TS転生した俺が弟子に決闘で口説かれるまで   作:おいかぜ

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第三話 二つ名◆

 東棟の食堂は、西棟より混んでいる。

 献立が同じでも、東のほうが芋が大きいという話があって、みんなそれを信じている。かく言うわたしも西の寮なのに、東まで歩いて食べに来ているので、混雑に不満を言うことはできない。

 

 夕食の席で、知らない子が正面に座った。

 王立クロイツェン魔法学園に入学して半年。顔は見たことがあっても、名前まで知らない子は沢山いる。

 

「あなた、今日、銀髪の上級生のこと訊いて回ってた子でしょ」

「え」

「三人に訊いたよね。図書棟の入口と、中庭と、東の階段のとこ」

「……なんで知ってるんですか」

「あたし、ゾフィ・メレル。同じ一年。よろしく」

 

 差し出された手を、なんとなく握った。

 握ってから、質問の答えになっていないことに気がついた。

 

「で、なんで探してんの」

 

 ゾフィさんはパンをちぎりながら、目だけこっちを見ている。

 目がよく動く人だな、と思った。たぶん、わたしより動く。最初に受けた印象の通り、人と距離を詰めるのが上手そうだ。そのための観察眼だろう。

 

 流れも、そうだった。

 薄い赤茶の短い線が、そこらじゅうへ跳ねては消える。渓流のせせらぎのように、飛沫があちこちに飛び散っている。留まる気配はない。

 

 わたしの目に、人の魔力は色に見える。人によって色が違う。それを言うと変な顔をされるので、言わない。

 この人の色は、落ち着きがなくて、悪くなかった。

 

「あの、その人の名前も知らなくて」

「セラ・アッシュ」

 

 即答だった。

 

「四年、上級課程の特待生。実家は南のほうの鉱山町。姓が短いから平民か、下の下のほうの貴族。銀灰色の長い髪をいっつも適当に束ねてる。背が高い。目の下に隈。制服の袖が擦り切れてるのに直してない」

 

 わたしはスープを持ち上げたまま、止まっていた。

 ここまで手に入らなかった情報が、滝のように流れ落ちてくる。

 

「成績は上のほうだけど首席じゃない。筆記は必要な点しか取らないらしいよ。実技は……まあ、測れないって言われてる」

「測れない?」

「上限を見たやつがいないの。誰も本気を出させたことがないから。ただ強いのは確実。四年の上のほうでも誰も勝負を挑まない。噂通りなら、六年も」

 

 早口だった。ものすごく早口だった。息を吸う場所が普通の人と違うところにある。私の三倍の文量を一呼吸に吐き出している。

 

「二つ名があってさ」

 

 スプーンの先が、こっちを向いた。

 

「──無音の雷」

 

 その言葉を聞いたのは二度目だった。

 

 

 

 ゾフィさんは、そこから止まらなかった。

 

 詠唱をしない。誰も詠唱を聞いたことがない。

 魔法を使っても音がしない。光も出ない。

 入学した年に上級生を三人まとめて黙らせた。

 目を合わせると凍る。話しかけると三日は口をきいてもらえない。

 笑ったところを見た人が、学園に一人もいない。

 

「あと、弟子を取らない」

 

予想外のところから飛んできた言葉に、思わず口を挟んだ。

 

「……弟子?」

「知らない?四年からは下の学年の弟子を取れるの。制度としてはさ、上の子が下の子の面倒を見なさいって話で、別に強制じゃないんだけど」

 

 ゾフィさんはフォークを立てた。緑豆が先端に突き刺さる。

 あんなに話していたのに、ゾフィさんのスープはもうなくなりかけていた。

 

「特待の審査で点になるんだよ。だからみんな取りたがる。上級生に魔法を教えて貰えるなら、取ってもらいたい下級生のほうも多いし。なのに、あの人だけ空欄。四年になった今年、志願者ゼロ」

「なんでですか」

「志願する人がいないから」

 

 言い方が、あんまり軽かった。だから一瞬、ゾフィさんが冗談を言ったのかと思った。

 

「そりゃそうだよ。だって怖いもん」

 

 わたしは、その言葉をもう一度飲み込んだ。今日、二回目だ。

 こわ、と誰かが言った。あの人が背を向けた後で。

 

 目を合わせると凍る、と、いま言われた。

 でも、あの夕方、先に目を逸らしたのは、わたしじゃなかった。あの人のほうだった。

 

 話しかけると三日は口をきいてもらえない、と、いま言われた。

 でも、口がきけなかったのはわたしのほうだ。あの人はちゃんとこっちを見て、わたしが何も言わないから、歩いていっただけだった。

 

