大雨から二日後
ネクストライスクールのDU管理ビルの高層執務室では、現場総責任者である赤坂レイカが、ようやく全ての山積みを終えたオデッセイア海運関連の譲渡艦艇に関する分厚い書類の束から顔を上げ、深い溜息をついていた
「はあ……やっと終わった……。当分、文字の詰まった書類を見るのも、船の登録番号を確認するのも御免だね。なんだか頭からお粥が噴き出しそうだ……」
レイカはぐっと背伸びをして凝り固まった肩をほぐすと、完成した正式な書類の束をきれいにまとめ上げ、法務担当の佐藤ナイトと行政担当の加藤レンスへと送付するための手配を進める
ようやく一息つけると思ったその矢先だった。執務室のドアが静かにノックされ、穏やかな表情を浮かべた高橋ミナサが足早に入ってきた。彼女の手に握られているタブレット端末の画面には、先日までレイカが極秘裏に調査を依頼していた『カイザー・コーポレーション』に関する最新の調査データが表示されている
「レイカ、お疲れ様。……カイザーについての調査結果がまとまったよ。以前に予測していた通り、裏でかなりきな臭い動きがあったみたい」
レイカは表情を引き締め、ミナサからタブレットを受け取ってその詳細に目を通した
そこに記されていたのは、原作通りの不穏な事実――カイザー・コーポレーションが、ヴァルキューレ警察学校の公安局に対して、大量の銃器や装備品を裏ルートで流通させているという決定的な情報だった
「やっぱりな……。公安局の連中とカイザーが裏でガッツリ癒着しているのは確実か」
レイカが腕を組んで唸ると、ミナサはさらに画面のデータをスクロールさせながら、別の重要な項目の詳細を指し示した
「それだけじゃないんだよ、レイカ。押収された装備や流通している武器のデータを見ていて気づいたんだけど……これ、カイザーが単独でゼロから開発したものにしては、構造や技術のベースが妙に洗練されすぎているんだよね。どこかで見覚えのあるような……」
「見覚え……?」
レイカが怪訝な顔をすると、ミナサは静かに仮説を口にした
「もしかしたら、ネクストライが管理している『あの地下施設』から、以前の貨物列車騒ぎや混乱に乗じて、未発見の技術データや試作品の一部が外部に持ち出された可能性が考えられないかな……?」
そのミナサの指摘を聞いた瞬間、レイカの脳裏に電撃が走った
――地下施設。ネクストライが創設期から厳重に管理し、さまざまなオーパーツや未知の技術を眠らせている地下の深層。そこで過去に起きたドタバタや、カイザーの工作員による侵入が頭をよぎる
もし、仮に本当にネクストライの技術がカイザーの手に渡り、それをベースに裏で新しい兵器やシステムが開発されているとしたら――それは放置できない大問題だった。ネクストライ独自の防衛技術が不法にコピーされ、悪用されているとなれば、今後のキヴォトス全体のパワーバランスにも関わってくる
「……なるほどな。もしその仮説が本当なら、カイザーに対してさらに踏み込んだ徹底的な調査と、場合によっては実力行使を含めた裏からの締め付けが必要になってくるな……」
レイカが今後の対策について頭を悩ませながら答えを出そうとしていたその時、オフィスの通信端末が鋭い電子音を鳴り響かせた
慌てて受話器を取ると、飛び込んできたのはヴァルキューレ警察学校・生活安全局長の御調トアの声だった。普段の彼女らしい軽口や余裕は一切なく、あからさまに焦燥と動揺の色が滲み出ている
「れ、レイカさんっ!? 大変だよ! そっちは落ち着いてる!?」
「どうしたトア、そんなに慌てて。何かあったのか?」
トアは息を荒らげながら、矢継ぎ早に状況を報告してきた
「さっき入ってきた情報なんだけど……カイザーインダストリーと、うちの『公安局』の連中が、いよいよ原作通りの――あの『帳簿』を巡るきな臭い動きを本格化させたんだ! 公安局の裏金やカイザーとの不正取引が記されたその帳簿を巡って、これから面倒な事が起きる確証があるのっ!」
