ペルソナ アフターレガシー   作:erupon

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(あらすじ)
駅から歩き始めた四人は、道端に置いてある石をたよりに歩いていく。スサノオの風も通らず帰る風も見失う中、立川について聞けば、ただ「戻られた」という。村の子供たちもまた、異様な遊びに興じている。

<ここから読んでも分かるようにはしてる>
でもできたら「ペルソナアフターパラレル」から読むともうちょっとわかりやすいかも。
あっちの事件でかかわった人が登場人物として再登場しているので。


よろしくお願いします~




 

 山道の先で木々が途切れ、四人の前に細い舗装路が現れた。

 比良谷駅を出てから、一時間近く歩いている。舗装路には細かなひびが走り、両脇から伸びた冬草が、軽トラック一台分ほどの道幅をさらに狭めていた。

 道の入口には、傾いた木製の標識が立っている。

 表面は日焼けして灰色になり、下半分には苔が張りついていた。それでも、かすれた墨の跡を追えば、書かれた地名は読み取れた。

「比良守村……で合ってるよな」

 花村が声に出すと、直斗は端末の画面と標識を見比べた。

「文字はそう読めます。ですが、端末上には村名も道も表示されていません」

「実物があんのに、地図にはないってか」

「現在地の表示も安定していません。比良谷駅から離れるほど、誤差が広がっています」

 直斗は端末を傾けたが、現在地を示す印は山中を小刻みに跳ねていた。

 標識の隣には、胸の辺りまで苔に覆われた地蔵が立っている。その足元には黒い石が三つ並び、薄い日差しを濡れたように反射していた。

 周囲の土は乾いている。

 石の下にも、水が染み出した跡は残っていなかった。

 鳴上は地蔵へ近づき、黒い石へ手を伸ばしかけた。指先が届く前に動きを止め、そのまま静かに腕を下ろした。

「触らない方がいい」

「悠も、何か感じるか」

「分からない。だから触らない」

「そりゃそうだ」

 花村は肩に掛けた鞄を直し、標識の向こうへ続く道を見た。

 村の中には、灰色の瓦屋根がいくつも重なっている。段々畑には支柱が立ち、農具小屋の傍らには青いポリタンクも置かれていた。

 遠くの民家からは、白い煙が細く上がっている。

 廃村ではない。

 しかし、昼前だというのに道を歩く人間の姿はなかった。

「軽トラの跡がありますね」

 完二が屈み込み、泥の乾いた細い轍を指で示した。

「そんな古くねえな。昨日か今日かまでは分かんねえけど」

「畑にも手が入っています」

 直斗が村の斜面を見上げた。

「収穫後の区画も、土は起こされています。人が暮らしているのは間違いありません」

「なのに、誰も外にいねえ」

 花村は額に浮いた汗を手の甲で拭った。

 冬の山道を歩いてきた疲れはある。それでも、村の入口で感じる息苦しさは、単に身体が温まったせいではなかった。

 空気が動いていない。

 杉の梢は緩やかに揺れているのに、標識の足元へ積もった枯れ葉は一枚も転がらなかった。

 比良谷駅から続く山道では、鳥の声や枝を走る小動物の音が聞こえていた。村の入口へ着いた途端、それらの音が遠くへ引いたように薄くなっている。

「風が抜けてこねえな」

 花村が呟くと、完二が頭上の枝を見た。

「上は吹いてるように見えますけど」

「だから変なんだよ。上だけ動いて、下まで来てねえ」

『陽介、見えてない』

 内側から届いた声に、花村は眉を寄せた。

(見えてねえって、何がだよ)

『人はいる。左の家と、右の畑の奥だ』

 花村は言われた方向へ目を向けた。

 左の民家には薄いカーテンが掛かり、その奥までは見通せない。右の畑にも、枯れた葉と支柱が並んでいるだけだった。

(何人いる)

『分からない。途中で切れる』

(お前の索敵がか?)

『風が入らない。あの先で止まってる』

 いつもの軽口が、スサノオの声から消えていた。

 花村は一歩だけ標識の内側へ踏み込み、肌の周囲へ薄く風をまとわせた。大きな流れは作らず、足元の空気だけを前方へ押し出していく。

 路面の砂が小さく転がり、道脇の草が同じ方向へ傾いた。

 風は最初の民家へ届く直前で、突然動きを失った。

 押し返されたわけではなく、何かに吸い込まれた感覚もない。ただ、そこから先へ進むための向きだけが抜け落ちていた。

『右も駄目だ。地蔵の辺りで切れてる』

 道の右側には、入口と似た地蔵が立っていた。

 その足元にも黒い石が置かれ、民家の垣根へ続くように、小ぶりな石がいくつか並んでいる。

(壁って、あの石か)

