視点を宇宙組に戻しまして。
SFに詳しくない人間が書くとこうな ( ‘д‘⊂彡☆))`ν゚)・;'
夜が明ける。視界の端に、眩く光る焔が見える。
遠く離れた第二の星から旅立って……どれくらいの時間が経ったんだろう。僕たちは丸い小さな窓から、ようやくかつての故郷を見つけることが出来ていた。
青い海と白い雲、風の流れ、茶色と緑の大地。見下ろした先には、確かに地球の姿が確認できた。
窓から美しすぎる青を眺めていた僕は、滑るように横から身を乗り出してきた幼馴染みに宇宙服ごと体を押しのける勢いでグイグイ来られて、カチンとした。文句を言おうとしたら、ユズはヘルメットの奥で顔をぐじゅぐじゅに泣き崩している。それを見たら何も言う気にならなくなってしまった。
「――よし、着陸態勢に入るぞ。打ち合わせ通りに頼むぜ」
「……! ……」
「はーい。各員、戦闘配置ーっ」
「戦わねーぞ、リーフ。テンション控えめでいけ」
グリーンさんは、前もって帰還するときの心構えや事前準備、実際の手順をしっかりと僕たちに指導してくれていた。本当なら専門の作業員やオペレーターを用意してやることらしいんだけど……ここにいるのは僕たちトレーナーだけだから、自分たちでなんとかするしかない。
歯噛みしながらレバーを握ったとき、ふと前方に控えていたレッドさんと目が合った。レッドさんは一度だけ頷いて、すぐに自分の作業に戻っていく。まるで、信じてるから頑張れ、とエールを送られているような気になった。
余計な力が抜けていくのを感じながら、隣のユズと頷き合う。
「いいか、細かいことはオレがフォローしてやる! 失敗してくれてもいいが、全員潰れるのは無しだ! あと舌は噛むなよ!!」
グリーンさんでも噛んだときがあったのかなあ、と僕は歯をきつく食いしばりながら思った。直後、ガタガタと機体が軋む音と震動が鳴り響いて、緊急事態を知らせるアラートが四方八方から聞こえ始める。
「……!!」
「わっ、わあぁ! レッド、グリーンー!!」
「うわあああっ! 母ちゃん父ちゃんっ、コイルー!! 死にたくねえよぉ!」
僕は無我夢中だった。色んな叫び声が聞こえていたけど、そもそも聞いていられる余裕がなかった。
ひときわ大きな震動が走って、直後、突然浮遊感に襲われる。そのとき、目の前にあったレバーがいきなり元の位置に戻ろうとし始めて、僕は混乱した。意地で掴み、引き直そうとしたけどビクともしない。隣からグリーンさんの手が伸びてきて、同じレバーを全力で引っ張りだした。
「……ッ、んの、クソッ……!」
「……グリーン!」
「グリーン! レッド!! やだやだっ、フシギバナ、ファイヤー! イーブイー!!」
他の凄腕二人も手を貸してくれるけど、まるで固定されているかのようにレバーは倒れない。
眼下に海面が広がっているのが一瞬見えて、僕は「胴体着陸みたいなことになるのかな、それだと死んじゃうな」、なんて顔を青ざめさせた。
『――、』
僕は……死にたくなんてなかった。なのに、このときは結構、半分くらい諦めかけてた。なんの気もなしに、いや、人生最後の景色を目に焼きつけようとして、僕は丸い強化ガラスの外を見る。
……そのとき、僕は眩く光るものが目の前を過ったのを確かに見たんだ。
柔らかな色味の黄色、小さな体、ひらひらと揺れる何かの束。パチッと瞬いた小さな目と視線が重なったことさえも、夢のなかの出来事としか思えなかった。
「え……なに……?」
『――、』
サラサラと揺れる笹の葉の音のように、それが僕を……僕たちを眺めて笑い声をあげている。
キラキラと光る木漏れ日か流星群のような細かい光がいくつも走って、それが通り過ぎる地点に、真っ白な星の道――小さな天の川さえ作り出した。
