四人は村を進み、鳥居から石段を進む。村人たちは背後から参道を塞ぐように立ち警告する。スキルを使えない圧が高まる中、神社の社殿の影から現れた巫女は、「立川の方はお勤めを果たしていただきます」と断言する。
<ここから読んでも分かるようにはしてる>
でもできたら「ペルソナアフターパラレル」から読むともうちょっとわかりやすいかも。
あっちの事件でかかわった人が登場人物として再登場しているので。
よろしくお願いします~
古い石段は、山の斜面へ沿うように曲がりながら、木々の奥へ続いていた。
比良守村の空き地を離れてから、四人は一度も村人とすれ違っていない。それでも背後から見送られている感覚は消えず、花村は何度も振り返りたい衝動を堪えていた。
石段の左右には、欠けた地蔵が一定の間隔で置かれている。
地蔵の足元には、村道で見たものより大きな黒い石が並んでいた。石の表面だけが濡れているのに、落ち葉にも土にも、水の染みは広がっていない。
「上へ行くほど増えてんな」
花村が呟くと、先を歩く直斗が足を緩めた。
「地蔵一体につき、三つか四つです。石段の曲がり角には、それ以上置かれています」
「目印って数じゃねえよな」
「少なくとも、参拝者を案内するための配置には見えません」
直斗は手帳を取り出さず、石の位置を目で追いながら答えた。
村の中では、家や畑の境に散らばっていた石が、ここでは参道を挟むように並んでいる。何かを道の中央へ導いているようにも、左右へ逃がさないようにも見えた。
花村は小さく息を吸い、顔の周囲へ意識を向けた。
空気はある。
呼吸もできる。
それなのに、風だけが遠い。
木々の高い位置では枝葉が擦れ合い、乾いた音を立てている。だが、その動きは参道まで降りてこず、花村の頬を撫でるはずの流れも途中で失われていた。
『陽介、ここから重い』
(重いって、何がだよ)
『俺を外へ出す道が細くなってる』
スサノオの声は、内側から近く聞こえている。
だが、普段なら身体のすぐ外側まで広がる気配が、今は胸の奥へ押し戻されていた。呼びかければ応じるはずなのに、厚い布越しに腕を伸ばしているような鈍さがある。
(石のせいか)
『石だけじゃない。上に近づくほど、場所ごとこっちを押してくる』
花村は石段の先へ目を向けた。
木々の隙間から、朱色を失った鳥居の上部が少しだけ見えている。距離はそれほど遠くないはずなのに、石段を一段上がるたび、足元へ余計な重さが加わっていた。
「悠、こっから先、ペルソナが出しづらい」
鳴上は立ち止まり、鳥居の見える方角を見上げた。
「スサノオが?」
「呼べねえわけじゃない。でも、外へ出そうとすると押し返される」
鳴上は一瞬だけ目を伏せ、胸元へ意識を向けるような沈黙を置いた。
「イザナギも同じだ」
「僕の方も、反応が鈍くなっています」
直斗が端末を確認しながら答えた。
「通信状況も、先ほどより悪化しています。衛星接続は維持できていますが、送受信に時間が掛かるでしょう」
完二は石段の下を振り返り、誰もいない参道を確かめた。
「ロクテンマオウも、力を出すなら慎重にしろって感じッス」
「今は無理に出さない」
鳴上は三人へ顔を向け、短く判断を告げた。
「必要になるまで内側に留める」
「賛成です」
直斗は端末を上着の内側へしまった。
「これほど石が集中している場所で、どのような干渉が起こるか分かりません」
「ぶっ壊して道を開けるのも、なしッスよね」
完二が道脇の石を顎で示した。
「なしだ」
鳴上の返答は早かった。
「まだ何を支えているか分からない」
「分かってます。念のため聞いただけッス」
「お前、それさっきも言ってたぞ」
花村が返すと、完二は不満そうに眉を寄せた。
「聞くだけならタダじゃないスか」
「ここじゃ、その理屈も怪しいけどな」
軽口を交わしても、足元の重さは変わらなかった。
四人は間隔を詰めすぎないよう注意しながら、石段をさらに上がった。
参道の途中には、細い注連縄が木から木へ渡されている。
縄には紙垂だけでなく、黒い小石を包んだ網がいくつも結びつけられていた。風が通らないため、紙垂は垂れ下がったまま動かず、石だけが鈍い水気を帯びている。
