ほぼ初トライのバトル回。粗があっても…ゆるしてくださ……!!
それからしばらくして、僕は旧セキチクシティから来たレッドさんたちと合流した。
ムラサキたちの途中経過を見た途端全員が固まっていたけど、すぐにグリーンさんが爆笑し始めて、つられてリーフさんも笑ってた。レッドさんも笑ってたんじゃないかな、って今では思う。ユズは仏頂面をしていたけど、僕だってこうなるなんて予想してなかったんだから、仕方ないよね。
「はあ……笑わせてもらったぜ。おまえのムラサキ、最高だな」
「いやぁ、それほどでも」
「別に、グリーンさん褒めてねえぞ。バカレッド」
「はーい、バカユズ。『ひやみず』しか撃てないノーマルタイプは黙っててくださーい」
グリーンさんは、僕が頼まれたはずの仕事をムラサキが代行してることについて何も文句を言わなかった。言ったってムラサキなら聞きやしないだろうし、ましてや「出来ることを探したい」って言う僕とユズの要望に応える形で考えていたことだから、って。
話を聞かれていたことに僕らは驚いたけど「こんな状況なら誰でも考えることだろ」って言われて、返す言葉もなかった。
「そうだな。ポケセンも近いから履歴からデータを吸い上げて共有すれば……レッド。おまえのムラサキ、ちっと借りるぜ」
「あ、はい。ムラサキ、この人はグリーンさん。前に助けてもらったよね、覚えてる? 僕が帰ってこれたのはこの人のおかげなんだ。力になってあげてね」
ちょうど作業の目処が立ったのか、ムラサキがトコトコと歩いて戻ってきた。改めて紹介すると『やったー!』と言いたげないつもの反応が返ってくる。グリーンさんはユズにも何か指示を出して、それからムラサキと建物に入っていった。何をするつもりなんだろ、と僕は頭を振る。
それにしても、まさかここまで気を遣われていたなんて。顔面に熱を感じた僕は、手で顔を仰ぎながら完成間際のバトルフィールド……モドキに近寄った。
「……わぁあ、わぁああーっ! フシギバナ、イーブイ、ファイヤー!! 会いたかった、会いたかったよー……よかったよ、みんな無事で……!」
建築現場の前では、リーフさんが彼女の手持ちと思わしきポケモンたちと再会を果たしていた。属性や進化派生はバラバラで、しかもさりげなく伝説のポケモンも混ざってる。僕はそれだけでお腹いっぱいだったんだけど、改めて目眩を感じた。
なんとなく分かってはいたんだけど、彼ら彼女らと僕とじゃトレーナーのレベルが違いすぎる。
ユズはどうなんだろうって考えて、でもバッジ持ってるとこ見たことないしな、なんて結論に至った僕はふと目が合った幼馴染みにニコリと笑い返していた。
「なっ、なんだよ。気味悪いな」
「ううん。ジム……バトルフィールドかな? これが直ったらユズも頑張ってみたら? せっかくレッドさんたち、いるんだし」
「バッ、バカお前、俺に挑戦権があるわけねえだろ! そもそもコイルだってまだ――」
――このとき、ユズはグリーンさんに言われて壁にモニターと細かいなんらかの装置を取りつけていたんだ。
その最中、いきなり画面が点灯した。まだ送電スイッチ入れてねえぞ、なんてユズは配線を確認してるけど、僕は彼の後ろに水色の丸いフォルムの何かが浮かんでいるのを見つけてぎょっとする。
「は? なんでこっちが点くんだよ、配線間違ったか……?」
「え、えっと……」
「なあレッド。お前、壁の反対側……外に行って余計な送電が来てねえか見てきてくれねえか。あー、それともこれアレか、無線送電機に巻き込まれたか?」
「……いや……あの、ユズ……」
「スイッチがあるっつってたような……こいつか? っかしいな、動いてるよなあ? これ」
「あの、あのさ、ユズぅ……うしろうしろ……」
「はあ? さっきからなに言ってんだ? もたついてらんねえんだって、完成したらテストするって言われ――」
そこでユズも手を止めた。
振り向いた先に、いつの間にか一匹のポケモンが浮かんでいたからだ。しかもソイツは、ずっと探し回っていたポケモンの同種。ビックリしないわけがない。
「んなッ……は、はあああ!? コッ、ここここここコイルぅ!?」
「……! ……」
そいつは腕代わりのU型磁石を回転させながら、まるで気楽に『久シブリダな!』って挨拶するみたいに磁石をフリフリさせた。
これには僕もぽかーんとするしかない。何故か、居合わせることになったリーフさんだけがニコニコしている。
「あっ、その子がきみが言ってたコイルなの? セキチクシティからずーっと一緒だったよ?」
「んなっ、な、な、そんな……そんなまさか!」
