大村さんの同点ホームランで同点に追いつき、3回の裏の攻撃。息吹さんはライト前ヒットで出塁。武田さんは送りバント失敗で併殺打でツーアウト。
「凪ちゃん、行こう」
「はい」
私は藤原先輩とベンチ前でキャッチボール。
(初回から飛ばしてるから、スタミナは落ちてきてる)
公式戦での登板での緊張に加えて、影森の野球に合わせるようなピッチング。球数は少ないけど疲労は少しずつ蓄積している。
「ヨミちゃん、息吹ちゃんと肩を作っておいて。息吹ちゃんにはアンダーを隠すように、凪ちゃんには軽めに投げてねっていっておいてね」
「了解!」
バント失敗で落ち込み気味の武田さんに芳乃さんが耳打ちすると、武田さんは気持ちを切り替えるように笑顔になる。
「30秒で肩を作るぞ~!」
それは速すぎ……。
「凪ちゃんは軽めに投げてねって」
「いいボール投げてるわよね」
「……もうちょい抑える」
武田さんは息吹さんとキャッチボール。私は出力を落としながらキャッチボール。
(落としてもいいボール投げるわよね……凪ちゃん)
肩の仕上がり具合としてはマウンドで全力を出せる。
中村さんは芳乃さんのサインで中山さんの球種を引き出すように多く粘り、9球目のインコースのボールをライトに運ぶライト前ヒット。
「ボールだけ見て。コツコツ当てていくのがいいかも」
「だね!」
中村さんは2死で盗塁を仕掛けようとリードを取るが、中山さんは逆を突くように牽制。中村さんは手から戻るが、間に合わずに牽制アウトでスリーアウト。
「凪ちゃん、軽めに投げてたよね?」
「うん」
「あそこ」
芳乃さんが見ている先のスタンドでは梁幽館高校の制服を着用している生徒がカメラでグラウンドの様子を撮影していた。
「偵察?」
「多分ね。ヨミちゃんは出せなくなったし、凪ちゃんの全力のストレートも見せられなくなった」
そうなると、藤原先輩と息吹さんに頑張ってほしい。
4回の表の影森高校の攻撃。先頭打者はライト前ヒット。後続はショートへの当たりは川崎さんがダイビングキャッチで捕球し、二塁フォースアウト。1死・一塁。レフトライナーで2死、サードゴロに抑え、スリーアウトチェンジ。
「ちわ。この後、なんか用事があるんですか?」
影森の選手たちは攻撃が終わると急かすように守備位置につき、川崎さんが選手に話しかけたが、相手にしないように無視されていた。
「凪みたいな塩対応じゃないわよね」
「……私、無視しないと思うけど」
「無反応の時が多いんだよ!」
興味のあることは反応するようにしてるんだけどね。
「凪ちゃんはキャッチボール行かなくていいよ」
「偵察が来てるから?」
「うん」
梁幽館の投手ってどんなタイプがいるんだろう。私と同じタイプがいるなら嬉しい。
「影森って野球が嫌いなのかな? 楽しくなさそう」
「うーん。それはないかな。好みの展開に持ち込める戦略と戦術」
4回の裏の新越谷の攻撃。先頭の藤田さんは捉えて三遊間に鋭い打球を放つが、ショートが深い位置で捕球。ショートからの送球とベースを駆け抜ける際の紙一重のタイミングでのアウト。
「こんなに高いレベルで野球をやるのに、野球が嫌いなわけがないよ。想像だけど、試合よりも身内でやる野球の方が好きなのかも。チームの仲は良さそうだし」
「あるのか? そんなこと」
試合よりも練習が好きってチームはよくあるよね。
「例えば、私は野球ゲームが好きなんですが、オンライン対戦はほとんどやらないですね。育成とか戦略のゲームが好きです」
「いい例え!」
「よくわからん……」
監督の例えも私もわからない。てか、先生ってゲームやるんだ。
山崎さんはいい当たりを放つがレフトの好守でツーアウト。
「タマちゃん、惜しかったねぇ」
「2人とも肩は温まった?」
