if√ 三年生綾小路が『元』龍園クラスに移籍した世界 作:鶏後
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※次回投稿は8/2を予定しています。
一学期が始まって早一週間。学年中を騒がせた移籍騒動もようやく落ち着きを見せ、いつも通りの時間が流れている。
新学期早々はさすがに窮屈さを感じずにはいられなかった。登校中からケヤキモールの中でさえ奇異の目で見られるのは、さすがに居心地が悪い。そのことを思えば、話題の移ろいとは実に早いものだ。人の噂も七十五日というが、実際はたった七日らしい。
もっとも、オレは今も周囲から別の視線を集めているのだが。
「おはよう! 綾小路くん!」
よく通る澄んだ声に天真爛漫な笑顔。人を魅了してやまない美貌を惜しげもなく見せつけながら、彼女は駆け寄ってきた。
学年の、いや学校のマドンナ、
「ああ、おはよう一之瀬」
「もう一週間経つんだね〜。綾小路くんはクラスには馴染めた?」
「石崎たちのおかげだ。本当に良くしてもらっている」
「ここ数日はDクラスの人たちと一緒に学食行ってるもんね」
「よく知ってたな。今は一年生も多くて混雑してるのに」
「あはは、偶然だよ〜。石崎くん目立ってたからね。『龍園さん見ててくれよ!!』って叫んでたっけ」
鈴を転がすように笑う彼女は、すっかり以前のような明るさを取り戻した。春休み当初、塞ぎ込んだ彼女を心配していた周囲の者たちも、安心していつも通りに接している。
彼らは、その原因がオレにあったことを知らない。
学年末試験でオレは彼女の心を折り、『介錯』をする予定だった。クラスの命運をオレに委ね対価として退学するか、もしくは自身を弄んだ綾小路清隆への憎悪を薪に再起を果たすかの二択。
一之瀬帆波は、そのどちらも選ばなかった。オレと『契約』を結び、自らの手でAクラスを目指す。クラスメイトの犠牲も、自分の退学も避けられる第三の選択肢を導き出してみせた。
オレを謀り部屋へと誘い込んだあの夜、オレはこの学校で初めて裏をかかれたのだ。予測を上回るスケールで彼女が進化を遂げたことは賞賛に値する。
「恐らくだけど、近いうちに特別試験が始まると思う」
「根拠はあるのか」
「星之宮先生からかな。お酒を飲んでいられる日とか、ホームルームでの様子とか、そういうのを見た上だよ。あの人結構わかりやすいからね」
「それは……末恐ろしい観察眼だな」
元来持っていた対人能力を打算のために用いるようになったこと、これが彼女の一番の変化といえる。
学年末試験で堀北すら完封してみせた人読みに加え、一年生の船上試験で見せたように、思考力も申し分ない。あの日の大将戦、正面から戦っていれば結果はわからなかっただろうな。
春休みでの様子を見ていれば、彼女は今後一年生の時の堀北のように、いや、きっとそれ以上に成長するはずだ。もしかしたら坂柳すら上回る才覚を発揮するかもしれない。オレにとって大きな楽しみの一つだ。
「同盟の件については試験の詳細が出てからだな」
「だね〜。また二人で話し合いたいことも出てくると思う」
試験の話はそこそこに、オレたちは取り留めのない雑談に興じた。
残りの学校生活の大多数を、オレは一之瀬と手を取り合って進んでいくことになる。
彼女はクラスのリーダーとして一体どんな活躍を見せてくれるのか、それが今から楽しみでならない。
彼女のもたらす想定外に、オレは目を離せないでいる。
◇
朝のホームルーム、坂上はいつも通り三分前には教室で待機していた。バインダーは教卓の角にぴったりと合わせられ、教員用タブレットは45度の角度で立てられている。
チャイムが鳴り始めると同時に教壇へ上がり、鳴り終わると同時に口を開いた。
「これから特別試験の概要を発表します。心して聞くように」
――一之瀬の読み通りだ。新学期から一週間で特別試験とは、三年生は今まで以上に苛烈なスケジュールが組まれているのかもしれない。
『全体、少数戦学力総合テスト』
