朝から降り始めた雨、家に出てくる時に見た天気予報では夜には止むとのこと。
「……ふー」
梅雨の時期、天候不良で雨が続く中でシャドースロー、ネットスローで調整。
(息吹さんと藤原先輩はフォームが安定し始めてきた)
息吹さんと藤原先輩は日々の投げ込みでフォームが安定し始めてきた。
大村さんと主将はバトミントンの羽根を使用した打球の方向の感覚を体に馴染まれる練習。川崎さんと藤田さんは筋トレ。
「……ストレス溜まってるなら相手をするけど」
「凪が投げたいだけでしょ」
息吹さんと藤原先輩のキャッチボールの相手をしながら、投げたいって思いが日々高まる。
「凪ちゃん、終わった?」
「……うん」
「投げたいなら投げていいよ」
投球練習の一環として提案されたのはやり投げ。プロも取り入れている練習方法で、肩や肘に負担は軽減。腕の振りを確認しながら練習できる。
「体の全体を使って投げる感覚だから。凪ちゃんには向いてると思うよ」
「数も質って感じ?」
「そうだね」
回数としては15から20。5本を3,4セットに分けて行う。数よりは質を意識した練習メニュー。芳乃さんのことだから意味があるのだろう。
1日の練習が終了後に主将が全員を集める。
「少し、早いがレギュラーも決まっていることだし。公式戦用のユニフォームと背番号を配布するぞ」
「待ってました!!」
「それじゃあ、順番に取りに来てくださいね」
監督は背番号が刺繍された公式戦のユニフォームを持ち、主将が背番号の順番に名前を呼ぶ。
「1番、ヨミ!」
「はい!」
「頼んだぞ。エース」
武田さんがちらちらこっちを見てる。やっぱり、意識しちゃうよね。
「11番、凪」
「……はい」
「リリーフ、野手と役割は多彩で大変だと思いますが、期待してますよ」
「頑張ります」
11番の背番号が刺繍されている公式戦のユニフォーム。
「10番、芳乃」
「ええ!? いいんですか!」
「ベンチには20人、入れるからな」
「開会式、一緒に出られるやん」
芳乃さんは試合には出さないけど、コーチャーとしては出場する機会があるとのこと。芳乃さんがベンチにいてくれると頼もしいから賛成。
「この肌触り……間違いない……強豪の頃と同じ物だよ……粉うことない新越谷の公式戦のユニフォームだよ! ほら、よく見て! 練習試合とメッシュが違うんだよ!」
芳乃さんは新越谷の愛着がこの中では一番強い。何か思い入れがあるのかな。
部室で着替える頃には雨は止む。
「凪ちゃんも着ようよ~」
芳乃さんと武田さんは公式戦のユニフォームを着用し、武田さんは私と山崎さんにも着ようと誘う。
「タマちゃんもきなよ~」
「私はいいよ。帰るし」
「え~! 見たい」
「試合中にいくらでも見れるでしょ」
「試合中はユニフォームが可愛いとか考える余裕はないし、それに捕手は防具で隠れるじゃん!」
山崎さんは武田さんの推しに負けた様子で着ることに。
「凪ちゃんも着て~」
「む……」
空気的に着るしかないじゃん……。
「来たよ~」
「3人とも似合ってるよぉ! 強そう~!!」
芳乃さんが一番テンション高い……。
「そうだ。芳乃ちゃん、私たちとキャッチボールをしよっか」
「新越谷の2枚看板と?」
「う、うん」
「ぜひ、お願いします!」
私たちは雨上がりのグラウンドに移動する。
「ちょっと濡れてるけどやれそうだね」
「……うん」
グラウンドは水を含みながらも足場は安定してる方で、キャッチボールは出来そう。
「いくよ~」
「こい」
芳乃さんはスピンのあるいいボールを投げる。
「ナイスボール。いいボール投げるじゃん」
「息吹ちゃんの相手になれるくらいにね。凪ちゃんのキャッチボールの相手もよくしてるし」
「……いつもありがとう。投げやすくて助かってる」
芳乃さんとのキャッチボールはこちらが投げやすいようにしてくれるから、出力を上げたくなる。怪我させたくないから抑えてるけど。
「あれから3ヶ月かぁ……。入学式の日、ここで5人で遊んだよね。あの時はキャッチボールするだけの部で思ったんだよね」
「キャッチボール部かぁ」
「半ば帰宅部みたいな物かなぁ。放課後に好きな人と一緒に適当に体を動かして、甘い物を食べながら、おしゃべりしながら帰る」
キャッチボール部かぁ……。ちょっといいかも。
「凪ちゃん、今、いいかもって思ったでしょ」
「顔には出ないけど反応に出やすいよね。凪ちゃん」
「……うん」
新越谷に来なかったら今もこうして野球をづづけることもなかっただろうし、環境の変化が人を変えるとはよく言われるけど、私もここにきて少しずつ変わってきたのかな。
「赤くなってる。可愛い」
額をリンゴのように赤く染めながらボールを投げる。
「それはそれで楽しかったと思うよ」
「それが人数が揃って大会に出られるなんて想像もしてなかったけど。このチームで良かったと思うよ。今までの公式戦で一番わくわくしてるし」
「3ヶ月頑張ったもんね」
チームの目標を全国に決めてから3ヶ月の成果が夏の公式戦で発揮される。未知数のこのチームが何処まで勝てるのか、1日でも長く野球をこのチームの皆で味わっていたい。
「もはや、息吹ちゃんと白菊ちゃんも超素人級だしね。データもそろいつつあるし、大会を戦える。最大限のチームに達しているよ……勝ちたいね」
芳乃さんがサポートは心強いんだけど、ここまでしてくれるのはなんでだろ……?
「芳乃ちゃんが新越谷に入ったのはやっぱり好きだから?」
「よくぞ聞いてくれました! 昔からファンだったんだ。うちはすぐそこだから、昔、近所にも野球部の部員がいてね。小さい頃から遊んでくれたりして、皆、礼儀正しくて好きだった」
「球場にもよく応援に行ったわよね」
昔の新越谷は知らないけど、2人の話を聞いてると皆、いい人だったんだろうなぁと思う。
「好きなチームには勝ってほしいし好きな選手には最高の結果を出してほしい。そのためには私は貢献したいんだ。だから、最後の夏までサポートさせてね」
「よろしくね」
私が出来るのは投げる事だけだけど。信頼してくれる仲間には結果で答えたい。
「芳乃ちゃん、曲げていい?」
武田さんが指であの球を示すと山崎さんがむっとする。
「ダメだよ。それを受け止めるのは珠姫ちゃんの役目だからね」
「私は別に……でも、キャッチボールには混ぜてもらおうかな」
山崎さんと息吹さんもキャッチボールに加わる。私は息吹さんに出力を少しだけ上げたボールを投げる。
「凪、出力上げてるでしょ!?」
「……取れるようになったからいいかなって」
「本気で投げないでよ!?」
息吹さんは後ろに逸らさずにボールを捕球。息吹さんのセンスは3ヶ月の間にみるみると成長した。
「珠姫ちゃんが取って、ヨミちゃんが投げる。凪ちゃんが抑える。皆でこの夏に旋風を起こす!」
集大成の夏は波乱が起きやすい。
「意外と息吹ちゃんかもよ」
「初心者は注目されるからね~」
「珠姫ちゃんの複製で凪ちゃんと息吹ちゃんのコンビもいいかも!」
「も~……プレッシャーかけないでよね~。芳乃ならやりそうで怖いわよ!」
梅雨が過ぎてから少しずつ夏の足音が聞こえ始める時期。最高に熱い時期までもう少しだ。