『たぶんな。俺の風を通さない』

 花村は村道へ意識を向けたまま、後ろの三人へ声を掛けた。

「悠、やっぱ変だ。人はいるけど、風が途中で止まる」

 鳴上は道端の地蔵へ目を向けた。

「どこまで分かる」

「家ん中と、畑の奥に気配がある。ただ、人数も場所も曖昧だ」

「花村先輩の感覚だけですか」

 直斗が端末をしまい、石の列へ視線を移した。

「スサノオも同じだ。石の辺りから先へ風が入らねえ」

「通信にも似た乱れがあります」

「電波も石で止まってんのか」

「同じ原因とは断定できません。ただ、基地局を探す方向が定まらないような挙動です」

 直斗は手帳を取り出し、地蔵と石の位置を簡単に書き留めた。

「入口だけではありません。見える範囲でも、家の角や畑の境界に同じ石が置かれています」

「全部どかしたら、通るようになるんスかね」

 完二が石を睨み、右手を軽く握り込んだ。

「試すには危険すぎます」

 直斗の返事に重ね、鳴上も短く告げた。

「壊さない」

「ですよね。言ってみただけッス」

 完二は拳を開き、そのまま直斗より半歩前へ出た。

 花村は道と家々の配置を見比べながら、もう一度だけ風を送った。

 今度は家と家の間を縫うように流れを曲げたが、やはり黒い石の並びで止められた。目には道が続いているのに、感覚だけがそこで塗り潰されている。

「見えてるのに見えねえって、気持ち悪いな」

『だから、先に突っ込むなよ』

(分かってるっつの)

『本当に分かってる奴は、そんな返事しない』

(過保護かよ)

 スサノオは返事をしなかった。

 その沈黙が冗談では済まないものに思え、花村は前方へ顔を戻した。

 鳴上は四人の位置を確認し、村の奥へ続く道を指した。

「立川を探す。道を外れすぎないように進む」

「聞き込みも必要ですね」

 直斗が手帳を閉じ、鞄の外ポケットへ差し込んだ。

「家へ無断で入るわけにはいきません。姿を見せた人へ、立川さんの所在を尋ねましょう」

「まともに答えてくれりゃいいけどな」

「答えなくても、反応から得られるものはあります」

「探偵って、時々言うことが怖えよな」

「花村先輩に言われるほどではありません」

 直斗の声は普段と変わらなかったが、表情には笑みがなかった。

 四人は標識を越え、比良守村の中へ足を踏み入れた。

 

 

 ◇◇◇

 

 村道の左右には、古い木造家屋が不規則に並んでいた。

 黒ずんだ板壁に新しいアルミサッシを入れた家もあれば、屋根だけを最近葺き替えたらしい家もある。軒先には洗濯物が干され、縁側には白菜の入った籠が置かれていた。

 開け放たれた物置には、泥のついた長靴と鍬が並んでいる。庭先の水道からは、締め方が甘いのか、一定の間隔で水滴が落ちていた。

 生活の跡は、どの家にも残っている。

 それでも、道を歩く人間だけが見当たらなかった。

 左手の家から、食器を重ねる硬い音が聞こえた。

 別の家では、誰かの咳払いが一度だけ響いた。花村たちが近づくと、それらの音は示し合わせたように止まった。

「完全に見られてんな」

「ええ。二階の障子にも人影があります」

 直斗は正面を向いたまま、小さな声で答えた。

「こちらが通るたび、隙間の位置が変わっています」

「出てくりゃいいのによ」

「歓迎されていないのは確かでしょうね」

 花村は左手の家を見上げそうになり、途中でやめた。

 隠れている相手へ警戒を示すより、こちらが気づいていないと思わせた方がいい。そんな判断ができる程度には、花村も妙な事件に慣れてしまっていた。

『右奥に三人いる』

(畑の中か)