「この試験はまず、皆さんに7教科21科目からなるテストを受けていただきます。出題はランダムで、一問一点の100点満点。その結果を以下説明する全体戦一回、少数戦五回で競い合うことになります」
「対戦形式はクラス対抗で、今回あなたたちの相手はAクラスです」
坂上は一度話を区切り、クラスを見渡してから説明を続けた。
「全体戦はその名の通りクラス全体の合計点で勝敗を決めます。なお、全体戦は少数戦二回分の勝利と見なされ、引き分けた場合は一勝ずつ分け合うことになります」
「人数の不均衡については、不足数だけクラス内で最下位の点数が加えられます。病欠などの場合も同様の処理が行われるため、くれぐれも体調管理には気を配るように」
「当然、正当な理由のない欠席は0点扱いとなるため、成績優秀者だけを出席させるというのはおすすめしませんよ」
堀北クラスはうちのクラスと比べ四人少ない。つまり、本堂や池のような学年でも最下位を争う生徒がクラス全体の一割を占めることになるのだ。それでも、基礎学力で大きく劣るDクラスにとって全体戦は望み薄なのだが。
改めて自クラスの致命的な欠点を目の当たりにして頭を抱える。龍園はとんでもない面倒事を残していったようだ。
「そして少数戦は各クラスから代表者を五人選抜し、一番手から五番手までを決めます。対戦相手の同じ番手同士の点数を比べ、勝ったほうに一勝が与えられます。同点の場合は引き分けとなり、どちらにも勝利は与えられません」
「そして、ここからは少数戦専用のルールです。重要事項なので質問は後ほど受け付けます」
そう言って坂上はモニターの画面を切り替える。
『少数戦専用ルール』
相手クラスの指定した生徒にペナルティを付与できる。指定する生徒及び点数に制限はない(一人最大100個まで)
ペナルティは初期段階で各クラス100個ずつ所持している
ペナルティを付与された生徒は、一個につきテスト結果から一点を差し引かれる。
試験前日までの間、各クラスの担任から都度追加購入可能。費用はペナルティ一個につき五万プライベートポイントで、購入する時期および個数に制限はない
相手に付与されたペナルティの個数は、少数戦に参加した生徒分のみ開示される
※OAAの査定対象となる点数にこのペナルティは考慮されない
「全体戦二勝、少数戦五勝の計七勝を奪い合い、勝利数の多いクラスの勝ちとなります。少数戦の引き分けにより勝利数が並べば、報酬は半分ずつ分け合います」
「勝ったクラスには100クラスポイントが与えられ、負けた方のクラスは特にポイントが引かれるなどはありません。ただし、七勝の完全勝利を達成した場合、対戦相手から50クラスポイントを追加で奪うことができますよ」
「以上で説明を終わりますが、ここでOAA評価に基づく予想点数をお見せします。参考にしてください」
A判定 76~85点
B判定 66~75点
C判定 56~65点
D判定 51~55点
E判定 45~50点
モニターの画面はそのまま、坂上は教室の端へと下がった。
ここまでの情報を整理する。
要するに、全体戦は純粋な学力勝負。自発的に介入できる要素はなく、クラスの地力だけが物をいう。
それに対し、少数戦は100点分のペナルティの振り分けが勝敗を大きく左右するだろう。
予想点数によれば学力A判定の生徒であっても25点のペナルティが付与された場合、D判定の生徒にさえ負けることがあり得る。
故に学力の高い生徒、Dクラスで言えば金田、ひより、葛城、そしてオレが相手からマークされることは必至だ。
ペナルティ覚悟で優等生を出すか、それとも裏をかいて二軍を登用するか。リーダーの手腕が問われている。
さらに、ポイントでペナルティを買うことができる点も重要だ。有力な生徒全員に十分なペナルティを付与すれば、必勝の大勢を作ることさえできる。
しかし、一点につき五万プライベートポイント。仮に二十点分を購入すれば出費は100万ポイントにまで膨れ上がる。今回の試験にいくら費やすことができるか、その判断も肝要だろう。
