹部たちの背中を見た瞬間――
小隊のメンバーのなかで、張り詰めていた何かがプツリと音を立てて切れた
「……サキちゃん、モエちゃん、ミユ……」
ミヤコは唇を噛み締め、涙と雨水がごちゃ混ぜになった顔のまま、仲間に振り返った
サキはしばらくその光景を呆然と見つめていたが、やがて自らの手で投げ出していた銃器や装備を力強く拾い上げ、フッと自嘲気味に、しかしどこか吹っ切れたような笑みを浮かべた
「……まったく……さっきの自分が馬鹿馬鹿しくなってきた……ミヤコ、私たちもやるぞ」
サキがスコップを手に取り、排水路の泥を力強く掻き出し始める。
ミユも震えを止め、静かに、しかし確かな決意を宿した瞳で「私も……手伝います……!」と小型の工具を手に走った
モエも「まあ、全部とはいかないけど出来る限りがんばろうか」と文句を言いながらも、笑顔を浮かべてテントの支柱の修復作業に加わる
シャーレの先生もまた、濡れ鼠になりながら微笑ましげにその様子を見守りつつ、自ら率先して重い機材の運搬を手伝い始めた
あとがき
はい、久しぶりのあとがきです!
最近、いろんなことをやっていて小説の修正に手が回りません……
YouTubeでのフル動画等や私生活でマジで手一杯ですが、毎日投稿だけはなるべくがんばります!