紫、ときどき赤、緑   作:77493

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視点変更。こちらはムラサキ視点になります。



12話:あまりものの、願い事

 

 

「……キ、ムラサキ!」

 

名前を呼ばれて、ぼくははっとして顔を上げた。目の前に、ずっとずっと会いたかった人間が屈んで二本の腕を広げてる。

 

「ムラサキ、ただいま! 待たせちゃったね……ごめん」

 

赤色帽子に黒い髪、真っ赤な上着と紫のクツ。背中には、ときどき蓋が開いてて中身が落ちちゃう青空リュックもちゃんとある。ぼくはもう、胸がぎゅーっと苦しくなって、全力で走り出していた。へんしんが途中で解けて、地べたにぐしゃっと潰れていきそうになる。

その人は、前にぼくを拾ってくれたときみたいに、両手でぼくを抱き上げてくれた。あったかくて、やわらかくて、ぼくはそれだけで泣き出しそうになる。

 

「ムラサキ……頑張ったね。えらいよ。……ちゃんと元気に、イイコにしてた?」

 

うん、ぼく元気! イイコにしてたよ、元気だよ!! ……ぼくはそう返事をしようとした。会えたら、そうやって教えてあげようって思ってたから。

でも、どうしてか声が出てこない。喉が詰まったみたいに、空気しか出てこなかった。ぼくは慌てて何度も喉を絞ったけど、ひゅうひゅう音が鳴るばかりだった。見上げた先で、その人はものすごく悲しそうな顔をした。

 

「ムラサキ、なんだか元気がないなぁ。へんしんだって上手く出来ないし。……他のポケモンを仲間にしようかな」

 

待って、なんで、どうして!?

ぼくは必死に声を出そうとしたけど、何度口を開け閉めしても言葉らしい言葉が出てこない。その人は、そっとぼくを地面に下ろして背中を向けた。そのまま、「あのとき」みたいに振り返らないで歩いて行っちゃう。何度もその人の名前を呼んだけど、一度もぼくを見てくれない。

……ぼくは、ぼくが元気でイイコにしていれば、またあの人に会えるんだって思ってた。頑張ったね、すごいね、って頭を撫でてもらえるんだって信じてた。

でも……あの人は、トレーナーさんは、……レッドくんは。ほんとは、ぼくのことなんて忘れてしまったんじゃないのかな。へんしんが上手くできなくて、バトルができなくて、……メタモンとして元気でイイコでいられないなら、置いていかれても仕方ないんじゃないかって。

ぼくはずっとレッドくんが帰ってくるのを待っていたけど。そもそも忘れられていたんなら、会えないのも当たり前なんじゃないのかな――

 

『……はっ!』

 

――うす明るい中、目が覚める。ぼくは跳ね起きて、あたりをきょろきょろと見渡した。

どうやら、夢を見ていたみたいだ。ジラーチと遅くまでたんざく集めと整理をしていたから、ちょっぴり疲れてきちゃったのかもしれない。

 

『……、いやな夢だったなー』

 

ぼくは、今日も元気だ。うんと伸びをして、トレーナーさんソックリの腕をぐるぐる回して、仮住まいを抜け出した。

ぼく、今日も元気! そうしてまっさらな街で朝を迎えたぼくは、仮住まいの壁際でジラーチにもらったたんざくがキラキラ光っているのに気づかなかった。すぐ外に出て、まっすぐにまっさらな街のポケモンセンターに向かったから、そのときはその光に気がつけるはずがなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

『やっとついたっ、まっさらな街だー!!』

『たいへんたいへん、大変だよー!』

『ムラサキ、ムラサキいる!?』

 

その日の昼。朝早くからジラーチのお手伝いを再開したぼくは、パサパサ荒野に続くながーい道路から友達が慌てた様子で走ってくるのを見て手を止めた。ヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメと……更にその後ろに、フシギバナとモジャンボはかせが続いている。

ポケモンセンター前に到着したヒトカゲたちは、ぼくに何か伝えようとわあわあ声を張り上げた。ようやく追いついたはかせがみんなの話をまとめてくれる。

 

『はかせ、ヒトカゲフシギダネゼニガメ。フシギバナまで……そんなに慌てて、どうしたの?』

『おお、ムラサキ! 今日は朝からまっさらな街に来ておったんじゃな。それならパサパサ荒野のことを知らなくても、仕方ないかもしれんのう!』

 