ホームルームが終わると、金田がオレの席に寄ってきた。
「よもや、こんなに早く特別試験が来るとは思っていませんでした」
「ああ。だがこの前の約束を果たす絶好の機会とも言えるんじゃないか」
「そうですね。今回の試験は綾小路氏に指揮を委ねることを、クラスの皆には伝えておきます。私の指示があれば、反発されることは恐らくないでしょう」
話が早くてありがたい。今回の方針としてできる限り早く行動に移したかったので、金田の提案は願ってもない助けになった。
しかし、有力者の一声で全権委任すらできるとは。二年間ですっかり上意下達が染みついているようだ。よく言えば従順、悪く言えば当事者意識に欠けている。
仮に坂柳のクラスを担うことになっていれば、この辺りは苦労しただろうな。
「ここで一つ、綾小路氏に頼みがあります」
「――今回の試験、私と勝負をしてくださいませんか?」
「それは少数戦に起用しろ、という相談か?」
そうなると話が変わってくる。
『
「いいえ、それはあなたの方針に従います。あくまで純粋な点数比べがしたいのですよ」
「そういうことなら断る理由もないな」
「お気遣い感謝します」
恭しく一礼すると、金田は自分の席に戻っていった。
戦術の修正は不要、ならば後は実行するのみ。
オレは早速一之瀬に話し合いを申し入れると、寸刻も置かずに承諾の返事が来る。
今回の試験、鍵を握るのは一之瀬、そして葛城だ。
◇
放課後、一之瀬とはケヤキモールのカフェで待ち合わせることになった。
ひよりも同行を申し出てくれたが、今回は断ることにした。時間が余れば、また彼女の待つ図書室で合流するつもりだ。
一之瀬との打ち合わせの他にもやるべきことは多い。随分と過密スケジュールのはずだが、それでも図書室に通う時間だけは確保している。
思えば新学期が始まってから、かなり充実した学校生活を送っているな。
クラスメイトから最初は警戒されていたものの、ムードメイカー石崎の働きもあって、男連中とはそれなりに馴染めている。まさか小宮や近藤たちと普通に話すようになるとは、一年生の頃のオレに言っても信じないだろうな。
野村からは
加えて、席が隣ということもあってひよりと会話する機会も格段に増えた。毎日を楽しそうに過ごす彼女は、図書室で会っていたばかりの頃とは違う一面を見せてくれる。クラスではおとなしい、と聞いていたがただの謙遜だったようだ。
別に堀北クラスが苦痛だったわけではない。綾小路グループで遊んだ時間も、堀北の無茶ぶりに付き合わされた日々も、悪いものじゃなかったと思う。クラスのために働かされたのも、その気になればどうとでも手を回して断れたわけだしな。
なら一体、何の違いがあるというのか。Dクラスにあって堀北クラスにないもの。オレ自身の『望み』を見つけるためにも、ここ最近はそのような事ばかり考えてしまう。
クラス闘争に加え、ノイズが混じるようになった自己分析に思考が行き詰まった時はいつも図書室へ行く。
オレにとっての安息。
別のクラスに移っても、学年が変わっても、この唯一無二の時間だけは変わらない。
「お待たせ〜。遅くなっちゃってごめんね」
「オレもついさっき来たばかりだ」
「にゃはは、優しいね綾小路くんは」
挨拶はほどほどに、一度席を離れてカフェラテを取ってきた一之瀬と向かい合って、口火を切る。
「今回の試験、クラス間で協力できることはほとんどない。それぞれ対戦相手についての情報交換が関の山だ」
「そうだね。けど、影響が小さいからこそ私は『試運転』が必要だと思う。同盟には色々と支障があるからね」
オレと一之瀬は内々で同盟を結ぶことに合意している。上位二クラスに追いつき、四クラスのポイントが拮抗するまでの強固な結束。オレたちの信頼関係によって成立したこの同盟は、今後のためになくてはならないものだ。
しかしDクラスは知っての通り、一之瀬たちと度々衝突してきた。龍園が去り、代表がオレになったからと言って、そう易々と信用されないだろう。
