ぽこあ、エンディングはかなり泣けるらしい、と聞いているのでまだ観にいけていません。今日こそは観にいくぞ…!!(とっておきの写真構えながら)(フラグ)
「――なんだよ、レッド。お前、生意気にボールから出してポケモン連れ歩いてんのかよ? いつの間にトレーナーになったんだよ、はやく教えろよな!」
父さんのマサラタウンへの出張期間が終わって、僕はセキチクシティに戻ってきていた。一週間ぶりに学校に行って、放課後のチャイムが鳴ると同時に猛ダッシュで帰宅した僕のところに、いつも通りのメンバーがやってきた。
ちょうど案内しがてら、ムラサキにセキチクシティを見せてあげようと出かけた矢先の出来事だった。いきなりケチをつけられて、さすがに僕もムッとする。
「……なんで? いつトレーナーになるかなんて、そんなの僕の勝手でしょ」
つい、刺々しい返しになってしまった。仕方ないじゃないか。僕はこれからムラサキと遊びにいくんだし、セキチクジムにもお礼を言いに行かなきゃいけないのに。
こいつらに構ってる暇なんてない。ムラサキは僕のそばから離れないし、僕だって一分一秒だって惜しいんだ。
一番体が大きな幼馴染みは、僕の反論ひとつでびっくりしたみたいに目を丸くした。そういえば、こいつらに反抗したのはこれが初めてだったかもしれない。
幼馴染みはしばらくそのまま呆けていたけど、まわりにやいやい言われて我に返ったみたいで、僕たちに向かって凄み直した。
「ふん! そんなこと言って、俺たちとポケモンバトルするのが怖いんだろ?」
「そーだそーだ、ソーナンスぅ!」
「だいたいなんだよ、メタモンって! お前にピッタリの間抜け面じゃん、レッドしょうねんの名前が泣くぞー!」
……正直、ムラサキとはまだ出会って二日も経ってない。まだつきあいだって手探り状態だし、僕にバトルなんて出来るかどうかも分からない。
絶対挑発されてるだけだ、そう思ってぎゅっと拳を握っていたけど、気がついたらムラサキが僕の目の前に飛び出していた。握りしめた拳に紫色の手が片方分伸びてきて、僕ははっとして相棒の後ろ頭を見下ろした。
「……、……!」
そのとき、ムラサキはエビワラーのワンツーやサワムラーの二度蹴りさながらに拳を作って、あいつらにシュッシュッとシャドウボクシングをかましていた。これには僕もぽかんとして、相手と一緒にその場で固まって棒立ちになってしまった。
なんでそんなに自信満々なんだろう……僕はこのとき「もしかしてオニスズメに襲われたのはこの子に原因があったんじゃ」、となんとなく考え始めていた。
「なっ、なんだ、こいつー!! レッドみたいに生意気だぞ!?」
「よーし、やっちゃえ!」
「ふんっ、メタモンなんだろ? メタモンならメタモンらしく、ちゃんと『へんしん』してみろよ!」
ポン、とモンスターボールが開いた音がした。見慣れた丸いフォルムと大きさの、幼馴染み自慢のコイルだ。
僕はこいつから何度も浴びせられた電撃を思い出して、思わずじり、と一歩下がってしまっていた。
「……? ……!!」
はっとしたときにはもう遅い。何かを察したのか、ムラサキはその場で思いっきり背伸びして、何かしら変形の姿勢を見せた。
まさか本当にこのままバトルに突入するのか、僕はなんとか流れを止めようとして前に手を伸ばした。けど、それよりもムラサキの動きの方が速かった。
――モッ。
なんか、すごい、間抜けな音がした。僕も訪問客たちも、またぽかんとして固まった。
「……なんだあれ。ヒメリパン?」
「え、なんで?」
ムラサキは、ものすっごく大きく口を開けて、中から何かを吐き出した。丸い皿に乗っかった、焼きたてのヒメリジャム入りのデニッシュだ。
あれは確か、母さんが今日のおやつに、って僕たちに焼いてくれてたやつだったはずなんだけど……僕たちの困惑を無視して、ムラサキはパンを手に持った。そのまま背伸びして、浮遊したままのコイルに向かって皿ごとパンを差し出したんだ。僕たちは余計に口を開けっぱなしにしなきゃいけなくなった。
「……? ……!」
「――!」
なんか……ムラサキはずっとぐにゃぐにゃしてるし、幼馴染みのコイルも宙でくるくると回転しまくってる。
よく分かんないけど、友好の証に、ってやつだろうか。僕たちが見ている前で、ムラサキとコイルは楽しそうにそれぞれの腕らしき部位をぐるぐる回してた。
「……はっ! なっ、なんだよ、なんなんだよこのメタモンは! なんでワイロなんか用意してるんだよ!?」
「いや、ワイロってそんな大げさな。ただの、僕とムラサキのおやつだし」
「なんだよ、ビビリな上に卑怯じゃん! レッドのへたれ!!」
これには、僕も何も言い返せなかった。
幼馴染みは苛ついた顔でボールを掲げて、出したばかりのコイルを呼び戻した。コイルが食べかけていたヒメリパンが、空から落ちて潰れる音がした。
僕が立ち尽くしているのを見て、あいつらはもう一度悪態をついてから僕に背を向ける。
「なんだよ、結局名前負けじゃんか。あーあ、期待して損した!」
「名前負け」。どうしてか、どんな言葉よりその単語ひとつの方がグサッときた。
ふらっとよろめきながら家に向かって歩き始めた僕の後ろを、いつもと変わらないひょうきんな顔をしたムラサキが、滑るようにしてついてくる。
「そうかあ。父さんにも、そんな時期があったなあ」
夜、ご飯もろくに食べずにベランダに出てぼんやりしていた僕のところに、風呂上がりの父さんがやってきた。
