カイザーインダストリー敷地内の奥深く、厳重な隔壁に守られた地下研究開発エリア
警告灯が赤く点滅し、防衛システムの破綻を知らせるサイレンが遠く鳴り響くなか、赤坂レイカと志賀カエデは中枢の格納庫へと足を踏み入れていた
「……ふむ。やっぱりここが、カイザーの『裏の研究室』ってわけか」
レイカは室内をぐるりと見渡した。広大なフロアには、カイザーPMCが通常運用している軽装甲車や無人自律ドローンのカスタム機、高出力な大型機関砲の試作品などがずらりと並べられている。その大半は、カイザーが元々保有していた既存技術の延長線上で作られた代物だった
だが、格納庫の最奥、白い LED 照光に照らされた円形プラットフォームの上に「それ」を見つけた瞬間、レイカとカエデの足がピタリと止まった
「……おいおい。何だありゃ……」
そこに鎮座していた車両は、通常の「車」という概念から逸脱していた
車と呼ぶにはあまりにも歪で、兵器と呼ぶにはあまりにも生々しい。地を這うように鋭く尖ったフロントノーズは、まるで獲物の肉を抉り取るためだけに鍛造された鉄のクサビそのものだった。艶消しのダークグレーに塗装された装甲板は重厚で、車体各部には冷却用のインテークと武骨な固定用ボルトが露出している
レイカは引き寄せられるようにその車両へ近づき、重々しい開閉音とともにガルウィング式のドアを持ち上げた
車内に視線を向けると、そこはまるで F1 マシンのコクピットだった。低いバケットシートに、無数のスイッチや液晶モニターが整然と配置されたフォーミュラカーさながらのステアリング。武骨な外観とは裏腹に、精密機械としての威圧感が充満している
「リーダー、少し検分させてもらいます」
カエデが手元の端末を車体の外部コネクタに接続し、システムの仕様データを高速で読み出し始めた。データが画面をスクロールするにつれ、実戦テスターとしての経験を持つカエデの表情が引き締まっていく
「……驚きましたね。この車体、内部に多数の戦闘用兵器が組み込まれています。車体上部からの連装小型ミサイルランチャー、後方へのフレア・チャフ展開機構……さらに、これを見てください」
カエデが示した画面には、高周波パルスと強力な電磁波を周囲に放射する大容量装置の項目があった
「EMP(電磁パルス)発生装置です。キヴォトスでは極めて珍しいタイプの電子戦兵器ですね。電子機器やドローンの回路を一瞬で焼き切る目的で搭載されています」
「EMP まで積んでやがるのか……」
レイカは呆れたように息を吐きつつ、コクピットのセンターコンソールに配置された見慣れないメインユニットへと目を向けた。マニュアルのデジタル表示を指で操作し、そのコンポーネントの名称を読み上げる
「――『ミスティック・ジェネレーター』……?」
説明テキストを読み進めるにつれ、レイカの眉が深く潜められた
そこに記されていたのは――「搭乗者、あるいは周囲に存在する『神秘』のエネルギーを直接抽出し、車体の運動エネルギーや高出力兵器の動力へと変換・増幅する実験的動力炉」という、不穏極まりない構造だった
神秘を物理的な動力へ変換する技術
それを目にした瞬間、レイカの脳裏に過去の光景が鮮明に蘇った。ネクストライ創設期から管理している地下施設の深層、そして過去にカイザーの工作員が仕掛けてきた侵入騒動や貨物列車の件だ
「間違いない……。これはネクストライの地下深層に眠っていたオーパーツの解析データと、試作パーツの不法流用だ。カイザーの連中、盗み出した技術を自前で解読して、このバカげた戦闘車両に組み込みやがったんだな」
