「それでは第一回、宇宙船大尋問大会を始めようと思います。司会進行はわたし、リーフと……」
「リーフ。おまえ、子供連中の世話は大丈夫なのかよ? 無理にオレたちにつきあってくれなくたっていいんだぜ?」
「……、『このオレさまが! せかいでいちばん! マイクテストが』」
「分かった分かった、いい、ここにいてくれていい! だからそのネタはもうやめてくれっ!!」
おはなし、仕切り直し。
僕たちはレッドさん、グリーンさん、リーフさんのそうそうたる顔触れに囲まれながら正座させられていた。場所はもちろん、先の騒動を起こした放送室だ。
結局警らの人たちに取り押さえられて運び込まれたユズは、ものすごい恨みがましい目で僕を睨んでいる。
「……『たいあたり』、『はかいこうせん』、『でんこうせっか』。そういうので時間稼ぎして、って言ったのに」
「レッド、お前……巻き込んじゃってごめん、くらい言えねーのかよ!? 大体なんで俺がノーマルタイプなんだよ、そこはコイルにあわせてでんきだろ!」
「ねえねえ、レッド、グリーン。この人たち全然反省してないみたいだけど、どうしよっか?」
「……」
「そうだな……とにかく、なんだってこんな騒ぎを起こしたのかってことくらいは説明してもらわねーとな。理由が分からなけりゃ他に説明もできねえし」
三人ともマサラタウン出身の凄腕トレーナーだ。今は宇宙船の運用にも関わっていると聞いている。だから正直、僕は内心かなりビビりまくっていた。
盗み見た先でレッドさんと目が合う……僕は、リーフさんは別としてレッドさんとグリーンさんには命を救われている身だ。恩を仇で……と咎められた日には、もうどうしたらいいか分からなかった。それでも、僕は逸らしたくなる衝動をこらえてレッドさんを睨み上げる。
「……」
「……あの……おねっ、お、おねがいが……あるんです」
なんとか絞り出した声は震えていた。上ずってたし、どもってすらいる。情けなくて顔から火が出そうだった。ユズが物言いたげに、それでいて何かしら口出しをしたそうに顔を引きつらせているのが見える。
僕はきつく唇を噛んだ。レッドさんからの返事はない。グリーンさんも何も言わない。膝の上に置いた拳が、汗でどんどん湿っていくのが分かった。
「……! お、お願いですっ!! どうか、どうか僕を――」
「――忘れもの」
「へっ、わすれも……へぶっ!?」
緊張で吐き気がした。恥と覚悟を混ぜ込んで大声を張り上げた瞬間、いきなり前触れなしに視界が暗くなる。
暗くなる直前、レッドさんが僕の前で突然屈み込んだように見えた。顔面に軽く押し当てられた物を掴み、僕は恐る恐る目を開ける。
「……あ、これ……?」
「なんだよ、レッド。おまえ、わざわざこいつのために持ってきてたのか?」
「……」
グリーンさんのからかい半分、嫌み半分の声かけにレッドさんは答えない。
僕が渡されたのは、数年前僕が自分で地球に置き去りにしてきたはずのキャップだった。赤色は変色していないし、形も全く崩れてない。
どこをどう見てもずっと大切に保管されていたことが分かる状態だった。そっと見上げた先で、レッドさんはもう立ち上がって、僕たちに背中を向けている。
「……あー! 思い出した! レッドの帽子を持ってるってことは、きみ、変わり者のメタモンのトレーナーでしょ!」
「……」
「おい、リーフ……」
「そっか、そっかぁ。きみがこんな騒動を起こしたの、もしかしてそのメタモン絡みだったりして?」
僕たちのなんとも言いようのないしんみりした空気を破るみたいに、リーフさんは声を弾ませた。神妙な顔で「尋問大会ー」と言っていたのが嘘みたいだ。
リーフさんはわざわざ屈んで僕たちと目の高さを合わせると、握りっぱなしで青くなり始めた僕の手を取った。
「感じる……感じるよ。きみの、ポケモン愛! こんな無茶をするくらいなんだから、メタモンに何かあったってことだよね」
「えっ、あ、あの、ちょっと……!」
「リーフ。おまえもレッドと同じで、ポケモンのことになると周り見えなさすぎるぞ」
「……」
