とある学園の消音能力   作:崩れて集める

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第十話

「……待ってろよ、レベルアッパーの製作者《黒幕》。お前のその歪んだ数式、俺のハメ技で完全に解体してやるからさ」

集中治療室(のベッドで静かに眠り続ける佐天さんの冷たい手を、そっとシーツの上に戻す。過去のトラウマを乗り越え、大切な仲間を救い出すために、俺は胸の奥で静かに、けれど誰にも消せない激しい業火を燃え立たせていた。病室のドアを開け、廊下へ踏み出す。振り返った俺の顔には、すでにいつもの『飄々としたお調子者の演技《仮面》』が完璧に張り付いていた。だが、その仮面の下にある瞳だけは、冷徹極まりない黒幕を倒し、そして大切な仲間を救うためのヒーローの『素の目』へと完全に切り替わっていた。

そうして、病室を出て歩いているとなにやら、慌てている常盤台コンビがいた。

「おい、なに病院で慌てているんだお前たち?」

俺の呼びかけであちらも俺の存在に気づいた。

「あ、鳴海! あんたいい時に」「――ッ、鳴海さん、 ちょうど良いところに!」

病室を出て廊下を歩き始めた直後、前方から凄まじい足音と共に、肩を激しく上下させた御坂美琴と白井黒子が走ってきた。二人の顔は一目で事態の最悪さを物語る焦燥とパニックに染まっている。

「御坂に、白井? おいおい、そんなに慌ててどうしたんだよ。由緒あるお嬢様学校である常盤台の制服が泣いてるぞ?」

あえていつもの飘々とした演技のノリで声をかける。だが、返ってきた美琴の言葉は、俺のその演技の余裕すら一瞬で剥ぎ取るほどの衝撃だった。

「冗談言ってる場合じゃないわよ! ――レベルアッパーの製作者《黒幕》の正体が分かったの!」

「何……?」

その発言は俺を予想していないものだった。

「あいつよ、あの脳科学者の、木山春生だったのよ!!」

心臓が、ドクンと嫌な跳ね方をした。木山春生。数日前、連続虚空爆破事件の後に美琴たちがファミレスで会ったという、あのどこか浮世離れした脱ぎ魔の学者。

「あの女が……黒幕だと? 辻褄が合わないな。レベルアッパーは脳の演算領域を拡張するアイテムだろ。ただの学者に、そんな高次な能力開発のシステムを個人でばら撒けるわけが――」

「違うのよ、鳴海さん!」

黒子が俺の言葉を遮るように、悔しげに奥歯を噛み締めながらタブレットの画面を俺に突き出してきた。そこには、初春がジャッジメントの支部で解析したであろう、レベルアッパーの音声プログラムの真の『解体数式』が並んでいた。

「レベルアッパーは、使用者の能力そのものを引き上げるような、そんな高尚な代物ではありませんでしたの。……あれの本質は、『同じ脳波のネットワークへの強制接続回線』。使用した1万人以上の脳の周波数を一つの巨大なネットワークとして繋ぎ合わせることで、木山春生という『ホスト』を頂点とした、巨大な並列演算コンピューターを街の裏で構築していたんですのよ!」

画面の数式を視線でスキャンした瞬間、俺の脳細胞が狂ったように真実を弾き出した。

(あぁ、そうか……! だから介旅たちの出力とレベルが矛盾していたんだ!)

一人の人間の脳では溢れてしまう濁流のような高次演算。それを、1万人以上の脳に分散して処理させていたんだ。かつて、俺が自分の脳内だけで『自己催眠ループ』を敢行して五感遮断の自爆バグを起こしたあの実験。

木山春生は、その自滅のバグを「他人の脳を1万人分繋いでリレーさせる」という、極悪極まりない力技でクリアしていたのだ。

「他人の脳をハッキングして、自分の演算の踏み台(ルーター)にしたっていうのか、あの女は」

仮面の下の素の思考が、冷たく凍りつく。だが、最悪の知らせは、それだけでは終わらなかった。美琴が俺の制服の袖を強く掴み、今にも泣き出しそうな声で叫んだ。

「それだけじゃないのよ……! レベルアッパーの全貌が判明した直後、研究所にいた木山は、初春を自分の車に乗せたまま、強制的に連れ去って逃走したの! 今、警備員(アンチスキル)が総出でその車を追跡してるわ!」

「っ、初春が連れ去られた……!? アンチスキルが追ってるって、今はどこにいるんだ!」

俺の問いかけに、黒子が通信ヘッドセットを押さえながら、鋭い表情でタブレットを操作する。

「現在、わたくしがジャッジメントの回線からアンチスキルの無線と追跡情報を傍受し、リアルタイムで情報を回していますの。……木山の車はアンチスキルの包囲網を強行突破し、現在、第十七学区の巨大高架橋へと向かって逃走を続けていますわ! お姉様は今すぐ現場へ向かって木山を追ってください! わたくしはここに残り、バックアップとして最新のルート情報を送り続けますの!」