「注連縄にまで石かよ」
花村は縄の下をくぐる前に足を止めた。
『触るな。あれも俺の風を切ってる』
(分かってる)
花村が縄から距離を取ると、鳴上も中央を避け、少し身を屈めて通り抜けた。
直斗は通過する直前に石の数を確かめたが、手を伸ばすことはしなかった。
「村の石と同じですね」
「濡れてるように見えるだけか?」
「少なくとも、水が垂れた痕跡はありません」
直斗は縄を振り返り、木々の間へ続く石の並びを確認した。
「装飾というより、境目を示すために置かれているように見えます」
「神社なら、境目があっても変じゃねえだろ」
「ええ。ただ、外から内へ入る者を清めるというより、内側にあるものを外へ出さない配置に見えるのが気になります」
その言葉に、花村は参道の先を見た。
鳥居はすでに全体が見えている。
手入れはされているが、木肌は黒ずみ、表面の塗装もほとんど剥がれていた。
鳥居の向こうには、小さな境内が広がっている。
古い社殿の屋根と、低い石の柵。
その間を埋めるように、濡れた石が並んでいた。
『陽介、鳥居の内側で風が落ちる』
(今だって、ほとんどねえだろ)
『違う。ここまでは細いだけだ。あの中じゃ、流れそのものが沈む』
花村は無意識に、胸元へ手を当てた。
スサノオはいる。
声も聞こえる。
しかし鳥居の内側を見ているだけで、二人の間へ見えない重石を差し込まれたような感覚があった。
「近いぞ」
鳴上の声で、花村は手を下ろした。
四人は鳥居の手前まで進み、石段の最後の一段で足を止めた。
◇◇◇
比良光神社の鳥居は、村から見た以上に古びていた。
柱の根元には補修の跡があり、新しい木材を添えて金具で留めている。だが、その金具の周囲にも黒い石が埋め込まれ、湿った光沢を残していた。
鳥居から左右へ伸びる低い柵は、普通の石垣とは作りが違う。
大小の黒い石を積み上げ、隙間へ細い縄を通して、一つずつ固定している。石同士を接着した様子はなく、わずかな力で崩れそうに見えるのに、全体は不自然なほど整っていた。
境内の上にも、太い注連縄が渡されている。
縄の中には小石を包んだ細い網が編み込まれ、遠目には黒い節が連なっているように見えた。紙垂は新しいものへ交換されているらしく、白さだけが周囲から浮いている。
「手入れはされてるんだな」
花村は社殿前の掃き清められた地面を見た。
「村の人間が今も通ってる証拠ですね」
直斗は鳥居をくぐらず、柵と注連縄の位置を順番に確認した。
「ただし、参拝者を迎えるための造りには見えません」
「どっちかっつうと、檻みてえだな」
完二が柵の向こうへ目を凝らした。
言葉にされると、花村にもそう見えた。
鳥居は入口のはずなのに、そこを通るためというより、内側と外側を明確に分けるために立っている。石の柵も注連縄も、神聖な場所を囲うというより、境内から何かが漏れないよう押さえている印象が強かった。
花村は、ほんの少しだけスサノオの気配を外へ広げようとした。
胸の内側から風が立ち上がり、肩の周囲まで届く。
その瞬間、鳥居に埋め込まれた石が濡れた光を増したように見えた。
風は外へ出る前に潰れ、花村の肺へ重さだけを返してきた。
「っ……」
花村は息を詰め、胸元を押さえた。
「陽介」
鳴上がすぐ横へ移動した。
「大丈夫だ。ちょっと試しただけ」
「無理に出すな」
「分かってる」
『今のは俺じゃない。向こうが押した』
(見りゃ分かる)
『なら、二度目はやるなよ』
(お前、俺の信用なさすぎだろ)
『こういう時のお前は、半分くらいしか信用してない』
返す気力もなく、花村は鳥居から半歩下がった。
直斗は花村の様子を確認してから、端末を取り出した。
「衛星接続が切れかけています」
画面上では、接続を示す表示が点滅を繰り返していた。
「鳥居の手前でこれかよ」
「先ほどの石段では、遅延だけでした。ここでは接続そのものが不安定になっています」
「地面の中まで石が埋まってんじゃねえか?」
完二が足元を見た。
「その可能性はあります。ただ、確かめるために掘るわけにはいきません」
「今は撃つ場所でも、壊す場所でもねえッスね」