はかせがパソコンを使って電話をかけてこないなんて、よっぽどだ。ぼくはみんなにロズレイティーを配ってから、話を聞いてみた。はかせは、今日のお昼過ぎくらいからパサパサ荒野に「歩く宇宙服」が現れたって教えてくれた。

……歩く宇宙服。ぼくは、人間たちが残していったおっきな落とし物のうちのひとつ、まっしろで背の高い格好の宇宙服の形を思い出して首をひねる。

 

『宇宙服って……歩かないよね? ゴースたちやドラメシヤがイタズラしてたのかなー』

『それがねえ、どうも違うみたいなのよムラサキちゃん! アタシも現場にいたんだけど、どうやら中身が喋ったり、立ったり、歩いたりしてるみたいなの』

 

フシギバナも興奮した様子で状況を教えてくれる。

なんでもその宇宙服は海からやってきて、そのへんの土を拾ったり、草をむしったり、ぼくのカテイサイエンを観察したりしながら街に入ってきたんだって。

悪さを企んでるに違いない、ムラサキが作ったすみかを守るぞ、って、みんなで迎え撃つ準備をしたそうなんだけど……。ぼくは、そんなあやしい正体不明の宇宙服相手にぼくの友達が怪我でもしちゃいそうなことをしようとしていたってことの方が、ビックリだった。

 

『あぶないよ、そんなの! みんな怪我してない?』

『あら、大丈夫よムラサキちゃん。リザードンもカメックスも、うーんと強いもの! アタシ、あの子たちの強さはよく知ってるわ』

『でも……』

『ムラサキよ、ワシもあの宇宙服たちのことはどうも気になるのう。どうじゃろう、一度様子を見に行ってみるというのは?』

 

はかせの提案にヒトカゲたちから、危ないよ、やめとこうよ、って反対意見が出された。

でも、そういうことならぼくはぜったいに黙ってなんかいられないんだ――みんなのおかげで、ぼくは今日も「元気でいる」ことができるんだから。

 

『フシギバナ。ヒトカゲたちのこと、おまかせしてもいいかな?』

『そんなっ、ムラサキ!』

『なんだっけ、えっと、ユウカイ? されちゃうかもしれないよ』

『そーだよ、ムラサキが行くならウチも一緒に……』

『はいはい、みんなはアタシとはかせとお留守番! ムラサキちゃん、気をつけてね』

 

ぼくは腕を空に突き上げて、くるんと回った。そのまま『やったー!』なんて言っておいたからか、ヒトカゲたちも食い下がるのを諦めてくれた。みんながはかせと落とし物クイズを始めたのを見てから、ぼくはジラーチにたんざくを届けにポケモンセンターに向かう。

ジラーチは、思っていたよりぼくが早く来たからか『どうしたのムラサキ』なんて驚いてたけど、たんざくをたくさん渡したら納得してくれたみたいだった。

 

『ねー、ムラサキ。……お願い事は、何にした?』

 

ポケモンセンターを出る直前、ジラーチはヘンなことを聞いてくる。ぼくは元気よく『ないしょ!』って答えてから建物を出た。

お届けするのに時間がかかっちゃったみたい。西の空の色が変わり始めてる。今から向かえば夕方には間に合うはず……ぼくは急いでポケモン図鑑を開いた。

 

『――おーい! 待って待って、ムラサキ!』

 

いざ道なき道をーって構えた瞬間、後ろから誰かが追ってくる。振り向いた先にいたのは、長いとんがり耳に赤色ほっぺのピカチュウだった。

 

『あれっ、ピカチュウ! どうしたの、なにかごソウダン?』

『ごソウダン、じゃないよ! フシギバナに聞いたんだ。歩く白いコケシが来てるって』

 

……なんか話が飛躍してる気がする。ぼくは頭をゆるく横に振った。

 

『えっと、コケシじゃなくって宇宙服……』

『もー! ニブいなー。何かあると悪いから、ぼくが用心棒になってあげるよ! 一緒に行こう』

『用心棒……ちょっと、大げさじゃないかなー?』

『フシギバナ、めっちゃ心配してたよ。ムラサキならムチャするんじゃないかって。ぼくは、そのお目付役でもあるんだからね!』

 

えっへん、と黄色毛並みが胸を反る。ぼくはなんだか面白おかしくなっちゃって、自然と頷き返していた。お目付役ってことは、ぼくは結構みんなに心配されちゃっているのかも。やりたいことしかやってないんだけどな、なんて……なんとなく言い出せなかった。

