ヴァルキューレ警察学校の本局周辺
夜の闇に包まれたその一角で、RABBIT小隊のリーダーである月雪ミヤコ、そして彼女たちに同行するシャーレの「先生」は、目の前にそびえる堅固な警察署の威容を見上げながら、深い苦悩のなかにいた
直前の子ウサギ公園での一件を経て、警察署内部に保管されているカイザーと公安局の不正癒着を示す帳簿を奪還するため、小隊は潜入の機会をうかがっていた
しかし、カイザーからの圧力や公安局側の警戒強化によって、今夜の警備体制は通常の何倍にも跳ね上がっている。正面突破はもちろん、いかなる隠密ルートも鉄壁の布陣によって塞がれており、まともに挑めば返り討ちに遭うのは明白だった
「……これほど警備が厚いと、迂闊に近づくことすらできませんね……。どう攻略すべきか……」
ミヤコが唇を噛み締め、悔しそうに呟く。その傍らで、先生もまた腕を組み、周囲の動向を慎重に見極めていた
その時だった
突如として、ヴァルキューレ警察署の本局ビル全体に、耳をつんざくようなけたたましい非常警報のアラームが鳴り響いた
「なっ……!?」
ミヤコたちが思わず身構えたその直後、署内の出入り口や窓という窓から、待機していた公安局や警備部隊の生徒たちが慌ただしく飛び出してきた。彼女たちは戸惑う暇もなく次々とパトカーや装甲車両に乗り込み、タイヤを鳴らして凄まじい勢いで署から発進し、街の外へと急行していく
わずか数分のうちに、あれほど厳重だった警察署の周囲から警備の大部分がごっそりと消え去り、奇妙なまでの静けさが戻ってきた
「いったい、何が起きたんです……? 警備のほとんどが、あんなに慌ててどこへ……」
ミヤコが呆然とパトカーの去り際を見送っていると、小隊のタブレット端末を通じて、ナビゲーターであるアロナの緊迫した声が飛び込んできた
『せんせい! 大変です! 今しがた、DU市内の「カイザーインダストリー」関連施設で、大規模な襲撃事件が発生したという緊急警報を受信しました! ヴァルキューレの治安維持部隊も、その対応のために全戦力が緊急出動させられたみたいですっ!』
「カイザーインダストリーが襲撃……?」
その言葉を聞いた瞬間、ミヤコたちは驚愕に目を見開いた。誰がこんな大規模なテロまがいの一斉蜂起を引き起こしたのかは分からない。しかし、目の前の事実――警察署の戦力が文字通り「空っぽ」になったという現実だけは確かだった
その絶好の好機を逃さず、先生はキリッとした表情でRABBIT小隊の面々に向かって力強く指示を飛ばした
「みんな、今が最大のチャンスだ! 警備が手薄になった今のうちに、署内へ侵入して帳簿を回収する!」
「――はいっ! 先生の指示に従います! 行きましょう、みんな!」
ミヤコの凛とした号令のもと、RABBIT小隊は迷いを捨て、手薄になった警察署の内部へと一斉に駆け込んでいった
その頃、襲撃の混乱の真ん中にあるはずの「カイザーインダストリー」の本社周辺は、文字通りの地獄絵図と化していた
上空を切り裂くような轟音とともに、突如として不可視の爆撃が降り注ぎ、施設の外部を固めていた最新鋭の監視カメラ、各種センサー、無人迎撃タレット、そして配備されていたカイザーPMCの警備兵たちが次々と沈黙させられ、要塞の如きカイザーの敷地は瞬く間に骨抜きにされていた
「おい、ふざけるな! 一体どこから攻撃を受けてやがる! 迎撃システムはどうしたっ!」
敷地内の通路を駆け抜けながら、数名のカイザー兵が慌てて周囲を警戒する。彼らは状況を立て直そうと必死に無線機に手を伸ばしたが、次の瞬間、その行動は完全に断ち切られた
通路の曲がり角から、まるで影のように音もなく二人の人物が姿を現した
身にまとっているのは見慣れない制服と、顔の大部分をすっぽりと覆うフード、そして無機質なフェイスマスク。その先頭に立つ人物の手に握られているものを見た瞬間、カイザー兵の一人は冷たい恐怖に凍りついた
仲間に警告を発そうと、カイザー兵が腰の通信機に手を掛け、それを掴もうとした――そのコンマ数秒――
彼の手に持っていた通信機は、音もなく、寸分の一の狂いもなく真っ二つに綺麗へと切断され、床へと滑り落ちた
「なっ……!?」
驚愕して兵士が目を剥き、目の前の人物が手にする「武器」に視線を移す
そこにあったのは、人間の身の丈と同等サイズであり、鈍色の分厚い鉄塊だった
およそ「剣」という枠組みで語るにはあまりにも無骨で、工業製品のような重々しさを放つその巨体