完二は拳を一度握り、すぐに開いた。
鳴上は鳥居の柱へ近づき、石の埋め込まれた部分へ目を向けた。
手を近づけることはせず、境内の左右と社殿までの距離を確認している。
「正面から入る」
鳴上は鳥居の中央を見た。
「石と縄には触れない。何かあれば、すぐ外へ戻る」
「戻れれば、……ね」
花村が言うと、完二が背後へ顔を向けた。
その動きに合わせるように、参道の下から足音が聞こえた。
一人ではない。
乾いた落ち葉を踏む音が重なり、ゆっくりと上がってくる。
『陽介、後ろだ。まだ吹かすな』
(分かってる)
花村が振り返ると、石段の曲がり角から村人たちが姿を現した。
◇◇◇
最初に現れたのは、空き地で子供たちを迎えに来た老人だった。
その後ろには、畑で会った男と、買い物袋を提げていた女性がいる。さらに数人が続き、参道の幅いっぱいへ静かに広がった。
鍬や鎌を持った者もいる。
だが、刃先を花村たちへ向ける者はいなかった。
農作業の途中で、そのまま集まってきたような姿だった。
「何のつもりだよ」
花村が声を掛けると、杖を持った老人が鳥居を見上げた。
「御子様がお待ちです」
「待ってんのに、後ろを塞ぐのか」
「外の方は、騒がないでください」
老人の口調は、村道で話した時と変わらなかった。
「戻られた方の邪魔をしてはいけません」
「邪魔してんのは、そっちだろ」
花村が一歩下がると、完二が自然に背後へ回った。
直斗と花村を鳥居側へ残し、自分は村人との間へ立つ。腕を下げた姿勢のまま、誰かが踏み込めばすぐ止められる距離を取っていた。
「花村先輩、後ろは俺が見ます」
「頼む」
花村は村人たちの人数を数えた。
正面の石段に八人。
左の林にも、人影が二つ見える。
右手の細い横道には、作業着姿の男が立ち、村へ下りる別の道を塞いでいた。
「囲まれていますね」
直斗は村人を刺激しない声量で告げた。
「参道だけでなく、左右の道にも人がいます」
鳴上は鳥居を背にせず、村人と境内の両方が見える位置へ移動した。
「俺たちを帰すつもりはないのか」
「帰るなら、今のうちです」
買い物袋を提げた女性が答えた。
その言葉とは裏腹に、村人たちは道を空けなかった。
「道、塞いでんだろうが」
「御子様のお話を聞けばよいのです」
「聞いた後は?」
花村の問いに、女性は袋の持ち手を握り直した。
「それは御子様がお決めになります」
「俺たちのことまでかよ」
「ここへ入られたのですから」
村人たちの声には敵意がなかった。
だが、花村たちの意思を尋ねる気もない。
立川に対して向けられていたものと同じ扱いが、少しずつ四人へ向けられている。
『陽介、まだだ』
(分かってるって)
『石が多すぎる。下手に風を当てたら、どこへ逃げるか読めない』
花村は鳥居の石と、参道を塞ぐ村人を交互に見た。
風で人を押し退けることはできる。
少なくとも、普段なら難しくない。
だが、この場所では流れが途中で止まり、石へ当たった風がどこへ向きを変えるか分からない。村人を傷つけず、四人だけの道を開くには条件が悪すぎた。
「先に殴ってくる気はなさそうッスね」
完二は村人から目を離さずに言った。
「でも、通す気もねえ」
「ここで争う必要はない」
鳴上は低く告げた。
「立川の居場所を確認する」
「分かってるよ」
花村は息を吐き、鳥居へ向き直った。
その時、境内の奥から木の軋む音が聞こえた。
社殿の脇にある引き戸が、ゆっくりと開いていく。
村人たちが一斉に口を閉じた。
鍬を持っていた男は刃先を地面へ下ろし、買い物袋の女性も頭を下げる。
「御子様」
誰かが小さく呼んだ。
社殿の影から、白装束の女が姿を現した。
◇◇◇
御子は、白い着物に赤い袴を合わせていた。
神社の巫女と呼ばれても不自然ではない格好だが、袖にも裾にも土汚れがなく、山道を歩いてきた人間には見えなかった。
年齢は分かりにくい。
若い女にも見えるが、表情が薄く、顔立ちから時間の痕跡を読み取れなかった。
御子は社殿の前で立ち止まり、鳥居の外にいる四人を順番に見た。
その目が花村へ向いても、怒りも警戒も浮かばない。
『陽介、あいつの周りだけ風が避けてる』
(風が避ける?)