「え? 気づいてたんだと思ってた。わたしたちが上陸した岬のところから、距離を開けながらずーっと着いてきてたから」
ユズの気持ちが今なら死ぬほど分かる。寝耳にみずでっぽうってやつだ。はよ言ってくれや、リーフさんや。
「悪さするつもりはなさそうだったし、レッドも何も言ってなかったから大丈夫かなって様子見してたんだけど……そっか、きみのポケモンだったんだね!」
「いや、いやいやいやリーフさん!! 言ってくださいよ教えてくださいよ! 俺、ずっとコイツのこと探してて……!!」
「うん、だから、ポケモンと一緒に遊んでるのかなーって思って見てたの。もしかして違った?」
「わ、わぁ……と、とりあえず見つかったんだし? よかったね、ユズ! はは……」
彼女の口ぶりでは、たぶんレッドさんたちも気づいていたらしい。僕たちは……ほんとにトレーナーとして……以下略。
さておき、ユズは力が抜けちゃったのか床にへたり込んでるし、コイルはその周りをくるくる回ってるし、リーフさんはイーブイを抱えてイチャついてるし。
……なにこれカオス? 僕はそんなことを現実逃避気味に考えていたんだけど、急に目の前が明るくなって思わず飛び退いていた。
電撃――それも、再会したばかりのコイルの「でんきショック」だ。僕は、立ち上がったユズがオニゴーリの形相でこっちを指差しているのを見て固まった。
「ちょっと……ユズ、どういう」
「どうもこうもねえよ。レッドさんがやってただろ、『パソコンから出てきた手持ちの記憶を取り戻す』のに、『いつも通りの命令をする』のがいいって」
「は、はあっ!? なにそれ、逆ギレじゃないか! お前さ、僕のムラサキがバトルするの苦手だって知ってて……」
「だったらなんだよ。『頑張ってみたら』って言ったのお前だろ、レッド」
「いやこれどういう状況?」なんて、そんなこと言ってる余裕はなさそう。
僕は、昔みたいにじりじりと後退りしながら幼馴染みの顔を睨み返した。ユズの表情は変わらない。目に見えない何かに追い詰められているようにも見える。
「あのさ、いくら電気が怖くなくなったからって……!」
僕は言葉を皆まで吐けない。
そのとき、コイルが言われるがまま「でんじは」を撃とうとした瞬間。リーフさんはさっと床から飛び退いて、僕は、不意に背後に風を感じて立ち止まる。
「動いちゃいけない」、そんな気がした。直後、僕の左右両隣から、強烈な烈風が駆け抜けた。
「うぅっ……!?」
耳鳴りがする。僕の横を素通りしていったその衝撃波は、ユズとコイルを狙って一直線に放たれていた。
これもポケモンのわざみたいだ。危ねっ、とかなんとか言って回避したからユズたちは無傷だったけど、繋いだばかりの配線はたちまち掻き切られていった。
まるで「いあいぎり」だ――わざの出所を探して振り向いた僕は、腰のあたりにドスン、なんて衝撃を受けて足を踏ん張らせた。
「って、ムラサキ!? きみ、その『手』……」
「……、……!!」
僕の腰にしがみついたムラサキは、すぐさま正面に回り込んで両カマを広げた。まるで『ダメ!』って言いながら僕を庇っているように見える。僕は居たたまれなくなって、とりあえずキャップごと頭を撫でてやった。振り向きざま、ムラサキはまた僕の腰にしがみついて頭をぐりぐり押しつけてくる。
かわいいなぁ、なんてバカみたいなことを考えながら、僕は慌てて頭を振った。
相棒の腕は今、まるでむしポケモン「ストライク」の両前脚のような大ぶりのカマに変化していた。薄く鋭く、でも本家より少し小ぶりに見える。まさか、さっきのは本当に「いあいぎり」だったんじゃ……旧セキチクシティのグローブ連打といい、攻撃わざの発動に成功しているように見えなくもない。
離れている間、ムラサキにもなにかしら変化があったんだろうか。息を呑んだ瞬間、後ろからわざとらしく床を踏み鳴らす音がした。
「――よお、なんだよ。ストレスでも溜まってんのか?」
「……、……」
ノートパソコンを抱えたグリーンさんと、同じく大量のコードを抱えたレッドさんだった。ムラサキと一緒にポケモンセンターから戻ってきていたらしい。
僕たちはあんまりにも気まずくって、言い訳を取りつくろうことも出来ずにだんまりを決め込んでしまっていた。
「あっ、レッド、グリーン! ねね、一緒に来たコイルなんだけど、やっぱりユズくんのポケモンだったみたいだよ!」
「……リーフ、おまえな」
そんなの見りゃ分かるだろ、と言いたげなグリーンさんは、結局なにも言わずに小さく溜め息を吐いただけだった。
これは……案外、そんなに怒ってないって感じなのかな?