「そうかな? でも、わたしには分かっちゃうんだから! ねえ、教えてくれる? どうしてこんなことをしたのか、何が目的だったのか……」
正面から向けられる眼差しと、手を包む柔らかな感触。僕は一気に顔に熱が上るのを感じて、ただ口を開けたり閉めたりした。
耐えきれずぎゅっと目をつぶったとき、隣から幼馴染みのチョップが飛んでくる。キレイにこめかみを強打されて、僕はそこで意識を取り戻した。睨み返すと、バーカ、と口の動きだけで罵られる。あとで覚えてろ、と真似して口だけ動かして、それでも腹の虫が治まらなかったから膝で蹴り飛ばした。
……なんだか視線を感じた。そっと盗み見ると、無言のレッドさんと、呆れ半分嘲笑半分の目をしたグリーンさんと視線が重なる。僕は喉奥で悲鳴を上げた。
「なんだ、十分元気そうだな。そう思わねえか? レッド」
「……」
「もー、そんな言い方しなくてもいいじゃない! わたしは二人と違って、そのメタモンを見たわけじゃないんだからね!」
「えっと……あの、その……うぅ。話します、話しますから! リーフさん、離してください!」
僕は正直、いっぱいいっぱいだった。訴えようとしていた内容を必死に掘り起こして、もう一度きちんと正座し直す。
僕が顔を上げたとき、三人のトレーナーは真剣な表情で僕たちを見下ろしていた。嘘はおろか誤魔化しひとつ効かない空気が、嫌でも感じられた。
「今日の昼過ぎのことです。僕はこっちのバカ……幼馴染みのユズと仕事を片付けて、それぞれのカプセル船に戻ったんです」
誰かに、ぎゅっと心臓を握り込まれた感覚があった。また酷い吐き気がして僕は頭を振る。
「僕は個人船に乗ってました。メタモン……手持ちポケモンの人形を飾ったりして、一人で過ごすことが多かった。今日もこのまま休むつもりだったんです」
「こいつ、根暗なポケモンバカなんで。俺が相手でもしてないと、中で首でも吊……」
「ユズ!! ……とにかく、帰って休むつもりでした。でも、夕方前にちょっとした違和感があって外に出たんです」
僕は覚悟を固めた。一度目を閉じて深呼吸して、ポケットの奥に大切にしまっていた保護ケースごと「それ」をレッドさんたちに提示する。中を覗き込んだ三人の顔色が変わった。僕は三者三様の言い分が込められた視線を一身に受け、小さく身動ぎする。
「中央に写っているのは、人間ではありません。僕のメタモン、ムラサキです」
今度はユズが立ち上がった。少しだけ体を反らしてグリーンさんが空間を開けてくれたおかげで、幼馴染みもようやく「それ」の全貌を直視できた。
「それ」は一枚の写真だった。
緑色の原っぱに青い空、晴れやかな日差しの下に、満面の笑みを浮かべたポケモンたちの姿が複数写っている。みずのゼニガメ、くさのフシギダネ、ほのおのヒトカゲ、むしタイプのストライク。かくとうタイプのエビワラーの姿も確認できた。
その中央に見覚えのある服装の子供がひとり写っている。正確にはそれは洋服ではなく「へんしん」を使ってそれらを模範した、仮初めの姿に過ぎないけど。
「レッドさんのキャップに赤のトップス、ジーンズに紫の靴。それと子供の頃から使っていたリュック……これは、僕がトレーナーになったときの服装です」
「……おい待て、ちょっと待てよ、レッド。そりゃ、確かにメタモンは変身能力を持ってるっていうけどよ……」
「忠実だろ、ユズ。僕も初めて見たときはびっくりしたよ。ムラサキは普段からこの姿で家の中を歩き回ってた。母さんの手伝いもこなしてたくらいなんだ」
本来、メタモンというポケモンの変身能力には個体差があるという。
しかし、これはどうだ――荒れ果てていた大地が潤い、木々に実が成り、道はアーチタイルで補強され、点々とだが街灯が通りを明るく照らしている。
中央のムラサキは、人間の子供そのものとしか思えない容姿のまま照れくさそうに笑っていた。
……僕は、この子が父の書類整理を手伝い、母の家庭菜園を代行し、家の手伝いを僕以上に器用にこなしていたことを知っている。僕たちが喜んで絶賛するだけで、あの子はくるりと回って片腕を空に突き上げ、写真と同じように笑っていたことも。
