今話からついにぽこポケの時間軸へ。
書き溜めストックがなくなってしまいました…また少しずつ書いていきます
……最後に覚えているのは、誰かに抱えられて揺さぶられているところだった。
見上げた先に見覚えのない顔があって、その人とふと目が合って、僕は閉じかけていたまぶたを無理やりこじ開ける。
相手は、顔を上げた先に向かって声を張り上げた。その人とは別の誰かが駆け寄ってくる音がして、その頃には僕の意識はまた暗闇の中に沈もうとしている。
僕を抱えていたのは、黒の短髪に、赤色のジャケットを着た男の人だった。僕より年上で父さんより年下っぽく見えた。引き返してきてくれたのは、茶色の髪に、黒のカラーシャツを着た人だった。僕を運んでいる人とだいたい同じくらいの年齢であるように見えた。
「……い、おい、聞こえるか?」
「……」
僕は、本当は返事をするのも億劫だった。
けど、どうしても今すぐに確認しなくちゃいけないことがあったから、意地になって身じろぎして口を開ける。
「……キ……ムラサキは……?」
「ムラサキ? おい……」
「……、メタモン」
「うお、喋っ……」
「ヂュウ。ピ?」
「ムラサキは? ムラサキは……僕のメタモン、僕の……あの子は、今どうしてるの?」
激痛に顔をしかめる。けど、おかげで意識を手放さずに済んだ。
相手の二人が息を呑む気配があった。僕はなんとかムラサキの無事を確認したくて、思うように動かない手をぷらぷらさせた。
「……無事だよ」
「おい、レッド!」
「無事……ほんと?」
うん、無事だよ、もう一度、低い声が耳元から聞こえた。
すっかり安心しきった僕は、指先に五本指のぷにぷにした感触があったことも忘れて、そのまま眠りに落ちていった――
「……あらあらまあまあ、まさかあのレッドさんとグリーンさんに会えるだなんて! 主人がここにいたら泣いて『そらをとぶ』でもやりかねませんわ!」
――はっと目が覚めたとき、僕はまっさらでまっしろなシーツの上に寝かされていた。寝返りを打とうとして、でも体中が痛くて悶絶する。特に、左肩のあたりは火傷してるみたいにジクジクと熱を持っていた。
首だけ動かすと、部屋の入口に母さんの背中が見えた。部屋のあちこちが白くて棚には花も飾られていたから、ここが病院であることだけは僕にも分かった。
「……」
「……まあ、でもそんな……せめて……」
「……」
「……そうですね。引き留めちゃって、ごめんなさいね」
一体、母さんは誰と話をしているんだろう? 母さんにしては、ずいぶんと粘っている様子だけど。
僕は口を動かそうとして、ぐっと体に力を込めた。次の瞬間、真横から何かぷにぷにした感触が飛んできて、気づけば僕はベッドから叩き落とされていた。
「いッ、た! いいい、痛い!? 痛いっ!!」
「……!」
「まあ、レッド! 大丈夫!?」
母さんが僕の名前を呼んだとき、入口に立っていた人がピクリと肩を動かしたのが見えた。
とはいえ、僕の方はそれどころじゃない。肩の痛みにひいひい悲鳴を上げていると、頭上にふと影が差した。
見上げた先に、あの見慣れた黒色二つ丸があるのが分かる。ムラサキ、そう声を震わせるとあの子は無我夢中といった風に僕にしがみついた。本体由来の体液なのか、謎の汁なのか、よく分からない液体が撒き散らされていく。無事に相棒と再会できたことが嬉しくて、僕も少しだけべそをかいた。
「……」
ムラサキと手を取り合っている最中、ふと誰かが僕たちのところに近づいてくるのが見えた。さっき入口にいた、あの人だ。
どこかで見た気がするんだけど、と一瞬考えて、僕は「あのときオニスズメから助けてくれた人だ」、なんて揺さぶられていたときのことを思い出す。
「えっ、えっと、その……助けてくれて、ありがとうございました……」
軽く一礼すると、ぱさりと乾いた音を立てて僕の頭から何かが滑り落ちていった。
どこかで、何かで見たような……赤色で、モンスターボールのモチーフがプリントされた、僕にはちょっとだけ大きいサイズの帽子だった。拾いあげて、じっと見つめてようやく思い至る。これは伝説のトレーナーとして父さんが絶賛している、あるトレーナーが被っているキャップと同じものだ。