 全部、ちょっとずつ、ずれている。

 

「……ゾフィさんは、その話、信じてるんですか」

 

 ゾフィさんはスープに浸したパンを口に入れて、少し考えるみたいな顔をして、それから言った。

 

「あたし、噂は集めるけど、べつに信じてはないよ」

「え」

「集めてると分かるの。同じ話が三日で三回変わるから。あたしが持ってるのは、そういうものの山」

 

 あっさりしていた。あんまりあっさりしていたので、この人はたぶん頭がいいんだな、と思った。

 

「だから一次情報が好きなの。実際に見た人の話」

 

 目が、また動いた。今度は、はっきり目があった。ゾフィさんは、わたしの奥を覗き込んでいた。

 

「で、あなた、何を見たの」

 

 

 

 わたしは、今日の昼のことを話した。

 

 白い糸が絡まって膨らんでいったこと。あの人が円の中に入ったこと。左手が上がったこと。

 絡まっていたものが順番にほどけて、揃って、束ねられて、空へ抜けていったこと。

 

 音がしなかったこと。

 光が、一滴もこぼれなかったこと。

 

 話しているうちに、自分の声が少し変になっているのが分かった。

 

「……きれいでした」

 

 ゾフィさんは、パンを持ったまま止まっていた。

 

「きれい」

「はい」

「顔が?」

「魔法が」

 

 三秒くらい、間があった。

 

「……あー。うん。そっか。そういうのも、あるか」

 

 分かってもらえていないのが、はっきり分かった。

 

 それから、もうひとつ、分かったことがあった。

 

「顔が?」と訊かれて、わたしは考えなかった。

 考えないで、「魔法が」と答えた。

 

 答えてから、少しして、気がついた。

 わたしは、あの人の顔を、はっきりとは思い出せない。

 

 銀灰色の髪は思い出せる。背の高さも、袖の擦り切れも、歩き方も、通り過ぎるときの流れの形も、全部思い出せる。

 顔だけが、白い。

 

 二十歩の距離で、目が合ったのに。

 ……見ていなかったのだと思う。流れを見るのに、忙しかったから。

 

 そういうことにして、わたしはスープを飲んだ。

 でも、それは仕方がないと思った。あれは下から見ても分からない。結果しか見えないから。

 

 あの数秒を見たのは、たぶん、学園中でわたしだけだ。

 

 落ちこぼれで、魔力が下から二番目で、先生に「魔力の流れは感じるものではなく操るものです」と言われて黙るしかなかったわたしが。

 

 生まれて初めて、何かを、ちゃんと見た。

 

 

 

「ねえ」

 

 ゾフィさんが身を乗り出してきた。

 

「その話、他の子にした?」

「してないです」

「しないほうがいいよ。絶対に曲がるから」

 

 まっすぐな忠告だった。

 この人と友達になれるかもしれない、と少し思った。そう思ってから、なんだか上から目線だったかなと思い直す。ゾフィさんには友達が多そうだ。一方で、わたしには少ない。

 

「あ、そうだ。弟子の締切、今期末だって。掲示に出てた。空欄のまま出すと審査に響くとかで、四年は今ごろみんな必死だと思う」

 

 今期末。

 わたしは、スプーンを置いた。

 

「……ゾフィさん」

「うん?」

「あの人、いつも北のほうから帰るって、聞きました?」

 

 ゾフィさんは、少しだけ目を細めた。情報を渡すべきかどうか、値踏みしているようだった。ただ、その時点でもう、わたしの問いには一定の裏付けが取れてしまっている。

 

「……北の旧演習場。使われてないとこ。人がいないから通ってるらしい」

「ありがとうございます」

 

 わたしは立ち上がった。

 

「え、待って。何する気」

「わたし、弟子にしてもらいます」

 

 ゾフィさんが、スプーンを落とした。

 

 落ちたスプーンが、皿の縁に当たって、高い音を立てた。

 

 近くの卓の何人かが、こっちを見た。

 

 ゾフィさんは、それを気にしなかった。わたしを見上げたまま、口を半分開けて、それから、言った。

 

「……あんた、今日会ったばっかりだよね」

「はい」

「名前も、今日知ったんだよね」

「はい」

 

 ゾフィさんは、スプーンを拾った。拾って、汚れを拭って、しばらく持っていた。

 

「あたし、噂は集めるけど信じないって言ったじゃん」

「はい」

「いま、初めて、信じてもいいかもって思った」

「え」

「あんたのこと」

 

 ゾフィさんは、スプーンを皿に戻した。

 

「行ってきな。断られたら、慰めるから」

 

 断られる前提だった。

 酷い応援だ。でもなんだか、少し心地よかった。

 

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