物静かな天才少女が描く野球道   作:小羽空

9 / 10
試合後

初めての練習試合は1点差の僅差での敗北。試合後、選手たちは帰りのバスに荷物を運んでいた。

 

「凪ちゃん」

 

私はグラウンドの整備用のトンボを手にしながら、大野さんと浅井さんにサインをもらっていた芳乃さんに呼ばれた。

 

「……何?」

 

「2人が凪ちゃんと話がしたいんだって」

 

チームのエースと正捕手が私と何を話したいんだろ?

 

「近くで見ると小さいわね。身長、いくつ?」

 

「春の時点で145㎝です」

 

「ここらへんでは見ないけど県外?」

 

「昨年までは神奈川にいました。今年の春に親の転勤でこっちに」

 

大野さんは近くで見るとエースの風格を感じる。

 

「球種はストレート、チェンジアップ。ツーシーム、スライダーか?」

 

「基本的にはストレートがメインです。中学の時も変化球は後の方で覚えてからもストレート縛りの試合のありました」

 

中学の指導者の方針は変化球よりも武器のストレートを生かせる投球を覚えらせることに意識が高く、変化球を投げるようになったのはかなり後になってから。

 

「1試合で滅多打ちにあうこともあったんですけど、ストレートで空振りも取れるようになったので。今は意味があったかなって」

 

「滅多打ちってどれくらいに?」

 

「……3イニングで6点くらいに」

 

相手打者からするとストレートしか来ないとわかると的は絞りやすいし、打撃投手のように考えれば攻略は容易い。

 

「コントロールが抜群に良かったけど、それは何で?」

 

「1年生の頃は安定しなかったんですけど……下半身が安定してからは同じフォームで投げられるようになりました。練習は近い位置で投球したり、リリースポイントを安定したりと……」

 

中学1年生の頃は今よりもコントロールが悪くて四球を出すことも多かった。投球の土台となる下半身が出来上がってからは、バラバラだったフォームが安定し、同じフォームで投げられるようになると、不安定だったコントロールは少しずつ改善され、今のように狙った所に投げられるようになった。

 

「同じ学年で大変だろうけど、投手をやるからには狙いなさいよ。エースナンバー」

 

「……頑張ります」

 

「次は夏だな。楽しみにしてる」

 

2人と握手を交わしてから、2人はバスのほうに歩いていった。

 

「凪ちゃん。こっちきて~」

 

今度は朝倉さんと話している武田さんに呼ばれた。直前まで中村さんが朝倉さんと話してたけど、距離が遠かったから聞き取れなかった。

 

「ストレート、良かったよ。スプリットも上手く打たれたし」

 

「……ありがとうございます」

 

私よりもエグイストレート投げている人に褒められてもあんまり実感がわかない……。

 

「狙ってた?」

 

「私が浅井さんとバッテリーを組んだら、最後は変化球で行くかなって」

 

ストレートで押し切りたい気持ちもあるけど、2アウトで次が中村さんと思うと、変化球での安全策に行くのも理解ができる。

 

「下級生に同じタイプの投手がいると思うとやっぱりうれしいし負けられない」

 

「……私も負けないので」

 

今の自分と朝倉さんは差があるけど、同じタイプの投手としては負けたくない。

 

「次は夏だね。頑張ってね」

 

朝倉さんは芳乃さんにサインの色紙を渡してからバスに乗り込んだ。

 

グラウンドの整備を終えてから、自主練で解散となり、私は山崎さんに誘われて、芳乃さんの家で反省会を行うことに。

 

「お邪魔します~」

 

「……お邪魔します」

 

芳乃さんの家は学校から自転車で通える位置。

 

「川口家、広くていいなぁ」

 

「飲み物取ってくるね。私の部屋は散らかってるから反省会は息吹ちゃんの部屋でね」

 

「こっちよ」

 

階段を上って息吹さんの部屋に。

 

「あっちは芳乃ちゃんの部屋かぁ」

 

武田さんは芳乃さんの部屋を見つけると、部屋の様子を除くように扉を開けた。

 

「……怒られるよ」

 

「ちょっとだけ」

 

武田さんが部屋を開けると芳乃さんの部屋は野球関連の雑誌やボールが置かれており、野球が大好きな女の子を象徴するようで。

 

(あれって私と武田さんだ)

 

部屋の天井には私と武田さんの投球フォーム、制服姿の物の写真があった。

 

「……二人とも? 人の部屋を勝手に覗いたらだめだよぉ……?」

 

背後から冷たい声色が聞こえて振り返るとハイライトが消えた芳乃さんが立っていた。

 

(こっわ……)

 

言い訳をさせてもらうと私は止めました。

 

「ごめん。つい……」

 

「そんな悪い子にはお仕置きとして……試合後のマッサージをしてあげよっか」

 

それってお仕置きというよりもご褒美なのでは……?