……何かがおかしい。ムラサキにぐにゃぐにゃと抱きつかれまくりながら、僕はひとり目を白黒させた。
だって、僕の予想が間違っていないなら。目の前のこの人は僕の命の恩人ってだけじゃなく、あの「レッド」と同一人物であるってことなんだから。
「まっ、まさか……あなたは!?」
「――よお、『レッド』。おまえ、自分ん家に顔出して行かねーの?」
「え? 僕? 母さんならここにいますけど……」
そうして僕がパニックを起こしたかけたとき、今度はまた別の誰かから名前を呼ばれる。
「レッド」。それに反応したのは、やっぱり僕ひとりだけじゃなかった。
呼んだ側の人の方は、同じく入口のあたりで体を斜めにして気楽に構えて、どこか意地悪な感じの悪い笑みを浮かべている。
「なんてな。にしても、まさか『おまえ』が自分の持ち物を譲ってやるなんてなあ」
「……、……グリーン」
「おっと、悪かったって! ……よお、目が覚めたみてえだな。おまえがメタモンを大事にしてたから助けてやったんだぜ。礼ならそいつに言っておけよな」
「え? あの、ちょっと……ぐ、グリーンって……ま、まさか、もしかして……」
僕は、最後まで真実を確認することができない。赤と緑のトレーナーたちは、揃ってニッと笑ってからすぐに病室を離れていっちゃったから。
僕は脱力して、ずるずるとその場に崩れ落ちるしかなかった。その間、ムラサキは泣いているのか怒っているのか、ずっと僕の胸をペチペチし続けていた。
それからしばらく経ったけど、結局あれから僕はレッドさんたちに再会することはできなかった。
僕の怪我が予想していたより重くって、学校からも「しばらく療養に専念するように」なんて通達がきたくらいだったんだから。正直、僕はムラサキとの冒険の話を誰かに話したくて仕方なかったんだけど、絶対安静に、なんて母さんが言うもんだから家に籠もってるしかなかったんだ。
……オニスズメたちのことは、新聞にオーキド研究所の発表が掲載されて、それで事態が判明した。
なんでも、あの群れは数年前グレン島から逃げてきた一部のオニスズメがトキワの森の豊かさで一気に数を増やして縄張り争いが激化して……って話らしい。
らしいっていうのは、僕にとってあの二十二番道路での出来事は、あまりにも現実離れした事件だったからって言うより他にない。
だって、自分の名前の由来になった伝説のトレーナーが二人がかりで僕を助けてくれるなんて。そんなの、どう考えたって夢みたいな話にしか思えないから。
「でも、あれって本当にあったことなんだよなぁ」
僕は、「今」となってはちょうどいい被り心地になった赤色のキャップを、指先でくるくると回した。
視線を落とせば、僕のすぐ傍でムラサキが帽子の回転につられるようにくるくると回っている。途中から目が回ったらしくて、止まる頃にはふらついていた。
僕はもう、前屈みにならないといい感じに撫でることも出来なくなった位置にある彼の頭を、いつものように手を伸ばして撫でてやった。ムラサキはいつもみたいにニパリと笑う。僕はこれまたいつもの癖で、ポケモン図鑑のカメラでその様子を撮っておいた。
「うっ……また!」
そのとき、ガタンと大きな震動が走った。ふらついた僕の体を、ムラサキが支えようとして必死に腕を伸ばしてくれる。
僕は近くにあったキャビネットに手をついてなんとか立ち上がった。フレームで二重に固定された窓の外はどんよりと暗く、砂埃も舞っている。
太陽の光なんて、ここ最近まともに見ていない。そして窓はもちろん、一度でもドアを開けて外に出ようものなら強烈な熱風に吹かれることも分かっていた。おまけに夜になると歯が噛み合わなくなるほど底冷えする。
異常気象だ。ムラサキと冒険した頃と今とじゃ、僕たちの生活環境は激変していた。
強化加工を施されたシェルターでの、狭苦しい暮らし。なにより、いつ起こるか分からない地震の数々……終末だ、なんて誰が言い出した言葉だっただろう。