それでは意味がない。契約書によって縛られない柔軟さを保った結束だからこそ、上位クラスでは不可能なアドバンテージを得ることができる。常に裏切りを懸念し、保険を残して立ち回るようであれば、お互いに100%のポテンシャルを発揮できないからだ。
現在Cクラスは714、Dクラスは590と、1233ポイントを有するAクラスとは大きな隔たりがある。生半可な連携では追いつくことさえ難しいだろう。
「関係値の構築は急務だからね。ひとまず合同で勉強会をやる、っていうのはどう?」
「オレたちにとっては願ってもない。だが一之瀬たちはそれで良いのか? オレたちの面倒を見るのは学力向上において非効率だ」
「取捨選択した上だよ。付け焼刃で全体戦に勝てるとは思っていないからね」
一之瀬クラスは配属こそBクラスだったが、Aの坂柳クラスとの学力差は縮まっていない。彼女たちは一人の退学者も出しておらず三人分の人数有利があるが、それでも全体戦は劣勢と言わざるを得ないだろう。
その上、坂柳クラスは学力Aが四人、A-が二人、B+が五人と錚々たる布陣。個人の質においても隙がない。
しかし、一之瀬クラスにも学力Aが二人、A-が三人、B+が三人とそれなりに粒揃いだ。上手く坂柳を出し抜くことができれば、少数戦で逆転することも不可能ではないはず。
「全体戦が望み薄なのはむしろオレたちの方なんだがな」
「龍園くんは学力をほんとに軽視してたからね〜。今じゃ堀北さんのクラスに水をあけられてるみたいだね」
「最上位層はそれなりに健闘しているが中間層が絶望的だな。一応、クラス全体で底上げしようと試みているが、そこそこ勉強ができる、という生徒が少なすぎるせいで互いに教え合う場合の講師役が足りてないのが問題だ」
オレたちのクラスは入学当初Cクラスであり、平均学力でDの堀北クラスより上回っていた。しかし、一年次からの地道な努力によって既に逆転されている。やはり四人分のアドバンテージを加味しても全体戦は厳しいだろう。
「綾小路くんの本命は例の『
「ああ。ここで出し惜しむ理由もないからな」
あくまで本命は少数戦。仮に二勝を明け渡しても勝てる大勢を作っておかなければならない。
「そりゃそうだよね。……うん、それなら問題ないよ。勉強会の件について、クラスのみんなにも納得して貰えると思う」
「一之瀬にも策があるのか。お前たちの負担にならない範囲の協力で構わないぞ」
「綾小路くんの話を聞いて、元々の作戦にちょっと捻りを加えることにしたんだ。相手は坂柳さんだからね。闇雲に勉強するだけじゃ分が悪いのはわかっているから」
その後もオレたちは勉強会の詳細について議論する。特に一之瀬から提案された
それにしても、スムーズに話がまとまっていく。やはり優秀だ。
オレは春休み中、一之瀬に指導をつけていた。彼女には独力で堀北や坂柳を相手取るだけの実力が求められるからだ。
Dクラスで一学期を迎えたオレたちには、もはや敗北は許されない。そのため、時にオレは自分のクラスに注力するため、手を貸せないケースが起こり得る。その上坂柳が相手であり、同盟相手も十分な実力を持っていなければかえって足を引っ張られる恐れがあった。
しかし、彼女の明晰な頭脳は、オレの知略をどんどん吸収していき、期待以上の成果を挙げてくれた。今なら、龍園相手にただ攪乱されるようなことはあり得ないだろうな。
「思ったより早く終わっちゃったね。少し知りたいこともあるし話そっか」
「知りたいこと?」
「坂柳さんのことだよ。幼馴染って聞いたけど、そうなの?」
「あいつは昔からオレのことを知っていたようだが、オレがあいつと会ったのは高育が初めてだ。幼馴染というのは正確じゃない」
「そうなんだ。じゃあ坂柳さんが綾小路くんに強い関心があるのはあくまで一方的ってこと? 星之宮先生から聞いたよ。一年生の選抜科目試験のとき、彼女が綾小路くんをすっごい意識してたって」