ピカチュウは横にピッタリくっつくようにしてついてくる。どうしてか、ぼくは前にもこうして彼と一緒に歩いたことがあったような気がした。

 

『あっ、見てムラサキ! コケシって、アレのことじゃない!?』

 

まっさらな街とパサパサ荒野の境の目印代わりになってる海岸を抜けて、ちょっとした崖を登る。ここからだと、街の全体図だけじゃなくポケモンセンター前の様子だってバッチリ見えるんだ。ぼくはピカチュウと並んで、街の中心部に目を懲らした。

……本当に、宇宙服が立っていた。主に二つ。その二つは、何かごちゃごちゃ話しながらポケモンセンターの中に入っていく。

残されたのはリザードンにカメックス、そしてこの街にすみかを持つぼくの友達たちの姿だった。どうしてか、みんな、アーチタイルの上に座り込んでいる。

 

『……何してるんだろー。中でコケシを増やすつもりなのかな』

『なにそれこわいよ。……やっぱり、自分で様子を見に行った方が早いと思うな』

 

ポケモンセンターにはぼくも何度か入ったことがある。たとえば、カメックスたちと物々交換するときは中に置かれたテーブルが必要なんだ。

ぼくは、床も壁もぴかぴかになってる建物に宇宙服が逆さまで植えられていく様子を想像した。つい、思わず、へんしんが解けて元のすがたに戻ってしまう。

 

『待って待って、それじゃぼくがついてきた意味ないよ。……ちょっとバチッとやって、明かりを消してみよっか。ビックリして出てくるかも』

 

ピカチュウは、どうしてかちょっぴり楽しそうな顔をしていた。

 

『わあっ、やめようよ! あいつらを怒らせたりしたら、外のリザードンたちが……』

『あのポケモンたちなら大丈夫だよ、見た感じ強そうだし!』

『そういう問題じゃ……あっ、ピカチュウ!!』

 

ほんとに本気でどうにかしようっていうんだろうか? ピカチュウは崖からまっすぐ飛び降りると、アーチタイルの道を直進していった。あれだと「ボルテッカー」まで撃てそうな勢いだなあ、なんてぼくは思った。ボルテッカーはピカチュウが苦労の末におぼえた必殺技なんだって。

って、そんなこと思い出してる場合じゃなかった! ほんとに本気でピカチュウがセンター前に突撃していったから、ぼくも大急ぎであとを追うことにした。

 

『よーしっ、「十まんボルト」ー!』

『それ全然「ちょっとバチッ」じゃないよ、ピカチュウー!』

 

ピカチュウは地上から、ぼくは空から「かっくう」を使って向かっていたんだけど、途中からピカチュウの様子がおかしくなった。

なんだか走る速度が急に落ちてってる気がする……そのとき、ポケモンセンター前に座り込んでいたみんなの中から何かが立ち上がったんだ。まさかって思ったけど、ぼくはそれがトレーナーさんみたいに二本足が生えてる「人間」に見えて……ちょっと距離があるから、はっきりとは言えないけど。

なんか、赤い。赤色の何かを被ってて、同じ色の服を着てて……見れば見るほどそれは人間なんだ。ぼくは頭がまっしろになって固まった。

 

『……ちょっと……どいてよ! どいてったらー!』

 

ピカチュウは、ポケモンセンターに乗り込もうとしていたみたいだった。軌道が左に逸れて、立ち上がったものから距離をとろうとしてる。

でも、その二本足はそれを許さなかった。いきなりそれの片腕が前に伸ばされて、たった一声、かみなりみたいな声が鳴る。

 

「――ピカチュウ!!」

 

腕の先で、握られた拳が開かれる。その瞬間、ピカチュウは鋭く跳び上がった。アーチタイルを踏み、ヒメリの木を蹴り、チーゴの木の枝を回って、近くの家(ぼくが建てたやつだよ!)の壁を踏み越えて、一息でその人の元に跳ぶ。

信じられないけど、足を突き出してその人を蹴り飛ばそうとしたんだ。ぼくは、いきなりどうしたんだろ、って驚いてへんしんを解いてしまってた。

 

『……! ……ッう、うぁ……うあああっ、「レッド」!! レッドじゃないか! バカ、バカー!! 遅い、遅いよ! 今までどこで何してたのさ!!』

 

ぽてん、とぼくが地面に落っこちたとき、気がつけばピカチュウはその人の腕のなかにいた。「でんこうせっか」を当てられそうになったのに、その人はビクともしないで、しっかりとピカチュウを抱き留めて佇んでいた。