「私は何時でもOK!」
「私は一応……」
ベンチ前のキャッチボールで肩を作っていた武田さんと息吹さんが会話に加わる。
「何の話? 対戦がどうとか?」
武田さんは話しを一通り聞いた後に理解を示す。
「なるほどねぇ。試合よりも練習かぁ。でも、確かにうちだって、もし部員が揃わなければ、好きな人同士で適当に体を動かすだけの部活だったら、いつか、部員が揃っても他校と試合をするのは億劫になってたかもね」
「いつかしたキャッチボール部の話ね」
「でも、影森がそうとは限らないよ。あれであれで楽しんでるのかもしれないし」
「その通り! 凪ちゃんがそれもいいかもって顔してるしね」
よく見てるなあ……。
主将はレフトに大きなフライを打ち上げるが、レフトの三角さんは好守を連発し、スリーアウトチェンジ。
「あー!惜しい!」
「あのレフト、さっきからうまっ!」
初回からレフトへの当たりは三角さんが好捕してる。うちで例えると主将クラスだ。
「どういう気持ちであれ、手強い野球をしている子とは間違いないね」
「まぁ、出来ればもうちょっと相手として見てほしいけどね」
「そういうことなら心配ないよ。五回だし、そろそろこちらも動くからね」
5回の表の影森高校の攻撃。球威が落ちてきた藤原先輩のボールを影森打線は捕まえ始め、ヒットと送りバントで1死二塁。
「監督」
「はい」
芳乃さんがグローブを持ってマウンドに行き、監督が主審に選手の交代を告げる。
「理沙先輩、お疲れ様でした!」
「申し訳ないわ…」
「いやいや、今までベストピッチでしたって!」
公式戦でデータのない影森相手に4回途中で1失点なら充分すぎる内容だ。
「やっぱり凪ちゃん?」
「ベンチにいるよ。4回の裏はキャッチボールしてなかったし」
「違うよ」
主審から伝えられた内容を伝えるようにアナウンスが流れる。
『新越谷高校、シードの変更をお伝えいたします。左翼手の川口息吹さんが投手、三塁手の武田さんが一塁手、投手の藤原さんが三塁手、一塁手の中村さんが左翼手』
芳乃さんが2番手に選択したのは息吹さん。
『ここは白石じゃないの?』
『故障?』
芳乃さんの戦略って大胆だよね。味方としては凄く面白い。
「何で私なのよ~凪もいるのに」
「後ろには私もいるから、大丈夫!」
「もちろん、
「ごめんね。1点までは私の自責点だから楽にね」
息吹さん、ガチガチだけど大丈夫かな。
「……私、行ってもよかったけど」
「ううん。ここは息吹ちゃんに任せるよ」
ピンチの場面に出されて緊張しない選手はいない。息吹さんは初心者だから固くなっても無理はない。
(所詮、私はキャッチボール部員だわ……でも、今は勝つためにチームに必要とされている。何時までも初心者だからではいられない。仮に打たれたとしても、後ろにヨミや凪がいてくれる)
息吹さんは中山さんの複製のアンダーで投じる。打者は戸惑うようにこの試合、始めてストライクを見送った。
「息吹ちゃんの複製に加えて、珠姫ちゃんの真骨頂の投手の好きなコースに位置に投げる送球とテンポの良さ」
2球目も見送り、ツーストライクと追い込んだ。3球目はアウトコースへの変化球を振らせ、空振り三振。
(影森、やっとこっちを見てくれたね!)
今の打席、打者は明らかに動揺していた。打者からは自軍のエースがマウンドにいる事と同じことなのだから。
「ツーアウト! ランナー、そのまま!」
「ナイスピッチ、息吹ちゃん!」
二死二塁の局面に変わり、初球の球速の遅いカーブを打者を打ち返す。藤田さんの守備範囲内で息吹さんは無失点の好リリーフ。
「最後のカーブ、良かったよ」
「公式戦、初登板の感想は?」
「まぁまぁかしら……」
「それは良かったよ! 次のイニングもよろしくね!」
いいなー……。私も試合出たい。