「なるほど……合点が行きました」
カエデは冷静に頷いた
「運が良かったと言うべきでしょうか。カイザー側は内部構造の完全な解明には至っておらず、とりあえず手に入れたモジュールをそのまま車体の動力源として力まかせに組み込んだだけのようです。おかげで、システム自体は完全に稼働可能な状態に保たれています」
「手に入れて早々、実戦投入の直前までこぎ着けてたってわけか。……よし、決めた」
レイカは不敵な笑みを浮かべ、ドアのフレームを軽く叩いた
「カエデ。この車、俺たちがいただくぞ。盗まれた技術を回収するのは当然の権利だし、カイザーにこんな物を持たせておくわけにはいかないからな」
「了解しました、リーダー」
カエデは一切の躊躇なく頷くと、どこか面白がるような表情で言った
「どうせなら、この研究室にある他の貴重な資材や技術データも、持っていけるだけ持って帰りませんか? 追撃を抑止するついでに、カイザーの研究を完全に頓挫させられます」
「おっ、言うねぇカエデ! よし、悪ノリついでだ、積み込めるだけ全部ぶち込め!」
「……えっ、本気ですか!?」
カエデはレイカの即答ぶりに一瞬目を丸くして驚いたが、すぐに「……了解です。実戦テスト用の資材として回収します」と素早く切り替え、室内にある予備のデータドライブや高純度エネルギーセルを、次々と車体の後部コンパートメントへと詰め込み始めた
作業を進めるカエデを横目で見ながら、レイカは今回の急ごしらえの作戦が決まった直後のやり取りを思い出していた
数時間前、DU管理ビルの執務室で急遽策定された公安局とカイザーへの強襲作戦
警備が過密化した警察署から戦力を引きずり出し、同時にカイザーの技術を奪取・破壊するという難題に対し、どうやって大規模な陽動を起こすかレイカたちが頭を悩ませていた時だった
『――レイカさん。私の「神秘」を使って、カイザーの防衛網と上空の観測網を一気に無力化しましょう』
そう静かに提案してきたのは、RAVEN小隊の隊長である夜月サトネだった
最初、懐疑的だった二人は、その詳細な仕様と性能を聞いた時、レイカもカエデも言葉を失った
(……なるほどな。一人で一校の戦略兵器並みの圧力を叩き込める。だからこそ、サトネはあの SRT 特殊学園で副生徒会長を務め、七囚人のアケミを単独制圧するほどの戦果を挙げられたわけだ……)
サトネの持つ能力の規格外さと、SRT という精鋭組織の底深さを改めて思い知り、レイカは感服したのだった
「リーダー、資材の積み込みが完了しました」
カエデの声で回想から引き戻されたレイカは、「手際が良いな、助かる」と頷いた
「よし、カエデは助手席に乗ってくれ。追撃が来たらサポートを頼む」
「了解しました。ナビゲーションと兵器システムのバックアップを担当します」
カエデが助手席に滑り込み、シートベルトを装着したのを確認すると、レイカはバケットシートに深く身体を沈め、フォーミュラ型のステアリングを両手で強く握りしめた
スタートボタンを押し込む
――ガツンッ!!
車体底部のミスティック・ジェネレーターが目覚め、重厚で地響きのような励起音が狭い格納庫内に轟いた。タコメーターのデジタル針が跳ね上がり、車体全体が未知のエネルギーによって激しく振動する。アイドリング状態でありながら、解き放たれるのを待つ肉食獣のような威圧感があった
「いくぞ……!」
レイカはクラッチを踏み込み、シフトレバーを一速へと叩き込んだ。アクセルペダルを床まで踏みつける
ドガァァンッ!!