ピカチュウはぼくがきたことにも気づかないで、抱き上げられたまま泣きじゃくっていた。まるでその人のことしか見えていないみたいで、ぼくは混乱する。

 

「……」

 

やっぱり、どこをどう見てもこの人は「人間」だ。ぼくが二人を見上げていると、いきなりその人と目が合った。

 

「……、……」

『え、えっと、あの……?』

 

すごく、じーっと見られてる。ピカチュウを抱えたまま、その人は一歩だけぼくに近づいた。

ぼくはただ、この人が誰なのか、どこから来たのか、他にも誰か……「誰か」が一緒に来てないのかなって、必死に考えていた。だからぼくは、その人にいきなり頭を撫でられてうんとビックリしたんだ。またまた反射でへんしんが解けちゃって、自分でも自分にビックリする。

 

「……! ……メタモン……、……『ムラサキ』?」

『どっ、どうして、ぼくの名前……』

 

ぼくの頭を撫でながら、その人は「そっか」って言うみたいに小さく笑う。ぼくはビックリしすぎて逃げ出していた。だってその人はぼくの「トレーナーさん」とそっくりな格好をしてたんだ……ぼくが「へんしん」をするみたいに。

なにより、その人のにおいにぼくは覚えがあった。よくよく思い返してみればピカチュウだってそうだ、どっちもよく知ってる相手だった。

……あの日、あのとき、トレーナーさんと旅をしたあの頃のこと。彼らは、オニスズメの群れに襲われて怪我をしたトレーナーさんを助けてくれた人たちだ。

 

『なんで……なんで、忘れちゃっていたんだろう……こんなだいじなこと!』

 

走りに走って、気づけばパサパサ荒野の入口まで来ちゃってた。ぼくは、たまらずポケモンセンターの方を振り向いた。

 

『まさか、また会えるなんて思わなかったな……』

 

あの集まりの中にいた人間は、二人。

片方はさっきの、ピカチュウと一緒にいた赤い人。そしてもう片方は、こんな時間に、ピジョットとウインディに埋もれながら眠ってる人だ。記憶が正しければ、その人ともあのとき出会ってる。なんならピジョットだって一緒にいたはずなんだ。

ぼくは……あの日のことを思い出していた。すなかけの真似事をして失敗して、必死に逃げて、でも追いつかれてトレーナーさんが……はっとして頭を振る。

 

『……なんで。なんでトレーナーさんは、ぼくの「レッドくん」は、一緒じゃないんだろ?』

 

ピカチュウの泣き顔を思い出す。あんな風にぼくだってトレーナーさんに――「レッドくん」に会いたかった。なんであの人はレッドくんじゃないんだろ?

同じ名前だけど、あの人はぼくのだいじなレッドくんじゃない。ピカチュウは、会えてとっても嬉しそうにしてたけど……。

ぼくは、トレーナーさんに会っちゃダメってことなんだろうか。

ぼくはすっかり面白くなくなって、みんなのことも忘れて一人で岬の方に向かっていった。昔、よくレッドくんとここで真っ赤な夕焼けを眺めていたっけ。旅の終わりのときもそうだった。今でもはっきり覚えてる……今は、飛んでったロケットの跡地になっちゃってるけど。

 

『レッドくん……トレーナーさん。また会えるから待ってて、って言ってたのに』

 

ぼくはやっぱり面白くなかった。へんしんしたまま座り込んで、ぼーっとお日様が沈んでいくのを黙って見送る。

今日はなんだか面白くない。こんなの全然「元気」じゃない。「きみが元気ならそれでいいよ」って……昔、そう言われたことを思い出す。

ぼくはほんとは、元気じゃなきゃダメなんだ。元気に走り回って、ごソウダンをして、元気いっぱい挨拶して……そうでなきゃ、レッドくんが落ち込むから。

 

――ムラサキ、元気? 怪我してない? おなか減ってない? そっか……おはよ! 今日も一日、頑張ろうね!

