「……レッド! ああっ、無事でよかった!! 心配したのよ」
「母さん……ごめん、なさい」
あの後、あの紫色のぷにぷにしたポケモンはすぐに治療室に運ばれていった。
最初は手持ちのポケモンかと聞かれたけど、野生の子をたまたま助けちゃって、と話したらポケモンセンターの人は納得してくれたみたいだった。
僕も簡単に手当てをしてもらって(全然気づかなかったけど腕や足が結構な傷になってたらしい)、ようやっと落ち着いたときにはすっかり夜になっていた。
治療室のランプが消えるまで、僕は待合室でじっと座っていた。すごくいやな気分になって、また視界が霞みかけたとき、母さんの声がした。
母さんは、連絡を受けてすっ飛んできたんだって。サンダルなんか片方脱げてたし、エプロンだってよれよれで……いつもはもっとお洒落してるはずなのに。
なんでか僕じゃなくて母さんが待合室で泣き出しちゃって、僕もつられて少しだけべそをかいた。
「それで、あなたが見つけたポケモンってどんな子なの? オニスズメの群れだなんて……縄張りに入っちゃったのかしら」
「うーん、分かんない。けど、なんかこう、あんまり強そうな感じじゃ……」
そのとき、ポーンと音が鳴って、治療室のランプが消えた。
僕たちがはっとしたときには、ポケモンセンターのお姉さんがさっきの紫一色のポケモンを抱えて待合室に出てきたところだった。
「はい、お待たせしました。このポケモンちゃんは元気いっぱいになりましたよ! 無事でよかったですね」
「えっ、あ、……ありがとう」
なんとなくで受け取っちゃって、僕はまた腕の中を見下ろした。
紫色、ぷにぷに、ぶにぶに。これってどこがてっぺんなんだろう、そう首を傾げたとき、あの黒丸二つがさっきみたいに僕の顔を見上げているのが分かった。
黒丸二つ。それがぱちぱち瞬きを繰り返しているのをみて、やっぱりこれが目なんだぁ、なんて僕はつい笑ってしまった。
「……あの、お願いしていた『きずぐすり』なんですけど」
「はい、マサラタウンからお越しの方ですね! では、どうぞこちらへ」
「レッド。ママ、少しお話ししてくるから、その子とちょっと待っててちょうだい」
うん、と生返事をして僕は待合室で立ち尽くした。
腕の中でああでもないこうでもないって感じでぐにゃぐにゃ変形(!)していたそいつは、なんだかすごく楽しそうに体をぐねぐねさせて回っている。
ちょっと、いや、かなり元気。本当にどうして縄張りに入っちゃったんだろ、とひたすら首を傾げてばかりいる僕の方がバカみたいだった。
「えっと……きみ、元気になったね。よかった」
「……? ……!」
「あはは、くすぐったいよ。えっと……さっきも話したけど、僕はレッド。きみの名前は?」
近くの丸太の椅子に座って、いったん膝に下ろしてやる。ぐにぐにと体を変形させて、そいつはまた腕っぽいのを二つ生やした。
片方を頭の横にくっつけて、もう片方はニッコリ笑っている口元の下に当てる。なんだか、深く考えてますよ、って顔をしてるみたいに見えて面白かった。
「うーん、名前、やっぱりないのかな? そうだなぁ……紫色だし、『ムラサキ』なんてどうかな?」
なんてね、そう続けようとした瞬間、僕はそいつに飛びつかれていた。勢いあまって椅子から転がり落ちて、腕に走った痛みに悶絶する。
「あら、レッド! 大丈夫?」
「かあさ……ちょっ、ちょっと、助けっ……」
「まあまあ、すっかり懐かれちゃって! ふふ、レッドの名前はだてじゃないわねえ」
「い、いいから助けて! おっ、重っ……いやそんな重くないけど! もうっ、どいてってばー!!」
そいつは、ぐにぐにぐにゃぐにゃぶよぶよと、何度も体を複雑に変化させて僕の顔や腕にまとわりついた。
後になって知ったことだけど、このポケモンは「メタモン」っていうそうだ。目の前のものや記憶を頼りに、自分以外の物に変身することが出来るんだって。
……野生の子なんだし逃がしてあげなきゃ駄目だよね、と僕たちはトキワシティの帰り道で、メタモンを逃がしてあげようとした。