その生き物は、ロケットの周りをまわってはいくつもの光の道筋を作り、また次の瞬間には機体から離れ、気まぐれに飛んでいる。まるで星の神様に包帯でぐるぐる巻きにされながら遊ばれてるみたいだった。僕は「もしかしてこの子もポケモンなんじゃ」と思い始めてた。
そのとき、ひときわ大きな震動が船を揺らした。僕は耐えきれなくて、レッドさんたちにもたれかかっていた。
「うそっ……『ジラーチ』!?」
刹那、隣からリーフさんの声が聞こえて僕はめちゃくちゃビックリして硬直する。
ジラーチと呼ばれたその星は、ニコリと笑うや否やまた宙をくるりと回った。そのまま星々の軌跡を残しながら、遠くの陸地めざして一目散に飛んでいく。
「――っし! 動いたぜ!!」
世界が星空から青一色に切り替わった、その瞬間。壁を踏みつけながらレバーと格闘していたグリーンさんの声が機体内に響き渡った。
レッドさんとグリーンさんが二人がかりで引いていたレバーは、今度こそ手前の位置まで戻ってきていた。その瞬間、機体が跳ねる。直後もっと大きな衝撃が全身を襲った。僕は思いきり舌を噛んだけど、なんとか五体満足でいられることが出来たみたいだ。
「た、助かった……?」
水飛沫と波の音。目の前一面に青色が広がって、僕たちはロケットごと無事「帰還」できたことを知る。
リーフさんが歓喜の声をあげて、レッドさんたちの手を取った。僕とユズは組んずほぐれつな体勢のままだったから、それを見守ることくらいしかできない。
ひとしきり無事を確かめ合ってから、僕たちはリーフさんたちに手を引かれて立ち上がった。ロケットは海面に横倒しになってしまっていたけど、僕たちは二本足で立てていることに改めて感動する。地球に戻ってこられた、確かな証明だった。
「ねね、レッド、グリーン! もう外に出ちゃっていい?」
「アホか、安全確認がまだだって! って、おまえも行こうとするなよレッド! 開けるなアホ!!」
グリーンさんの制止を誰も聞かない。どさくさに紛れてレッドさんの後ろに続いていた僕は、太陽の眩しさにぎゅっと目を閉じた。
もう一度開いたとき、僕は機体の上でレッドさんがじっと一方向を見つめながら立ち尽くしているのが見えた。倣うように視線を動かして息を呑む。
「グリーンさん! 陸地です! もしかしてセキチクシティですかね!?」
ですかねじゃねえ、と悲鳴じみた怒声が聞こえた。機体内で彼らががちゃがちゃ何かしているのが聞こえたけど、僕とレッドさんは手伝いに戻らなかった。
ロケットは、ゆっくりと岸に向かって流されている。潮の流れがそうさせてるのかな、とふと海面を覗いて、僕は固まった。
「なにか……います。レッドさん! 海中に何かっ、大きいのが――」
僕は皆まで言葉を吐けない。
刹那、地震か地割れかと錯覚するほどの衝撃が走った。まともに立っていられず、僕はレッドさんに受け止められる格好で崩れ落ちる。
「……!! なっ、なに……」
視界の端、倒れる寸前。僕は青一色の海中深くに、謎の巨大な影が揺らめいたのを確かに見た。海藻ではなさそうだ、水棲生物だろうか? ロケットの真下に潜り込んだそれは、ドククラゲやパルシェンより遥かに大きい。
直後、もう一度ロケットの機体が大きく揺れて、僕たちは倒れ込んだまま、されるがまま、海面に落ちないように踏ん張りながら後方に目を向ける。
「なんだよ……『カイオーガ』じゃねえか。なんでこんなところに」
「ジラーチの次はカイオーガだなんて! すごいよレッド、グリーン……ポケモン、ちゃんと生きてるんだ……!」
「……」
中からグリーンさんとリーフさんも出てくる。ユズは……揺れに耐えられなかったのか、目を回して失神していた。