はは、なんて愛想笑いを浮かべた僕は、寄ってきたレッドさんにコードを渡されて慌てまくった。……これやっぱりダメなやつだよなぁ。元凶はユズだけど。
「……」
「ああ、オレも同意見だぜ、レッド。……よお、ユズ! 相棒が見つかったんだな、おめでとう」
グリーンさんは凄い気楽に話しかけてくれるけど、めちゃめちゃ怖い。説明のしようがないんだけど、怒らせたってことだけは僕にも分かる。
そりゃ調査の最中に――断じて僕から持ちかけたわけじゃないけど、悠長にポケモンバトルっぽいことやられてたら腹立つよなぁ。レッドさんたちは昔からライバル関係だっていうし、自分たちより先に勝負されたんじゃ……じゃあ、この二人って仲いいのか悪いのか、どっちなんだろう。
レッドさんに見守られながらコードをにぎにぎしていると、横から手が伸びてくる。解いてほしいってことだと思うよ、リーフさんは外装を指差した。
「あの、いや、グリーンさん。これは……レ、レッドのバカが、『そのコイル本当にユズのコイルなのか』なんて言うんで……つい」
「え? ……はあ!? ちょっとユズ、僕そんなこと言ってないでしょ! あのなつき方みれば誰だって……」
手を打ち鳴らす音がした。
反射で顔を上げた僕たちは、いつの間にかパソコン二台持ちになっているレッドさんと、爽やかに笑っているグリーンさんを見て今度こそ固まった。
「よし、分かった。仕事でも振っとけばおまえらの適性も協調性も判断できる、ぎこちないのもどうにかなるかと思ったけどよ。オレが甘かったみたいだな」
「……」
「……あの……ぐ、グリーンさん?」
「改めて聞くが、おまえら暇だろ? 特にユズ、こっちに来て手持ちも見つかったなら、それなりに貢献してもらわないとな」
僕は震え上がった。ユズは完全に固まっている。
ムラサキとコイルだけがきょとんとしていて、お互いに顔を見合わせて首……コイルの場合はU型磁石だけど、それぞれを傾け合っていた。
「リーフ! おまえに任せる。あくまで設備テストだ、加減してやれよ」
「えぇ? ……わたしでいいの? グリーンが直接か、レッドに任せた方がいいんじゃない?」
「オレはデータ取りと分析の同時進行だ、手が離せないな。それにレッドはレッドで、……『先鋒にフリーザー出してふぶきで一撃』とかやりかねねーだろ」
ああ確かにそれはそう、なんて二人は笑い合ってるけど、会話の中身は並トレーナーの僕たちにとっては恐ろしいことこの上ない。
テストってなんだろう、いや予想はついてるけど……コードを見下ろしてごくりと唾を飲んだ僕は、またリーフさんにコードを突っつかれて顔を上げる。離れたところでコード解いててね、なんて優しく言われて、僕はムラサキを促して大急ぎでフィールドの端に身を寄せた。
リーフさんはユズに手招きして、なにか話を振っている。ユズは一瞬驚いた顔をしていたけど、直後、その表情が今まで見たことがないくらいに輝いた。
「……何? 何をしようっていうんだろう」
ぼやいた僕の隣で、今度はゴガン、と金属質な音が響いた。音の正体は見上げるほどの立派な鎚だ。先端が枝分かれしていて、色んな工具がくっついている。ビックリして横を見ると、さっき建築現場で見かけた桃色肌のポケモンがムラサキと手を鳴らし合っていた。
性別は分からないけど、可愛い顔をしてるのに厳つい巨大ハンマーを軽々と片腕で振り回すようなポケモンだ。どうやら、この子もムラサキの友達みたいだ。へへっ、と言いたげに鼻の下を器用に指でこすっている。ポケモンにも癖ってあるんだなぁ、なんて、僕は超絶呑気にしみじみしていた。
「――よーっす!! グリーンがどうしてもって言うから、引き受けるよ! きみのポケモン愛……勝負で語ってね!」
ここで僕は我に返った。……話は変わるけど、リーフさんの声って普段は凄く可愛いんだ。でも、このときのそれはトーンやリズムはいつもと変わりないのに、やけに耳に残るように僕には聞こえていた。
声がした方、つまりバトルフィールドモドキの中央で、ユズとリーフさんが正面から見つめ合っている。次の瞬間、二人は大きく飛び退いて距離を開けた。
二人の手にそれぞれモンスターボールが握られている。僕は思わず、身を乗り出していた――
「ほんとうのコンビネーションを見せてあげる! いくよ、イーブイ!」
「キュイッ!」
「リーフさんが相手なんてッ、こんな機会早々ねえぞ! やってやれ、コイル!!」
「……!!」
――ポケモンバトルだ! それも相手はマサラタウンの凄腕トリオの一人、リーフさん!