けど、何度離してもそいつはずるずると滑るような動きでこっちの後ろをついてくる。なんか、ほっといたらマサラタウンまでついてきそうな勢いだった。
僕と母さんは、オニスズメがまだ怖いのかもね、なんて話してメタモンを家に連れ帰ることにした。
何かあったらオーキド研究所を訪ねてアドバイスをもらえばいいんだし……黒丸二つにニッと笑い返して、僕たちはムラサキを抱きしめながら帰途についた。
「――ノォーッ!! 初めてのポケモンはレッドさんたちにちなんで絶対ヒトカゲ、せめてゼニガメかフシギダネって……ウー!」
「ハーッ!! パパ、それはあなたの理想でしょ? レッドが決めたことなんだから、いちいちケチつけちゃだめよ」
眠いのを我慢して、帰宅した父さんにメタモン……いや、ムラサキのことをきちんと話した。
なんかごちゃごちゃ言ってたけど、母さんのにどげりが炸裂して、父さんはそれ以上のことを言わないでいてくれることになった。
なんでもいいけど、うちの母さんってかくとうタイプだったんだ? 絶対ケンカ売らないようにしようね、僕とムラサキはひっそりとそう頷き合った。
「レッド。ムラサキをうちに置きたいなら、ちゃんとポケモン図鑑に登録してあげた方がいいんじゃないかな」
「でも父さん、僕まだポケモン図鑑は……」
「心配ご無用。こんなこともあろうかとセキチクシティのジムリーダー、アンズさんから送ってもらっておいたんだ。あとでお礼を言いに行くんだよ」
ポケモン図鑑は全国各地に生息するポケモンたちのデータを記録できる優れ物で、ポケモントレーナーの必需品だ。
それを持って良いっていうことは……僕は、思わずムラサキと目を見合わせていた。
「あとはコレだな。その子専用のモンスターボールだ、パパのなけなしのおこづかいで買っておいたから、大事にするんだよ」
「……父さん……ありがとう」
「そんな目で見るのはやめんしゃい、照れるじゃろ。ほら、投げ方は分かるかい? えーっと、どうやるんだったかな……」
「いいよ、父さん。僕のポケモンだから……僕に投げさせてほしいんだ」
父さんと母さんの許可は下りた。あとはムラサキが僕をトレーナーとして認めてくれるかどうかだけど……振り向いた先で、黒い丸がぱちりと瞬いている。
しゃがんで、足の痛みにちょっとうめいて、僕はできるだけムラサキと視線が合うようにした。その間ムラサキはずっと僕の顔を見上げていた。
「ムラサキ。これに入っちゃうと、僕がいいって言うまで野生に戻れなくなるんだ。それでもいい?」
「? ……」
ムラサキは本当に「?」って言うように、腕らしき二本をそれぞれ頭のてっぺんと腰のあたりに添えて首を傾げてみせた。
このとき、僕はなんとなくだけど、こいつの考えてることが分かってきたような気がしていたんだ。
「僕はムラサキと一緒にいたい。ムラサキは……僕のこと、どう思ってる?」
言い終えると同時。ムラサキの腕がいつもよりうんと長く伸びて、更に先っぽの方がまるで人間の指みたいに左右それぞれ五本に分かれていった。
ぎょっとした僕たちを無視してモンスターボールを僕から取り上げて、自分からボールの中に吸い込まれていく。
と思ったら、次の瞬間にはスポンと中から飛び出していた。まるで「はやくやっちゃおうよ、捕まえ方はこうだよ!」って文句を言われてるみたいだった。
僕はもう、ワケが分からないのと面白おかしいのがごちゃ混ぜになっちゃって、ムラサキを撫でながら笑い転げるしかなかった。
「……なんていうか、ずいぶんと個性的なポケモンだね」
「そうねえ。メタモンってその特性上、変わり者? が多いらしいけど、この子もそうなのかもしれないわね」
「変わり者って、それで片付く問題かなぁ? ……まあいいか。これからよろしくね、ムラサキ」
下ろしてあげると、ムラサキは器用にその場でくるくると二回転もしてからニパリと笑った。
ぷにぷにしてるわりに動きが激しくて、感情表現だってものすごく豊かで、ポケモンってみんなこんな感じなのかな、と僕はその夜、苦笑いしてばかりいた。
こうして、僕にも初めての相棒ができた。セキチクシティに帰るのが楽しみだな、なんて、このときはそう思えていたんだ。