「幼い頃にオレを知ってからずっと対抗心を燃やしているとは聞いたな。さっきも言った通り、オレは昔の彼女を知らない」
一之瀬はそっかそっか、と頷きつつ思考を巡らせているようだ。
望んだ答えだったのか、それとも別の思惑があるのか、彼女は喜色を隠そうともしない。
「随分と変わったな一之瀬。二年前のお前にはそういった情報を利用する、という選択は存在しなかっただろう」
「ん~、まあね〜。綾小路くんから見てこんな私は……イヤ?」
「いいや、むしろ好ましいと思っている。目的のため、使えるものは何でも使うべきだ」
「だよね。綾小路くんならそう言うと思ってた。だって、今の私はキミをお手本にしているんだもん」
そう言うと、卓上に置かれたオレの右手に自身の両手を重ねる。オレがそれを振り払わないことを確認した後、彼女は満足げに微笑んだ。
人心を掌握し、意識外から操ることで望む結果を導き出す。オレがいつもやっていることだが、彼女もいつの間にかそのアプローチを会得していたようだ。
それだけでなく彼女の持つ武器、人望をも上手く組み入れて昇華している。一時はクラスに不満を抱いていた神崎も、とうにやり込めてしまったらしい。
もしかしたら今回の試験、一之瀬クラスの勝利もあり得るかもしれない。
ならばここは一つ、一之瀬を信じて動いてもらおう。
「一之瀬に一つ頼みがある。オレたちのクラスが勝つために必要なことだ」
◇
一之瀬クラスとの勉強会を金田たちに提案したところ、あっさり承諾された。彼らも学力の強化は急務だと思っていたのだろう。
二日後の放課後以降、試験までほぼ毎日行われることになる。今から準備をしておかなければならない。
――でも、それは後回しでもいいだろう。
「どうかなさいましたか、綾小路くん」
「いいや、大した事じゃない。ここ最近は毎日図書室に来てるからな。自室かと勘違いして気が抜けていたんだ」
「ふふふ、すっかり綾小路くんも図書室の住人ですね」
そう、一学期が始まってからオレたちは殆ど毎日図書室で過ごしている。それはクラス会議があった日も、休日も例外ではなかった。
二人並んで本を読み、合間に雑談に花を咲かせる。
あらすじから作品名を当てるクイズをしたり、他愛もない日常について話したり。そんな、何てことのない時間。なのに、何故かオレは彼女の話す一つ一つを覚えている。文庫本の帯を外した後の保管場所に困るとか、デコボコのじゃがいもは皮むきが難しいとか、何一つ重要なことはないはずなのに。
思い返すと二年生の一時期、オレたちは少し疎遠になっていた。
今となっては昔の話だが、あのまま関係が消滅していたらどうなっていただろうか。そんな一年間は考えたくもなかった。
「ところで、一之瀬さんとの同盟は上手くいきそうですか?」
「それは今後の取り組み次第としか言えないな。オレが移籍した『よそ者』である以上、元々クラスにいた彼ら自身が信頼を得なくてはならない」
「私たちのクラスは一之瀬さんたちに迷惑かけてばかりでしたからね……。特に石崎くんのような『実働部隊』は強く警戒されていると思います」
一之瀬への誹謗中傷、特別試験での種々の妨害とDクラスには前科が多すぎる。ひよりは警戒と言葉を濁したが、そんな生易しいものではない。敵愾心と言うほうが正確だろう。
「その点は策を講じてある。石崎ら龍園の元側近とCクラスの中核を同じグループにして、オレと一之瀬の二人体制で見張るつもりだ。これなら衝突のリスクを最小限にしつつ、Cクラスの上部からの理解が狙える」
「それは一之瀬さんの提案ですか?」
「ああ。Cクラスの内情を一之瀬以上に理解している者はまずいない。彼女の方針に従っておくべきと判断したんだ」
勉強会の詳細については一之瀬に任せた部分が大きい。感情的な問題についても、オレでは思い至らないことも多いからな。
「……一之瀬さんは、綾小路くんをとても信頼しているのですね」