僕たちが見たのは、深海の色をした巨大なポケモンの姿だった。海面に顔を出し、大きなヒレを真っ直ぐに広げながら、それは一度だけ大きな口を動かした。ホエルオーとどっちがデカいんだろう――僕は全く見覚えのない巨影を前に、なんでかそんな呑気なことを考えていた。
さっきの星もそうだけど、まるで現実味がない。フシギなポケモンたちだ。あの口の動きだって、まるで何かしらのメッセージを向けられたみたいに感じる。
カイオーガと呼ばれたそのポケモンは、そのまますぐに海中に戻っていった。大波が押し寄せ、僕たちは流されるがままになるしかない。落水しないよう指を踏ん張らせていると、ふと視界の端に色の変化が見えた。いつしか、ロケットは陸地に近づきつつあった。
「……すごい。すごいすごい、すごーい!! みんな見て、大地がこんなに潤ってる!」
駆け出したリーフさんが示す先。僕たちも、この星を離れる際にこの世界の有様は目に刻んでいたんだ。だからこそ、今は全員で立ち止まるしかなかった。
ロケットに同封されていた写真――その光景と全く同じで、大地は、元々池や水路があった場所は、たっぷりの水分に満たされていた。岩場の上から滝が流れ落ち、その下には青々とした草むらや花畑が広がっている。
更に視線を延ばせば、別の場所にはどうしてか野菜類も植えられていた。誰かが手入れしてるんだろうか……もしかしたら、ムラサキが。そう思った頃には全員が歩き出していて、僕も流れについていくしかなかった。
「街道の一本道に防波堤代わりの岩壁……セキチクシティの海岸沿いだな。座標も合ってる、間違いねえ」
「グリーンさん、あれ、あの崖の上にあるのって果樹園じゃないっすか!? 信じらんねー……チーゴの実が、あんなにたくさん……」
僕たちは宇宙服を着たままコータスの歩みで探索を開始した。レッドさんとリーフさんが若干先走ってるけど、距離的には微々たる差だ。
グリーンさんとユズは、まめにその辺の植物や土を少しずつ回収しながら解析を進めている。僕は先を行くレッドさんたちの様子が気になって、顔を上げた。
「……! あれって、まさか!?」
僕は一目散に駆け出した。二人はどうしてか道の真ん中で立ち止まっていたんだけど、視線の先にちっぽけな影が複数並んでいたんだ。
「ピギャ! ピギャァー!!」
「フシャフシャ!」
「……!」
身振り手振りでなにかを訴えてくる……三匹のポケモン! 何度夢に見た光景か分からない、僕もたまらず駆けつける。
ほのおのヒトカゲ、くさのフシギダネにみずのゼニガメ。どの子も表情は明るく、体表にも艶がある。生きてるポケモンだ……僕は涙が溢れそうになった。
彼らは、目の前の人間たちに向かって手をぱたつかせ、何度も鳴いて、まるで『ここから先には行かせない』とばかりに立ちはだかっている。ちらと盗み見ると、レッドさんはいつものように沈黙したまま、リーフさんは目をキラキラさせていて……僕はどうしたらいいのか、分からなくなっていた。
「……すごーい!! かわいい! ねね、きみたちどこの子? どこから来たの? あんまりかわいいと誘拐されちゃうよ!? わたしが守ってあげる!」
――アカン。リーフさんが暴走しとる。
僕はなんとか彼女の口を塞ごうとしたんだけど、先に御三家ポケモンたちの方が反応してしまった。
パッと三匹で集まってヒソヒソ話をして、もう一度僕たちを見て――彼らはぱーっと北の方へ走って行ってしまったんだ。逃げられたようにしか見えなかった。
「おい、どうした!? ポケモンがいたのか?」
「おいこら、レッド! レッドさんじゃなくてレッドの方! なんで俺も呼ばねーんだよ、ポケモンってまさかコイルじゃねーだろうな!?」