コードなんか床にほったらかしにしたまま、僕はムラサキと手を握り合いながらフロアに見入った。ユズの言う通り……こんな機会、めったにない!
「……よし。治療履歴のサルベージは出来てるな。レッド、そっちはどうだ」
「……、レベル差の、……」
「きたきた、平均値だな。……なるほどな、『特攻』はコイルの方が上か。レッド、観るのはいいがこっちの作業も忘れないでくれよな」
「……、……ん」
僕とムラサキ、桃色のポケモンがバトルに釘付けになってる間、グリーンさんとレッドさんはパソコンを開いて別の作業を進めるつもりみたいだ。壁のモニターに反射して見えた画面には、物凄い勢いで数字の列が伸びていってるのが見える。あれは僕には手伝えないかも。
そんなことよりポケモンバトルだ。ムラサキがバトルが苦手だってことは十分知ってるけど、実は僕たちは観戦すること自体はなんでもないんだ。
旅の最中、ニビシティのジムテストだって観客席から観ていたわけだし……ムラサキは、不安と期待をない交ぜにしたような感じで目をキラキラさせていた。
「こっちから行くぜ! コイル、『でんきショック』!!」
ユズは……僕が覚えている限り、同年代の中では圧倒的にバトルが強かった。コイル以外のポケモンを捕まえていないのは気になったけど、今なら分かる。きっと当時も今もコイルのことが大好きだったんじゃないかって。僕も正直、ムラサキ以外の子を仲間にするつもりはなかったし……。
だからなのか、ふたりの息はピッタリだった。ユズの指示に合わせてコイルは的確に電撃を放つ。狙いよし飛距離よし、あれはなかなか避けられなかったな。
「遅いよ! イーブイ、『でんこうせっか』!」
――速い! 僕はコイルのわざは目で追うことが出来たけど、イーブイの動きは見えなかった。
僕たちの上をいくのがリーフさんだ。彼女のイーブイは、リーフさんが指示を出し終わる前にもうコイルの間合いに入っている。あとはトレーナー次第、そう訴えかけてるみたいだった。電撃を避けると同時、茶色の毛並みが跳躍する。
「たいあたり」か「とっしん」か。けど、僕たちの予想を蹴ってイーブイは放電なんて物ともせずにコイルに肉薄。前脚、後ろ脚と立て続けに蹴りを入れる。
「……! まだだっ! コイル、もう一度『でんきショック』!!」
「きみ、ちゃんとポケモンの『声』聞いてる? イーブイ! 『アイアンテール』、入れちゃって!!」
「キュイィッ!!」
コイルは空中で少しだけよろめいた。頭を振るみたいに体を揺らして、直後、高く跳び上がったイーブイの尻尾が唐竹割りみたいに振り下ろされる。
コイルは避けることもしなかった。出来なかったんだ、イーブイの動きが速すぎて……身を乗り出した僕をムラサキが止めてくれる。
直撃する寸前、茶色の尻尾は煌めいていた。尾に「はがね」の属性を乗せて斬りつける大技、「アイアンテール」。……イーブイが使えるなんて、聞いたこともない。着地と同時にイーブイの尻尾は元のふさふさ加減に戻っていて、彼の対応力と瞬発力の高さがよく分かる。
「ちくしょう……!! 大丈夫か!?」
「……!」
ダメージがかさんでいるのに、コイルは浮遊し直した。コイルの属性は「でんき」と「はがね」、アイアンテールの効きは悪いはず。
でも、あの子の丸い体にははっきりと斬撃の痕跡が刻まれていた。見るからに防御力に影響が出ている。ユズが歯噛みすると同時、僕も声を詰まらせていた。
「コイル、意地を見せてやろうぜ! ……『てっぺき』だ!」
「うん、そのチョイスは悪くないよ! イーブイ、いつものいっちゃおう!」
そう、「意地」だ――ユズもコイルも、後には引けなくなってる。