『たぶんな。一人は動いてる』

 右手には、低い石垣に囲まれた畑が広がっていた。

 冬の土は黒く湿り、畝の間には切り取られた葉が積まれている。畑の奥で赤い布が一瞬だけ動き、人の肩らしい形が支柱の陰から現れた。

「いるじゃねえか」

 花村が声を上げると、奥の人影がゆっくり立ち上がった。

 年配の男だった。

 色の褪せた作業着に、膝まであるゴム長靴を履いている。片手には小さな鎌があり、もう片方には抜いたばかりの草を握っていた。

 男は花村たちを見ても、驚いた様子を見せなかった。

「外の方かね」

 声は、どこにでもいる農家の老人と変わらなかった。

「東京から来ました」

 直斗が先に答え、男との距離を保って足を止めた。

「人を探しています。立川という大学生です」

「立川」

 男は姓を確かめるように繰り返し、土のついた手袋を腰へ当てた。

「若い男で、昨日まで東京にいた。ここへ来てるはずなんです」

 花村は男の顔を見据えた。

「来たっていうより、連れてこられたのかもしれない」

「連れて?」

 男はわずかに首を傾け、それから鎌を持つ手を下ろした。

「立川の方なら、戻られたよ」

 平坦な声だった。

 行方不明者について話す声ではなく、帰省した親戚の話をするような口調だった。

「戻ったって、いつだ」

「昨日だったかね。日が落ちる前だ」

 花村の喉が硬くなる。

 立川がM大の構内で割れ目に飲み込まれた時刻と、ほとんど重なっていた。

「どこへ戻った」

「上だろう」

 男は村の奥にある山へ顔を向けた。

「御子様のところへ」

「本人が歩いてきたのか」

 鳴上が短く尋ねると、男は今度こそ不思議そうな顔をした。

「戻る方は、戻るものだよ」

「答えになってねえだろ」

 花村が一歩踏み出すと、鳴上の腕が胸の前へ差し込まれた。

「陽介」

「分かってる。手は出さねえよ」

 答えながらも、花村は男から目を離さなかった。

「立川は大学にいたんだ。俺たちの目の前で、地面の割れ目に落ちた」

 男は鎌の刃についた土を、長靴の側面へ軽く当てて落とした。

「間に合ったなら、よかった」

「何がよかったんだよ」

「遅れると、山が落ち着かんからね」

 男の声には、脅しも嘲りも含まれていなかった。

 水路が詰まる前に掃除が済んだとでも言うような、穏やかな響きだけがあった。

「立川さんが危険な状態にある可能性は」

 直斗が尋ねると、男は眉間へ浅い皺を寄せた。

「危険というのは、外の話だろう」

「ここでは違うと?」

「戻られた方は、手順へ入る。御子様がおられるなら、心配はいらん」

 直斗の指が、手帳の端を一度だけ強く押さえた。

「その手順とは何ですか」

「外の方が気にすることではないよ」

 男は畑の奥にいる二人へ顔を向けた。

 作業をしていたらしい人影は、いつの間にか手を止めている。こちらを見ていることだけは分かるが、石の列に遮られ、表情までは捉えられなかった。

「立川に会わせてください」

 花村は声を抑え、言葉だけを前へ押し出した。

「会う必要はないだろう」

「俺たちにはある」

「帰ってきた者は、上へ行く。外の荷物も、外の縁も、あちらでは使わん」

「立川は荷物じゃねえ」

 胸の奥で何かが跳ねたが、鳴上の腕はもう花村を押さえていなかった。

 止められなくても、ここで男へ詰め寄る意味は薄い。花村は奥歯を噛み、握りかけた手を強引に開いた。

 完二が一歩前へ出て、花村と男の間へ斜めに立った。

「上って、どっちッスか」

 普段の敬語を残しているが、声の低さは隠していなかった。

 男は完二の体格を見上げ、山へ伸びる道を鎌で示した。

「この道を行けば、社へ上がる道がある」

「比良光神社ですか」

 直斗が尋ねると、男はゆっくり首を動かした。

「今は、そう呼ぶ方もいるな」

「今は?」

「昔から社は社だよ。御子様がおられるところを、ほかに呼ぶ必要もない」

 男はそれだけ答えると、再び畑へ腰を屈めた。

 会話を終えたつもりなのだろう。

 四人がその場を離れても、男は二度と顔を上げなかった。

「話が通じてるようで、全然通じてねえ」

 数十メートル進んだところで、花村は振り返らずに息を吐いた。

「言葉の意味がずれています」

 直斗は歩きながら手帳を開いた。

「僕たちは立川さんの移動を、失踪や連れ去りとして尋ねました。しかし、あの男性は一貫して帰還として扱っています」

「間に合ったとも言ってたな」

 鳴上が前方を見たまま付け加えた。

「昨日だとも知っていた」

「偶然にしては出来すぎています」

 直斗は手帳へ短い文字を書き足した。

「ただ、立川さん本人を見たのか、誰かから聞いたのかは分かりません」

「見てなくても、来たって分かるのかよ」

「その可能性も否定できません」

「最悪だな、それ」

『陽介、左の家にも二人いる』

(まだ見てんのか)

『お前が声を荒らげたからな』

(あれで荒らげたうちに入んのかよ)

『いつもの半分くらいだ』

(じゃあ、まだ問題ねえだろ)