「ちょ、二人とも、えっと……そ、そう。さっきまでそこに、御三家の三匹が……」
僕は駆けつけた二人に説明しながら振り向いた。
リーフさんはグリーンさんに答えず、ああ……と力なく俯いている。あんな風に露骨に避けられたらショックだよなぁ、そう思いきや、
「……見た!? レッド、グリーン! 御三家だよ、御三家ポケモン!! 懐かしいね!」
「って、全然落ち込んでない!?」
なんかリーフさんは全然落ち込んでなかった。それどころか、さっきより余計に目が輝いてる。
僕は心の声がだだ漏れになっていた。それで、グリーンさんはよくレッドさんとリーフさんのポケモン愛を制御できるな、なんてことまで考えてしまってた。
彼女の言い分にレッドさんは頷き返して、グリーンさんはヘルメットに手を押し当てる。顔が出せてたら髪をワシワシやってるんじゃなかろうか。
「すごいよ! 土は生き返ってるしポケモンも生きてるし、しかもさっきの子たちはわたしたちに縁深いフシギダネたち! 写真の子たちに間違いないよ!」
「……ああ……そうだな。オレたちのゼニガメたちは、進化しちまってるけどな」
「……! ……」
「もー! もっと喜んだらいいのに! ねね、早く追いかけよう!! 他にも無事なポケモンがいるかもしれないよ!」
言い終えると同時、リーフさんと――なんでかレッドさんまでもが、宇宙服のヘッド部分を取り外しし始めた。グリーンさんだけが支離滅裂に喚きつつ、止めようとしている。けど、……たぶんだけど、こうなったらこの二人は誰の言うことも聞かないんじゃないかな。
すでに中に私服を着ていた二人は、ほぼ同時に駆け出していった。いつ着替えたんだオレも着てっけどよ、と唯一の常識人の悲鳴が響く。
僕とユズは頷き合った。本当にポケモンのことしか考えていない二人の背中を、グリーンさんを励ましながら急いで追う。
「ん? どうした、レッド、リーフ……」
「グリーン、レッドくんユズくん。それが……」
一本道を北に進んで、アーチタイルの街道に出た。視界が少しだけ開いて、僕たちはその場で足を止める。
先に行ったはずの二人が立ち止まっていた。それぞれの視線を辿ったとき、僕たちはいつしか、四方をポケモンたちに取り囲まれていることに気がついた。
「なっ、なんで、いつの間に!?」
「野生化が進んで縄張り意識が高まったか? それにしては……」
「ちょ、ちょっとグリーンさん。冷静に分析してる場合じゃないっすよ! あいつら、めっちゃ敵意剥き出しじゃないですか!」
ユズの言い分ももっともだ。僕たちを包囲しているのは、どれも火力が高いことで知られる強者揃い。目の前には先の御三家の進化形のリザードンが、崖の上にはウインディ、斜め前のうち右にウツボット、左にはカイロスとヘラクロスが控えてる。
後ろになら、と視線だけで振り向いた僕は、くすんだ紫色の体表のポケモンがたった今、着陸したのを目の当たりにした。かせきポケモンのプテラだった。
どこにも逃げ場がない。背中合わせになりながら三人の様子を探っていると、不意にレッドさんが一歩前に踏み出した。
「れ、レッドさん!? 危ないですよ!」
「……」
レッドさんは更に前に出る。僕は慌てて止めようとしたけど、その瞬間、横から別の手が僕の前に割り込んでいた。
はっと仰ぎ見たグリーンさんの顔はいつになく真剣で……僕はレッドさんを止めることも、グリーンさんを咎めることもできずに、ただ息を殺すしかない。
「……!」
リザードンが大きく咆哮した。夕焼け色の翼が一度はためき、直後、レッドさんめがけて直進してくる。