ユズが指示を出すと同時、コイルは磁石をくるっと回して叉(さ)を前に突き出した。パキパキと金属音が鳴って、丸い体が文字通りの鉄の壁に覆われていく。鋼鉄のベールに包まれた体表が頑丈さを増して、コイルは得意げに――僕にはそう見えたんだけど――もう一度磁石を回した。
一方で、リーフさんのイーブイも黙っていない。素早く走ってユズたちの目の前に来ると、
「キュイ! キュー……キュウゥ?」
こてん、とちっちゃな体を横倒しにした。
丸い目がうるうるして、なんか、こっちを誘うみたいに尻尾がフリフリし始める。更に前脚で顔を毛繕いし始めて……簡単にまとめると、凄いかわいい。
「なっ!? な、な、かっ、かわッ、……!!」
「……! ……!?」
ユズがうっかり我を忘れかける可愛らしさだ。僕なんか頬が緩みっぱなしになってて、元に戻んない。ふと腰のあたりを突っつかれて、僕はデレデレしながら視線を落とした。あからさまに不服そうにしているムラサキと目が合う。そこで僕は我に返った。
相棒の頭を撫でながら、僕はハッとして身を前に乗り出した。ユズと目が合う。心なしか、コイルもウットリと呆けているように見えた。
「ユズ、コイル! しっかりっ!! 『しっぽをふる』だよ、『防御力』落ちてるよ!!」
「……は? 尻尾が、なにっ?」
こりゃダメだ、僕は一人勝手に慌てふためいた。でも、これは正真正銘のポケモンバトルだ。第三者が横槍を入れていいものじゃない。
ゴン、ともう一度金属音が鳴って、僕はムラサキの友達の桃色肌ポケモンに目を向けた。『手出し無用だぜ!』、そう言いたげな視線が僕を見据えている。
だからって、僕は「リーダーだったこと」が自慢だった幼馴染みの無様な姿なんて見たくなかった。構うもんか、と更にユズたちに声をかける。
「可愛いからって油断するなよ、イーブイだって立派なポケモンだぞ! 可愛いのは……ほんとだけどっ!」
「その通り! わたしのイーブイ、誘拐されかねないかわいさでしょ! 好き、もう大好き!」
「うっ、リ、リーフさん……!」
「でもね、レッドくん! わたしがポケモンを好きで、ポケモンもわたしを好きでいてくれたとしても! それだけじゃ、心をひとつには出来ないんだよ!」
どうしてか、リーフさんの言葉は本当は僕じゃなく、ユズとコイルに向けられているように感じた。
まっすぐに指が伸ばされ、待ってましたとばかりにイーブイが跳ね起きる。くるっと軌道を修正して、イーブイはまたコイルの前に跳躍した。
「……はっ、ッしまった! コイル!! 『でんじは』……」
「イーブイ、もう一度『アイアンテール』!」
コイルの「てっぺき」は防御力を二段階も強化できる変化わざだ。きっと、効果は高いはずだった。でも、リーフさんのイーブイはアイアンテールの補助効果と「しっぽをふる」の二重使用でその増幅分を打ち消している。
……アイアンテールの補助効果は確率の問題だったと思うんだけど、引きの強さも名トレーナーの条件に入るんだろうか。よく分からない。
ユズが意識を取り戻したときには、二回目の「アイアンテール」がコイルに直撃したところだった。丸いフォルムが大きく傾いて、ユズの悲痛な声がした。
「――コイル!! ユズ! ……しっかり!!」
「な……なんっ、なんなんだよレッド!? お前には関係ないだろ……ッ」
「うるっさいなぁ!! 散々ひとのことへたれだバカだって言うから痛い目みるんだよ! 踏ん張れよ、コイルのこと大好きなんだろ!?」
「ぎゃーっ!! 何言ってッ、おおおおおまっ、おま……」
ユズは小っ恥ずかしくなったみたいで縮んでるけど、僕に本音を明かしちゃったのが悪い。そもそもバトル中に固まるなんてどうかしてる。
僕はいよいよ身を乗り出して、レッドさんの帽子を外して頭上で振り回した。気づけばムラサキもグローブを作って、僕の横でシャドウボクシングをしてる。