『残り半分は、立川を見つけてからにしろ』

 返す言葉が浮かばず、花村は口を閉じた。

 スサノオの言い方は軽かったが、その奥にある焦りは花村と同じだった。

 立川は、この村にいる。

 少なくとも、村人たちはそう認識している。

 あの割れ目がこの場所へ通じていたなら、急がなければならない。男の言う手順が何を意味するのか分からない以上、時間が味方だと思える理由は一つもなかった。

 

 ◇◇◇

 

 村道は緩やかな上りへ変わり、家々の間隔も少しずつ広がっていった。

 左手には柿の木が並び、干し柿を吊るした軒先が見える。右手の斜面には小さな墓地があり、古い石塔の間へ新しい花が供えられていた。

 誰もいないように見える場所ばかりが、きちんと手入れされている。

 手入れをしている人間だけが、花村たちの前へ姿を見せようとしなかった。

「花村先輩、あれを見てください」

 直斗が足を止め、民家の塀際を指した。

 黒い石が五つ、ほぼ同じ間隔で並んでいる。

 どれも表面だけが濡れ、冬の日差しを鈍く反射していた。すぐ横の落ち葉は乾いたままで、石から水が流れた跡も残っていない。

「さっきと同じ石だな」

「配置は違います。ただ、何らかの規則があるように見えます」

「道を塞いでるんじゃねえのか」

「それなら、もっと道へ寄せるはずです」

 直斗はしゃがみ込まず、石と家の位置を見比べた。

「家を囲んでいるようにも見えません。畑の境界を示すには、場所が中途半端です」

「何かを入れねえとか、出さねえとかじゃないスか」

 完二が石の列へ顔を向けた。

「可能性はあります。ただ、何を対象にしているのかが分かりません」

 鳴上は石の前へ近づき、手をかざすように腕を上げた。

 その指が途中で止まり、数秒後には静かに下ろされた。

「ここも同じだ」

「悠も通らねえか」

「ああ」

 それ以上、鳴上は説明しなかった。

 花村には十分だった。

 自分の風だけではなく、鳴上とイザナギの感覚にも何かが引っ掛かっている。直斗や完二も同様かもしれないが、誰の力がどこまで働くかを試す場所ではなかった。

「壊したら、どうなるんでしょうかね」

 完二が石へ近づきかけ、直斗がすぐに手を上げた。

「触れないでください」

「壊すとは言ってねえし」

「顔に書いてありました」

「俺の顔、そんな分かりやすい?」

「かなり」

 花村が答えると、完二は納得できないように眉を寄せた。

 わずかなやり取りの間にも、背後の民家から戸板の軋む音が聞こえていた。

 振り返っても、開いた戸口には誰もいない。

 だが、戸口の内側に積まれた薪の陰から、黒い袖だけが一瞬覗いた。

『陽介、正面にもいる』

(どこだ)