レイカはそれを聞き、脳内で原作『カルバノグの兎編』の記憶を瞬時に引き出そうとした
本来の原作であれば、RABBIT小隊がその帳簿を手に入れ、カイザーと公安局の癒着を暴くために警察署へ潜入する展開へと進むはずだ
「落ち着けトア。だったら原作通り、RABBIT小隊がその帳簿を手に入れやすいように、こっちは裏でうまく立ち回るだけで――」
レイカがそう言いかけようとした瞬間、トアは切羽詰まった声でそれを遮った
「それが簡単にはいかないんだよ! カイザーからの圧力か、それとも公安局が警戒を強めたせいか、今夜の深夜帯から警察署周辺の警備体制が『通常の何倍も』にまで強化されちゃってさ! いつもなら通り抜けられるはずのルートも完全に封鎖されてるし、これじゃあ原作通りになんてとても進められないよ……! RABBIT小隊のあの子たちが突入しても、返り討ちに遭うか、下手をすれば監禁されておしまいだ! どうしよう、原作よりキツい状態になってる……!」
トアの必死の訴えを聞きながら、レイカの脳裏で素早くパズルピースが組み合わされていく
――カイザーは新技術の流用や開発で裏工作に躍起になっている
――トアのいるヴァルキューレの公安局は、そのカイザーと結託して警備を極限まで厳重にし、RABBIT小隊の動きを封じようとしている
――そして、ネクストライとしてはカイザーの不正や技術盗用の尻尾を掴みたい
すべての条件が出揃った瞬間、レイカの頭の中で、鮮烈で大胆不敵な「とある作戦案」が閃いた
「……トア。落ち着いて俺の言うことを聞け」
レイカは低い、しかし確信に満ちたトーンで語りかける
「え……? レイカさん、何か考えがあるの?」
「ああ。警備が厳重になって原作通りにいかなくて困っているんだろ? ならば、こっちから外圧をかけて、その堅い警備の仕組みそのものをぶち壊せばいい」
レイカはトアに対して、ごく簡潔にその作戦の骨子を伝えた
通信の向こう側で、トアはしばらく絶句し、それから信じられないといった声を漏らす
「なっ……そんなことしたら、警察署全体が大混乱に陥るよ!? そんな大がかりなやり方で、本当にうまくいくわけ――」
「理由なら後でいくらでも教えてやる。だが、お前がその硬直した状況を何とかしたいなら、俺たちの動きに乗っかるのが一番確実だ。……どうする、乗るか?」
レイカの圧倒的な自信と明確な道筋に押され、トアはごくりと喉を鳴らした
「……分かった! そこまで言うなら、もうこっちはレイカさんを信じるしかないよね! こっちからも動けるだけのことはやってみる!」
トアがそう決意を固めて通信を切ると、レイカはすぐに室内の内線を通じて、防衛部の実戦テスターである志賀カエデ、そしてDU管理ビルを拠点とする『RAVEN小隊』の面々を全員、自身の執務室へと招集した。
数分後、執務室には夜月サトネをはじめとするRAVEN小隊の5名(ルキ、ミセ、リネ、ハル)、そしてカエデが勢揃いしていた。室内に緊張感が走る中、レイカはテーブルの上に地図を広げ、今回の作戦の全貌を静かに語り始めた
「みんな、集まってもらって悪いな。さっそくだが、今からヴァルキューレ警察学校の『公安局』をターゲットにした極秘作戦を実行する」
レイカはミナサから受け取った調査データと、トアから得たばかりの最新情報を全員に共有していく
公安局が裏でカイザーと完全に癒着していること、RABBIT小隊がその不正の証拠である帳簿を奪取しようとして動いていること、そしてカイザーが裏で進めている新技術の中にネクストライの技術が無断盗用されている疑いがあること
その一連の説明を聞いた後、RAVEN小隊の中で重火器と通信を担当する薄霧ハルが、小首をかしげながら挙手した
「あのさ、レイカ先輩。状況は大体分かったっすけど……具体的に私たち『RAVEN小隊』に、ここで何をやってほしいんっすか?」
レイカはハルを見据え、はっきりと告げた