それはネクストライが誇る共有兵器の試作品――対城刀『ランゲージフィルム』を、個人での携行・運用を想定して通常サイズへと小型化・調整したものだった
次の瞬間、轟音のような低い駆動音が響き渡り、刃の全長の隙間から、禍々しいまでの青白い光刃が激しく噴き出した
周囲の空気が一瞬で干上がり、強烈な熱量が周囲の空間を歪ませる。触れずとも理解できる――それは、物質や装甲のみならず、空間そのものを両断するための絶対的な熱量と切断力だった。
「ひっ……!」
カイザー兵たちが恐怖に足を引き、銃口を向けようと身構えた矢先
彼らの視界が、なぜかぐらっと不自然に横転した
地面が、天井が、そして自分たちの立っていたはずの通路が、あり得ない角度で視界を駆け抜ける
――気づいた時には、彼らの下半身はその場に立ち尽くしたまま、腰から上、あるいは首から上がきれいな断面を描いて床へと崩れ落ちていた。他の仲間たちも、声を上げる間もなく一瞬で上下に分断され、血の海へと沈んでいく
その圧倒的な虐殺劇を成し遂げた人影は、冷徹な手つきでその巨大な剣状の武器を折りたたみ、音もなくもう一人の人物と共にその場を去っていった
その頃、血煙の晴れぬ通路の物陰で、赤坂レイカは自らの手でしたミスに気付き、小さく頭を抱えて密かに後悔していた
「……やりすぎたな。流石に切れ味を調整しきれなかったか……」
今回の潜入・隠密作戦において、レイカは「近接戦闘で確実に敵の防衛網や拠点の核心を無力化できる隠密用の武装」を探していた。そこで思い出し、持ち出してきたのが、ネクストライの工芸部や研究部が不在時に試作していた対城刀『ランゲージフィルム』を、通常の個人用サイズにまでリサイズした代物だった
しかし、その切断力はレイカの想定を遥かに超えていた
それもそのはず、アーティファクト研究部の部長である花ヒバナは、「実戦で万が一にも威力が落ちて敵を仕留め損ねたら危ない」という独自の偏った研究者思考から、原型である対城刀以上の出力と切れ味を目指してオーバーチューンを施してしまっていたのだ
結果として、持ち運びや取り回しは格段に楽になったものの、生身の人間や通常の生徒、あるいはPMCの兵士相手に振るうには、あまりにも規格外すぎる「一撃必殺の超高熱切断兵器」と化してしまっていた
レイカの傍らを完璧な足取りで伴走しながら、防衛部の実戦テスターである志賀カエデは、冷徹な眼差しでその武器を一瞥し、冷静に評価を下した
「リーダー、そのランゲージフィルムの通常サイズ版ですが……切断力とエネルギー効率の数値は確かに脅威的です。ですが、対人戦闘や局地的な制圧においてはオーバーキルが過ぎますね。反動の制御や重量バランス以前に、かすめただけで周辺の物質ごとすべてを両断してしまうため、市街地や屋内での取り回しは極めて困難です。……正直、使いづらいことこの上ありません」
カエデの的確かつ辛辣な指摘に、レイカは苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。
「はは、全くだ。あの地下での騒ぎの間に作られたとはいえ、次からは一声かけてほしいね……っと、話してる暇はないか」
二人がカイザーの施設内を疾走していると、レイカの耳に装着されたインカムから、記録破壊の任務に就いているRAVEN小隊からの緊急通信が飛び込んできた
『こちらRAVEN小隊、サトネです。――レイカさん、先ほど確認しましたが、私たちが引き起こした混乱と陽動を受けて、ヴァルキューレ警察署の本局から全警備部隊が出動した模様です。現在、目的のエリア周辺の防衛は手薄になっています』
その報告を聞いたレイカの表情が引き締まる
警察署の警備部隊が完全に外へ釣り出されたということは、裏で動いているRABBIT小隊の侵入経路も確保されたということだ。そして同時に、ネクストライが狙う「カイザーの新技術に関する実物のデータやハードウェア」も、防護の薄くなった最深部に眠っている
「了解だ、サトネ。そっちはそのままかく乱と記録の完全破壊を続けろ。――カエデ、行くぞ。本命の技術データを回収しに行く」
「了解しました。これより実戦テストを兼ねて、障害はすべて排除します」
レイカとカエデは二人のシルエットを夜の闇に溶かすように加速させ、カイザーインダストリーの最深部、そして裏の陰謀が眠る中枢へと向かって、さらに速度を上げて走り出したのだった――
あとがき
すんません!!ちょっと私用が立て込んでしまったので、三日間投稿ができないと思われます!