ぽこ あ ポケモンをプレイしていたら初代赤緑に熱中していたあの頃を思い出しました。The Originに手を出して無事再燃しました。ほんとうにありがとうございました(涙腺激弱オタク)
「僕の名前、レッドっていうんだ」
燃えるように赤かった西の空は、気がつけばとっくに暗くなっていた。足元はろくに見えず、小石か枯草か何かを踏んづけたような気がして足が止まる。
いや、止めている暇なんてなかった。落ちてくる汗を拭うこともできないまま、記憶だけを頼りに必死に来た道を引き返す。
腕の中には、わたより柔らかいような液体のような、そんな物体が収まっていた。物体としか言いようがなかった。人によって意見が分かれる感触だと思う。前にニビシティの科学博物館に課外授業で行ったときに見せられた、スライムっていうものにすごくよく似ている。
けど、こいつはそのスライムと違って体温も感情もあるちゃんとした生き物だ。ちょっと前まで動いていたのを、僕はこの目で確かに見てたんだ。
「きみは? きみはなんていうんだろう? ……野生なら、名前なんてなくて当たり前なのかな」
勝手に視界がぼやける。転びそうになって、それでもただ無心で走った。
腕の中の生き物は、今はぴくりとも動かなくなっていた。こいつの血なのか、僕の汗なのか、よくわからない飛沫が僕の手をあっという間に濡らしていく。
遠くから、すぐ近くから。何匹もの鳥の鳴き声が追いかけてきて、僕は「さっきの奴らだ」と心臓を跳ねさせた。
「なあ……死ぬな、死んじゃだめだ! 僕が助けてやるから……」
スライムみたいな生き物は、返事をしない。ぐじゅぐじゅの顔を上げた先、ふと木々の隙間からぼんやりと街灯の灯りが見えた。
あと少しで、二十二番道路を抜けられる――祈るような気持ちで木立の中に飛び込んだ。
紫、ときどき赤、緑
僕の名前はレッド。
ポケモントレーナーを目指していた父さんが「憧れだった、すっごく強い伝説のトレーナー」からとってつけてくれた。
ちなみに父さんはトレーナーに向いてなかったらしくて、ニビシティのジムテストでボコボコにされて以降あっさりと夢を諦めちゃったそう。
だから母さんと結婚したとき、「子どもには是非レッドさんかグリーンさんかリーフさんの名前を!」なんて連呼してはその度にしばかれていたんだって。
「レッドー。お友達が来てるわよー」
「……はぁい」
まあ、僕の名前の由来や父さんのことはどうでもいいんだ。近頃、僕にはちょっとした悩みがあった。
学校が終わって、いざ自習か昼寝か、という微妙なとある時間帯。
この頃にうちにやって来るのは、僕より先にポケモントレーナーになることができたクラスメイトや幼馴染みたちだ。僕はこの訪問に心底うんざりしていた。
「よお、レッド! お前まだポケモンもらってねーの?」
「『レッドしょうねん』の名が泣くぞー、早く捕まえてこいよー!」
「あ、トレーナーの資質がないんだっけ? 悪い悪い、ぼくのなんか一昨日進化までしちゃったもんね!」
……なんか、どこかで聞いたことがあるセリフのオンパレードだった気がする(ボン ジュール的な)。
さておき、そうやってひとしきりワーワー言い終えるとあいつらはポケモンの育成に戻っていくんだけど、中にはポケモンの力を自慢しようとする奴もいた。
一番こたえたのはコイルの「でんじは」だったかな? いや、「でんきショック」だったかもしれない。もちろん威力はちゃんと抑えてくれてるんだけど、でも当たったりするとそれなりに痛かった。母さんにバレないようにするのが大変だったのを覚えている。
以来、僕は自分が静電気や雷なんかのバチバチが苦手になってしまったような気がしている。
「ねえ、レッド。パパがね、次のお仕事でマサラタウンに出張することになったんですって。レッドはついていく?」
僕だってそろそろポケモンがほしいかな……いや、まだいらないかも……そうやってぐるぐる考え込んでいたある日、母さんから急にそんなことを言われた。