『止められてるんじゃない。近づく前に、左右へ流れを変えてる』
花村は御子の袖口へ目を凝らした。
境内には風がない。
それでも、高い木から落ちた細い葉が御子へ向かい、触れる直前で横へ滑るように落ちた。
御子自身が動かした様子はない。
ただ、その周囲だけに空白があるようだった。
『近づくな。まだ読めない』
(分かってる)
御子は鳥居から数歩離れた場所で止まり、静かな声を出した。
「立川の方は戻りました」
胸の奥へ押し込めていた怒りが、一息で持ち上がった。
「戻ったんじゃねえ」
花村は鳥居の前へ進んだ。
「あいつは大学にいた。地面に開いた割れ目へ、無理やり落とされたんだ」
「こちらへ戻る道が開きました」
「同じことじゃねえよ」
「結果は変わりません」
御子の声には、花村を苛立たせようとする響きがなかった。
反論されたとも思っていないらしい。
報告の内容を補足するように、事実だと考えている言葉だけを並べている。
「立川はどこだ」
鳴上が花村の隣へ立ち、御子へ尋ねた。
「下におられます」
「無事なのか」
「抵抗が長かったので、眠っていただいています」
花村は鳥居をくぐりかけたが、足元へ重さが掛かり、動きを止めた。
「何をした」
「落ち着いていただくためのものです」
「答えになってねえ」
「必要な手順です」
花村の肩へ、鳴上の手が触れた。
引き戻すのではなく、隣にいると示す程度の力だった。
「陽介、居場所を先に確認する」
「……分かってる」
花村は鳥居の手前へ足を戻した。
直斗が一歩前へ出て、御子の言葉を確かめるように問いかけた。
「下というのは、神社の地下ですか」
「そうです」
「立川さんを地下へ移した理由は?」
「戻られた方は、こちらの務めに入ります」
「その務めの内容を教えてください」
「お伝えする必要はありません」
直斗はすぐに別の角度から問い直した。
「立川さん本人は、その務めを受け入れましたか」
「長く抵抗されていました」
「現在も拒んでいるのでは?」
「眠っておられます」
「だから、聞いていない?」
「聞くことではありません」
御子の返事は、少しずつ形を変えていた。
だが、どの言葉も立川本人の意思を必要なものとして扱っていない。
「ふざけんな」
花村の口から、低い声が漏れた。
「寝かせて、勝手に下へ連れてって、それで戻ったことにするのかよ」
「戻られた方は、外の縁から離れます」
「立川には大学も家も友達もある」
「外の荷物は、もう必要ありません」
「荷物の話してんじゃねえ!」
花村の声が境内へ響いた。
背後の村人たちは身じろぎしたが、御子は表情を変えなかった。
『陽介、前へ出すぎるな』
(分かってる。でも、こいつ──)
『俺も腹は立ってる。だから、立川を先に取り返すぞ』
花村は強く息を吐き、鳥居の柱から距離を取った。
「立川をどうするつもりだ」
鳴上が尋ねた。
御子は鳴上へ顔を向け、わずかな間を置いた。
「下へ納めます」
「それで、立川は死ぬのか」
「死ぬ、という言葉は正確ではありません」
「生きて帰れるのか」
「外へ戻ることはありません」
完二の拳が、背後で硬く鳴った。
「それを死ぬって言うんじゃねえのか」
御子は完二へ目を向けた。
「失われるのではありません。保たれます」
「何がだよ」
「必要なものが」
「立川さんは、そのための道具じゃねえ」
完二は村人との間を空けず、低い声で言った。
「人間だ」
「人です」
御子は否定せずに答えた。
「だから、保てるのです」
境内の空気が、さらに重くなったように感じた。
御子の言葉は噛み合っていないのではない。
人間であることを認めた上で、それを差し出せる条件として扱っている。
花村は歯を食いしばり、手を握らないよう意識した。
「何を保つんですか」
直斗が問いを重ねた。
「この神社ですか。それとも、村そのものですか」
「その問いには、応じられません」
「答えを知らないのですか」
御子の顔は動かなかった。
「知る方ではありません」
「では、誰が知っている?」