黒子が司令塔として完璧に情報を回す役割を買って出る。「初春が車で連れ去られた」「アンチスキルが追跡中、ルートは第十七学区」。

その確定データが揃った瞬間、俺の脳細胞は、スタミナ不足の肉体的ハンデを埋めるための数式を瞬時に弾き出していた。

「……待って。高架橋に向かってるなんて言われても、あたし達の足じゃ追いつけないわよ! 車に走って追いつけるわけないじゃない!」

美琴が焦燥のままに声を荒げる。だが、俺は首を横に振った。

「走る必要なんてない。――、病院の駐輪場に俺の愛車(バイク)を使うぞ」

「え? バイクって……鳴海、アンタ運転できるの!?"」

「一応、高校に入ってすぐに普通二輪の免許は取ってある。……それに、お前の電気があれば、あのバイクのモーターを限界以上に強制駆動(オーバードライブ)させられる。木山のスポーツカーの速度を上回る計算だ」

「……! なるほど、あたしを外部ブースターにするわけね。面白いじゃない!」

美琴の瞳に、不敵な勝利の火花が灯る。黒子に情報回しを任せ、俺と美琴は駐輪場へと飛び降りた。俺がバイクに跨がり、後ろに美琴が飛び乗る。彼女がプラグへ手をかざし、青白い電撃を流し込んだ瞬間、バイクのジェネレーターが怪物の咆哮のような高周波を上げて凄まじい電磁ノイズを放ち始めた。――ギャァァァァァンッ!!!タイヤが激しく白煙を上げる。ただのバイクが一般の物理法則を完全に無視した超加速を見せ、爆音と共に病院の敷地を飛び出した。

「鳴海、木山の車のGPSは遮断されてるのよ!? 黒子からの情報を頼りにするしかないわね!」

「ああ。……それに加えて、俺の能力で、初春が持っている携帯端末の『通信ノイズ』を直接拾う。黒子の情報と合わせて、位置のズレをゼロにする」

暴風に顔を煽られながら、俺は能力の受信ピントを空間全体へと拡張した。黒子から無線で送られてくるアンチスキルの追跡ルート。それに重ねるように、俺の耳は、初春の端末が基地局へ送り続けている「固有の電波周波数の残響」をピンポイントでハッキング・パッシブ受信する。生身の耳には聞こえない、けれど俺の能力なら確かに捉えられる、微細な大気の軋み。その電波の減衰率とベクトルの移動速度を、俺の脳が超高速で逆算していく。

「見つけた……! 黒子の情報の通り、ルートは第十七学区の巨大高架橋だ。あいつ、先回りしたアンチスキルの装甲車を能力でブチ壊しながら進んでる。高架橋のコンクリートから、複数の異能の爆音が伝ってくるぞ」

「よし! このまま最短ルートで先回りするわよ!」

美琴がさらに電流を引き上げ、電磁ブーストされた俺の愛車は音を置き去りにするような速度で高架橋のインターチェンジへと駆け上がっていった。

 

 

第十七学区、巨大な高架橋の上。そこは、すでに地獄絵図と化していた。アンチスキルの装甲車が何台も横転し、炎と氷、擬似的な重力の歪みによって、強固なコンクリートの道路がメキメキと抉り取られている。その破壊の嵐の真ん中を、木山春生の乗る車が冷酷に進んでいた。

だが、その車の目の前に、火花を散らす車輪を激しく軋ませながら、一台の黒焦げかけたバイクが滑り込むようにして立ちはだかった。急ブレーキをかけ、車から降りてくる木山春生。その助手席には、怯えながらも、俺たちの姿を見て窓を叩く初春の姿があった。

「鳴海先輩……! 御坂さん……っ!」「初春……!」

美琴が激しい火花を周囲に散らしながら、一歩前に出る。木山は眠そうな目のまま、俺たちを見て心底不快そうに、冷たくため息を吐いた。

「レベル5に、見たところただの学生……。これ以上、私の邪魔をしないで。私は、あの実験を止めるわけにはいかないのよ」

1万人以上の脳のネットワークを独占し、あらゆる異能を同時に操る『多重能力(デュアルスキル)』の化物。

だが、その圧倒的な存在感を前にしても、俺の胸の奥の業火は1ミリも揺らがない。俺は美琴と並び立ち、戦闘のための数式を脳内で組み立てながら一歩前に出る。

だがその刹那、美琴が左手で俺の胸元をぐっと制した。

「鳴海、アンタは下がって」

「おい、御坂。俺だって戦う算段は――」

「バカ言わないで。あんたは打たれ弱いレベル1でしょ。あの化け物の正面衝突に巻き込まれたら一発で死ぬわよ」

美琴は前を見据えたまま、その身体からパチパチとさらに凶悪な青い電撃を噴き上がらせる。けれど、その横顔には、俺の能力に対する絶対の『信頼』が宿っていた。

「正面はあたしが引き受ける。だからあんたは――その音を消す能力で、木山の死角から初春を確実に救い出しなさい。それができるのは、世界中であんただけなんだから!」

レベル5の超電磁砲から託された、隠密救出という最大の役割。俺は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにフッと、仮面の下で不敵な笑みを漏らした。あいつ直伝のお節介を、ここで無駄にするわけにはいかない。