「オレたち二クラスは一蓮托生だ。それぞれ独力で現状を打開できる見込みは薄いからな。クラスメイト間の関係が希薄な以上、せめてリーダー同士の結束は密でなければならない」
オレの返答に一応の納得を見せたものの、ひよりはどこか思い悩んでいるようだった。
「……クラスが勝つためには必要な事として理解しています」
「――それなら、私も頑張らなきゃいけませんね」
そう言うとひよりは憂いを振り払うように微笑んだ。
特別試験の話はそこそこに切り上げ、いつも通り穏やかな時間を過ごす。
勝利とも成長とも違う。ただそこにいるだけでオレの中の虚が、満たされるような感覚。
ただ、こんな日常が続くことを、オレは願ってやまない。
◇
「一之瀬、どういうことか説明してくれないか」
綾小路くんとの会談を終えた後、私がDクラスとの勉強会を提案すると神崎くんは真っ先に反発を示した。
他のクラスメイトたちも困惑している。まあ、無理はないよね。今まで散々煮え湯を飲まされてきた相手なんだから。
「もちろんそのつもりだよ。でも、まずはこれから私たちのクラスが採る戦略、Dクラスとの長期的な同盟関係について話させてほしい」
そうして私は語りだす。勝つためには綾小路くんたちとの連携が欠かせないこと。上位クラスに追いつき、Aクラスが射程圏内に入るまで協力し続けること。そしてこの同盟は信頼が鍵になること。
あくまでクラスの利益に関することをかいつまんで伝える。私と綾小路くん個人のあれこれについて話す必要はないと判断した。私の恋愛感情を抜きにしても、これが最も勝ち筋のある方法だから。
それに最終的に綾小路くんと争うことになっても私は一切手は抜かない。クラスの仲間たちと勝つことに全力を注ぐつもり。
「かつて0ポイント、ぶっちぎりの最下位だったDクラスをAにまで押し上げたのは綾小路くんの功績だよ。そんな彼の味方となれば特別試験でも有利に立ち回れるし、その手腕を隣で学ぶこともできる。今後を見据えた上での最善手だと確信してるんだ」
「だから、みんなには今回の勉強会に協力してほしい。今までずっと対立してきたけど、一緒に歩み寄ってくれないかな」
クラス全員に向かって、誠心誠意頭を下げる。
みんなの気持ちを考えれば、受け入れ難いことを頼んでいるのはわかるから。
「帆波ちゃんのためなら私は手を貸すよ!」
「そうだな! 龍園はもういないんだから、案外普通に仲良くできるかもしれないぜ」
麻子ちゃんと柴田くんが同意してくれた。それを皮切りにみんなも声を上げていく。
「どうかな、神崎くん」
「……俺も異論はない。同盟相手が元龍園クラスという点は気になるが、綾小路なら上手くコントロールして勝ち上がってくるだろう。足を引っ張られる可能性は低いと思う。むしろ俺たちが置いて行かれないよう努力しなければならないかもな」
彼も思案の末、頷いた。
あくまで平静を装っているようだけど、クラスの誰よりも安堵しているみたい。
綾小路くんが味方になることの頼もしさ。敵として相対した彼の恐ろしさを身に染みて理解しているからこそ、私たちにはわかるよね。
「けどよ、綾小路ってそんなすごいやつなのか?」
「直近の話なら学年末の特別試験、堀北を完封してみせた一之瀬が手も足も出ずに負けたんだ。個人の実力も、指導者としての才覚も底が見えない」
「そ、その節はごめんなさい……」
「いや! 責めている訳ではない。むしろ俺の方こそお前にだけ重責を担わせてしまってすまなかった」
神崎くんがあの日のことを話題に出すと、情けない私の姿を思い出して恥ずかしくなる。
クラスのみんなには申し訳ないことをした。けど、あの経験があるからこそ今の私があるんだよね。
彼もあの日のことで綾小路くんに喝を入れられ、今は心機一転Aクラスを目指して努力している。本当に、彼には感謝してもしきれないよ。
「勉強会の話は理解した。だが試験対策として効率的でないことも事実。Bクラス相手の戦略はどうするつもりだ」
「もちろん疎かにするつもりはないよ。一応私なりに作戦を練ってあるから、みんなに聞いてほしいんだ」