『道の曲がり角。石の向こうだ』

 花村が目を凝らすと、曲がり角の先から買い物袋を提げた中年の女性が現れた。

 厚手のカーディガンに長いスカートを合わせ、履き古した運動靴を履いている。袋の口からは、大根の葉と醤油の瓶が覗いていた。

 見た目だけなら、買い物帰りの村人にしか見えない。

「こんにちは」

 直斗が声を掛けると、女性は足を止めた。

「外の方ですか」

「はい。立川という若い男性を探しています」

「立川の方なら、戻られましたよ」

 女性は迷うことなく答えた。

 先ほどの男と、ほとんど同じ言葉だった。

「昨日の夕方に?」

 花村が割り込み、女性の反応を見た。

「そう聞いています」

「誰から」

「鐘が鳴りましたから」

「鐘?」

「戻られた方がいる時の鐘です」

 女性は買い物袋を持ち直し、山側へ目を向けた。

「間に合ったなら、よかった」

「本人は戻りたがってなかった」

 花村は声を荒らげないようにしながら、女性へ言葉を投げた。

「一か月も抵抗してた。昨日は大学から無理やり連れていかれたんだ」

「抵抗が長かったのですね」

 女性は心配そうに眉を寄せた。

 しかし、その心配が立川へ向けられていないことは、次の言葉で分かった。

「御子様も、お待ちになったでしょう」

「そうじゃねえだろ」

 花村が踏み出すより早く、鳴上が肩へ手を置いた。

「陽介、場所を聞く」

「……分かってる」

 花村は一度だけ深く息を吸った。

「立川は、比良光神社にいるんだな」

「御子様のところでしょう」

「会わせてもらえるか」

「外の方が気にすることではありませんよ」

 女性は穏やかな口調を崩さなかった。

「帰ってきた方は、上へ行きます。道を進めば、社へ上がる石段があります」

「おひかりさま、という言葉を知っていますか」

 直斗の問いに、女性は少しだけ目を細めた。

「山を静かにする方です」

「人ですか」

「人でなければ、務まりませんよ」

 その答えを残し、女性は四人の脇を通り過ぎた。

 醤油の瓶が買い物袋の中で鳴り、日常的な音だけを残して遠ざかっていく。

 完二は女性の背中を見送り、声を落とした。

「普通に買い物してる人ッスよね」

「見た目と生活だけならな」

 花村は道端の黒い石を睨みつけた。

「言ってることだけ、全部おかしい」

「おそらく、彼女にとっては矛盾していません」

 直斗は女性が消えた曲がり角へ目を向けた。

「立川さんが何を望んでいたかより、戻ってきたという事実の方が優先されている」

「事実じゃねえ。連れてこられたんだ」

「僕もそう考えています」

 直斗は静かに答え、山側へ続く道を見た。

「だから、立川さん本人を見つける必要があります」

 花村は返事の代わりに歩き出した。

 その時、風の流れにかすかな笑い声が混じった。

 ここへ入ってから初めて聞いた、明るい子供の声だった。

「子供か?」

 完二も気づき、山側の林へ顔を向けた。

 笑い声はいったん途切れ、すぐに複数の声が歌い始めた。

 単純な節に合わせ、手を叩く乾いた音が一定の間隔で続いている。

「おひかりさま、ねんねした」

「つちのおふとん、かけましょう」

「ひとつ、ふたつで、しずかになるよ」

 言葉の一部が、細い風に乗って村道まで届いた。

 花村は足を止めた。

「何だよ、今の歌」

「確認しましょう」

 鳴上がすぐに脇道へ向きを変えた。

 

 ◇◇◇

 

 笑い声は、民家の裏手にある空き地から聞こえていた。

 道沿いには腰ほどの石垣が続いていたが、その途中に人一人が通れる細い坂道がある。四人は一列になり、湿った土を踏みながら坂を上った。

 先頭の鳴上が歩みを緩め、右手で後ろを制した。

 花村はその肩越しに、空き地の様子を覗き込んだ。

 畑と林の境に、地面を踏み固めただけの広場がある。

 そこに、五人の子供が集まっていた。

 年齢は、幼稚園児くらいから十歳前後までだろう。色の違う長靴を履き、厚手の上着を着込んでいる。服装だけなら、田舎で遊ぶ子供たちと何も変わらなかった。

 四人は輪になり、地面へ向けて小さな手を動かしている。

 輪の中央には、子供一人が横になれる程度の穴が掘られていた。

 その中に、もう一人の男の子が仰向けで寝かされている。

 胸から下には土が掛かり、ほかの子供たちが玩具のスコップで、さらに上から土を被せていた。

「おひかりさま、ねんねするんだよ」

「おやまが、しずかになりますように」

 土を掛けられている子供は、最初こそ笑っていた。

 しかし、腹の辺りまで土が積もり、身体を動かせなくなったのか、顔を横へ向けて短く咳き込んだ。

 その口元へ、別の子供がスコップで土を運ぼうとしている。

 花村は一瞬、声を出すことさえ忘れた。

 胸の奥から熱いものが一気にせり上がり、次の瞬間には全身が動いていた。

『陽介、吹かすなら浅くやれ』

 スサノオの声が、燃え上がった意識へ割り込んだ。

『子供ごと飛ばすな。土だけ剥がせ』

(分かってる)

 花村は坂を飛び出し、右手を地面へ向けて振り抜いた。

「そこから離れろ!」

 子供たちが一斉に顔を上げた。

 空き地の枯れ草が外側へ伏せ、穴の上へ積まれた土が薄い層ごと剥がれていく。

 力を上げれば、一息で全て吹き飛ばせる。

 しかし、穴の中の子供まで風へ巻き込むわけにはいかなかった。

『右を抑えろ。そのままだと顔に入る』

(分かってるっつの)

