実技試験は、学年全員が同じ的を撃つ。
三十歩先に、直径二尺の石板が吊ってある。持ち時間は三分。三分のあいだに何回当てられるか、どれだけ深く割れたか、その二つで点が付く。
単純な試験だった。単純だから、魔力量がそのまま順位になる。
一年、わたしはずっと下から二番目だった。
順番が来るまで、列で待つ。
前の子が三節を唱えて、濁った小さい輪がひとつ閉じて、放たれる。白っぽい光が余って、ぱち、と鳴って、焦げた匂いが流れてくる。的の音より、放つ音のほうが大きい。
次の子も、その次の子も、同じだった。それが普通で、数ヶ月前まではわたしも、もっと下手に同じことをやっていた。
「ケルト。次」
名前を呼ばれて、線の上に立った。
いつも通りに杖を構える。
同級生の視線がなんとなく散っている。
誰も期待していない。わたしがどう魔法を放とうが、自分の心を動かすことはないと知っている。予想以上の威力を発揮することも、見たことがない魔法が放たれることもないと思っている。
悪意ですらない、ただの予測だ。ケルトが撃つ、届かない、次。試験時間の三分が短縮される。
嘆いてはいられない。
変わりたくて、わたしは先生の背中に付き纏ったのだから。
深く息を吸う。試験時間が縮まっていく。一秒、二秒。次に呼ばれる子がそわそわと準備を始めている。
的へ視線を向けた。
わたしは、輪を作らなかった。
──溜めない。まっすぐ伸ばす。落差を作って、指向を与えて、放つ。
先生の言葉の通りに、魔力が線を引く。
石板が、乾いた音を立てた。
三分で、十一回。まばらに石を打った魔法は、それでも確かに測れるだけの傷を計測板に残した。
教官が計測板を二度見て、それから、わたしの顔を見た。
「……ケルト」
「はい」
「今の術式、どこで習った」
答えていいのか、少し迷った。
「……上級課程の方に、教わっています」
教官は何か言いかけて、やめて、計測板に数字を書いた。
その日の学年順位は、十四位だった。
六十二人中、十四位。
誰も、ことさらに何かを言わなかった。
ただ、全ての視線がわたしに向いていた。喜び、気恥しさ、後ろめたさ、誇らしさ、それらが綯い交ぜになってわたしの胸腔を吹き荒らした。
試験が終わってすぐ、わたしは走った。
順位が出たのは午後で、指導は夕方だ。あと一刻待てば、どうせ会う。会ってから言えばいい。走っていく必要は、どこにもない。
どこにもないのに、足は止まらなかった。
北の旧演習場まで、ほとんど走った。鞄が背中で暴れて、途中で結界柱の根元につまずいて、膝を打った。痛かったけど、止まらなかった。
指導の時間にはまだずっと早いのに、旧演習場には先生の影が揺れた。
わたしの姿をみとめ、柱に背を預けて、いつもの位置に立っていた。
「十四位でした!」
息が上がって、声が上擦る。
「六十二人中の、十四位です。前が五十九位だったので、四十五、上がりました。三分で十一回当てて、それで、教官が二回計測板を見て、あの、それで──」
言葉がひっくり返したようにこぼれた。事実を事実のままに羅列して、何が言いたいのかも分からないままに捲し立てる。一通り話し終えて、わたしが息を整えるために一拍、黙ったあと。
あの人は、わたしを見つめ返して、ただ一言だけを返した。
「……そう」
二文字だった。
いつもと同じ無表情。眉も動かない。目も細くならない。口の端も上がらない。
傍から見れば、先生はわたしにまったく関心がなくて、ただあしらっただけのように見えるだろう。……事実、そういうきらいがないとは言わない、けれど。
でも、わたしには見えていた。
流れが弾んでいる。
いつもは静まり返っている先生の魔力が、くるくると渦を巻いている。
それが、跳ねた。
「十四位」と言った瞬間、水面が下から突き上げられたようだった。魚が飛び跳ねて、波紋が浮かぶ水面のように。大きく一回。それから、収まりきらないで、小さく揺れ続けた。
「そう」と言ったすぐあとには、もう表面は元通りになっていた。
底のほうだけが、まだ揺れていた。
この人は、わたしの成長を嬉しがっている。
顔にも、声にも、おくびにも出さないで。
わたしは、膝の泥を払うふりをして下を向いた。
そうしないと変な顔をしそうだった。
指の先が、少しだけ冷たかった。
三分で十一回撃って、それだけだ。
去年のわたしは、試験のあとに魔力が残っているなんて考えもしなかった。生まれて初めて、力が余っている。
十四位。しかも、まだ伸びる余地がある。
「……先生」
「……」
「もう一回、褒めてもらってもいいですか」
先生は、たっぷり五秒くらい黙った。
「……褒めてない」
「知ってます」
「……」
「でも、いいです」
風が草を鳴らしていた。まだ寒い時期だったけど、地面のにおいが少し変わっていた。
「……次」
あの人は的のほうを向いた。
「三分で十一回なら、消費はまだ半分残ってるはず。溜めない組み方が身についてきてる。次は、当てるだけじゃなくて、同じ点に二回」
「同じ点に」
「一回目で割れ目を作る。二回目をそこに入れる。同じ力で倍の深さになる。回数じゃなくて深さも追求できる」
魔法の話をしているときのこの人は、いちばん言葉が長い。
わたしは頷いて、的に向かって杖を構えた。最初は十歩。けれど、全く同じところに魔法を当てるというのはひどく難しかった。
まだまだ先がある。それが、堪らなく嬉しい。
その日の帰り道、わたしは自分の手を見た。
まだ、どれほどか力が残っている。
一年、わたしはこの手を、器を、恥じてきた。魔法使いと呼べるかも怪しい。ただの1回魔法を撃っただけでバテる魔法使いが、どれほど役に立つのだろう。
けれど。
わたしは、先生の「そう」を、帰り道でもう一度、頭の中で鳴らした。
寮の階段で、寝る前にももう一度思い返した。
四回目で、自分がすこしおかしいことに気がついた。
でも、あの二文字の下で流れが跳ねたのは事実で、それを見たのは学園でわたしだけで、だから何度でも見ていいはずだ。
寮のベッドの中で、思考が行ったり来たりする。でも中継地点は、先生の「そう」だ。
先生の言葉を聞いていたら、先生のことは、たぶん一生分からない。
言葉じゃないほうを、見ていよう。
わたしにだけ見えるセラ先生を。