「狙いは二つだ。一つは、ヴァルキューレの警察署本局から、意図的に『大量の警察官や警備戦力を外へ引きずり出す』こと。警備が厳重すぎて身動きが取れなくなっているRABBIT小隊の連中が、安全に内部へ侵入できるように陽動をかける。そしてもう一つは、その混乱に乗じて、署内の端末や保管庫にある『カイザーの新技術に関する開発データ及び不正の記録』を完全に奪取し、同時にその痕跡を跡形もなく破壊することだ」
その作戦内容を聞いた瞬間、RAVEN小隊の隊長である夜月サトネは、アメジスト色の瞳を鋭く光らせてわずかに眉をひそめた
「……レイカさん。警察署からの人員引き出しと、カイザーの技術データの奪取までは理解できます。ですが……どうして、データの『記録破壊』までわざわざ指定するのですか? 証拠として押収するならまだしも、破壊してしまう理由があるのでしょうか?」
サトネの的確な問いかけに、レイカは冷ややかに笑ってみせた
「理由は単純だ。もしあの場所にカイザーの新技術に関するデータや設計の記録がそのまま残されていたら、やつらは形を変えて何度でも同じような裏工作を繰り返し、結果的にカイザー側の軍事力強化に利用されるだけだからな。あんな危険な代物は、キヴォトスのどこにも二度と再現できないように、根絶やしにしておく必要があるのさ」
他の隊員たちは「そこまでやるのか……」と少し圧倒されていたが、サトネはレイカの意図を完璧に察し、深く納得したように頷いた
「――なるほど。さすがはレイカさん、先を見据えた見事な判断ですね」
サトネが賛同の意を示したことで、ルキやミセ、リネ、ハルの他の隊員たちも「隊長がそこまで言うなら」「私たちも動きます!」と次々に頷き、作戦への参加を決意する。しかし、ルキがふと疑問に思ったように首を傾げた
「それにしても……どうして私たちネクストライが、ここまでしてヴァルキューレとカイザーのいざこざに積極的に介入し、手を貸す必要があるんですか? 正直、少し踏み込みすぎではないかと……」
ルキのその疑問に対し、レイカは鋭い眼光を向け、逆に問いかけるように言った
「じゃあ聞くが……お前たちは、どうしてカイザーがわざわざ裏でヴァルキューレの『公安局』なんかとガッツリ癒着し、結託する必要があったと思う?」
ルキだけでなく、ミセやリネ、ハルもその問いにはすぐ答えられず、腕を組んで考え込んだ
全員が思考を巡らせる中、やはり最初にその核心へと辿り着いたのは、重度の原作知識と鋭い洞察力を持つサトネだった
サトネはハッとした表情を浮かべ、低いトーンで呟く
「……まさか……。狙いは、『DUシラトリ地区』の完全な掌握、あるいはその治安維持権の乗っ取り……ですね?」
「その通りだ」
レイカは机を軽く叩き、言葉に力を込めた
「カイザーにとって、ネクストライが拠点としているこのDUシラトリ地区は、自分たちの自由を阻む最大の目の上のたんこぶだ。もし、あの地域一帯の治安維持部隊を自分たちの手先である公安局を通じて意のままに操ることができれば……過去に奴らがやらかしたアビドスの違法ローン問題も、うちに不法侵入して暴れ回った件も、すべての所業が『警察の権限』という名の分厚い隠れ蓑の下で、綺麗さっぱり有耶無耶に隠蔽されてしまう」
過去の悪事の証拠を完全に消し去り、ネクストライの足元をジワジワと固め包囲していくための布石――それが、カイザーが公安局と結託している真の目的だった
その恐ろしいカラクリを理解した瞬間、RAVEN小隊の隊員たちの表情から迷いが消え、代わりにプロとしての強い怒りと戦闘への決意が宿った
「自分たちの足元をそんな虫唾が走る連中に荒らされるわけにはいきませんね……! 隊長、命令を!」と、ルキが力強く一歩前に出る
サトネは静かに頷き、レイカへと向き直った
「分かりました。レイカさん、私たちRAVEN小隊、および防衛部の総力を挙げてその作戦を完遂しましょう。カイザーの野望も、汚れた癒着も、私たちの手で根元からへし折ってやります」
「よし、話は決まったな」
レイカは不敵な笑みを浮かべ、カエデやRAVEN小隊の面々に向けて具体的な作戦の細部を指示し始めた