「なぜ、という問いは不要です」
直斗は数秒、御子を見つめた。
それから花村たちへ聞こえる声量で、静かに言った。
「この返答は、信仰者のものというより、決められた範囲だけを答えているように見えます」
「決まったことだから、人を下へ連れてくってか」
花村は御子から目を離さなかった。
「何のためかも言えねえのに」
「それでも、手順は続きます」
「終わらせりゃいいだろ」
「終える理由がありません」
「人が死ぬだろうが」
「死ぬ、という表現は適切ではありません」
「そこだけ言い換えても同じだっつってんだよ」
花村が再び前へ出ようとすると、鳴上も同時に鳥居へ近づいた。
止めるためではなく、花村と肩を並べる位置へ立つ。
「立川に会わせろ」
鳴上は声を荒らげず、御子へ要求した。
「本人の状態を確認する」
「確認しても変わりません」
「それを決めるのは、あんたじゃない」
御子は鳴上を見たまま、しばらく何も言わなかった。
背後の村人の一人が、鎌の柄を握り直した。
「御子様、外の者を下へ入れるのですか」
老人の声には、不安が混じっていた。
御子は振り返らずに答えた。
「見たいのであれば、見ていただきます」
「ですが、以前の者たちは」
「同じです」
それだけで、老人は口を閉じた。
花村は御子と村人を交互に見た。
以前にも、外からここへ来た人間がいた。
その者たちがどうなったかを、村人は知っている。
御子が花村たちを追い返そうとせず、地下を見せようとする理由も、おそらく親切ではなかった。
『あいつ、お前らが何かできると思ってない』
(だろうな)
『下へ入れた方が処理しやすいと思ってるかもしれない』
(それでも行くしかねえ)
『分かってる。俺も止めない』
御子は四人へ背を向け、社殿の脇へ歩き出した。
「下を見れば、外の方にも分かります」
「何がだ」
花村の問いに、御子は足を止めなかった。
「変わらないということが」
挑発する声ではなかった。
だからこそ、御子が本気でそう考えていることだけが伝わってきた。
鳴上は三人を見回した。
「行く」
「当然だろ」
花村は即座に答えた。
「立川さんを連れ戻します」
直斗も端末をしまい、鳥居の中央へ立った。
「俺が最後に入ります」
完二は村人へ背を向けず、三人の後ろへ位置を取った。
鳴上が最初に鳥居をくぐる。
境界を越えた瞬間、彼の肩がわずかに沈んだ。
花村も続き、鳥居の内側へ足を置いた。
空気の重さが、身体の外側から一気に押し寄せた。
息はできる。
立ってもいられる。
だが、胸の内側にいるスサノオの気配が急に遠ざかり、花村は反射的に呼びかけた。
(スサノオ)
『いる。大声出すな』
(出してねえよ)
『こっちじゃ、お前の方が遠い』
その答えを聞き、花村はようやく息を吐いた。
直斗も鳥居を越え、端末の表示を確認した。
「通信は、ほぼ維持できません」
「完全に切れたか」
「衛星の捕捉を試みていますが、送信には期待しない方がよいでしょう」
最後に完二が境内へ入り、鳥居の外に残る村人を振り返った。
村人たちは追ってこない。
参道を塞いだまま、御子と四人の動きを見守っている。
「逃げ道は、あのままッスね」
「帰りに考える」
鳴上は社殿脇へ進む御子を追った。
「今は立川だ」
◇◇◇
社殿の正面は、村人が手入れしているらしく綺麗に掃かれていた。
賽銭箱も鈴も置かれているが、参拝を促す案内はなく、境内には祭事の飾りもない。人が通う神社というより、決められた場所を定期的に整えているだけの印象が強かった。
ただ、賽銭箱が置かれた社殿の小上がりには、さも当然とばかりに三宝につまれている濡れた石が見える。
御子は社殿の奥へ回り込み、石の柵に沿って歩いた。
柵の内側には、細長い建物が続いている。
壁板には補修した跡があり、その一部へ人の背丈ほどの木戸が取りつけられていた。木戸の前にも濡れた石が半円状に並び、中央だけが通路として空けられている。
「ここです」
御子は木戸の横へ立った。
直斗が周囲を確認し、石の配置へ目を向けた。