 

レッドくんはいつもそう言っていた。ぼくが『やったー!』って返事をするとすごく喜んでくれたから、ぼくはいつだって元気でいようって、そう決めた。

だから、ほんとはこんな風にくしゃくしゃになってる場合じゃないんだ。早くみんなのところに戻って、元気だよ、って言わなきゃいけない。

でも……だけど。

 

『……』

 

ぼくは、なんでかくしゃくしゃのぺちゃんこになりっぱなしだった。なんとかレッドくんのすがたは保てていたけど、なんとなく立ち上がれない。ぐずぐずになった体が堤防の下に流れかけていってるけど、集めなおすのも億劫だった。

ぼくって「すぐれたとれーなー」のはずなんだけど、なんかダメなときはテッテイしてダメみたいだ。新しい発見だなーって思ったけど、全然嬉しくない。

 

『――ぎゅらりゅるぅぅぅぅ!! どうしたー、メタモン! 今日はいつもより、しおしおしとるのう!』

 

いよいよトレーナーさんのすがたも解けかけていたとき、海原の方から、ものすごく大きな声がした。ぼくが岬の先からもっと遠くに目を向けると、深い海の色をしたおっきなポケモンが、海岸沿いの近くにひょっこり顔を出している。

 

『カイオーガ……こんにちは。ぼく、元気』

『わっはっは!! これはたっぷりいっぱいの「元気」だな! どうした、友らとケンカでもしたか?』

 

海底ポケモンのカイオーガだ。前にパサパサ荒野にうるおいを取り戻そう、ってみんなと頑張っていたときに力を貸してくれたことがある。以来彼とは友達だけど、モジャンボはかせの話では『会うだけでも珍しいが友達になってしまうとはのう』って……とにかくビックリすることだったみたい。

とはいえ今はそんなことよりも、元気がないことをあっさり見破られちゃったぼくは、どうでもいいやー、って今度こそぺちゃんこに溶けてみせた。

事情を聞いたカイオーガは、ケンカしたわけではないのかー、それはチョウジョウ、って言って楽しそうに笑ってみせた。

 

『……なるほど、あの白いのは人だったのか。まさか、空から降ってくるとはな!』

 

ぼくは、さっきパサパサ荒野の街であったことを簡単に話した。ふむふむほう、と聞いていたカイオーガは、少しだけヒレを縦に動かした。

 

『メタモンよ、ワシはやつらが筒のような乗り物から降りてくるところを見ていたが。……数は、いつつほどあったと思うぞ』

『え? ……五つ? 五人いたってこと?』

『そうだ、確かにいつつおったぞ! もしかしたら、そのなかにお前の探している人が混じっていたかもしれんのう! わっはっは!!』

 

ぼくは、溶けてたからだを急いでまとめあげた。レッドくんソックリのすがたに戻すと同時、ぱっと立ち上がって走り出す。後ろでカイオーガが笑い転げる声がしたけど、ぼくにはそれに振り返っていられる余裕はなかった。

……彼が海の底からやってくると、地上にはたくさんの雨が降る。

水が大好きなポケモンはみんな喜んでくれるけど、苦手な子や、人間たちは全員が嬉しくなるわけではないみたい。ずっと雨に当たっているとビョウキになっちゃうんだよ、って雨に降られたときにトレーナーさんは言っていた。小さい頃はすぐ熱が出て苦労したんだって。

 

『まずは……ポケモンセンターの前にいた人たちに、「屋根」を作ってあげなくちゃ!』

 

ぼくは、近道をしようと思って岬の東側に向かった。そこにはちょっとした水路があって、前にぼくがドッコラーと一緒に建てた水車も残ってる。ぼくは水車にぶつからないよう水面に飛び込むと、ドンヨリ海辺の街で知り合った友達に教わったすがたに「へんしん」した。

ぱっと視線が高くなって、からだが簡単に水に浮く。ぼくは勢いに任せて水路の源、小さな滝に向かって突進した。

 

「……! ――ムラサキっ!!」

 

そのとき、どこかから誰かの声がした。

でもぼくはラプラスとギャラドスに教わった「なみのり」と「たきのぼり」を駆使して崖上を目指している最中だったから、とても振り向いてはいられない。ざばんっ、と気持ちのいい水を切る音がして、気づいたときには、ぼくのからだは空のなかにあった。

 

「……!! ムラサキが……とっ、飛んでるぅうううーッ!?」

 

下の方から誰かのヘンな叫び声がした。やっぱりぼくは振り向かないで、ポケモンセンターの前を目指す。急がないとピカチュウとそのトレーナーさんがビョウキになっちゃうかもしれない。それに他の三人のことも聞いておかなきゃいけないし……。

ぼくは、下でわあわあ叫んでいるのがまさか自分の「だいじなもの」本人であることにも気づかないで、カイリューに教わったすがたで「かっくう」した。

 

 





サイト掲載:2026/08/06

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