 花村は手首を返し、風の流れを二つへ分けた。

 土は子供の顔を避け、穴の左右へ低く散った。細かな砂だけが宙へ舞い、花村は最後の一押しを弱く送ってから風を止めた。

「完二!」

「任せろ!」

 完二は花村の横を駆け抜け、穴の縁へ膝をついた。

 土から出た子供の肩と背中へ両腕を差し込み、首を支えながら身体を引き上げる。子供は咳き込み、鼻の頭についた泥を手袋で擦った。

「息できるか。どっか痛えとこは」

 完二は子供を抱えたまま、顔と手足の状態を確かめた。

 子供は驚いたように目を丸くしていたが、やがて小さく頷いた。

「だいじょうぶ」

「大丈夫じゃねえだろ」

 花村は穴の横まで進み、土を掛けていた子供たちを見た。

「お前ら、何やってんだよ。口まで埋めたら、息できなくなるだろうが」

 子供たちは怒鳴られた理由が分からないのか、互いの顔を見合わせた。

 一番年上に見える女の子が、玩具のスコップを両手で握ったまま答えた。

「おひかりさま遊び」

「んな遊びがあるかよ」

「あるよ」

 女の子は不思議そうに首を傾げた。

「みんなやるもん」

「土をかけると、山が静かになるんだよ」

 隣の男の子が、知っていることを教えるように言葉を足した。

「ねんねしたら、御子様が見てくれるの」

「誰に教わった」

 鳴上が子供たちの前まで進み、低い声で尋ねた。

 子供たちは鳴上を見上げたが、怯えて逃げる様子はなかった。

「お兄ちゃんたちがやってた」

「お母さんも知ってるよ」

「昔からあるんだよ」

 答えはばらばらだったが、誰一人として悪いことをしたとは思っていない。

 花村は口の中に溜まった言葉を、何度も噛み潰した。

 子供たちを責めても仕方がない。

 ここで生まれ、周りの大人が止めず、年上の子供が遊びとして続けてきたのなら、彼らにとっては鬼ごっこや泥団子と同じなのだろう。

 そう理解しても、怒りが薄くなるわけではなかった。

『陽介、落ち着けとは言わない』

 スサノオの声が、腹の底へ重く沈んだ。

『でも、怒る相手はこいつらじゃない』

(分かってる)

 花村は今度こそ、声に出さず返した。

 完二に抱えられた子供は、怒られている仲間を心配したのか、その腕から降りようと身体を捩った。

「もういいよ。つぎ、ぼくのばんじゃないから」

「次とかねえよ」

 完二は腕の力を緩めず、穴から離れた草地へ子供を下ろした。

「危ねえから、もう穴には入んな。分かったか」

「でも、やらないと静かにならないよ」

「何が静かにならねえんだ」

「お山」

 子供は当然のように答え、林の奥へ顔を向けた。

「お山がうるさいと、みんな眠れないんだって」

「誰が言ったのですか」

 直斗が子供と目線を合わせるように腰を落とした。

「御子様ですか」

「御子様も。お父さんも」

「君は、実際に音を聞いたことがありますか」

 子供はしばらく考え、やがて首を横へ振った。

「お父さんが言ってた」

「ぼくは聞いたよ」

 別の男の子が、二人の会話へ割り込んだ。

「夜に、下からごろごろするの」

「雷とは違うのですか」

「雷は上だよ。あれは下」

 直斗はすぐに結論を口にせず、穴の周囲へ注意を移した。

 鳴上も子供たちから目を離し、空き地を囲む民家と林の入口を順番に確認している。子供が騒いでいたのだから、大人に声が届いていないとは考えにくかった。

 それでも、止めに来た村人は一人もいなかった。

「花村先輩」

 直斗が穴の端を指した。

「風を使った時、何か硬いものへ当たりませんでしたか」

「いや、分かんなかった。土だけ剥がすので手いっぱいだった」

「完二、子供たちを下げてください」

「分かった。お前ら、ちょっとこっち来い」

 完二は助けた子供の肩へ手を置き、ほかの子供たちも穴から遠ざけた。

 子供たちは不満そうではあったが、完二の体格に逆らう気にはならないらしい。玩具のスコップを持ったまま、畑側の草地へ移動した。

 直斗は手袋をはめ、穴の縁へ片膝をついた。

 土へ直接手を入れず、落ちていた細い枝で表面を軽く払う。

 新しく掘られた黒い土の下から、白っぽいものが覗いた。

 最初は、乾いた木の根のように見えた。

 しかし、直斗が枝で周りの土を避けると、滑らかな曲面と、いくつかの小さな窪みが現れた。

 花村の背中を、冷たいものが伝っていった。

「それ、骨か」

「そのように見えます」

 直斗の声から、普段の柔らかさが消えていた。

 無理に掘り出すことはせず、見えている部分だけを慎重に観察している。

「形状から見て、大型動物の骨とは考えにくいです。ただし、ここで断定はできません」

「人間じゃねえ可能性は」

「あります。ですが、楽観できる材料もありません」

 鳴上が穴の反対側へ回り、風で飛ばされた土の中へ目を向けた。

 花村もその動きを追い、左右に積もった土へ目を凝らした。

 細く白いものが、何本か土へ混じっている。

 そのうちの一つは、指の骨に見えた。

 胃の奥が強く縮み、花村は反射的に息を止めた。

「何だよ、これ」

 声を抑えたつもりだったが、低い唸りに近くなった。

「ここで、本当に人を埋めてたってのか」

「前のおひかりさまだよ」

 子供の声が背後から届いた。

 