「この先が地下ですか」
「道は下へ続いています」
「立川さんは、どの程度下に?」
「奥です」
「一人でいるのですか」
「必要な場所におられます」
直斗はさらに尋ねようとしたが、御子は木戸へ手を掛けた。
錆びた金具が擦れ、低い音が境内へ響く。
御子が木戸を引くと、その奥から冷えた空気が流れ出した。
風と呼べるほど強くはない。
それでも、完全に空気が止まっていた境内で、初めて明確な流れが生まれた。
花村の頬を撫でたのは、土と古い木材の匂いだった。
その奥へ、鉄に似た湿った臭いが薄く混じっている。
『下に続いてる』
(立川はいるか)
『分からない。途中でまた切れてる』
木戸の向こうには、地下へ降りる石段があった。
最初の数段は、参道と同じ灰色の石で作られている。壁には古い板が張られ、足元を照らす小さな電灯も設置されていた。
完全に忘れられた場所ではない。
誰かが今も出入りし、灯りを交換している。
しかし五段ほど下から、階段の色が変わっていた。
灰色の石に混じり、表面の黒い石が使われている。
村や神社に置かれていた濡れた石より大きく、階段の一部として削られていた。そこだけ灯りの反射が鈍く、水気があるように見える。
「階段にも使ってやがる」
花村が木戸の手前で足を止めた。
「下の方だけですね」
直斗は屈まず、光の届く範囲を目で確認した。
「三段目までは通常の石です。五段目から黒い石が増えています」
「四段目は?」
「境目です。材質が混ざっています」
完二は階段の幅を測るように、両側の壁へ目を向けた。
「俺が前へ出ますか」
「最初は俺が行く」
鳴上が木戸の前へ進んだ。
「陽介が二番目。直斗、完二の順だ」
「後ろは俺でいいんスか」
「村人が入ってきたら止めてくれ」
「了解ッス」
直斗は端末を取り出し、最後に接続状況を確認した。
画面には圏外表示が出ている。
「外部との通信は、ここで完全に切れました」
「薬師寺さんへの連絡は届いてるんだよな」
「駅前で待機する旨までは確認できています。予定を変更しない限り、待っていてくれるはずです」
「じゃあ、戻るだけだな」
花村は地下階段を見下ろした。
立川は、この下にいる。
あの割れ目へ落ちた時から、何時間経っているのかを考えると、胸の奥が再びざわついた。
御子は木戸の横に立ったまま、四人を止めようとしない。
「案内はしないのか」
花村が尋ねると、御子は地下へ目を向けた。
「道は一つです」
「罠じゃねえだろうな」
「見ても、変わりません」
「それ、便利な言葉だな」
「必要なことだけをお伝えしています」
花村は御子を睨んだが、それ以上の返答は期待しなかった。
【今回出てくるキャラ】
花村陽介(20)
M大経済学部に在籍している大学生。口を開けばガッカリ王子なのは相変わらずだが、見た目の良さとコミュニケーション力の高さ、たまに学校に来なくなるけど(事件に巻き込まれてるため)成績は上々ということで学内では人気がある。
鳴上悠(20)
T大理工学部に在籍している大学生。冷静沈着に状況を見て判断を下すも、たまに天然ボケが挟まる。見た目はよいのだが着る服などに頓着しておらず、花村とルームシェアしてからはもっぱら言われた服を着ている模様。
白鐘直斗(20)
五反田にある「白鐘探偵事務所」の所長を務める【探偵王子】。いつでも冷静ではあるが、お化けが苦手。情報処理能力は鳴上以上。正直美人である。
巽完二(20)
東京にある服飾系専門学校に通っている。物理が得意なのはいつもの通り。ガタイはでかいが繊細な布仕事は校内でも評判である。
むらびと()
神社に向かう「外の方」を逃がさないムーブをする。御子に全幅の信頼を寄せる。
御子()
白い着物に赤い袴という見た目巫女の人物。山道を通った割にはきれいななりで、やつもまた怪しい挙動をする。
<Pixivにも掲載してます>
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28881518
来週もよろしくです!