そして、私はみんなに作戦を伝える。全てを話せるわけじゃないから、この説明だけで納得してもらえるように細心の注意を払わなければならない。
「……悪い作戦ではないと思うが、随分とシンプルだな」
「坂柳さんは正道も邪道も高レベルで使いこなしてくる難敵。けど、今回に限って言えば奇抜な一手を打つ必要はないはず。だって学力差を考えれば勝って当然、と考えているはずだからね。だからこそ、私たちはそこを狙うしかないと思う」
「わかったよ、私たちは何をすれば良いの?」
「それぞれテスト勉強に取り組んで欲しいかな。全体戦が厳しい戦いになるのは百も承知だけど、最初から捨てるわけにはいかないからね」
そうしてみんなは思い思いに賛同の意を示す。けど、神崎くんと姫野さんは神妙な面持ちを隠せていないみたい。話に不服があるというより、勉強会についても、私の作戦についても、みんながあまりにも簡単に賛同することが不満なんだろうね。
どちらにせよ神崎くんにはこの作戦のために動いてもらう必要がある。『みんなが帰ったあと話があるからバレないように一人で残ってほしい』とメッセージを送っておく。姫野さんについては、後で神崎くん経由で宥めておいてもらおう。
彼女のような『改革派』は成長のためには必要だけど、今だけは足並みを乱されちゃ困る。
「この後メッセージを送った人については、今日からよろしくね! それじゃあ解散!」
今回の試験、正攻法で戦えばまず勝ち目はないと思う。
それでも、私に負けるという選択肢はない。誰一人欠けることなくAクラスに上がる約束は、まだ果たされていないのだから。
大好きなクラスのみんな。
この学校で得たかけがえのない仲間たち。
別にクラスの違う人たちを好き好んで蹴落としたいわけじゃない。けど、私の手は小さいから、誰彼構わず優しくしてあげることはできないんだ。
せめて、クラスメイトだけは守る。そのためには『敵』に容赦しないって決めた。
「神崎くん、特別試験のために一つ頼みたいことがあるんだ。いいかな?」
だから――卑怯とは言わないでよね、坂柳さん。
一之瀬帆波(一章時点)
学力 A(87)
身体能力 C+(56)
機転思考力 B(75)
社会貢献性 A+(94)
総合 B+(76)
原作ヒロインの一人にして一之瀬クラスのリーダー。
卓抜した社交性と高い頭脳を備えるが、優しすぎる性格が災いして一、二年生の特別試験では振るわなかった。二年生の二学期、綾小路への恋慕をきっかけに開花を始め、『契約』の夜、綾小路と肉体関係を結んだことで完全に覚醒した。
龍園をして『獣』と言わしめる豹変ぶりを見せるも、彼女は決して悪人になったわけではない。クラス間競争と綾小路さえ絡まなければ元の心優しい彼女を見ることができる。
しかし、クラスメイトを守るため、そして思い人の隣にいるためなら、彼女はいかなる手段をも厭わないだろう。
本作でも同様にヒロインを務める。一章から大立ち回りを見せる予定だが、本作での立ち位置は決して『悪役』ではない。
原作と異なりDクラススタートとなった綾小路は彼女の成長をより志向しており、春休み中には直接教えをつけていた。彼を手本に作中でも屈指の進化を遂げる。
二年生以降、信頼のおける同級生や後輩による情報網を構築しており、三年生以降はその運用を本格化させていった。その規模は広く、今や学校一の情報通とすら言える。彼女の「偶然」は大抵、偶然じゃない。また、後輩との取引によってポイントを集めているとのこと。これは龍園のやり口を手本に、自分の長所を取り込んだ形だ。
加えて他のヒロインを意識しており、特に綾小路の秘密に最も近いであろう坂柳有栖、二年間彼の相棒であった堀北鈴音、そして綾小路と最も日常的に接している椎名ひよりを強く警戒している。その他にも櫛田桔梗、軽井沢恵らをマークしており、後々天沢一夏も加わる。
なお、彼が椎名と頻繁に会っていること自体は把握しているが、彼女にだけ見せる綾小路の姿には、まだ気づいていない。