僕の父さんは商社勤めなんだけど、ごくたまにこうやって数日から数か月の間、別の街に泊まりがけで出かけるときがある。いつもなら僕と母さんはセキチクシティで留守番をしているはずなんだけど、この日はちょっとだけ違った。母さんの目は、なんだか妙に真剣だった。
……からかわれていたのがバレちゃったんだろうか。隠してたつもりだったのに。
なんとなくいやな気分になった僕は、無言で首を縦に振っていた。
こうして僕はひょんなことから、「レッドしょうねん」に縁深いという小さな町、マサラタウンに少しだけの期間引っ越しすることになった。
「……本当に、なーんにもないなあ」
「マサラはまっしろ、はじまりのいろ」。マサラタウンのキャッチコピーだ。
生ける伝説のトレーナー、レッド少年と彼の幼馴染みの出身地、マサラタウン。ポケモン研究の第一人者、オーキド博士の研究所があることでも知られている。
けど、正直言って僕にとっては全部ふぅんって感じだった。
そもそも僕はまだ手持ちのポケモンなんて持っていないし、周りが言うほどポケモンにだって興味がない。伝説のトレーナーにしたって、雲の上の人だ。前は人並みに関心があったのかもしれないけど、いつもの訪問客とのあれこれがすっかり響いてしまった感じで考えるのも億劫だった。
ないならないで、それでいい。なにも、子どもたち全員がポケモントレーナーにならなきゃいけないわけじゃないんだし。
……とにかく、マサラタウンはのどかで平和な町だった。
このまま何事もなく出張期間が終わるんだろうなあ、そんな風にタブレットで予習を進めていたある日、母さんからいきなりおつかいを頼まれた。
「トキワシティのポケモンセンターに取りに行ってほしいものがある」って……なんか、すっごく目が泳いでるけど気のせいかな?
「母さん。わざわざトキワシティに行かなくても、通販とかで済ませればいいんじゃない?」
「それだと送料かかるじゃない。それにあなたも家に籠もってばかりで、たまには外に出て遊ばないと!」
「こっちに友達もいないのに?」
「へりくつ! ほら、暗くなる前に行ってらっしゃい。寄り道しないで行くのよ、あと草むらには入らないようにね!」
はぁい、なんて生返事をしてから町の北に向かう。
もうすっかり見慣れたレンガ舗装の道を抜けると、あっという間に一番道路に出た。ここを北に抜ければ、すぐにトキワシティだって聞いてるけど……。
「……外で遊べ、って言ったのは母さんだよね?」
せっかくだし探検だ、この道はトキワの森とも呼ばれているらしいし、草むらの野生ポケモンにさえ気をつけていればきっと大丈夫。
実際に、トキワシティまでの道のりは平穏そのものだった。草むらが時々ガサガサいっていたみたいだったけど、走って抜ければ何も怖いこともない。
なんだ、拍子抜けだなぁ――街の入り口直前、緑一色の屋根瓦を前にして僕は何を思ったか西へと足を向けていた。
なんとなくだ。理由なんて特になにもなくて、本当にただの思いつきでしかない散策だった。
「……え?」
二十二番道路と書かれた看板を、どこかで見た気がする。
気がつけば、いつの間にか空が真っ暗に染まっていた。確かに結構あちこち見て回ってたけど、それでもまだ時間は夕方前くらいのはずだ。
いきなり夜になるなんてこと、ないはずなのに。そうして慌てて頭を上げて、すぐに僕は理由を察した。
……鳥だ。数えるのもいやになるくらいの鳥ポケモンが、空を覆い尽くしている。
彼らがたくさんいるから夕方前なのにこんなに道が暗いんだ――そう思った瞬間、僕はその場で固まっていた。逃げなきゃと分かっているのに動けなかった。
あの茶色の羽根のポケモンは……確か、図鑑に載ってたはずだ。思い出せ、思い出せ……そうだ、名前は確か、
「オニスズメ!」