 

「こう見えて得意なんだ。ね。息吹ちゃん」

 

「そうね……」

 

息吹さんの乾いた笑み。あ、これは痛いやつですね……。

 

武田さんはお風呂に入っている間に息吹さんの部屋でスコアブックを広げて反省会。

 

「勝てると思ったんだけどなぁ」

 

「……中盤にダメ押しの1点が入ってたら」

 

「終盤に朝倉さんが出てくると思わなかった。主将や希ちゃんがボールを見れたのは収穫だね」

 

展開としては悪くなかったと思う。初回以降にチャンスでの凡打が目立ったし、中押し、ダメ押しができていれば、もっと楽な展開に持っていけたと思う。

 

「……息吹さんが粘ってくれたから、朝倉さんの変化球を打てた」

 

息吹さんが球数を稼いでくれて朝倉さんは球数を多く投じ、ストレートと変化球のスプリットの球筋を見ることができたし、陰に隠れてしまうけど、個人的には大きな貢献だった。

 

「ヨミちゃんは終盤崩れたけど、3回までは良かったよね」

 

「うん。あの球も効果的に使えてた」

 

大野さんのあのホームランはマグレだとしても、序盤は柳川打線をパーフェクトに抑えていた。

 

「凪ちゃんはやっぱり先発がしたい?」

 

「……どっちでもいい。私は投げられるならチームに貢献するだけ」

 

ベンチで見ていて悔しさもあったけど、個人的な感情を抱きながらも、役割としてはチームにいい流れを持っていきたいし、自分が投げることで少しでもチームに貢献できるなら、先発、リリーフにはこだわらない。

 

「珠姫ちゃんはどう思う?」

 

「個人的にはピンチで三振が取れるから、後ろに取っておきたいんだよね。凪ちゃんは」

 

「他の投手を作るってこと?」

 

「スタミナの不安もなくなるし、凪ちゃんが後ろにいることで他の投手の安心感にもつながるから」

 

夏の予選の日程は過密で2人の投手で回すのは過酷で、投手を増やすのは私も賛成。

 

「ふー……いいお湯だった」

 

「顔、真っ赤!!」

 

お風呂から上がった武田さんが戻ってくる。長い時間お風呂に入っていたことで顔は茹蛸のように真っ赤。

 

「凪ちゃん。おいで~」

 

あ、私からやるんだ……。武田さんからやると思ってた。

 

「………」

 

ベットに横になって芳乃さんのマッサージを受ける。

 

(痛いでしょ? 凪)

 

(痛い)

 

息吹さんとアイコンタクトで言葉を交わす。声に出さないけど痛いです。

 

(凪ちゃんは肩関節が柔らかい。手首も柔軟でこの細身の体型であれだけのボールが投げられるんだから。ヨミちゃんと同じように大事にしないと)

 

芳乃さんのマッサージは痛みを伴いながらも効果は絶大で肩が軽くなった。

 

「ヨミちゃんは柔らかくていいねぇ。柔軟だし、故障もしにくいし、球速も上がると思うよ」

 

「ほんと!? やったー!!」

 

私の次は武田さん。

 

「珠姫ちゃん。今日のヨミちゃんはどうだった?」

 

「4回の1点は余計だったね。あの球を要求したのに、ただのカーブが来るし」

 

「アイタ!!」

 

言葉の刃への痛みなのか、芳乃さんのマッサージへの痛みはなのか。多分、両方かなぁ。

 

「序盤は好投しているように見えたけど、あの1球はいまいちだった。私が振り逃げを許すと思ったのかな」

 

「アイタタ!」

 

「でも、終盤は良かったかな。凪ちゃんもナイスリリーフ」

 

結構言葉のナイフがざくざくする……。

 

「はい。出来たよ」

 

「凄い! 軽くなった! 早速投球練習しよう!」

 

「今日はダメダメだよ!」

 

流石に今日は辞めたほうがいいと思うけど。

 

「タマちゃんもしたいよね」

 

「ちょっとだけなら」

 

「……私も投げたい」

 

私は球数は少数だったし、体への消耗もそんなに大きくない。

 

「仕方がないなぁ。10球だけだよ。終わったら素振り500回ね。3人はノーヒットだったからね。凪ちゃんは250。その間にご飯を作っておくね」

 

「500……」

 

私、後半から出てヒットも打ってるんだけどね。自主練でそれくらい振るからいいか。

 

近くの公園に移動して投球練習。入学式と同じ光景だけど、少しずつ動き始めた野球部。

 

(1つでも皆と勝てるように貢献したい)

 

チームのメンバーと1つでも多く勝利を分かち合えるように貢献したいな。

 

 

 

 

 




仕事が忙しくて更新の頻度が上がらない……(-_-;)
今月はなるべく早くにあげますね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。