「確定したわけじゃない。実物を目にしたわけでもない。この写真だって、もしかしたら何かの間違いかもしれない!」
「レッドくん……」
「……」
「でもっ、この子供はムラサキです。顔なんかメタモンまんまだし、誰かが喜ぶことを率先して手伝うのも好きだった。僕たち家族と一緒にいた頃から……だから僕はそれを確かめたい! もしこの子が本当にムラサキなら、あの子は生きてる!! あんな過酷な環境下で、ポケモンたちと生き延びてるんだ!」
耐えられない。俯いて両肩を手で握り込んだとき、上からそこに誰かが触れてくる感覚があった。
僕はそれを無視する。
「だからお願いします! 僕を地球に行かせてください!! この写真が入ってたロケットなら、僕の船の近くに浮遊してます……だから……どうか……」
ムラサキは、僕にとって初めてのポケモンだった。相棒で、家族で、うまく友達となじめなかった僕と旅に出てくれた親友だった。
別れて過ごして、あのちっぽけな姿が見えないことに虚しさが募った。もしまた会える日がくるのなら……どんなことでもやろう、僕はそう思っていたんだ。
レッドさんとグリーンさん。命の恩人であり、凄腕の伝説のトレーナー。そしてその二人を支える、おなじく腕利きのトレーナー、リーフさん。彼らが手を貸してくれるなら、ちっぽけな僕にだって「機会」が与えられるかもしれない……一縷の望みに賭けた僕は、無茶をする選択しかとれなかった。
「なんでもします! ロケットの中身も全部持ってってもらって構いません!! だからどうか、僕をムラサキに――」
「――なあ、それって本音か?」
酷く冷たい声が降る。顔を上げたとき、僕は肩に触れていたのはレッドさんで、上から冷ややかに見下ろしていたのがグリーンさんであったことを知る。
リーフさんはユズと写真を覗いていたけど、グリーンさんの一声に眉根を寄せて顔を跳ね上げさせた。
「ちょっと、グリーン! そんな言い方しなくたって……!」
「いいか、考えてもみろ。おまえ一人を行かせるにしたって、安全面は誰が保証するんだ? そうしてやったとして、オレたちになんの利益があるんだよ」
「う、うわっ……やべえ……お、おいレッド。お前、今からでも謝った方が……」
「……グリーン」
僕が肩に爪を食い込ませるのと、レッドさんがグリーンさんを仰ぎ見たのは同時だった。
僕はこのとき、人間の瞳に灯が点る瞬間を初めて目の当たりにする。
「なんだよ、レッド。おまえまでそいつの味方をするのか? 『間違いでした勘違いでした』なんてなったら、損失もいいとこなんだぜ?」
「……、ロケット」
「は?」
「グリーン。ぼくはポケモンに……リザードンたちに会いたい」
無口なレッドさんが本音を吐いた。僕たちはそれだけで仰天して、誰も声を上げられなくなる。驚いたのはグリーンさんも同じみたいで、でもすぐに口を結んで険しい顔を浮かべていた。この人はホンモノのジムリーダーなんだな、なんてぼんやり思う。
立ち上がったレッドさんは、グリーンさんと向かい合った。僕は言いだしっぺの当事者でいながら、二人にどんな言葉もかけられない。
「レッド、おまえ……ちっ、分かった、分かったよ! そんなこと言われたら、オレだって何も言えなくなるじゃないか!」
「……」
「なに嬉しそうにしてるんだ。ほら、レッドだっけ? そのロケットはどこにあるんだ? 案内してくれよ」
僕とユズは思わずレッドさんの横顔を盗み見た。けど、グリーンさんが言うような嬉しいとか、喜びとか、そういった感情を読み取ることはできなかった。
キマワリ、もとい決まりだね! とリーフさんは誰よりも喜んでくれた。僕たち二人は顔を見合わせて、この急展開を受け入れるしかない。
……地球に帰れる。ムラサキに会える。もちろん確定ではなかったけど、その事実だけが実感として感じられた。嬉しかった。
そこからは早かった。
グリーンさんは「信用できる連中に手伝いをさせる」と言って、僕の家近くに飛んできた出所不明のロケットを徹底的に調べてくれた。