ちらっと振り返った先で、洗い物をしている母さんの背中と、なんでかその隣に椅子を横着けして泡の様子を眺めているムラサキの姿が見えた。
あのあと、ムラサキが何度か僕のところにやってきたのは知っている。最初こそ周りをうろちょろしてたけど、ろくに返事もしない僕に痺れを切らしたのか、そのうち母さんのところに寄っていったみたいだった。
なんだよ薄情だな、そう言いかけて自分がものすごくいやな人間になった気がして、僕は余計に食欲を失せさせてしまっていた。
「ほら、トマト。母さんが、これだけでもかじっておきなさい、ってさ」
「母さんの家庭菜園のトマト、すっぱいから苦手なんだよなぁ」
「わはは。わかるわかる。けど、それ言うなよ。こだわってるみたいだから、うっかり口を滑らせるとにどげりどころじゃ済まないからな」
喰らったことがあるんだなぁ、僕は父さんの横顔を憐れみの目で見返した。父さんは、ここではないどこかを見るような目で空を見上げてた。
「レッド。パパな、お前にはいいトレーナーになってほしいって思ってるんだよ。お前はどんなトレーナーが優れたトレーナーだって思う?」
難しい話がきたなぁ、僕はそんな反抗を喉の奥に押し込んだ。言われた言葉をぐると頭の中でかき混ぜて、のろのろと答えを探す。
「やっぱり、連戦連勝の凄腕、ってやつなんじゃないの? 父さんが好きな、レッドさんみたいな」
言っててすごくいやな気分になった。思いきりトマトにかじりつく。めちゃくちゃすっぱい。
「ああ、レッドさんは凄いよ。今でもパパの憧れさ……でもな、レッド。一言でトレーナーって言っても、世の中には色んなトレーナーがいるもんだぜ」
「色んなって? トレーナーって、ポケモンを育てて戦わせて強くする人のことでしょ?」
父さんの言いたいことがよく見えない。レッドさんはカントー地方のチャンピオンになったっていう百戦錬磨のトレーナーって聞いてるし、そのライバルの人だって凄腕だった、って皆言ってる。
それが一般的な「優れたトレーナー」ってやつだと思う。父さんの言い方だと、まるでそれが正解じゃないみたいに聞こえた。
考え込んでトマトをかじるのをやめていると、父さんが僕の手についた果汁をタオルで拭き取ってくれた。
「もちろん、バトルに強いのは凄いことさ。けど、皆が皆ポケモンを戦わせてるわけじゃないだろ? 人間の隣で立派に働いてる子だっている」
「……ポケモンセンターにいる、ラッキーやプクリンみたいな?」
「その通り! ポケモンにも得意不得意はあるからな。その子が何を思い、何を好み、何をやろうとしているのか。それを見極めるのもトレーナーの仕事さ」
「何を思い、何を好み、何をやろうとしているのか、か……」
ムラサキはどうだったんだろう。
あのとき、どうしてムラサキはあのコイルにおやつのパンを丸ごと譲ろうとしていたんだろうか。友達になりたいなら半分にする手だってあったはずなのに。
「お前のムラサキもそうだよ。どうも、感性が他のポケモンとは違うみたいだからな……でも、それだって特別に珍しいことじゃないさ」
「そうなの?」
「ああ。例えばポケモンの中には特定の育成ルートを辿らないと覚えられないワザがあったりするんだけど、そういうのを破ってくる強者もいるって話さ」
「なにそれ、聞いたことないよ……」
「そうかなあ、ムラサキのへんしんだって十分変わっているだろう? パパはそういうのもトレーナーの醍醐味だって思っちゃうな」
僕は、改めて今日の出来事を振り返った。
ムラサキは、最初は僕を庇うような態度を見せていた。でも実際にコイルが現れたとき、あいつは戦う姿勢を一気になくしておかしな行動をとり始めた。
パンを渡して二匹でくるくる回ってた。僕や幼馴染みの声なんか聞こえてない感じで、二匹だけで好きにやってたみたいだった。
……そうだ。ムラサキはあのとき、確かに楽しんでいた。僕たち人間のことなんてお構いなしで、知り合ったばかりの友達とじゃれ合っていただけなんだ。
「父さん。ムラサキには、ポケモンと戦う……って考えがそもそもないのかもしれない」
「ん? ……エッ?」
「ありがと。なんか、ちょっとだけ分かったような気がするよ」
え、おーいどゆこと、と慌てる父さんをベランダに放置して、僕はリビングにひとり戻った。
考えれば考えるほど納得がいく。最初に出会ったときだって、ムラサキはオニスズメたちに抵抗らしい抵抗もしていなかった。もちろん、僕が来る前に力尽きかけていたんだったら別の話になる。でも、僕が見た感じ、ムラサキはオニスズメたちに敵意らしいものさえ向けてなかった。
「! ……!」
「あっ……ムラサキ」
この子には、きっとこれまでのポケモンの常識が当てはまらない。異質で異常で、でもそこがフシギで、すごく魅力的に感じる。
リビングに入ると同時に寄ってくるムラサキを、僕は抱きとめていた。スベスベの肌を押しつけられて、僕はフローリングに座りながら頭を撫でてやる。
ムラサキは、心底気持ちよさそうに目を細めて僕にもたれかかった。重いよ、なんて笑いながら僕は彼が離れようとするまで手を止めない。
「優れたトレーナーかぁ。……僕になれるかな? ムラサキ」
「? ……!!」
今度こそ、黒丸がニパリと人懐っこく笑った。つられてニッと笑い返して、僕は残りのトマトを丸かじりにする。やっぱり母さんの作ったトマトはものすごくすっぱかった。
それとちょっとだけ、塩っ気も感じられた。