「……どうしてこうなったのよ」
「それは俺の台詞だよ」
動向を求められ、応じた先には大阪府警察署。
額からも背筋からもだらだらと冷や汗が滝の如く流れる。
なんにも悪いことはしていないはずだ。うん、心当たりはない。
のだが、署内に入り、通された部屋は、明らかに空気が強張っていて、いかにも只事ではなさそうだ。
警官が俺とピコデビモンに目配せをし、その部屋の中心にポツンと設置されている椅子に座るよう促してくる。
というかここ、間違いなく取調室だ。
刑事ドラマなどで目にしたことがある。ピコデビモンは机の上に降りるようだが。
「少々、お待ちください」
と、ここに連れてきた警官が告げて、この場をあとにする。
「ねえ大丈夫なの? これ」
「……そっくりそのままお返しするぞ。ちなみに俺は大丈夫じゃねぇ」
「……これに関しては奇遇ね」
静寂。
ピコデビモンと睨み合い、首を傾げてみせる。
「……まさか、拘束される、とか?」
「それはない。……と信じたいが、今その判断を下しそうなのが来たぞ」
首を曲げ、後方を見やる。
睨みつけようとし、すぐに止めてしまう。
なぜか。単純だ。
目の前に、父親をよく知っていた人が立っていたから。
「……おや? 驚かせてしまいましたか?」
「まあ驚いたといえば驚いたよ。あんたがここにいたことに」
「そうでしたか。これは失礼。……しかし、あなたが〝
黒いポニーテールを揺らし、彼女は俺の目と鼻の先に座る。
「いえ、流石に、失言でしたね。
改めまして、灰原巧さん。大阪府警察
「……改まって、どうか――いや、愚問だったな。あんたが俺をここに連れてきた理由は、こいつだろ」
「……話が早くて助かります。そうです、目の前の〝位相電子生命体〟について、です」
「えっ、あたし!?」
「絶対そうだろ。お前が現れた翌日に同行させられるなんて、お前以外ねぇだろ」
「あ、そっか」
「納得すんな。せめて少しは反論しろ」
だけれど、今のはピコデビモンのファインプレーかもしれない。
おかげで、肩の力が抜けた気がする。
「単刀直入に伺います。その〝位相電子生命体〟――通称デジモンですが、それは、どちらで?」
「……ベランダに落ちてきた。怪我してた。拾って、回復させた。これでもいいか?」
「なるほど。経緯としては、確かに納得しますね。
……では、もうひとつ。このデジモンは、あなたが制御できますか?」
「…………はい?」
思わず目を見開く。
今の時点では、制御できるものなど持ち合わせていない。
ピコデビモンに目配せしても、首を横に振るだけ。
「……できない。そういった類のなにかは、たぶん持ってない」
「そう、でしたか」
白地さんは顔を俯かせる。
考え込むような素振りのあと、ひとつ、咳払いする。
「わかりました。……今日はお時間をいただき、ありがとうございました」
「もう、終わり?」
「はい。……そのデジモンを制御できなさそうであれば、こちらに引き渡すかの確認をしたら、ですが」
ただ、と白地さんはつけ加える。
「個人的すぎる、私の想いなので、ここだけですよ」
白地さんは唇の前に人差し指を立てる。
「あなたの家には、必ずあるはずです」
「……そういうことか」
思わず仰け反り、目を抑える。
「玩具のようなデバイスを探してください。それが必ず、鍵になりますから」
「……ご丁寧に、助かる」
「……? いったいなにを……?」
ピコデビモンが俺と白地さんを交互に見やる。
まるで理解できないとばかりに。
「では、お帰りください。以上になります」
「……助かるよ、白地さん」
「ほんの少し、出来心ですよ。……
「あいよ。よし、帰れるぞ」
「……思ったより早かったわね」
「まあな。……ああ、そうだ白地さん」
「なんでしょうか?」
「……ま、喜ぶんじゃないかな。あの人は」
告げると、白地さんはこちらの背に、深く一礼をしてきた。
突然の警察来訪には、まあ度肝を抜かされたが。
逮捕というわけではなかった。それだけでもいい気がする。
「あなた、もしかしてあの女の人と知り合いなの?」
「……知り合いだよ。正確には、俺の父親の同僚だった人さ。……ま、父親はもういない、けどな」