どう見ても威嚇か攻撃の予兆だ――一息に距離を詰められ、僕はここで全員殺されるんじゃないか、なんて想像をして震え上がる。そのときだ。
「――リザードン! 『ほのおのうず』!!」
緊張を、静寂を、混迷を打ち破る万雷の一声。
刹那、飛翔していたはずのリザードンは両足を地面につけ自ら急ブレーキをかけた。たった一言の命令に恐ろしい速度で反応している。
でも、彼の勢いはまだ落ちきっていない。直後、リザードンは体勢を前傾させて全力で走り出した。レッドさんとの間合いがあっという間に詰められていく。
「なっ、『ほのおのうず』の発動命令!? どうしてそんな――」
リザードンの尻尾の先には、ヒトカゲの頃から続く炎が燃えている。レッドさんが口にした「ほのおのうず」は、敵対者にそれを飛ばして包囲する拘束技だ。実際に、気がついた頃には丸太のように太い尻尾が、助走をつけた勢いのままに振り回されている。
ぐるんと炎が弧を描き、すぐさまレッドさんを取り囲んだ。赤々と燃える道筋が、とぐろを巻くヘビのように伝説のトレーナーを捕らえている。
レッドさんは、躊躇なく炎の渦のなかに踏み留まっていた。両腕が伸ばされて、うずを描き終えたばかりのリザードンの尻尾を抱き留めるように押さえ込む。
「――違うな。あれはな、『命令』じゃなくて『手持ちへの指示』っていうんだぜ」
「手持ちへの……指示? そんな、じゃああのリザードンは」
ひとときの静寂。リザードンは、レッドさんに抱き留められながら翼を大きく打ち鳴らした。炎はたちどころに掻き消され、僕がふらつきながら前に出る頃には、レッドさんはリザードンと抱き合っていた。
……グリーンさんの言葉の意味が、理解できない。僕は、ただ大粒の涙を流してレッドさんの顔に頬を寄せるポケモンの姿を呆然と見つめるしかなかった。
「意味が……分からないです。どうして、なんであのリザードンが『レッドさんの』リザードンだって分かるんですか……」
そんな風に、ポケモンと絆を紡ぐことが出来るんだろうか。僕たちは生態はもちろん、寿命も姿形だって違う生き物なのに。
僕が無意識に吐いた否定の言葉を、グリーンさんは溜め息交じりに笑い飛ばした。おもむろに手が持ち上げられ、不意にそこになにか丸いものが飛んでくる。赤の白のカラーリングの、特徴的なデザインの球体だった。僕が目を見開いてそれを凝視した瞬間、
「――『戻れ』、カメックス!」
茂みとヒメリの木陰の奥から眩しい光の筋が走り、球体のなかに素早く吸い込まれていく。
それはポケモントレーナーであるなら誰であっても見知った現象、親しみを感じる光景に違いなかった。僕は今度こそタイルの上にへたり込む。
「悪いな。……遅くなった」
グリーンさんは、もう一度モンスターボールを前に掲げた。繰り返すように光の筋がなかから飛び出して、青色の体表の大柄なポケモンの姿形を描き出す。
水のポケモン、カメックスだ。厳つい顔が得意げにフフンと鼻を鳴らして、グリーンさんが胸板を小突くのを気やすく受け入れている。
「オレの手持ちの、カメックスだ。おまえに見せるのは初めてだよな」
疲労と大人特有の落ち着きを滲ませた顔に、少年のような、あるいはいつもと変わらない意地の悪い笑みが浮く。僕は、呆気にとられ過ぎて彼につられて笑い返すことすらできない。
さっき茂みの中から飛んできたモンスターボールは、カメックスが自分からグリーンさんに返したものってことなんだろうか。置いて行かれたも同然なのに。彼はグリーンさんを恨んでいない。それどころか、トレーナーが帰ってくることをずっと健気に待ち続けていたように見える。
「……たぶんだけど、リザードンもカメックスも、レッドたちのことは忘れていたんだと思うよ」
