物静かな天才少女が描く野球道   作:小羽空

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野球

 

倉庫で道具を借りてから、私たちは野球部のグラウンドに向かった。

 

「グラウンドに来てみたけど誰もいないね」

 

「停部期間は終わってるはずだけど……廃部になっちゃうのかな」

 

野球部のグラウンドは丁寧に整備されており、倉庫に眠っている道具は埃をかぶっていなかった。

 

(残っている人たちが手入れしてたとしたら、相当の野球好きだ)

 

この環境で野球部に籍を残すよりも転校したほうがメリットが大きいはずだから。

 

「タマちゃんって捕手(キャッチャー)だったんだ」

 

「ヨミちゃんは投手(ピッチャー)なんだね」

 

武田さんと山崎さんはバッテリーだったみたいで、あっちには混ざれなかった。

 

「投球練習してみる?」

 

「うん!」

 

息吹さんはバットを持って打席に入り、芳乃さんは球審の位置となる山崎さんの後ろへ、私は球筋が見える位置へ。

 

「後ろ危ないよ」

 

「公式戦捕逸(パスボール)ゼロ……信頼してるよ!」

 

芳乃さんの知識は何処まで広いんだろう。

 

「ヨミちゃん、あの球は投げないの? 昔、カラーボールで投げてた魔球のことだよ」

 

「……投げていいの? 捕れるの?」

 

「投げられるの!? 硬球で!?」

 

「………似たような球なら…」

 

「投げて! きっと捕るから!」

 

2人の会話から場の空気が変化し始める。

 

「いくよ」

 

「こい」

 

武田さんがワインドアップから投じたボールはピンボールとなり、息吹さんの頭部へ。

 

(ここから曲がる!?)

 

ボールはカーブの軌道を描きながら沈み始め、山崎さんのミットに吸い込まれる。

 

(あんな変化球、見たことがない)

 

変化球の種類としてはプロ野球で外人投手が主に決め球として使用しているナックルカーブ。中学生であのボールを投じるのは見たことがない。

 

「凄い! あんな変化球見たことないよ! それに! 1球も逸らさない珠姫さんもさすがだよ! 

 

「でも1回戦負けだったんだよね? ヨミちゃん」

 

「野球は1人じゃできないもの」

 

野球は個の力でチームを導くこともあれば、その逆もあり得る。個の力が強かったとしても、チームとしての力が弱ければ勝利に導くことはできないのだから。

 

「ヨミちゃんすごいね!まさかほんとにあの球がくるなんてびっくりしたよ」

 

「タマちゃんこそ…ほんと上手だね。全部捕ってくれるんだもん」

 

「あの時は全然捕れなかったくせに」

 

「うるさいなあ……転校したあとね。家の近くのチームに入ったんだ。そこが凄く強いチームでさ。めっちゃ練習させられた。ヨミちゃんとしてた野球とは全然違くて。辛い時間の方が長かったけど……ヨミちゃんの球を捕れるようになってたから、やっててよかったよ」

 

山崎さんの技術の高さは日々の練習で習得した物。

 

(私は中学では試合よりも基礎トレがメインだった)

 

中学では指導者の方針で実戦よりも基礎トレがメインだった。受け止められる捕手はいたけど、今は基盤作りが大事なんだと口酸っぱくいわれた。

 

『凪は試合よりも基礎トレをやらせておいて』

 

『あのストレートは武器になるといっているんですが……』

 

『今は基礎を固めたほうがいい。あの細見であれだけのストレートを投げられる。体には相当負担がかかってくるはずだから』

 

コーチや監督から命じられたことに理解を示しつつも、周りの子が試合に出てる中で基礎トレばかりの日々。

 

(ここに来た時に野球を離れられるとも思ったんだけど)

 

親の転勤で地元から離れる時に新越谷なら野球を離れられるとも思った。

 

「あの二人、色々あるみたいね」

 

「うん」

 

一度は疎遠となった2人の関係は高校で再会したことで再び動き始める。

 