「頑張れ! 根性見せろ! 体力、あと一ポイント残ってるぞ!!」
「おま、お前っ……レッド!! このバカッ、あとで覚えとけよ! ――コイル!!」
ユズの呼びかけに、ダウンしていたはずのコイルはぎこちない動きで、それでもちゃんと起き上がった。満身創痍ってことには違いないけど、ユズの目の前に浮かんで、トレーナーを守る格好でイーブイと対峙している。
なにそれ格好いいじゃん――僕は、ふたりのことがまるで自分が体験している出来事みたいに感じていた。胸が熱くなって、頭が急に冴えていくのが分かる。
一方で、どうしてかムラサキは右手に苦い香草乗せハンバーグ、左手にはふかし芋添えハンバーグを備えて、勝負の行方を見守っていた。
「よし、起きたな。いいか、この次はクソバカレッドに電撃入れてやるからな! あと少しつきあってくれ! 頼りにしてるぜ、相棒!!」
「……!! ……」
クソバカは余計でしょ、僕はそう叫びかけた。でもそこから先に言葉を続けられない。
宙に浮き直したコイルは、ユズの呼びかけに体を大きく弾ませた。そのとき、不意に水色ボディが眩く光って、フロア全体が真っ白に染まり変わる。
「!? なにっ、まぶし……」
「ッんだこれ、おい、コイル……」
「――いいな、最高の勝負ってやつだぜ!! そう思うだろ? レッド!」
僕たちは、二人揃ってグリーンさんの心底楽しげな声を聞く。白光のなか、レッドさんがキャップの鍔を摘まんで頷き返したのも確かに見た。
二人のレジェンドの視線の先で、リーフさんも表情を輝かせてる。僕たちは次第に光が収まっていくのを感じて顔を上げた。
「……え? ちょっと、ユズ」
「なん、だよ……ん? おい、コイル……コイル? ちょっと待っ、お前! 今まで全然『進化』の兆しなかっただろ!?」
傷だらけだったコイルは、その一瞬のうちに姿を一新させていた。水色の丸いフォルムはそのままに、個数が……もとい、コイルの個体数が三つに増えている。U型磁石が忙しなく動いて、自分の存在を強く主張していた。
「レアコイル」だ。ユズのコイルはバトルの最中に進化を果たしてみせた。僕とムラサキは大口を開けっぱにして、でも固く手を取り合った。
「……コイルのレベルは三十九、リーフのイーブイは五十だったな。善戦した方だとは思ったけどさ」
「あ……あの、グリーンさん?」
「はっは! これだからトレーナーなんて辞められねーんだよなぁ!! そうだろ、レッド」
レアコイルは、気合いを入れるかのように磁石で天を指差した。イーブイを睥睨しているみたいに見えて、トレーナーのプライドに似た絶対的自信を感じる。
データ取りと並行しているのか、グリーンさんのタイピングは止まらない。けど、隣のレッドさんともども二人は楽しそうな顔をしていた。
……この勝負、あと一手でケリがつく。けど、気持ちの面だけでいうなら「どっち」に傾くかは分からない。僕はもう一度、ムラサキと横に並び直した。
「覚えたてでイケるか……? レアコイルッ、『ラスターカノン』!!」
「すごい、すごいすごい、すごいよ! でもさせないよっ! イーブイ、『スピードスター』!!」
ユズとリーフさんが動いたのは、ほぼ同時。
レアコイルが強力な銀光を集約させる最中、イーブイは軽く体を前傾させて、七色に煌めく複数の星を撃ち出した。
「すばやさ」だけでいうなら――イーブイの方に分があるんだ。そういえばイーブイはコイルの放電を全部見切っていたっけ、なんて今更ながらに思い出す。
「クソッ、ちくしょう! 間に合わ――」
ラスターカノンの発動間際。室内が銀一色に染まる刹那に、イーブイの特殊わざがレアコイルに着弾したのが見えた。
サイト掲載:2026/08/12