座り込んだまま考え込んでいたら、いつの間にか隣にリーフさんが屈んでいる。僕は、彼女の視線に倣って目線を上げた。
グリーンさんの周りには、いつしかウインディやプテラ、ピジョットまでもが集合していた。一匹ずつはにかみながら撫でる彼の様子は、幸せそうに見える。
「リーフさん。それって一体……」
「あのときね、リザードンが向かってきたときレッドが指示を出した瞬間目つきが変わったの。警戒して追い払おうとしてたのに、我に返った、みたいにね」
「……それが、レッドさんとリザードンの絆ってことですか」
「悔しいけどそうかも。レッドもグリーンもポケモンのことなら一流だから! もちろん、わたしだって負けるつもりはないけど」
どこか寂しそうに笑うリーフさんだったけど、言ってることは本心なんじゃないかって僕は思った。
……人類が不在にする間、半永久的に休眠状態にすることでポケモンたちを守るシステム、「ポケモン保護プロジェクト」。長い間眠り続けていたことで、記憶はもちろんトレーナーとの縁も薄れていったんじゃないか、とリーフさんは続けた。僕は胸が痛くなって、顔を俯かせる。
「もう……ポケモン不足だよ、ポケモン不足! わたしのフシギバナとファイヤー、イーブイ、それにピクシー! はやく会いたいよ、抱きしめたい……」
「あはは……えっと、ポケライフ、でしたっけ。早くログを回収して、みんなで探しに行きましょう。僕も手伝います」
ポケモンたちは可愛いけど……会えて嬉しかったけど、でもだからって本来の目的を忘れるわけにもいかない。
出発前の説明会で、僕たちは「移住初期に実行できていた調査団の任務」を引き継ぐことを、グリーンさんから聞かされていた。
ポケモンセンターに残されたパソコンから地球の環境データをスコップして、安全が確保できているか、状況が好転したかどうかを調べるものだ。この調査が進めば、パソコンのデータベース内で休眠し続けているポケモンを更に解放してあげたり、宇宙から人類を呼び戻すことだってできるようになる。
――まだ、僕はムラサキに会えてもいないのに。
視線を動かせばいやでも分かる。まるで人間が残っていたかのように、この街は誰かの手で整備、改善が進められているってこと。植えられた野菜に整備された道、置かれた街灯の数々。そしてなにより、まるで「街を守ろうとするかのように」僕たちの前に現れた初手のポケモンたち。
きっと、それを導いたのはムラサキだ。そうでなきゃ、あんな風に写真の真ん中で人間の姿のままポケモンに慕われているはずがない。
「グリーンさん、パソコンへのアクセス方法ですけ、ど……」
「あれ? グリーン、寝ちゃってる」
作業を進めるべく宇宙服を脱いだ僕とユズ、そしてリーフさんは、総責任者を呼びに行こうとして足を止める。
レッドとグリーン、最強と名高い二人のトレーナー。彼らはいま、それぞれの手持ちのポケモンたちに埋もれるようにして、並んで小さな寝息を立てていた。
「……気が抜けちゃったのかな。グリーン、ずっと寝ないで準備してくれてたみたいだから」
僕たちは無言で顔を見合わせる。グリーンさんが持ってきたワークカバンを開いて、中から必要な道具だけを取り出した。出来るところまででいいはずだよ、ってリーフさんは言ったけど、僕は寝ずの番になる覚悟でパソコンをポケセンの端末に接続する。
作業に没頭すること……どれくらいだろう。気がついた頃にはあたりは夕焼けで真っ赤に染まっていた。ムラサキとも見たっけ、と僕は少ししんみりする。
ログの回収にはまだ時間がかかりそうだった。レッドさんたちが目を覚ます気配は、今のところ欠片も見えない。
サイト掲載:2026/08/04