「……了解した。おい御坂、俺も初春を助けたらすぐ行くから、それまで絶対に負けんなよ」

「ふん、誰に向かって言ってるのよ。あたしはレベル5なんだから負けると思ってんの?」

美琴が不敵に笑うと同時に、天を突くような大光雷が爆ぜた。

激しい爆音と砂煙が高架橋を包み込み、木山の意識が美琴の圧倒的な一撃に完全に向いたその瞬間、俺は静かに気配を消し、行動を開始した。

自分の足元、衣服が擦れる音、呼吸音――俺という存在から発せられるすべての音の周波数を、能力でピンポイントで受信し、完全に相殺する。音の存在しない『真空の死角』を纏った俺は、激しい大火力戦の爆音に紛れて、木山の車の助手席へと滑り込むように肉薄した。

車のドアを引く。そのラッチが外れる金属音すらも能力で綺麗に消し去り、俺は車内へ手を伸ばした。

「ひゃ、あ――っ!?」

恐怖に身を竦めていた初春の口を、俺は手のひらで優しく、けれどしっかりと覆う。

「静かに。初春、助けに来たぞ」

「む、鳴海、せんぱ……っ!」

涙で目を潤ませる初春の手を引き、俺は彼女の足音や衣擦れの音も自身のミュート領域に巻き込みながら、爆煙を抜けて安全な高架橋の遮蔽物――俺のバイクの影へと一気に退避した。激しい電撃の火花が遠くで炸裂する音が響く中、俺は初春をバイクの陰に座らせ、彼女の肩を両手でしっかりと掴んで目線を合わせた。

「初春、大丈夫だったか? どこか痛むところはないか?」

「は、はい……! 大丈夫です……!」

「あの女に、何か酷いことや、変な実験をされそうになったりしなかったか? どこも怪我はないな?」

俺がいつになく早口で、必死に彼女の全身を確かめるように問いかけると、初春は一瞬だけきょとんとした後、ポロポロと大きな涙を頬に伝わせた。張り詰めていた恐怖の糸が、俺の言葉で一気に解けたのだろう。

ぐすっ……な、何もされてません……っ。木山先生、ただ、データを解析しろって私を車に乗せただけで、暴力を振るったりは……う、うわぁぁん! 鳴海先輩、怖かったですぅ……っ!!」

俺の制服の裾を両手でぎゅっと掴み、子供のように声を上げて泣きじゃくる初春。その小さな、けれど確かに温かい手の感触を確かめながら、俺は心から安堵の息を吐き出し、彼女の頭の上の花飾りを優しく撫でた。

「そうか。無事でよかった。……佐天をあんな目に合わされて、お前まで失ったら、俺は自分の計算の甘さを一生呪うところだった。よく頑張ったな、初春」

「鳴海……先輩……」初春が涙を拭いながら俺を見上げる。無事に彼女を安心させられたことを確認し、俺が立ち上がろうとした――まさに、その瞬間だった。

――オォォォォォォンッ!!!!

鼓膜を、そして高架橋の分厚いコンクリートの底を直接揺らすような、これまでに聞いたこともない凶悪な大爆音と振動が戦場に轟いた。空気が急激に歪み、熱波と、それから巨大な氷の塊が粉砕される轟音が連続して鳴り響く。

複数の異なる能力が完璧に同調し、美琴の周囲に押し寄せている音波のデータが、俺の耳に尋常ではない危険信号を叩き込んできた。

「嘘、でしょ……!? なによこれ、能力の数が多す――っ、きゃああああああッ!!」

爆炎の向こうから、美琴の悲鳴が聞こえた。いくら第3位のレベル5だとしても、1万人分の演算を一人で操る化物だ。正面から大火力だけで押し切れるほど、木山春生という存在の数式は甘くない。

「御坂……っ!!」

俺の顔から、安堵の表情が一瞬で消え失せる。すでにスタミナは完全に限界を迎えており、太も目の筋肉は引き千切れそうなほどに熱く軋んでいた。走れば口の中に鉄の味が広がり、脳波の処理速度すら落ちかねない。だが、そんなインドア派としての冷徹な言い訳など、俺の魂のプライドが一切を却下した。「初春、ここでじっとしてろ!」

「え、鳴海先輩!?」

俺は初春に一言言い残すと、崩れかけ、黒煙が渦巻く高架橋の戦場へと、自分の生々しい足で、死に物狂いで地を蹴って走り出した。もつれる足を、必死に前へと突き出す。肺が破裂しそうなほどに激しく息を吐き出す。

(負けんなよって、言ったばかりだろ、御坂……っ!)

友達を死なせてたまるか。あの時、学校の教室で俺を見てくれていた上条に命を救われた俺が、ここで足を止めるわけにはいかない。いつの間にかお調子者の仮面は完全に消え去り、俺は牙を剥くような『素の目』のまま、美琴を救い、木山をハメ殺すための決戦の渦中へと全力で飛び込んでいくのだった。

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