僕は、そんなことを考えている場合じゃないだろうに、なぜか鳥ポケモンの名前を思い出すのに一生懸命になっていた。思い当たる名前を閃いたとき、僕は大声をあげると同時に何気なく視線を前に向けていた。
そしてこのとき、ようやく僕はオニスズメたちがどうしてこんなにこの場に集まっているのか、なんとなく予想でだけど、想像することができたんだった。
「あれは……ポケモン? いや、落とし物かな」
オニスズメたちは、代わる代わる空から地上めがけて滑空して、地面に置かれた何かを突っついていた。
なんか……ぷにぷに、ぶにぶに? している。そいつはピクリとも動かなくて、生きてるのか死んでるかも分からなくて、とにかく、そこから動かなかった。
あれって生き物なんだろうか。僕はオニスズメの群れのこともすっかり忘れて、なぜか引き寄せられるように駆け出していた。
「これ……こいつっ、生き物だ! ポケモンじゃあないか! おい、大丈夫か!?」
数匹のオニスズメを払いながら近寄ると、そいつは一度だけ、ぴくっと体(らしきもの)を動かした。
生きてる……まだ生きてる! 僕ははっとして、慌ててそいつを両腕で抱きかかえた。そうして立ち上がろうとした瞬間、太腿のあたりに鋭い痛みが走った。
「うわっ!? いっ、つ……」
オニスズメだ。確か図鑑には、彼らは縄張り意識がすごく強い、って書いてあった気がする。
それにこの数……これは、マズい。
「うっ、ううっ……やめろよ、来るな! あっち行け!!」
ズボンやシャツが破かれ、血が滲んだ。けど、ここでこいつを放したらこいつは突っつかれ続けて、きっと怪我だけじゃ済まなくなる。
僕は、痛いのも怖いのも全部投げ捨てるようにして、えいやっと立ち上がった。そのまま脇目も振らずに駆け出して、ひたすら来た道を引き返す。
「どうしよう、マズいよ、母さん父さん……!」
そいつは、ピクリとも動かなかった。僕に抱えられたまま、返事らしい返事もしない。
もう助からないんじゃないか……冷たい想像が頭の中を抜けていって、僕はたまらず歯噛みした。歯が噛み合わなくて、口の中に鉄錆の味が広がっていく。
とにかく、僕は腕の中のポケモンを助けてやりたくて必死だった。本人からは、助けて欲しい、なんて言われたわけでもなかったけど。
「……僕の名前、レッドっていうんだ」
気がつけば、僕はそいつに話しかけていた。
「きみは? きみはなんていうんだろう? ……野生なら、名前なんてなくて当たり前なのかな」
怖い。ずっと追いかけられてて、空も真っ暗で、すごく怖い。いつの間にか日も傾いてしまっている。
僕は、こんなに走るのが遅かったろうか。それともオニスズメたちの方が速いんだろうか。相手はポケモンなんだし、無理もないかもしれないな。
何度目かの羽ばたきが真後ろに迫って、僕は言葉にならない悲鳴を上げた。転びそうになって、自分の非力さに嫌気が差す。
「……」
「あっ……」
そのとき、ぷるぷるとした何かが僕の腕に触れた。
震えているその塊は、表面はしっかりしているのに中身はぷよぷよで、なんていうか……液体を無理やり固めて腕みたいに伸ばした、みたいな感じだった。
目が合う。見上げてきたそいつの目は、黒い丸そのものだった。ただの記号が二つ並んでるようにしか見えないのに、そこには僕と同じ、強い恐怖がはっきりと浮いてるように見えた。
ああ……このポケモンだって生きていたいんだ。僕はまた小さくなったそいつに頷き返して、両足に力を込める。
「……しっかり!! なあ……死ぬな、死んじゃだめだ! 僕が助けてやるから……大丈夫だから!!」
どれだけ走ったか分からなかった。でも、あと少しで二十二番道路を抜けられる。いちかばちかで、僕は木立の中に飛び込んだ。
暗がりの先、ぼんやりとだけどトキワシティのものと思わしき明かりが見えた。街中に入った頃には、オニスズメたちの鳴き声は聞こえなくなっていた。
僕はその足で、すぐさまトキワシティのポケモンセンターに駆け込んだ。
後ほど、個人サイトにも掲載予定です。ウー、ハーッ!