 ◇◇◇

 

 花村はゆっくり振り返った。

 先ほどスコップを握っていた女の子が、完二の横から穴を覗き込んでいる。

「前のって、どういう意味だ」

「前にねんねした人」

「誰だよ、その人」

「知らない」

 女の子は悪びれずに答えた。

「ずっと下にいるから」

「みんな、下にいるよ」

 別の子供が、土のついた長靴を擦り合わせた。

「ここだけじゃないもん」

 花村は問い返そうとして、言葉を失った。

 ここだけではない。

 子供の言い方が、村の空き地や畑の端に、同じ穴がいくつもあることを示しているように聞こえた。

「おひかりさまは、人なのですか」

 直斗が立ち上がり、子供たちを順番に見た。

「うん」

「ねんねする人」

「戻ってきた人も、なるんだよ」

 助けられた子供が、完二の上着の裾を握りながら答えた。

 花村の頭に、立川の顔が浮かんだ。

 試験を終え、眠そうな目を擦りながら、くだらない話に突っ込んでいた顔だった。

 その直後、足元が割れた。

 伸ばした手は届かず、立川の身体は黒い割れ目の中へ落ちた。

 地面に残った鞄と、スマートフォンと、家の鍵。

 そして、濡れた石。

「戻ってきた人って、立川のことか」

 花村は子供の前へ進み、声が大きくならないよう注意しながら尋ねた。

「昨日、ここへ来た若い男を見たか」

「知らない」

 女の子は首を横へ振った。

「でも、戻ってきたって、おばあちゃんが言ってた」

「どこへ行った」

「上」

 子供たちは、ほとんど同時に山を指した。

「御子様のところ」

「おひかりさまは、山の上だよ」

「神社に行けばいいよ」

 鳴上は子供たちの指した方向へ顔を向けた。

 空き地の奥には、林の間を縫う細い道が続いている。途中から石段らしい段差へ変わっているが、木々に遮られ、その先までは見えなかった。

 直斗も道を確認し、手帳の地図と見比べた。

「方角は、地図上の比良光神社と一致します」

「じゃあ、決まりだな」

 花村は穴から顔を背け、山道を見た。

「立川は、その神社にいる」

「可能性は高いです。ただ、村人たちが同じ認識を共有している点には注意してください」

「全員で口裏を合わせてるってことか」

「意図的に嘘をついているとは限りません」

 直斗は手帳を閉じ、穴の底へ目を落とした。

「むしろ、彼らにとっては事実なのでしょう。戻ってきた人間は上へ行き、おひかりさまと呼ばれる何かになる」

「それを子供が遊びで真似してる」

「ええ。意味を理解していなくても、行為の形だけが受け継がれています」

 穴の底には、まだ骨の一部が露出していた。

 その上へ、風で動いた土の中から黒い石が一つ転がり落ちた。

 石は骨のそばで止まり、表面だけを濡らしたまま、鈍い光を返している。

「また、あの石かよ」

 花村が近づこうとすると、鳴上が先に腕を出した。

「触るな」

「分かってる」

 返した声は、自分で思っていたより低かった。

 その石が子供たちの玩具でないことだけは分かる。

 骨と共に埋まっていたのか、土の中へ混じっていたのかは判断できない。ただ、立川の周囲に現れていたものと同じ石が、人らしい骨の上へ転がっている。

 それだけで、嫌な想像には十分だった。

「大人が来ます」

 完二が子供たちを背へ庇いながら、村道へ通じる坂を見た。

 坂の下から、複数の足音が聞こえていた。

 花村も風を探ろうとしたが、空き地の入口に置かれた黒い石の辺りで、感覚はまた途切れた。

『三人、いや四人だ。正確には見えない』

(こっちへ来てるか)