僕は、心配するように寄ってきたムラサキの頭を、もう一度だけ丁寧に撫でてやった。
「ねえ、ムラサキ。僕たち、どうせだったらもっとたくさん……世界中を、きみと旅しておいたらよかったよね」
ジョウト地方にしたって、あとからのお楽しみに、なんてもったいぶらずにさっさと行っておけばよかったんだ。ニビシティで受けられる一番はじめのジムテストだって、ムラサキ以外にも仲間を作って挑んでみる選択があったはずだった。
でも、結局僕は日常生活を送ることばかりを優先して冒険らしい冒険なんてろくにしてこなかった。ムラサキにも留守番させてばかりだった。家に帰ればムラサキがいるんだし、って甘えもあったように思う。
それがまさか、こんなことになるなんて……。
『――おーい、レッド!』
「え、通話? ……はい。こちら、レッドの端末ですけど」
『よっ、俺だよ俺。なんだよっ、お前本当にまだ「移住プロジェクト」に申請出してなかったのか!? 俺の知ってる連中は、みんな行っちまったぞ』
いきなりかかってきた電話。相手は、あのセキチクシティで色々とやり合った幼馴染みだった。
「いや、それがさ。えーっと……電気工事の仕事が、なかなか片付かなくて……」
『バカ、そんな分かりやすい嘘に俺が騙されるわけないだろ! ……レッド。気持ちは分かるけど、もう限界だ。お前、このまま死ぬ気なのか?』
僕は、答えらしい答えを吐き出せなかった。
「移住プロジェクト」。世界規模の気象変動を受けて、なんか、どこかの凄い研究チームが打ち出した「人類の宇宙移住計画」だそうだ。
最初の頃は理論が破綻している、無謀だ、なんて論じられていたそうなんだけど、ここ最近になって急に「じゃあそうしましょう」って話が纏まったらしい。あとはもう、トントン拍子だった。僕たちの周りの人たちも次々とロケットや宇宙船に乗り込んで、早々と宇宙に脱出して行った。
先週末には父さんと母さんも出発しているんだ。僕だって、計画の概要くらいはきちんと把握しているつもりだ。
「……ごめん。本当に、仕事が忙しいんだ」
『……バカヤロウ。俺だってなあ、コイルと別れるのが死ぬほど辛いんだよ! お前だけじゃない、「また会える可能性」に賭けようとは思わねえのか!』
通話先の音声が急に乱れる。僕は、その雑音が聞こえなかったふりをした。
『……いいか。これから、俺もコイルをパソコンに預けに行く。辛いんだったら、お前にも麻酔薬を貸してやるよ』
「でも……ほら、あれって高いんでしょ? あとから倍にして返せ、なんて言われるの、僕いやだよ」
『バカ、高くねえよ無料だよ! ……レッド。これから「せーの」でシェルター出るぞ。お前が辛いなら、俺もつきあってやるよ』
僕は、いつかのいじめっ子全開だった頃の相手の意地の悪い顔を思い返して目を瞬かせた。
電波の向こうで、彼が何かを堪えるように荒く息を吐く音が聞こえた。
『ムラサキを死なせたくなかったら俺の言うことを聞け! 生きてさえいれば……無茶でもすりゃ、またいつか会えるんだよ!!』
怒鳴り声に肩が跳ねる。僕は、相手には見えていないだろうに首を縦に振ることしかできなかった。
『ちゃんとムラサキを連れてこい。なんなら、三日くらいは待ってやる。セキチクシティのパソコンだぞ、いいか、逃げるんじゃねえぞ! へたれレッド』
「……最後のそれは余計だよ、ユズ」
『うるせえ、バカ!! さっさとしろバカ! 行くぞ、せーの……ッ』
準備も何も、あったものじゃない。僕は幼馴染みのかけ声と同時に近場のワークカバンを引っ掴むと、ムラサキに頷き返して鋼鉄製の二重扉を押し開いた。
暴風に体が煽られてろくに進めない。けど、歯噛みしながら必死に抗う。途中、邪魔になり始めた鞄を背中に固定して空いた腕でムラサキを抱きかかえた。
……そういえば、こうやってムラサキを抱えて外に出るのも久しぶりな気がする。
ムラサキはバンギラスお得意のすなあらしさながらな強風にぎゅっと目を閉じていたけど、しっかりと僕に掴まっていてくれた。おかげで、僕は砂が目に入って痛んで仕方ないのを気づかれずに済んだ。ポケモンセンターは、もう目と鼻の先だ。