付着物から発射場所は地球、それもセキチクシティ近くであること。内部のボックスに大量のエネルギー資源や食べ物、家具などが詰め込まれていたこと。そのどれもが安全基準を満たしていて、そのまま洗浄なしで使うことも可能だということも……。
短期間のうちに彼のチームはそこまで調べあげてみせた。僕とユズは変わらず日常業務をこなしながら、メールで飛ばされた一連の情報に驚くばかりだ。
「にしても、驚いたぜ。道具や家具の中にはポケメタルを使った代物が混ざってた。簡単に用意できるものでもないはずなんだが」
秘密裏に彼とレッドさんの部屋に集められた僕たちは、大量の解析結果と今後の飛行計画を描いた書類を放られて固まるしかない。
専門用語は極力省いてあったけど、専門性ゼロというわけではなかった。実際に、電気工事士の資格持ちの僕でも内容はちんぷんかんぷんだったんだ。
「そのポケメタルってそんなに珍しい素材なの? グリーン」
「前にレッドにはちょっと話したが。加工が大変なんだよ、一定かつ超高温で不純物を取り除かねーとムラが出来る。純度が低いと使い物にならねえんだ」
「……」
「よお、言ったよな? 前に見せただろ? おい、こっち見ろよレッド」
「もう。話が進まないよー。それでどうなの? グリーン。うまく使えそう?」
どこか咎めるようなリーフさんの口調に、グリーンさんが片眉を軽く上げたのが見えた。短い溜め息が吐かれて、次の書類をテーブルに並べられる。
「全部熔かす。悪いが、一部は見た目通りの使用水準を満たしてねえ」
「えっ、この洗濯機とかすっごく可愛らしいのに」
「可愛いだけで使えるかよ。そうだな……あのロケットとこっちに残ってる廃棄予定の船、それをこの資源で再生させる。そこまで時間はかからねーはずだ」
夢物語が現実味を帯びてきた。僕は思わず書類をぐしゃりと握りしめていた。
「ただし箝口令は敷く。いいか、レッド、リーフ。おまえらもだ。混乱は避けてえから、余計なことは口にするなよ」
「うん、任せて! 楽しみだね、よかったね。レッドくん」
「あ……ありがとう、ございます。僕、何も手伝えてないですけど」
「……」
「ふん……『きみが勇気を出してくれたからぼくも言えた。結果的にはよかった』だってさ! よかったな、『レッドくん』」
「ううっ、名付けをしてくれたのは父さんなのに! 改めて言われるとソワソワしますね……」
僕たちは、グリーンさんが準備を済ませるまでの間黙々と日々を過ごした。口を滑らせないようユズも頑張っていたように思う。
数日も経たないうちに、補強整備が終わった、と恐ろしく迅速な連絡が自室にかかってきた。淡々としていながら仕事が早い彼に、ただ感動するしかない。
「よしっ。じーさんには話を通したし、ジムリーダーの面子からも了承を得られた……! 行くか。地球に」
「……!! ……」
「すっ、すごい……本当に行けるんだ……あ、ありがとう、ございます。グリーンさん」
「まあな、オレさま天才だから! ……レッドにあそこまで言われて、オレだってカメックスやピジョットに会いたくなっちまった。それだけさ」
グリーンさんは茶化すように肩を竦めてから、僕たちに配った資料の予備を脇のテーブルに片付けた。
僕は一瞬、ほんのわずかに、レッドさんたちが気落ちしたように表情を曇らせる様を見る。誰だって相棒に会いたいのは一緒なんだ、僕はしたり顔で頷いた。
同行するメンバーは必要最低限かつ、野生と化したポケモンに襲われたり、天候不順に見舞われたりした際にすぐ対応できる面々が揃えられた。つまりはレッドさん、グリーンさん、リーフさんの三名と、僕とユズだ。
俺までいいのかよ、とユズは言ったけど、僕が根気よくレッドさんたちを説得し続けた結果でもあった。せっかくだから、こいつのコイルも探してあげたい。
「何が起こるか分からねーんだ。ポケメタルの鉱床でも見つからない限り、オレたちが今後無事に宇宙に戻れるとは限らねえ。覚悟しとけよ」
僕たちは、それぞれの思いを抱えて頷き返した。
すぐにエンジンが点火され、僕たちはちっぽけなロケットの中に押し込められたまま、それなりに長い航路に身を預けることになる。
サイト掲載:2026/08/02