『たぶんな。急いだ方がいい』

 やがて坂の下に、村人の姿が現れた。

 買い物袋を提げた中年の女性と、杖をついた老人だった。その後ろには作業着姿の男が二人いるが、誰も武器らしいものは持っていない。

「あら、遊びを止めたの」

 女性は責める口調ではなく、散らかった玩具を見つけた程度の声で言った。

「危ねえから止めたんだよ」

 花村が答えると、女性は土を払われた穴へ目をやった。

「まだ浅かったでしょう」

「浅いとか深いとかの話じゃねえ」

「子供の遊びですよ」

「子供を土に埋める遊びがあるか」

 花村の声が強くなり、完二が村人との間へ身体を入れた。

 鳴上は花村を止めず、女性へ問いかけた。

「この骨は何だ」

 女性は穴の底を覗き込み、驚く様子もなく首を傾げた。

「古いものですね」

「人の骨か」

「さあ。御子様なら、ご存じかもしれません」

「御子様は、比良光神社にいるんですね」

 直斗の問いに、杖をついた老人が答えた。

「社におられるよ」

「立川さんも、そこにいますか」

「戻ってきたなら、上だろうね」

 老人の言葉も、畑の男とほとんど同じだった。

「帰ってきた者は、御子様がお迎えになる。昔から決まっていることだよ」

「本人が望んでなくてもか」

 花村が尋ねると、老人は目を細めた。

「望む、望まないという話ではない」

「じゃあ、何の話だよ」

「帰る者が帰る。ただ、それだけだ」

 花村の中で、抑えていた怒りが再び膨らんだ。

 だが、鳴上が先に一歩前へ出た。

「神社への道を教えてくれ」

 老人は鳴上を見上げ、それから空き地の奥へ顔を向けた。

「あの石段を上がればいい」

「止めないのですか」

 直斗が確認すると、老人は杖の先で地面を軽く叩いた。

「外の方が行っても、何も変わらんよ」

「なら、問題ありませんね」

 直斗は静かに答えた。

 女性は子供たちを手招きし、汚れた上着を順番に払っている。

 土を掛けられていた子供も、何事もなかったように仲間の隣へ戻ろうとした。完二はその肩を掴み、女性へ顔を向けた。

「この子、咳してました。ちゃんと見てやってください」

「土が入っただけでしょう」

「だから、ちゃんと見ろっつってんだ」

 完二の敬語が消え、女性は初めて少しだけ目を見開いた。

 それでも言い返さず、子供の顔を覗き込んだ。

 子供は元気だと示すように笑ったが、鼻の周りにはまだ細かな土がついていた。

 花村はその様子を見届け、穴へ最後の視線を送った。

 今は骨を詳しく調べている時間がない。

 通常の通信はほとんど使えず、村の場所さえ正確に説明できない。何より、生きている立川を先に見つけなければならなかった。

「悠」

「ああ。上へ行く」

 鳴上は迷わず答え、空き地の奥へ続く道へ向かった。

「直斗、場所は合ってるな」

「方角は一致しています。ただ、地図に記載された道とは形が違います」

「もう、そのくらいじゃ驚かねえよ」

「驚かないで済む材料が増えたわけではありません」

「そういうとこ、本当に直斗だよな」

 花村が歩き出すと、完二もすぐに続いた。

「花村先輩、俺が後ろを見ます」

「頼む。子供らからも目を離すなよ」

「分かってます」

 四人は村人たちへ背を向け、林の中へ入った。

 古い石段は、落ち葉と苔に半分ほど覆われている。脇には欠けた石灯籠があり、その根元にも濡れた石が二つ置かれていた。

 木々の奥から吹き下ろすはずの風は、石段の入口でまた向きを失った。

 花村は足を止め、頭上の枝を見上げた。

 枝葉は揺れている。

 それでも、彼の頬には何も届かなかった。

『陽介』

(何だ)

『上だ』

 スサノオの声は、それだけだった。

 石段の先には、まだ神社も鳥居も見えていない。

 ただ、折り重なった木々の向こうに、山の上へ続く古い参道の入口だけが、薄暗く口を開いていた。

 花村は立川の名を呼びかけそうになり、唇を閉じた。

 代わりに鞄の肩紐を強く握り、鳴上の隣へ並んだ。

「行こうぜ、悠」

「ああ」

 四人は足並みを揃え、風の通らない石段を上り始めた。

 

 帰らずの比良守村 4 へつづく

 

 

 




【今回出てくるキャラ】
花村陽介(20)
M大経済学部に在籍している大学生。口を開けばガッカリ王子なのは相変わらずだが、見た目の良さとコミュニケーション力の高さ、たまに学校に来なくなるけど(事件に巻き込まれてるため)成績は上々ということで学内では人気がある。
鳴上悠(20)
T大理工学部に在籍している大学生。冷静沈着に状況を見て判断を下すも、たまに天然ボケが挟まる。見た目はよいのだが着る服などに頓着しておらず、花村とルームシェアしてからはもっぱら言われた服を着ている模様。
白鐘直斗(20)
五反田にある「白鐘探偵事務所」の所長を務める【探偵王子】。いつでも冷静ではあるが、お化けが苦手。情報処理能力は鳴上以上。正直美人である。
巽完二(20)
東京にある服飾系専門学校に通っている。物理が得意なのはいつもの通り。ガタイはでかいが繊細な布仕事は校内でも評判である。

むらびと()
比良守村に住んでいる人。外からきた四人を「外の方」と言う。
むらのこども()
怖い遊びをしている。本人たちには悪気はない。

<Pixivにも掲載してます>
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28881518

来週もよろしくです!
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