「それは、どういう……?」
「死んだ、って意味だな。俺が一歳になったばかりのころに」
「そう、だったの……」
「なにかの研究で、そのなにかの事故に巻き込まれて、ってやつだ。……そのせいで、母さんはっ……!」
「…………」
「……ごめんな。あ、でも母さんはまあまあ元気だ。そこだけは勘違いすんなよ?」
「……わかったわ」
危うく、拳に力が入りかけるところだった。
ピコデビモンには重すぎる話だったはずだ。口が滑ってしまった。
「とりあえず、帰るぞ」
夕陽が差し込む、その影で。
なにかが、俺の影を踏み込む。
一瞬。ほんの一瞬。
けれど俺は、思わず走りだす。
ピコデビモンはコートの中に隠してある。
「ちょっ、どうしたの!?」
「……なにか、つけられてるッ!」
走りだして、なんとかアパートの前。
夕陽はすっかり沈んで、暗闇で視界が悪い。
今はもう、つけられているかどうかもわからない。
「……出ていいぞ」
ピコデビモンはコートから羽ばたくと、一瞬だけ身震いする。
「あなた、勘がいいわね。……なにか、来てるッ!」
直後、ピコデビモンが俺の前に。
――飛び出てきた黒い影を後退させる。
「ほーーーーう……防ぐ、ねぇ。ケッ!」
姿を現した黒い影。
それは正しく、悪魔だった。
「……デビモンッ!」
すかさずピコデビモンが突進。
だが目の前の悪魔は、悠々とそれを交わすと。
「ケッ、ケケケケケケケケッ!」
ピコデビモンに、回し蹴りを一撃。
電柱にぶつかり、煙を起こす。
「ピコデ――」
「次は、お前、だ」
「なっ――」
腹部に拳を一発。
一瞬後退したが、それでもダメージは大きい。
アパートの外壁に吹き飛ばされる。が、まだ意識までは失っていない。
「ちっ……くしょう……」
這いつくばりながらも、なんとか手を使い、立ち上がる。
だが今ので、骨は何本か折れたはずだ。
どうする、どうする、どうする。
「なにが、いったい、なんなんだよッ……」
「終わり。お前、おわ――」
悪魔が告げる刹那。
ピコデビモンが全身で、食ってかかる。
「おいッ、無茶だ! デジモンだからって、今のままだと……!」
「いいやッ! できるわッ! あなたを逃がすぐらいなら!」
「邪魔だ、お前」
「ぐ、ふっ――」
「ピコデビモンッ!」
地面を転がるピコデビモンに、駆け寄る。
「お前、帰るんだろ!? この世界から、元の世界に! なおさら死んじゃあダメだろッ!」
抱えて、叫ぶ。
けれどあいつは、それを振り払って。
「やああああああッ――!」
「うるさい」
「ぐ、うぅ……ッ!」
「なんでだよォッ! もうやめろピコデビモンッ! 逃げるなら――」
「――あたし、はッ! 意地でもッ、逃げないわよッ!」
また突進。
だけれど、片手で弾き飛ばされる。
「あなたに、恩を返すまでは、ねェッ!」
もう一度、突進。
「おい……なんで……なんで……」
ピコデビモンは戦っている。
その身を賭して。その命を賭して。
だから、俺は。
その恩人の俺は。
こんなところで、諦めちゃあダメだ。
――待てよ。
ふと思い出した、あのひと言。
――それが必ず、鍵になりますから。
もう、これしかない。
「…………ッ!」
一旦自室を目指し、駆けだす。
あいつが気を引いてくれているうちに。
あいつが、俺なんかのために戦ってくれているうちに。
記憶はない。もう、ほとんど意識は飛んでいる。
だけれど、俺は。
この叫びだけでも、あいつに。
なんとしてでも、届かせる。
「――ピコデビモンッ! 一緒に、戦うぞッ!」
部屋に置いてあったデバイスを翳す。
「お前は、ひとりで戦うんじゃないッ! 手伝うって言ったろッ!」
デバイスは眩い光を灯す。
それを開く。
「……その割には、遅かった、じゃないのッ……」
デバイスには、ピコデビモンの姿が表示。
同時に、ピコデビモンはデバイスが放ったような光に包まれる。
「いくぞッ! ピコデビモンッ!」
光が晴れ、目の前の悪魔に対峙するのは、俺と――
「いくわよタクミッ! まずはこいつ、ぶっ飛ばすわよ!」
傷ひとつない、ピコデビモンだった。