「それじゃあ次、最後の1球ね」

 

2人を見ていると動き始めた物語を近くで見ていたい。

 

「ナイスボール」

 

最後のボールは武田さんの今までの思いを込める様に投じられた最高のボール。

 

「ただの投球練習なのにね、誰かと真剣に野球やれたのは多分初めてだったんだ。だからもう思い残すことは……」

 

「ヨミちゃん、もう野球しないの? 最後の球、気持ちの入ったいい球だったよ」

 

山崎さんはミットに収めたボールを武田さんに手渡す。

 

「2人なら良いバッテリーになれるよ!」

 

「芳乃は見たいだけでしょ…」

 

「私も、みたい」

 

芳乃さんが見たいと思っているように私もこの2人の物語を見たい。

 

「でも、個々の野球部って」

 

「私たちはマネージャーをやるよ! 5人いれば廃部はないだろうし!」

 

「えー。私も?」

 

「息吹ちゃんは選手が良かった? それでもいいけど!」

 

「そういう意味じゃなくて!?」

 

良かった。私も数にカウントされてる。

 

「芳乃ちゃんと息吹ちゃんがみてくれて、凪ちゃんがいて、タマちゃんが受けてくれるなら……やりたい」

 

「いいよ」

 

「タマちゃぁん……ふぇぇぇぇ」

 

武田さんの手を山崎さんが握り返し、武田さんは歓喜で泣き始める。

 

「投げてる時はかっこよかったのにね」

 

「もしかしてどこか痛めた!? 隅々まで検査しなければ!!」

 

野球選手って私生活とマウンドとのギャップが見れるから楽しいよね。

 

☆☆

 

「次は凪ちゃんだよ!」

 

投球練習は私の順番に回ってきた。

 

「……本気で投げていい?」

 

「いいよ」

 

山崎さんの捕球技術は強豪で鍛えられており、武田さんのあの球にも反応出来た。

 

(私のボールも受け止めてくれるはず)

 

インステップ気味のダイナミックなスリークォーター。軸足にしっかりタメを作り、全身のバネで腕を鞭のように振る。

 

「低いと思ったら高めに浮きあがってきた……?」

 

「後ろから見てたけどリリースした時は低かったよね」

 

山崎さんのミットは真ん中低めに構えた位置からストレートの軌道で移動するように真ん中高め。

 

「……ごめん。抑えたほうが良かった?」

 

4人の反応から流石にいきなり本気はまずかったと謝る。

 

「大丈夫! 続けていいよ!」

 

芳乃さんは気にせずに続けていいよというので同じようにストレートを投じる。

 

「打者の手元で加速するストレート。ヨミちゃんのあの球も凄かったけど、凪ちゃんのストレートも充分凄いよ!」

 

「あの細見の体に凄いエンジンを積んでる」

 

山崎さんの捕球技術は高く、ボールを後ろに逸らすことはなく取り続ける。

 

「コントロールも凄い。こういうタイプは破綻してるのに」

 

「初速と終息の差が少ないし、回転数も凄そうで、体の軸がしっかりしてる。中学で相当鍛えられてる」

 

中学では毎日走ってたから。

 

「変化球、行く」

 

変化球は打者の近くで小さく変化するツーシーム。横に変化するスライダー、ストレートと同じ腕の振りで投じるチェンジアップ。

 

「……凪ちゃんはちゃんと管理してあげれば世代トップになるかも」

 

「むむむ……身近に強力なライバルが」

 

「チェンジアップは腕の振りと同じだから武器として使える」

 

「凪もヨミと一緒でマウンドに上がると人が変わるわね……。ぶつけてもなんともないと思ってるみたい」

 

新越谷に入るまでは野球から離れる生活も考えていたけど。

 

(皆の顔を見てたら、もう少し続けてもいいかな)

 

野球を楽しんでいる皆の顔を見てたら、もう少しだけ続けてみてもいいよね。

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