爆発的な加速力が四輪に伝わり、車体は矢のような勢いで射出された。目の前に塞がっていた分厚い耐火シャッターを、鋭利なフロントノーズが紙屑のように粉砕・突き破り、火花と破片を撒き散らしながら研究所の建物から屋外へと飛び出した
夜風が激しく車体を叩く。カイザーインダストリーの敷地を強引に突っ切り、外周のフェンスをなぎ倒してDU市内の公道へと躍り出た直後、ダッシュボードの通信端末からサトネの声が響いた
『レイカさん、聞こえますか! こちらRAVEN小隊です。敷地内の主要データおよび不法記録の完全破壊を完了しました!』
「助かった、サトネ! こっちも『大物』を確保して脱出したところだ!」
『……素晴らしい手際です。ですが、警告します。奪取された車両にはカイザー独自の高出力発信機が埋め込まれていた模様です。現在、カイザー PMC の残存部隊に加え、出動したヴァルキューレ警察学校の公安局パトカーおよび特殊装甲車両が、その発信波を追ってレイカさんの車両へ急速に接近しています!』
その警告とほぼ同時に、前方および側方の交差点から、赤と青の警光灯を激しく点滅させたヴァルキューレのパトカー軍団と、カイザーの漆黒の装甲車が雪崩のように押し寄せてきた
『止まりなさい! 逃走車両、ただちに停車しなさい!』
スピーカーからの警告音とサイレンが夜の街に響き渡る
「チッ、目ざとい連中だ……! だが、捕まるわけにはいかないからな!」
レイカはステアリングを切り切り、パトカーの挟み撃ちを寸前でかわしながらアクセルを踏み込んだ。車の驚異的なレスポンスと車体剛性を信じ、市街地を高速で駆け抜けていく
その時、無線から再びサトネの冷静な声が入り込んだ
『――レイカさん、カエデさん。そのまま直進してください。……注意してくださいね』
「え……? 注意って、何に――」
レイカが問いかけようとした瞬間
何もないはずの目の前の舗装路、その数十メートル上空の空間が一瞬だけ歪んだ
同時刻。カイザーインダストリーの防衛拠点を脱出し、高層ビルの屋上へ移動していた RAVEN 小隊
「隊長、レイカ先輩たちがヴァルキューレとカイザーの挟み撃ちに遭ってるっす! どうするんすか!?」
重火器を担いだ薄霧ハルが、遠くに見える警光灯の群れを指差して焦り声を上げる
サトネは黒革の手袋を嵌め直すと、アメジスト色の瞳に深い光を宿らせた
「慌てる必要はありません。私たちの逃走支援と、レイカさんたちの脱出ルート確保を行います。……もう一度、私の力を使います」
サトネは静かに息を整え、意識を頭上遥かなる天空へ集中させた
彼女の頭上に浮かぶ、カラスの羽とクロノグラフを組み合わせた漆黒のヘイローが、眩い紫色の光を放ち始める
「隊長、それって……!」
アサルト担当のルキが息を呑む
サトネは右手をすっと持ち上げると、掌で右から左へとなぞるように空を切った
すると、彼女の目の前の空間に、DUシラトリ地区周辺の地形と道路網を正確に模した、青白い3Dのホログラムマップが瞬時に展開された
マップ上には、凄まじい速度で移動するレイカの車両の光点と、それを追う無数の赤色の光点がリアルタイムで表示されている
サトネは右手の指先で、レイカの車両がまさに差し掛かろうとしている交差点の一点をつくと、力強く拳を握り締め、親指を立てた
そして、無線を通じてレイカへ短く注意を促すと――立てていた親指を、静かに自らの拳の中へと振り下ろした
「――サテライトシステム、スモーク展開」
サトネの唇から漏れたその呟きと同時に、超高度の軌道上に待機する観測・支援ユニットから、ピンポイントの精度の特殊煙幕弾頭が投下された
音もなく直撃した弾頭は、レイカの眼前の道路で爆発的な煙幕を吹き噴出させた。濃密な白煙は瞬く間に道路全体を覆い尽くし、後方から追撃してくるヴァルキューレとカイザーの視界、そして赤外線センサーを完全に遮断していく
「うわっ、マジでスモークが降ってきた!? サトネの奴、本当に容赦ないな!」
突如として視界を埋め尽くした視界不良の煙幕の中、レイカはニヤリと口角を上げると、ミスティック・ジェネレーターのパワーを全開放した
「カエデ、しっかり掴まってな! この煙に紛れて、一気にぶっちぎるぞ!」
「了解! スモークを抜けた先、左折ルートを推奨します!」
激しい排気音とともに、異形のマシンは濃霧の如きスモークの中へと突っ込み、本格的に逃げ切るために走っていった……
サトネの神秘――『サテライト』
自身を中心とした一定範囲のマップを展開、戦況や空爆等の支援攻撃ができる……